2020年4月号 [Vol.31 No.1] 通巻第352号 202004_352008

【最近の研究成果】 新たな統合型水文生態系-生物地球化学結合モデルの開発:その4 〜陸域-陸水間の連続性を考慮した炭素循環の経年変化の評価〜

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 主任研究員 中山忠暢

既存の炭素循環研究では、河川・湖沼・地下水などから構成される「陸水」を、物質が陸域から海域へ輸送される際の単なる水路とみなし、全球炭素収支の計算上でも陸水の寄与は残差もしくは誤差の範囲内との扱いにとどまっていた。つまり、陸域に比べれば陸水の影響は局所性が強くほとんど無視できるという仮定のもとで積極的には取り扱われてこなかった。近年、観測結果の解析を中心にした陸水の新たな役割に関する研究も行われるようになってきたが、総計的に有意な相関関係などの半経験的な評価にとどまる、もしくは収支保存が完全と言いがたいものが多かった。そのため、新たな研究展開のためにも統合的かつ高精度な再評価が必要とされている[1]。このような背景のもとで、炭素輸送・無機化・固定化などを含む陸水を通した炭素循環の再評価を行うために、筆者は、これまでに開発してきた水文生態系モデルNICE(National Integrated Catchment-based Eco-hydrology)[2]を炭素循環・水質・化学的風化モデルと有機的に結合することにより、プロセス型モデルNICE-BGCを近年新たに作り上げた[3]

本研究では、これら一連の既存研究をさらに発展させ、陸域-陸水間での水・炭素循環の連続性を拡張することでNICE-BGCを再構築し、世界の主要河川流域を対象に水・炭素循環の経年変化に及ぼす影響を評価した。その結果、炭素循環の経年変化は異常気象に大きく影響されることが判明した。特に、陸水を通した炭素フラックス及び土壌炭素との関係の経年変化特性を解析することにより、バイオーム及び主要河川流域ごとの空間的異方性(ばらつき)が明らかになった(図1)。さらに、感度解析の結果、土壌炭素フラックスは気温変化に影響されやすく、陸水への流出フラックスは降水量変化に大きく影響されることが定量的に示された。最終的に、陸水の影響を陽的(明示的)に考慮した全球での純生態系交換(NEE)(−1.49 ± 0.50 PgC/year)は、考慮しない従来の結果(−2.33 ± 0.50 PgC/year)に比べてCO2の吸収量が若干減少することが算定された(図2)。本研究で得られた結果は、陸域での鉛直方向への炭素移動及び反応に重点を置いた既存研究を再検討する必要性を示しており、異なる流域ごとでの炭素循環の相違を識別するためにも有効である[3]

現在、著者は本研究を更に拡張して、水循環に付随する炭素・窒素・リン循環の相互作用及び栄養塩動態の変化について検討を行っている。陸水での内部生産や代謝プロセスの変化の定量化は、CO2のみならずCH4やN2Oを含む温室効果ガスの放出・吸収や炭素循環・物質循環の高度化にとっても不可欠であることを示している。並行して、日本の全国一級河川流域(109水系)を対象に気候変動及び人為活動に伴う水・炭素循環変化を内包するNICE-BGCの高解像度モデル開発を進めている。これらの新たな開発によって、より複雑な人為的影響に伴う陸水を通した炭素循環の変化を明らかにする予定である[4]

図1 NICE-BGCで計算された世界の主要河川流域での土壌炭素及び陸水を通した炭素フラックスの経年変化の空間分布。(a)–(f)は土壌炭素・それぞれの炭素の反応形態DOC(溶存態有機炭素)・POC(懸濁態有機炭素)・DIC(溶存態無機炭素)・大気へのCO2放出量・河床堆積量のフラックス変化量を表す。正値は増加傾向、負値は減少傾向を示す。詳細については下記論文情報の中の引用文献を参照

図2 NICE-BGCで計算された陸水-陸域間での相互作用を考慮した全球での純生態系交換(NEE)の結果:白丸は従来の研究と同様に陸水の影響なし(もしくは陰的に考慮)、黒丸は陸水の影響を新たに陽的(明示的)に考慮した計算値、点線はそれぞれの線形近似を示す。正値は炭素放出、負値は炭素吸収を示す。詳細については下記論文情報の中の引用文献を参照

脚注

  1. 例えば、Nakayama, T.: Development of process-based NICE model and simulation of ecosystem dynamics in the catchment of East Asia (Part V). CGER’s Supercomputer Monograph Report, 26, NIES, 122p., http://cger.nies.go.jp/publications/report/i148/ja/, 2019. 同モノグラフよりも以前に刊行されたPart I(http://cger.nies.go.jp/publications/report/i063/I063)、 Part II(http://cger.nies.go.jp/publications/report/i083/i083)、 Part III(http://cger.nies.go.jp/publications/report/i103/ja/)、 Part IV(http://cger.nies.go.jp/publications/report/i114/ja/)も関連。
  2. 様々な植生から構成される自然地モデル・主要作物や灌漑を含む農業生産モデル・管路網や都市構造物を含む都市モデル・ダムモデル・水循環モデル・物質循環モデル・植生遷移モデル等、様々なサブモデルから構成される。NICEは首都圏・霞ヶ浦・釧路湿原などの日本国内のみならず、長江・黄河・メコン川・シベリア湿原・モンゴル、更に近年は全球にスケールアップして、様々な流域の生態系評価を行ってきている。NICEの詳細については脚注1のモノグラフ、及び関連の既存論文や書籍を参照。
  3. NICEとLPJWHyMe、QUAL2Kw、SWAT、RokGeM、CO2SYSなどの複数の物質循環モデルが有機的に結合されている。NICE-BGCの詳細については関連の既存論文及び地球環境研究センターニュース2017年8月号掲載の「新たな統合型水文生態系-生物地球化学結合モデルの開発:その1」「新たな統合型水文生態系-生物地球化学結合モデルの開発:その2」、及び2019年1月号掲載の「新たな統合型水文生態系-生物地球化学結合モデルの開発:その3」を参照。
  4. 例えば、地球環境研究センターニュース2020年3月号掲載の「シミュレーションによって見えてくる水の流れ」を参照。

本研究の論文情報

Inter-annual simulation of global carbon cycle variations in a terrestrial-aquatic continuum
著者: Nakayama T.
掲載誌: Hydrol. Process. (2020) 34(3), 662-678, doi: 10.1002/hyp.13616

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