最近の研究成果 黒潮流域の大気中CO2吸収の解析
日本周辺の黒潮が流れる海域は、全海洋の中でも最も強力な大気中CO2の吸収源の一つであり、将来の気候変動の抑制において重要な役割を担うと考えられています。このCO2吸収の原因は、黒潮が亜熱帯域の暖かい海水を亜寒帯域まで輸送した際の水温低下や、親潮との混合によって促進された植物プランクトンの光合成によるものとされています。ただし、これらの効果は海域や季節によって異なる値が報告されており、広範囲の包括的な理解はまだ十分ではありません。
また、黒潮は「黒潮大蛇行」と呼ばれる、従来よりも南側へ蛇行した経路をとる時期があります。これまでの観測では、黒潮大蛇行は通常10年おきに1年から3年間続いていましたが、直近の黒潮大蛇行は2017年から現在まで6年間継続しており、異例の事態となっています。長期的な黒潮大蛇行は海面水温や局地的な気象条件を変化させるため、上記のCO2吸収にも影響を与えていることが予想されます。
黒潮流域の大気中CO2吸収の特徴を理解するためには、黒潮流域の海水CO2濃度や全アルカリ度(TA)*1といった海水中の炭酸系パラメータが必要です。ただし、これらのパラメータは直接的には現場観測でしかデータを得ることができず、単発的な観測では時間的にも空間的にも十分な量のデータを得ることが困難です。さらに、衛星や航空機による画像から推定する方法では、海流や生物活動、陸からの影響などの予備知識が必要であり、親潮や日本沿岸と接する黒潮流域では高精度な解析には限界があります。
本研究では、観測装置を搭載した貨物船の計測データ等を使用して、黒潮流域の大気中CO2吸収の時空間変動を解析しました。国立環境研究所による貨物船観測は、1995年から太平洋の洋上大気中温室効果ガス濃度や海洋表層中CO2濃度等の観測を目的として継続的に行われており、2001年からはトヨフジ海運株式会社の貨物船を用いて行われています。また、他の研究機関の観測データを国際的な観測データベース*2から取得し、貨物船観測データと組み合わせることで、TAなどの他のパラメータを算出しました。
解析結果から、図1に示した北緯30度以北のエリア2が最も強力なCO2の吸収源であることが分かりました。また、年間の海洋CO2吸収量は過去20年間において全ての海域で増加していましたが、海洋表層のCO2濃度の増加率は過去の研究で報告されていた値よりも高く、将来的にこのCO2吸収の増加は頭打ちになる可能性が想定されます。
さらに、風速とTAがCO2吸収の長期変動に影響を与えていることが明らかになりました。風速については、温暖化によって日本周辺域で減少している傾向が報告されており、それに伴って海洋によるCO2吸収は低減されると予想されます。TAについては、海洋酸性化による海水中の炭酸カルシウム粒子の溶解や深層水の湧昇により増加傾向にあることが分かりました。TAが上昇すると海水中CO2濃度は減少するため、この要因ではCO2吸収は促進されると考えられます。
黒潮が大蛇行している期間中はCO2吸収の空間分布が大きく変化していることが確認されました(図2)。特に変化が大きいのは北緯30度より北の海域(エリア2)で、CO2吸収が増加した海域と減少した海域が入り混じっていました。この海域は黒潮続流と呼ばれる黒潮と親潮の境界に当たる水域を含むため、黒潮大蛇行時に流路が変化し、特に水温とTAの分布が変化したことが原因であると推測されます。
今回の解析では黒潮流域のCO2吸収が人為起源のCO2の他に海洋酸性化や黒潮大蛇行など様々な環境の変化に影響を受けていることが明らかになりました。今後、気候変動が進行した場合、これらの要因の影響は大きくなることが予想されますので、将来の黒潮流域の気候変動への抑制効果を予測するためには注意深い観測と解析が必要です。