2019年3月号 [Vol.29 No.12] 通巻第339号 201903_339006
愛媛大学で講義を行いました —地球温暖化とその緩和策・適応策—
2017年度に引き続き、2018年度も12月21日と2019年1月8日に、愛媛大学工学部1年生に地球環境研究センター主幹の広兼克憲が、非常勤講師として、地球温暖化に関する基本的な知識と対策の現状に関する講義を行いました。その概要をご紹介します。なお、2017年度の講義概要は「愛媛大学での講義録『地球温暖化とその緩和策・適応策』」2018年4月号をご参照下さい。
1. 地球温暖化を科学的に理解:12月21日の講義から
(1) 地球温暖化とは? 松山市における影響は?
最初に、太陽と地球の関係を示しながら、地球温暖化について以下のように解説しました。「温室効果ガスを含む大気は身近な例えをするなら地球を寒さから守る防寒着のような機能をもっており、現在は適度な保温効果がある(大気のない地球は本当はとても寒い)が、厚着する(温室効果ガスがいまより増加する)と地球の肌の温度(地表面温度)は高くなってしまいます。」
主要な温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)の平均濃度は、産業革命前には280ppmで安定していたが、その後急速に増加し、現在は400ppmを超えました。温室効果ガスの濃度上昇とともに地球の平均温度も上がってきました。愛媛大学のある松山市でも1890年から2017年の間に100年あたり1.8°Cの割合で年平均気温が上昇しています。なお、この上昇には地球温暖化に加えてヒートアイランド効果なども加わっています。
(2) 温室効果ガスの観測
次に、国立環境研究所(以下、国環研)が進めている温室効果ガスの観測について紹介しました。国環研は波照間島(沖縄県)と落石岬(北海道)にある地球環境モニタリングステーションでCO2濃度を毎日観測しています。CO2濃度は一年のうちでは、春先の4〜5月頃に一番高く、夏場の植物の光合成による吸収により8月〜9月に一番低くなります。
また、北海道天塩、北海道苫小牧、富士北麓の3箇所で、植物(成長過程の異なる森林)が、それぞれどれくらいCO2を吸収しているかという観測結果を紹介しました。森林は成長過程に沿ってCO2の吸収量が異なるので、この3箇所で比較してみました。天塩は2003年に森林の一定区画を伐採し、その後植林しました。植林直後は木の成長量もまだ大きくないため、CO2排出量が吸収量を上回っていたのですが、10年後には木がどんどん成長を始めたため、吸収量のほうが多くなりました。苫小牧では2004年に北海道に上陸した台風によりカラマツ林の9割が倒れてしまいました。苫小牧では倒木後、すぐに植林せず、自然のまま放置したのですが、この状態では、天塩のように人工的に植林した場合よりも、正味のCO2吸収が始まるまでの時間が長くなる傾向があることがわかりました。一方、富士北麓のカラマツ林は樹齢55年程度ですが、まだ成長を続けており、一定のCO2を吸収し続けているという観測結果が出ています。
他の機関と共同で進めている観測についても紹介しました。JAL(日本航空株式会社)などと協力し、国際線旅客機に国環研が共同開発した小型の測定器を搭載して世界中の空でCO2濃度を測っています。さらに、環境省、国環研、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が共同で推進しているGOSATプロジェクトでは、人工衛星によって宇宙からCO2やメタンの濃度を観測しています。2018年10月29日に打ち上がったGOSAT-2により、今後新しいデータが出てくることを期待しています。
(3) 地球温暖化の影響
国環研では、富山県立山の室堂山荘に定点カメラを設置して、立山(3029m)のような山岳生態系に現れる温暖化の影響を2009年から写真画像により監視しています。今後もさらに長期の観測を行うことで温暖化の明確な影響が出てきた場合には過去との連続的な比較により確認できるようになります。
【実験】海はCO2を吸収する?
石炭や石油を使うと大気中に過剰なCO2が出てしまいます。排出されたCO2の半分はそのまま大気中にとどまり、残りの半分は陸上の植物と海水に吸収されます。本当に海がCO2を吸収するのか、さらにその海水の酸性度に影響が出るのかを簡単な実験で確かめました。
実験は、液体の酸性・アルカリ性を調べる溶液(BTB溶液)を混ぜた海水入りの小瓶に、CO2を強制的に注入して、振り混ぜた時の色の変化を観察するというものです。海水は弱アルカリ性(BTB溶液は青色)ですが、小瓶に人間の息(大気中の50倍の濃度である約2%のCO2が含まれる)を吹き込み、びんをよく振ると海水は酸性(黄色)に変わりました。この状態で再度小瓶の蓋をあけ、今度は呼気を追い出して部屋の空気と入れ替えて振り混ぜる(換気する)と、また元に近い青色に戻ります。色が変わるたびに学生の間から歓声が上がっていました。
CO2が大気中に増えると、地球温暖化を進めるだけでなく、海にCO2が溶け込み海水の酸性化に向かいます。酸性化が進むと生物が炭酸カルシウムを作れなくなり、たとえばウニや貝などの堅い殻(炭酸カルシウム)をもつ生き物に影響が出ると報告されています。
2. 温室効果ガス排出量と世界の地球温暖化対策(緩和策・適応策):1月8日の講義から
(1) パリ協定
はじめに、「パリ協定」という言葉を聞いたことがあるかと質問したところ、半分以上の学生が手を挙げました。
2015年に採択され、2016年に発効したパリ協定では、産業革命前からの平均気温上昇を2°Cより十分低く抑え(さらに1.5°Cを目指す)、今世紀後半には人為起源の温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることが合意されました。2017年にアメリカは離脱を宣言しましたが、実際に脱退が可能となるのは、最早でもパリ協定発効(2016年)から4年後の2020年11月4日以降です。
2015年の世界のCO2排出量は、中国、アメリカ、インド、ロシアの順で、日本はそれに次ぐ世界第5位の排出大国です。一人あたりの排出量では日本は9トンなので、世界平均の約2倍です。1位の中国など他国の取り組みへの期待も重要ですが、日本は自ら模範となる削減を実施しなければなりません。ちなみに松山市は、一人1日当たりのごみ排出量が人口50万人以上の都市の中で最少(平成28年度)だそうですが、ごみを少なくすることは循環型社会に貢献し、同時にCO2の排出削減にも寄与するわけで、一人当たりの排出量が少ないことは非常に重要です。
(2) 緩和策と適応策
地球温暖化対策には「緩和」と「適応」の2種類があります。温暖化の原因であるCO2を減らすことが緩和策です。しかし、もうすでに地球温暖化の影響は現れていますから、変わっていく気候に適応(たとえば上昇する海面水位に対応して堤防の高さを上げるなど)していく必要があります。これからの地球温暖化対策には緩和と適応の両方が必要です。
パリ協定を踏まえ、日本政府は地球温暖化対策計画を2016年5月に閣議決定しました。そして2018年6月には気候変動への適応を推進することを目的とした気候変動適応法が公布され、12月には施行されました。
地球温暖化対策計画では2013年度(東日本大震災後、国内の原発が止まり、CO2排出量が高いとき)を基準として、2030年度に26%削減するという目標になっています。しかし、削減目標は各部門一律ではありません。削減が十分進んでいると思われている産業部門で6.5%、家庭部門と業務その他部門ではそれぞれ約40%です。具体的な目標達成方法として、業務その他部門でLEDなどの高効率照明をストック(新製品販売だけでなく既存購入品も含め)で100%にすることなどを掲げています。家庭部門ではゼロエミッション住宅の推進などを進めていくことが計画されています。日本の2030年度削減目標は他国の数値と比較してチャレンジングなものとはいえませんが、それでも達成するのは大変なことです。長期的にはさらに20年後の2050年までに80%削減、2100年にはゼロかマイナスにしなければパリ協定の目標に達しません。今後は、これまでの対策の延長ではなく、技術やライフスタイル、経済社会におけるイノベーションなどの大きな転換が必要になるでしょう。
【体験】自転車で発電
エネルギーは目に見えません。私たちはスイッチ一つであかりをつけられますが、それがどれくらいのエネルギーを必要とするのかを実感することはありません。そこで、今回は学生さんに教室の中で自転車をこいでもらい、そこで発電したエネルギーであかりをつけてもらいました。
LEDなら、それほど力を入れなくても20個以上点灯できます。しかし白熱電球を明るくつけようとすると坂道を登るような、かなりの力が必要です。この体験で消費電力の違いをペダルの重さを通じて理解していただけたと思います。
講義の後、地球温暖化問題に関する意識についてのアンケートにご協力いただき、84人から回答をいただきました。質問と回答の概要は以下のとおりです。
(1) 気候正義(climate justice)という言葉をご存知ですか? Yesの場合、その意味をご回答下さい。
Yesと答えた人は残念ながらいませんでした。気候正義(地球環境豆知識 [34] 2018年4月号参照)とは、気候変動問題は、世代間、加害者・被害者の不公平が存在する国際的な人権問題であるという認識で、世界各地で気候正義を求める社会運動が展開されています。諸外国では学生が、この考え方に基づいて政府に対策を訴えたり具体的な活動をしたりすることも多くなっています。
(2) 今後の地球温暖化対策では、世代間衡平(原因者と対策者・影響者が同じ世代ではない)、先進国と途上国(さらには温室効果ガス大量排出国とそうでない国)の「差異ある責任」などの論点があります。あなたは地球温暖化問題に対する今後の「責任分担」についてどう考えるべきと思いますか?
ア. 世代間衡平(原因者と対策者・影響者が同じ世代ではない)について
後の世代のことを考えて、全員で対策に取り組むべき(32人)に対して、主に原因者が対策を取るべき(6人)という意見でした。
イ. 先進国と途上国(さらには温室効果ガス大量排出国とそうでない国)の差異について
大量排出国が積極的に対策を進めるべき(6人)、先進国が責任を負う、またはまず先進国が対策を進め、途上国を支援すべき(29人)、先進国と途上国それぞれに合わせた対策が必要(5人)という回答でした。
(3) 地球温暖化に関する国連気候変動枠組条約に基づくパリ協定では今世紀末までに世界における温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする目標を掲げています。これは実現可能だと思いますか?
可能と思う(10人)、不可能と思う(43人)、わからない(31人)で、半数以上の人が実現不可能と答えていました。可能と思う理由については、研究や技術の進歩を挙げている人が多く、不可能と思う理由については、ライフスタイルを変えることは難しいことや世界中の人が削減に取り組むことが困難という意見がありました。
(4) あなたは、気候変動や地球温暖化を身近なことと感じていますか?
感じている(68人)、自分には関係のないところで起きている(10人)でした。感じていると答えた人の理由としては、異常気象を体験したり(愛媛県は2018年7月の西日本豪雨の被災地でもあります)、テレビで見たりしたからという内容が最も多く31人いました。
(5) パリ協定の目標を達成するために必要なことは何だと思いますか?
制度の創設、研究技術開発、ライフスタイルの変更から複数回答可で質問した上記の問いに関する回答は以下のとおりです。
その他として、人間全員のやる気・理解度という答えがありました。
(6) 今後、地球温暖化対策も含めた環境問題に対し、「日本」が果たすべき役割は何だと考えますか?(自由記述)
他国の模範となるように、削減量を増やす努力をする(22人)、高度な技術を発展させ環境改善を目指す技術を途上国と共有する(20人)という意見が多く見られました。
(7) 最近、物を所有することやお金を儲けること(物質的な満足)よりも、自分の存在価値を確認したい・社会の役に立ちたい(精神的な満足)というような価値観の変化が出てきているとも言われます。これら価値観の変化(もしくはそれが変化していないこと)と、持続可能な社会の関係について、ご自身がお考えになることを自由に記述ください。
一人ひとりの社会貢献につながる活動は持続可能な社会づくりに役立つ(9人)、物質的な満足より精神的な満足は長く続く(7人)という意見もありましたが、物質的な満足やお金の方が大切(2人)という回答もありました。
3. 終わりに
アンケートによると、気候正義という考え方はまだ認知度が低いような結果でした。ベルギーなど諸外国では気候正義という考えのもと、若い世代が地球温暖化対策の転換を求め、デモをしたり政府に訴えたりするケースも報道されています。日本でも、将来の社会をどういうものにしたいのか、どういう環境にしていきたいのかを長期的かつ多様な観点で議論していけたらいいと思います。