RESULT2022年11月号 Vol. 33 No. 8(通巻384号)

最近の研究成果 大気観測からCO2吸収・放出量を推定するための手法開発と推定値の確からしさの評価

  • 丹羽洋介(地球システム領域 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員)

1. はじめに

地球上の陸や海は二酸化炭素(CO2)を大気から吸収したり、大気へ放出したりしています(CO2フラックスといいます)。これらの陸や海による吸収と放出は、地球全体では吸収が勝っており、人間活動によって大気へと放出されたCO2のおよそ半分を吸収してくれています。しかしながら、この自然界におけるCO2吸収・放出量は、大気CO2濃度の増加や地球温暖化によって引き起こされた気候・海洋環境の様々な変化に応じて、徐々に変化している可能性が指摘されています。このような自然界におけるCO2吸収・放出量の変化を正確に知ること、また、それらのプロセスを理解することが、気候変動・温暖化予測の精度向上にむけて重要な課題となっています。

これらのCO2吸収・放出量の有力な推定手法として、逆解析と呼ばれる手法があります。逆解析は吸収・放出量の時間変動や空間分布を、様々な大気CO2濃度観測データと辻褄が合うように推定する手法で、地球表面のCO2吸収・放出と大気濃度を繋げるために、大気輸送モデルと呼ばれるシミュレーションモデルを使います。本研究では、この逆解析について、新たな手法開発を行うとともに、逆解析で得られるCO2フラックスの推定値がどれだけ確からしいかを評価しました。

本研究では、NISMON-CO2 (NICAM-based Inverse Simulation for Monitoring CO2)という逆解析システムに精緻なグリッド変換を導入して、大気輸送モデルの格子上ではなく、任意の緯度経度格子上でCO2フラックスを推定する手法を開発しました。

これにより、CO2フラックスの推定計算が高解像度に行えるようになり、また、初期推定値が持つ詳細な情報を保持できるようにもなりました(図1a-c)。逆解析では初期推定値として、既存のいくつかのフラックスデータを用いる必要がありますが、用いられる大気輸送モデルの解像度は、通常、これらの初期推定値のデータよりも低くなっています。今までの手法では、その解像度の低い大気輸送モデルの格子上でフラックスの最適化を行っていたため、初期推定データが本来持つ詳細な空間情報が失われてしまっていたのですが、今回の手法を導入することで、初期推定データの解像度のままフラックス推定が出来るようになりました。

本研究では、他に初期推定値や観測データの誤差の扱いに対しても改良を行ったうえで、さらに疑似観測データ実験というものを行いました。逆解析では、地球上のあらゆる地点・時間のフラックス推定値を得ることができますが、その全てが正しいとは言いきれません。特に観測データがまばらにしかない地域では、フラックス推定値の誤差は大きくなっています。そこで、“真のフラックス”と仮定したCO2フラックスのデータを用意し、それから擬似的な観測データを作成しました。この疑似観測データを逆解析に入力し、CO2フラックスの推定値が初期推定値からどれだけ”真のフラックス”に近づいたかどうかを評価することで、推定値の確からしさを把握することができます。

この疑似観測データ実験の結果、年々変動といった時間スケールのCO2フラックスの変化が逆解析で精度良く推定できることがわかりました(図1d)。また、本研究で行った様々な改良が、その精度を向上させることも確認しました。一方で、陸と海のフラックスの各総量には無視できない量のバイアスが存在しうることもわかりました。今後も継続的に手法開発を進めて精度を高めていく必要がありますが、本研究で開発したシステムを活用することで、地球規模のCO2吸収・放出量の常時モニタリングに役立てられると期待されます。

本研究は、環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF21S20810)により実施しました。

図1 (a, b, c) 疑似観測データ実験における真値(a)と新手法(b)と旧手法(c)の逆解析で得られたCO2フラックスの分布(2011年7月)。ここでは解析対象ではない化石燃料起源の排出は除いてある。負(緑系の色)の値は吸収を示す。(d) 陸域11領域における化石燃料起源以外のCO2フラックスの年々変動。薄い灰色と濃い灰色の実線はそれぞれ初期推定値と真値を表す。他の色の実線は疑似観測データ実験による逆解析の解析値で10回から300回までの反復計算で得られたものを示す。青の破線は、モデル誤差を考慮しない逆解析の解析値で300回の反復計算で得られたものを示す。
図1 (a, b, c) 疑似観測データ実験における真値(a)と新手法(b)と旧手法(c)の逆解析で得られたCO2フラックスの分布(2011年7月)。ここでは解析対象ではない化石燃料起源の排出は除いてある。負(緑系の色)の値は吸収を示す。(d) 陸域11領域における化石燃料起源以外のCO2フラックスの年々変動。薄い灰色と濃い灰色の実線はそれぞれ初期推定値と真値を表す。他の色の実線は疑似観測データ実験による逆解析の解析値で10回から300回までの反復計算で得られたものを示す。青の破線は、モデル誤差を考慮しない逆解析の解析値で300回の反復計算で得られたものを示す。画像拡大