RESEARCH2022年11月号 Vol. 33 No. 8(通巻384号)

環境研究総合推進費の研究紹介30 東アジアにおける多様な大気エアロゾルをライダーで測る -環境研究総合推進費課題 5RF-2001「大気モニタリングネットワーク用低コスト高スペクトル分解ライダーの開発」での取り組み-

  • 神慶孝(地球システム領域大気遠隔計測研究室 主任研究員)

1. はじめに

東アジアには、様々な微小粒子(大気エアロゾル)が存在しています。中国大陸の砂漠から飛来する黄砂(鉱物ダスト)やシベリアの森林火災で発生するスモーク(ブラックカーボン)、工場等から排出される大気汚染粒子などがあります。これらの大気エアロゾルが高い濃度で存在する時には、空が霞んで視程が悪くなるだけでなく、汚染された空気を吸い込むことで人の健康にも影響を及ぼします。とりわけPM2.5(粒径が2.5µm以下の粒子)は粒子サイズが小さいので、肺の奥深くまで入り込むことから、呼吸器系や循環器系の疾患の原因になると言われています。

我が国においては、2009年にPM2.5重量濃度の環境基準が設けられ、1年平均値が15µg/m3以下(長期基準)、1日平均値が35µg/m3以下(短期基準)と定められています。環境省が2010年度に常時監視を開始して以降、PM2.5濃度は年々減少傾向にあり、2020年度の報告では98%以上の測定局で環境基準を達成しました。一方で関東・関西・九州の都市部や瀬戸内沿岸部では依然として環境基準を達成しておらず、引き続き要因を分析し、対策をしていく必要があります。

効果的なPM2.5対策を検討する上で、越境汚染の影響や国内発生源の寄与を把握するため、PM2.5の成分分析が重要となります。2020年度には全国47都道府県175地点においてPM2.5の成分分析が実施され、PM2.5に含まれるイオン成分や無機元素、炭素成分等が測定されています。また、環境省がPM2.5成分の自動測定機を全国10カ所に設置し、2017年度から運用を継続しています。上記は地上の空気を直接捕集して化学分析を行う手法ですが、越境汚染などPM2.5の輸送を明らかにするためには、地上だけでなく上空も含めた立体的な大気エアロゾルの分布を把握する必要があります。

上空の大気エアロゾルの分布を測定する方法として、航空機や係留気球、ドローン等に測定器を取り付けて上空の空気を捕集する研究が行われています。これらは自動測定ではないため測定回数や測定高度が限定されるといった課題があります。また、成分分析のためには、上空で捕集したエアロゾルをオフラインで化学分析することから、連続的な測定は難しくなります。大気エアロゾルの高度分布を高い時間・空間分解能で測定する手法として、ライダーによる観測が挙げられます。ライダーはレーザー光を大気中に照射し、大気エアロゾルで後方散乱された光を検出することで大気エアロゾルの高度分布を計測することができます。

国立環境研究所では、ライダー観測ネットワークを東アジアに約20地点展開し、2000年代前半から大気エアロゾルの高度分布のモニタリングを行なってきました。ライダーを用いて多様な大気エアロゾルを計測するため、測定手法や解析手法の開発に日々取り組んでいます。本稿では、推進費課題 5RF-2001「大気モニタリングネットワーク用低コスト高スペクトル分解ライダーの開発(令和2年度〜令和4年度)」で行なっている、種々の大気エアロゾルの高度分布を監視するための新しいライダーの研究開発について紹介します。

2. ライダー観測によるエアロゾル成分測定

ライダー観測は大気エアロゾルからの後方散乱光を利用するため、通常の化学分析ではなく、光学的に種類分けした大気エアロゾルの濃度を測定します。具体的には、大気エアロゾルの粒子形状や粒子サイズ、光吸収性の特徴から、「非球形で大粒子(鉱物ダスト)」「小粒子で光吸収が弱い(硫酸塩エアロゾルなどの大気汚染性粒子)」「小粒子で光吸収が強い(ブラックカーボン)」「大粒子で光吸収が弱い(海塩粒子)」の4つのタイプの粒子に分類することができます(Nishizawa et al. 2017)*1

粒子タイプ別の大気エアロゾル濃度を測定するためには、大気エアロゾルの粒子形状、粒子サイズ、光吸収性をライダーで測定する必要があります。粒子の球形・非球形性については偏光解消度というパラメータを測定します。粒子サイズに関しては複数波長で測定することによって取得できます。光吸収性については、大気エアロゾルの消散と散乱の情報が必要となります。

これまで東アジアに展開してきた観測ネットワーク用のライダーでは、偏光解消度の測定および複数波長での測定を行なっているため、球形・非球形と小粒子・大粒子の分類が可能でした。非球形粒子は東アジアでは主に鉱物ダストで構成されるため、黄砂濃度の測定が可能となります。一方で、現在運用中のライダーでは大気エアロゾルの光吸収性に関するパラメータの測定ができないため、ライダー観測データからブラックカーボンを抽出することは困難でした。そこで、ライダー性能の高度化が必要となります。

3. 推進費課題でのライダー開発と目標

ブラックカーボンを含む種々の大気エアロゾルの高度分布を測定するために、推進費課題で新しいライダーの開発を行なっています。ライダー性能の高度化には、ラマン散乱ライダーと高スペクトル分解ライダーの2つの手法があります。ラマン散乱(分子による光散乱のうち、分子の振動・回転により入射光とはわずかに異なる波長を持つ散乱)は極めて微弱であるため昼間の観測は困難ですが、高スペクトル分解ライダーはラマン散乱よりも格段に強いレイリー散乱(入射光の波長よりも十分小さい粒子による散乱)を利用するため、昼間でも高感度で計測できる有力な手法になります。

高スペクトル分解ライダーは、大気分子からのレイリー散乱を大気エアロゾルからのミー散乱(入射光の波長と同程度の大きさの粒子による散乱)と分離して測定することで、消散係数を後方散乱係数とは独立に測定する手法になります。従来の高度スペクトル分解ライダーは高コストかつ安定性に欠けるため、多地点で常時モニタリングするようなシステムは困難でした。そこで本研究では、多様な大気エアロゾルを測定するライダー観測ネットワークの構築を見据えて、低コストで簡易的な高スペクトル分解ライダーシステムを開発することを目的としています。

従来の高スペクトル分解ライダー手法では、周波数のピークが一つである高価なシングルモードレーザーを用いることが確実な方法とされていました。また、従来の手法では、レーザー波長や分光器の精緻な制御を必要とするため、安定した常時測定が難しいという課題がありました。国立環境研究所では、技術課題を克服できる革新的な手法として、マルチモードレーザーと走査型干渉計を用いた測定手法を開発し、特許権を取得しました(特許 第6243088号)。この特許技術を活用・発展させることで、安価で簡易的なシステムの実現を目指しています。

本研究の概要を図1に示します。本研究は2つのサブテーマで構成されています。サブテーマ1(国立環境研究所)では、ライダーシステム全体の開発と測定データの自動処理アルゴリズムの開発を実施します。サブテーマ2(情報通信研究機構)では、高スペクトル分解ライダー用の小型レーザーを開発します。市販のレーザーでは安定した測定が困難であるため、本研究で最適なレーザー光学設計を研究します。

研究計画では、初年度でシステムの「肝」となる分光器とレーザーの設計・開発を進めて、2年目でライダーのプロトタイプを完成させます。3年目で長期観測実験を実施し、測定データを解析して、種々の大気エアロゾル濃度を抽出します。最終的には、毎時の大気エアロゾル濃度について1ヶ月間のデータセットを作成することを本研究の目標としています。この目標を達成することによって、自動連続運用可能で将来的なライダー観測ネットワーク強化に資するシステムを確立したいと考えています。

図1 推進費課題5RF-2001の概要
図1 推進費課題5RF-2001の概要

4. おわりに

本稿では、推進費課題で取り組んでいる研究として、ライダーによる大気エアロゾル成分の測定とそのためのライダー性能の高度化について紹介しました。本研究の開発によって、黄砂濃度だけでなくブラックカーボン濃度も含めた種々の大気エアロゾルの高度分布を測定することができます。また、将来的なネットワーク展開によって大気エアロゾルの立体的な分布を監視することで、越境汚染の影響や長距離輸送に伴うブラックカーボンのエイジング効果の研究に貢献できると考えています。さらに、化学輸送モデルの同化データとしての利用や疫学研究への活用も期待されます。

*環境研究総合推進費の研究紹介は地球環境研究センターウェブサイト(https://www.cger.nies.go.jp/cgernews/suishinhi/)にまとめて掲載しています。