2019年3月号 [Vol.29 No.12] 通巻第339号 201903_339002
伝統的な分光法「FTS」及び革新的な分光法「光コム」による最新の大気計測 〜OSA Light, Energy and the Environment Congress参加報告〜
1. はじめに
2018年11月5日から7日にかけてシンガポールのセントーサ島で開催された光学会の国際会議(OSA Light, Energy and the Environment Congress)に参加した。OSAは元々、1916年に設立されたThe Optical Society of America(米国光学会)の略称であった。2008年に国際学会に移行しThe Optical Societyに名称を変更してからも、OSAという略称が浸透していたため今でもOSAと呼ばれている。今回の会議は、Fourier Transform Spectroscopy, Hyperspectral Imaging and Sounding of the Environment, Optics and Photonics for Energy & the Environment, Optics in Solar Energy, Solid-State Lightingの5つの議題に関して行われた。本報告では、筆者の研究と特に関連のあるFourier Transform Spectroscopyのセッションを中心に幾つかの発表を紹介する。このセッションでは、大きく分けて光周波数コム(光コム)による分光計測、空間ヘテロダイン分光計(Spatial Heterodyne Spectrometer: SHS)の開発と大気観測への応用、GOSAT及びGOSAT-2や温室効果ガスカラム量の地上観測ネットワーク(Total Carbon Column Observing Network: TCCON)で使用されているフーリエ変換分光計(Fourier Transform Spectrometer: FTS)による大気観測、の3つの話題を中心とした発表が行われた。
2. 光コムを用いた分光計測
まず、光コムに関連した発表について紹介する。光コムは、一定の周波数間隔で並んだ櫛状のスペクトルを持つ光、またはその光を発する装置のことをいう。光コムの開発は、2005年にノーベル物理学賞を受賞したT. W. Hänsch氏とJ. L. Hall氏を中心に、「光のものさし」として光周波数を精密に測定するために行われた。最近では、光コムを広帯域の光源として用いる分光法が急速に進展している。さらに2つの光コムを使用したデュアルコム分光法(Dual Comb Spectroscopy: DCS)により高速かつ高波長分解能・高波長精度での測定が可能となり、実験室分光やフィールドでの大気観測にも応用されるようになってきた。L. Rutkowski氏(Umeå University, Sweden)らは、光コムを用いて1.57µm帯のCO2の吸収スペクトルを測定し、分光パラメータ(吸収線の強度、線幅、中心波長等)や測定されたスペクトル形状を最も良く表す吸収線形について議論した。E. Waxman氏(NIST, USA)らは、近赤外(1.6µm帯付近)のデュアルコムからの光を1km程度離れた地上に設置したリトロリフレクタ(入射方向に光を反射させる機器)やマルチコプター(複数の回転翼により飛行する機器)に搭載したリトロリフレクタに反射させて大気中の温室効果ガスの濃度を導出する観測装置について紹介した(Cossel et al. (2017) の図1参照)。G. Ycas氏(NIST, USA)らは、アセトンなどの揮発性有機化合物の検出と定量化を目的として、波長帯を中間赤外(3.2µm帯付近)まで拡張したDCSの開発状況について報告した。
3. 航空機搭載SHSの開発
空間ヘテロダイン分光計(SHS)はもともと天文の分野で開発されたものであるが、最近では、2018年5月に打ち上げられた中国の地球観測衛星GaoFen-5にGreenhouse-gases Monitoring Instrument(GMI)と呼ばれる温室効果ガスカラム量の観測を行うSHSが搭載されている。一般的なFTSではマイケルソン干渉計の反射鏡を駆動させて光路差を変化させることで1画素の検出器によりインターフェログラムを取得するのに対して、SHSではマイケルソン干渉計の2つの反射鏡を回折格子に置き換えた光学系になっており、駆動機構を有することなくアレイ検出器(複数の検出素子を配列した機器)によってインターフェログラムを取得することができる。本会議では、将来の衛星搭載を見据えた航空機搭載型のSHSの発表が2件あった。どちらも大気によって散乱されるリム(大気の周縁)方向の太陽光スペクトルを航空機から観測し、J. A. Langille氏(University of Saskatchewan, Canada)らは1.3µm帯から水蒸気の濃度の高度分布を、M. Kaufmann氏(FZJ, Germany)らは0.76µm帯のO2 A-bandから気温の高度分布を算出した結果について紹介した。
4. 地上設置FTSによる観測
国立環境研究所(NIES)の森野勇主任研究員らは、フィリピンのBurgosに設置している高分解能FTSによる温室効果ガスカラム量の観測について紹介した。BurgosはTCCONサイトの1つであり、2017年3月の観測開始以降順調にデータが取得されており、GOSATやOCO-2の検証に利用されるだけでなく、東アジアの森林火災や人間活動によると思われるCOやCH4の増加が検出されている。化学輸送モデル(Goddard Earth Observing System-Chemistry: GEOS-Chem)の計算値と比較したところ、モデル計算値の過小評価が明らかになり、インベントリの改善が必要であることが報告された。また、ドイツの航空機観測キャンペーンであるEffect of Megacities on the Transport and Transformation of Pollutants on the Regional to Global Scales(EMeRGe Asia)において、Burgosサイト上空の飛行に同期して実施した高分解能FTS及び可搬型FTS(EM27/SUN)観測についての紹介があり、速報値ではあるが航空機とFTSのデータは良い一致を示していることが報告された。
筆者らは、NIESとJAXAがそれぞれ所有する2台の可搬型FTSを用いて実施した2017年度の観測キャンペーンについて招待講演として発表した。本キャンペーンは、2台の可搬型FTSを国内の石炭火力発電所の近傍とその発電所の影響をほとんど受けないローカルなバックグラウンド地点にそれぞれ設置し、太陽を光源として温室効果ガスカラム量の観測を行うものである。2地点で観測したCO2カラム量の差とウィンドプロファイラ(火力発電所から約40kmの地点に設置されている気象庁の装置)の風向風速データを用いて、火力発電所からのCO2排出量を推定し、石炭消費量に基づいて算定された1年間のCO2排出量の公表値と比較した。領域気象モデル(Weather Research and Forecasting: WRF)等を用いた誤差解析の結果、CO2カラム量と風の観測地点の違いに起因する風速の不確かさがCO2排出量を推定する際の最大の誤差要因となることがわかった。最後に、これらの結果を受けてCO2排出量の推定精度を向上させるために2018年度実施した、可搬型FTSによるCO2カラム量とドップラーライダによる大気境界層内の風の場の同時観測の様子について紹介した。
5. 衛星搭載FTSによる観測
衛星に搭載されたFTSによって観測された大気微量成分のプロファイルやカラム量に関するレビュー的な発表が招待講演により行われた。K. W. Bowman氏(JPL, USA)は2018年の1月に運用を終了したTropospheric Emission Spectrometer(TES)の約14年間にわたる成果について、 S. Safieddine氏(LATMOS-IPSL, France)らはInfrared Atmospheric Sounding Interferometer(IASI)による最近の大気汚染物質の観測について、K. A. Walker氏(University of Toronto, Canada)らはAtmospheric Chemistry Experiment-Fourier Transform Spectrometer(ACE-FTS)データの検証結果についてそれぞれ紹介した。GOSATに搭載されているTANSO-FTSについては、NIESの松永恒雄衛星観測センター長らによって短波長赤外バンドのスペクトルから得られたCO2とCH4のカラム平均濃度に関する発表があり、全大気平均濃度のトレンドや検証結果の概要、観測された人為起源増大量とインベントリから計算した増大量に相関関係があることなどについて紹介があった。また、2018年10月29日に打ち上げが成功したGOSAT-2についても、現地(JAXAの種子島宇宙センター)での写真を交えて紹介があった。齋藤尚子氏(千葉大学)らは熱赤外バンドの解析から得られたCO2とCH4の高度別濃度の検証結果について発表した。また、FTS以外にも、X. Liu氏(Harvard-Smithsonian Center for Astrophysics, USA)らの発表ではOzone Monitoring Instrument(OMI)の対流圏オゾンについて、D. Crisp氏(JPL, USA)による基調講演ではOrbiting Carbon Observatory-2(OCO-2)によるCO2観測の最近の成果が紹介された。
6. 静止衛星からのイメージングFTS観測
上述の比較的長期間のデータが取得されている衛星に対して、L. Ding氏(中国科学院)らは2016年12月に打ち上げられた中国の静止気象衛星FengYun-4Aに搭載されているGeostationary Interferometric Infrared Sounder(GIIRS)の初期観測について紹介した。GIIRSは地球表面や大気から放射される熱赤外領域(4.45–6.06µm, 8.85–14.28µm)のスペクトルを静止衛星から高い波長分解能で観測できる世界初のセンサである。特筆すべき特徴は、32 × 4のアレイ検出器により1回の観測(約4秒)で128個(128画素)のスペクトルを取得できることで、ポインティングミラーを使って観測シーンをスキャンして1時間以内に中国全土をカバーすることができる(Hua et al. (2018) の図1参照)。FengYun-4Aに搭載されているGIIRSは試験的なセンサであるが、FengYun-4B以降(FengYun-4Gまである)に搭載されるGIIRSは波長分解能とフットプリントサイズがそれぞれ改良される予定である。今回紹介されたのは地表面温度のみであったが、気温や水蒸気のプロファイルについても解析中とのことである。
7. おわりに
OSAでは会議ごとに幾つかの議題を設けて年間40程度の国際会議が開催されている。ここで報告した会議と関連する次回の会議は、2019年6月25–27日の間、カリフォルニア州・サンノゼにおいてOSA Sensors and Sensing Congressとして開催される。2018年の会議でも取り上げられたFourier Transform Spectroscopy, Hyperspectral Imaging and Sounding of the Environment, Optics and Photonics for Energy & the Environmentに新たにOptical Sensorsを加えた4つの議題で行われる予定である。
参考文献
- K. C. Cossel, E. M. Waxman, F. R. Giorgetta, M. Cermak, I. R. Coddington, D. Hesselius, S. Ruben, W. C. Swann, G.-W. Truong, G. B. Rieker, and N. R. Newbury, “Open-path dual comb spectroscopy to an airborne retroreflector,” Optica 4(7), 724–728 (2017).
- J. Hua et al., “Review of Geostationary Interferometric Infrared Sounder,” Chin. Opt. Lett. 16(11), 111203 (2018).