REPORT2023年7月号 Vol. 34 No. 4(通巻392号)

IPCC・AR6統合報告書オンラインイベント 「執筆者と深掘り!気候変動の最新知見と、これから」概要報告

  • 地球環境研究センター 研究推進係

国立環境研究所社会対話・協働推進オフィス(以下、対話オフィス)と社会システム領域が共同で、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による第6次評価報告書(AR6)統合報告書の内容について、当研究所の研究者と読み解くオンラインイベントを開催しました。

AR6統合報告書の公表(2023年3月)にともない、2023年3月27日(月)に開催された標記イベントでは、気候変動の最新知見について、報告書の執筆者がポイントを解説しました。また、これまでに公表された報告内容を含めて横断的に読み解きながら、私たちは気候変動をどう受け止め、対策していくべきか一緒に考えました。

本稿では、イベントの概要を紹介いたします。なお、このイベントは、YouTube国環研動画チャンネル(https://youtu.be/HXf8GX6eWL4)からご視聴いただけます。事前及び、当日いただいた質問のQ&Aリストは、対話オフィスのウェブサイト(https://taiwa.nies.go.jp/activity/img/event2023_0327/QA.pdf)に掲載されています。

目次

1. AR6統合報告書について、3つの作業部会の各観点から執筆者が解説

統合報告書は①自然科学的根拠、②影響・適応・脆弱性、③気候変動の緩和の3つの作業部会(WG)横断で書かれています。最初に、各WGの観点から内容の紹介がありました。

なお、3つの講演資料はイベントページ(https://taiwa.nies.go.jp/activity/event2023_0327.html)で公開しています。

江守正多氏(地球システム領域/上級主席研究員)

WG1(自然科学的根拠)の内容について、江守正多氏(地球システム領域/上級主席研究員)は、人間活動が主な要因となり温室効果ガス排出量が増加し、地球温暖化を引き起こしたことは疑う余地がなく、1850~1900年を基準とした世界平均気温は、2011~2020年に1.1℃上昇していると強調しました。また、温暖化が進むと、アマゾンや熱帯雨林は干ばつ化し、陸域は降水が強くなるなど、極端現象は増加すると述べました(図1)。

図1 温暖化が進むごとに極端現象が増加する。(江守氏のスライドより)
図1 温暖化が進むごとに極端現象が増加する。(江守氏のスライドより)(画像拡大)

世界の平均気温上昇は累積排出量[人類が過去に排出してきた二酸化炭素(CO2)の総量]によって決まります。パリ協定(産業革命以降の温度上昇幅を2℃以内に抑え、さらに1.5℃以内に抑える最大限の努力をする)の長期目標である1.5℃で温暖化を止めるために残された排出量は500Gtで、2019年の排出量が続くと2030年頃には50%の確率で排出量を使い果たしてしまうと、江守氏は説明しました。現在のインフラを従来通り使い続けると1.5℃で収まる排出量を超えてしまうため、将来世代が経験する温暖化は今のわれわれの選択と行動にかかっていると結びました。

※AR6 WG1の内容については、以下を参照してください。
江守正多「より精緻な科学的知見を提供 -IPCC第1作業部会第6次評価報告書概要-」地球環境研究センターニュース2021年11月号

肱岡靖明氏[気候変動適応センター/副センター長(現: センター長)]

WG2(影響・適応・脆弱性)の内容について、肱岡靖明氏[気候変動適応センター/副センター長(現: センター長)]が解説しました。

1.1℃の気温上昇は、食料生産や健康など、自然と人間に対して広範な悪影響と、関連する損失と損害をもたらしていると、肱岡氏は述べました。また、現在の気候変動に対して過去の寄与が最も少なく気候変動に対して脆弱な地域が、不均衡に影響を受けると説明しました。

適応のためにさまざまな対策・政策が立てられ、進展も見られるが、うまく進んでいないところもあり、ギャップが生じているとのことです。さらに、適応にかける費用の見積もりと適応に割り当てられた資金との間にもギャップがあり、特に途上国におけるさまざまな適応策の実施を制約していると肱岡氏は解説しました。

AR6では、気候にレジリエントな開発を促進することが取り上げられ、そのための経路は存在するが、緩和策と適応策を統合して今すぐに取り組まなければいけないとのことです。そして、WG3との成果として、短期的に大規模展開が実現可能なオプションは複数あると述べました(図2)。

図2 短期の対応 短期的に大規模展開が実現可能なオプションは複数ある。(肱岡氏のスライドより)
図2 短期の対応 短期的に大規模展開が実現可能なオプションは複数ある。(肱岡氏のスライドより)(画像拡大)

※AR6 WG2の内容については、以下を参照してください。
「IPCC 第2作業部会 第6次評価報告書」特集ページ
https://adaptation-platform.nies.go.jp/climate_change_adapt/ipcc/index.html

増井利彦氏(社会システム領域/領域長)

WG3(気候変動の緩和)の内容について、増井利彦氏(社会システム領域/領域長)は、1.5℃目標の達成には、2030年に2019年の排出水準と比べて43%、2050年には84%の温室効果ガスの削減が必要であり、CO2に限ってみると2050年はほぼ100%削減しなければならない(図3)が、各国が国連に提出している2030年の削減目標には大きなギャップがあると述べました。

図3 IPCC第6次評価報告書統合報告書に示された1.5℃/2℃目標に必要な世界の温室効果ガス削減(増井氏のスライドより)
図3  IPCC第6次評価報告書統合報告書に示された1.5℃/2℃目標に必要な世界の温室効果ガス削減(増井氏のスライドより)(画像拡大)

増井氏は、日本の温室効果ガス排出量は統合報告書が示した「2035年の排出量を2019年比6割削減」という目標に遠く及ばないこと、2050年にCO2をゼロ排出にするのではなく、できるだけ早くゼロにしていくことが重要と強調しました。

AR6では新たに章が設けられ、近年知見が急速に深まっている需要側の対策(詳細はディスカッション参照)が強調されています。需要側の対策と供給側の対策を組み合わせることで、脱炭素社会の実現がより近づいてくると増井氏は解説しました。

適応策や持続可能な開発目標(SDGs)とも関連する統合的、包括的な取り組みを進めることは、気候に対してレジリエントな社会を構築することにつながります。そのための資金は十分に準備されているわけではないが、民間資金の水準を拡大することによって大規模な温室効果ガス排出削減の実現の可能性を高めることができると、増井氏は結びました。

※AR6 WG3の内容については、以下を参照してください。
IPCC 第6次報告書 第3作業部会(IPCC AR6 WG3)解説サイト
https://www-iam.nies.go.jp/aim/ipcc/index.html

2. AR6統合報告書を横断的に解説

甲斐沼美紀子氏(名誉研究員)

講演の後、長年IPCCの報告書にかかわってきた甲斐沼美紀子氏(名誉研究員)がファシリテーターとなり、統合報告書を横断的に解説しました。

講演した3名と、「土地関係特別報告書」(2019年8月公表、詳細は、三枝信子ほか「土地は有限—食料・水・生態系と調和する気候変動対策とは?—」地球環境研究センターニュース2019年10月号を参照)執筆者の三枝信子氏(地球システム領域/領域長)、AR6 WG3執筆者の久保田泉氏(社会システム領域/主幹研究員)も議論に加わりました。

甲斐沼氏は、産業革命前からの平均気温上昇を1.5℃に抑えることが世界的な目標になっているが、1.5℃を超えるとどんな現象が起きるのか、どういう影響があり、われわれにとってどのくらい大きいのか、また、温室効果ガスの削減にはバイオエネルギーと炭素回収・貯留を組み合わせるようなネガティブエミッションが必要になるが、土地利用について、今後どういうことに注意していく必要があるか質問しました。

江守氏は、現状の科学的認識では1.5℃を超えたとたんに正のフィードバックで温暖化が加速し、たとえば何十年間で4℃上昇してしまうことは考えられていないが、1.5℃を超えるといくつかのティッピング(臨界点)が始まるという論文は出ていると回答しました。

肱岡氏によると、気候変動によりもっとも影響が出やすいのは自然生態系と氷河で、また、広範囲に暑さが広がることで人間の健康への影響もあるとのことです。2018年10月に公表された「1.5°C特別報告書」(詳細は、肱岡靖明「1.5°C特別報告書のポイントと報告内容が示唆するもの 気候変動の猛威に対し、国・自治体の“適応能力”強化を」地球環境研究センターニュース2019年1月号を参照)の執筆者でもある氏は、2℃と1.5℃の影響の差を調べるために論文を集めたところ、思っていた以上に差があることがわかったと述べました。

三枝信子氏(地球システム領域/領域長)

三枝氏は、AR6ではネガティブエミッションの必要性は繰り返し書かれていて、さまざまな技術は考えられているが、地球規模でCO2削減になる有望なものは少ないと語りました。

また、私たちは化石燃料起源の温室効果ガスの排出を減らすと同時に、あらゆる工業製品、食料などの生産のプロセス全体を低炭素化する必要があると強調しました。

WG2とWG3の成果では、短期における気候対応・適応の実現可能性や、緩和オプションがあると説明がありました。日本で対策を実施する場合、一番の課題は何かと、甲斐沼氏は増井氏に問いました。

これについて、増井氏からは制度設計と人々の意識が不十分との回答がありました。日本でも炭素税は導入されているが低い水準であり、低い水準で人々の意識が変わるかどうか、また、国民の気候変動への関心は十分ではないため、働きかけをすることが重要と話しました。

国の制度設計はもとより、国際間での協力体制も大切だと甲斐沼氏は述べました。

久保田泉氏(社会システム領域/主幹研究員)

国際制度の法的分析を専門としている久保田氏は、気候変動分野の国際協力はパリ協定を境に変わったと述べました。気候変動対策について、以前は緩和に偏りがちだったが包括的に扱うようになったとのこと。これは緩和と適応を一緒に進めていかなければならないという、統合報告書の趣旨にも沿っていると説明しました。

最後に、包括的な対策を今できることから進めていくことが重要と、甲斐沼氏は議論をまとめました。

3. 参加者からの質問やコメントをもとにしたディスカッション

登壇者からの解説の後は、江守氏がファシリテーターとなり、事前にいただいているものも含め、参加者からの質問やコメントをもとにディスカッションを行いました。

はじめに、脱炭素社会の実現に向けた需要側の対策とは具体的にどういうものかという問いに対して、増井氏は、省エネ、食品ロスを減らす、徒歩や自転車の活用など、われわれができる全体的なことが需要側の対策に含まれていると述べました。

甲斐沼氏は、われわれができることはもちろんだが、インフラ整備も重要になってくると補足しました。欧州では自転車専用の広い道路があり、三輪車に荷物が積め、子どもも乗せて走れるが、日本の道路は狭くて困難だと指摘しました。デンマークなどではショッピングセンターに徒歩や自転車で行けるような住宅開発が行われていることを考慮すると、インフラ整備も含めて取り組むことで、さらに需要側の対策が進むと思うと解説しました。

CO2吸収源としての森林の役割がクローズアップされて、森林減少対策の重要性が薄まっているのではないかとの懸念について、三枝氏は、まだ続いている森林減少を食い止めることが大事で、プラスして吸収源の拡大も考えていかなければならないと説明しました。日本は国土の7割が森林の森林大国だが、東南アジアから購入しているさまざまな木材やパーム油がどういうふうに生産されているのかを想像し、プロセス自体を低炭素化しようという発想を多くの人がもってくれることを望んでいると話しました。

2022年開催のCOP27までに2030年目標の見直しがされず、2023年のCOP28に向けて見直しと引き下げが避けられないのではないかという質問に対して、久保田氏は、COP27全体決定「シャルム・エル・シェイク実施計画」において、2030年までの緩和の野心と実施を向上するための「緩和作業計画」が採択され、気温目標と整合するように2030年目標を見直すことが書かれている以上、この宿題を進めることになるだろうと回答しました。

それについて江守氏から、環境省の見解では日本の目標は1.5℃に整合しているとの発言がありました。しかし統合報告書が公表されて、国連のグテーレス事務総長が、先進国に温室効果ガスの実質排出ゼロ目標を前倒しし、2040年までに実現するよう求めたため、先進国が2040年を目指すことが国際的な様相になるのか、注視していきたいと述べました。

気候変動による影響や度合いは場所によって異なる。日本で1.5℃や2℃を超えたら具体的にどういうことが起きるかという問いについて、肱岡氏は、現在、文部科学省のプロジェクトで進めており、2℃を超えたらどうなるかはA-PLAT(https://adaptation-platform.nies.go.jp/)に掲載されている。ぜひ A-PLATを見てほしいと答えました。また、自分の国でどういうことが起きるのか、国民がなかなか自分事として捉えられないことが多いのは、自分たちの活動が伝わっていないということで、課題であるとも述べました。

江守氏から、事前にもらった質問でも日本人は気候変動に関する関心が低すぎるのはなぜかというものがあったと紹介されました。

肱岡氏は、気候変動の影響は同時多発的に全国で起きるわけではなく、ある地域で起きていることを知ることは難しい。また今年起きたことが来年起きるわけでもないことを考えると、これまでに起きたことの流れの一つととらえてしまいがちだと発言しました。

どのように報道したらわかってもらえるのかというのも課題だと、甲斐沼氏から指摘がありました。甲斐沼氏の知人が勤めている高校では、ほとんどの生徒が温暖化について知らないということがわかり、関心をもってもらうための検討を始めたそうです。

これについて、増井氏は、子どもの教科書には温暖化について書かれているので、教えるようにはなっているが、きちんと教えられていないせいだろうと述べました。教師に、温暖化に関する科学的認識から対策の可能性まで伝わるよう、われわれも発信していかなければいけないと話しました。また、大学でも、2050年ネットゼロにしなければいけないということを知らない学生が多いが、グループディスカッションで調べさせるといろいろな意見が出てくるので、自分事として関心をもたせることは重要と述べました。

三枝氏は、次世代の若者に先生から教えていただくことはとても重要と話しました。一方、大きな生産プロセスやサプライチェーンをもっている大企業の担当者は、海外や国内に進出するときに、将来の気候や海抜など、真剣に考え始めている印象があると説明しました。

最後に登壇者から、感想や報告書の受け止め、本日のイベントを通して感じたことが述べられました。

参加者の関心が高いことはわかったが、1.5℃を目指す時間のなさが世間に伝わっていないと感じることが個人的に多い。きちんと伝えていけるよう、いろいろな活動に取り組んでいきたい。(久保田氏)

温暖化による気候変動は避けられないが、われわれが取り組めることは多々ある。今日の参加者も何ができるのか、何をすればいいのかを考えていただければと思う。(肱岡氏)

AR6でインパクトがあったことの一つが気候感度。CO2が倍増したときの不確実性が40年ぶりにかなり狭まり、将来の予測がより確かにできるようになってきた。時間はかかるが研究者も頑張り、またできるだけ正確に伝えたいと思うので、みなさんも自分事として考えていただき、一緒に頑張りましょう。(三枝氏)

「統合報告書の解説資料(https://www-iam.nies.go.jp/aim/pdf/IPCC_AR6_SYR_SPM_230328.pdf)や解説動画(https://www.youtube.com/watch?v=zdHlJcHn9Nw)、AR6 WG3の解説サイト(https://www-iam.nies.go.jp/aim/ipcc/index.html)を周囲の関心をもっていない人に紹介し、みんなで考えていかなければならない問題だということを広めてほしい。(増井氏)

「1.5℃特別報告書」の執筆を担当し、1.5℃と2℃で影響がかなり違うことがわかった。報告書には、サンゴ礁は、1.5℃上昇で30%くらい残るが、2℃になると99%死滅してしまうと書かれている。しかし、今すぐ対策すれば1.5℃目標を達成できるとされている。まだまだしなければいけないことがたくさん残されているので、これからも頑張っていきたい。(甲斐沼氏)

イベントの終わりに、江守氏は、「IPCCの報告書は、論文に基づいた慎重な表現をとっていて難解な部分も多いかと思うが、近未来の行動と選択が数千年にわたる人類の運命に影響を与えるというメッセージが少しでも多くの人に伝わったらいいと思い、われわれもこういった発信を続けていきたい」と述べました。