2018年11月号 [Vol.29 No.8] 通巻第335号 201811_335001

永久凍土は地球温暖化で解けているのか? アラスカ調査レポート(現地観測編)

  • 国立環境研究所 地球環境研究センター 横畠徳太
  • アラスカ大学フェアバンクス校 岩花剛
  • 海洋研究開発機構 斉藤和之
  • 北見工業大学 大野浩
  • 海洋研究開発機構 町屋広和

「永久凍土」とは、地下の温度が二年以上連続して0°C以下になる地面のことをいいます。夏に気温が上がって、地表付近の温度が0°Cを超えても、その地下で温度が0°Cを下回っている場合は「永久凍土」であるといえます。永久凍土が存在する領域は、北半球陸域の25%程度を占め、温室効果ガスであるメタンや二酸化炭素をはじめ、様々な有機物が大量に含まれています。このため、地球温暖化によって永久凍土が融解すると、温室効果ガスが大気中にさらに放出され、温暖化を加速させることが懸念されています。しかしこの過程についての理解が十分に進んでいないために、将来の気候予測の大きな不確定要素となっています。私たちは環境省環境研究総合推進費「永久凍土大規模融解による温室効果ガス放出量の現状評価と将来予測」プロジェクト[1]において、この問題に取り組んでいます。昨年のレポート[2]に続き、今回は2018年9月上旬の現地観測の様子を中心に、永久凍土の現状について報告したいと思います。

1. 永久凍土の融解が温暖化を加速する

土の中には、生物(主に植物)の死骸が有機物の形で含まれており、微生物によって分解されつつ土壌が形成されます。分解された有機物は、二酸化炭素やメタンの形で、少しずつ地表から大気に放出されています[3]。永久凍土では、土が水分と密接に結びついて凍ることにより、コンクリートのように固くなります[4]。このため永久凍土では、非常に長い間、凍った土の中で有機物が閉じ込められ、あるいは土の中で有機物が分解されてガスの形になっても凍土の中にとどまり、地上に放出されない状態が続いています。現在の永久凍土の多くは、直近の氷期(最も寒かったのが約2万年前。高緯度域が今よりも広く氷河に覆われていた)の頃から凍っているものと考えられています。このため、地球表層の二酸化炭素・メタン・有機物などの炭素量を比較すると、永久凍土には大気の2倍、陸上植物(地上にあり生存しているもの)の3倍程度の炭素量が含まれていると推定されています[5]

永久凍土が融解すると、凍った土の中に蓄積されてきた有機物が分解され、また凍土に含まれているメタンや二酸化炭素が大気中に放出されることになります。このため、

  1. (1) 化石燃料の燃焼などによって、温室効果ガス濃度が増加し、地球温暖化が進行する
  2. (2) 地表気温が上昇し、永久凍土が融解する
  3. (3) 永久凍土の融解によって温室効果ガスが大気に放出され、地球温暖化がさらに進行する

というように、気候変動を加速する可能性があります。

これまでに、地球温暖化によって永久凍土が融解しているというさまざまな痕跡が報告されています[2]。しかしながら、地面の下にある永久凍土の振る舞いを調べることは非常に難しく、また過酷な環境で観測を行うことを強いられるために、永久凍土融解の全体像は、十分に把握されていません。さらに、永久凍土に関する私たちの知見が十分でないために、永久凍土融解による温室効果ガス放出過程は、多くの将来気候変動予測モデルにおいて、考慮されていないのが現状です。このため、上記の過程は、将来の気候変動を予測する上で非常に大きな不確実要素になっているのです。

2. 永久凍土地帯の風景

私たちのプロジェクトでは、現地観測や人工衛星データの解析によって得られた知見を、数値モデルに組み込むことにより、永久凍土融解が気候変動に及ぼす影響について研究を行っています[1]。現地観測はアラスカ、シベリアなど様々な地点で行っていますが、今回はアラスカ、バローでの様子を紹介します。バロー[6]は、米国最北端にある人口5000人ほどの町ですが(写真1)、科学研究を支援する民間会社(Ukpeaġvik Iñupiat Corporation: UIC)もあり、米国内外の様々な研究プロジェクトのフィールドワークが行われています。私たちはUICの宿舎に泊まることができ(写真2)、非常に恵まれた環境条件下で現地観測を行うことができました。バローの町の周りはツンドラの湿地帯が広がっています(写真3)。この辺りが湿地になっているのは、非常に平らな土地であること、完新世の温暖期(6000年前頃)などに海水が入り込んだことなどが、関係しているかもしれません。

写真1上空から見たバロー。現地観測を行った1年前、2017年6月に朝日新聞社機より撮影。まだ湖は凍結し、ところどころに雪が残っている

写真2現地観測のための宿泊地。永久凍土の凍結融解の影響を避けるため、バローではどの建物も高床式になっていた。ここから観測サイトまでは車で移動

写真3バローの町の周りにはツンドラの湿地帯が広がる。永久凍土に特徴的な地形、ポリゴン(多角形土)が見える。凍土の融解によって、網目状に地面が陥没し、陥没した部分に融解した水がたまる。観測を行った1年前の2017年6月に朝日新聞社機より撮影

ツンドラ地域では低温で植物の生育期間が短く土壌も浅いため、樹木が大きく育ちません。そのため、見渡す限り平坦な土地が広がっています(写真4)。地表付近にはコケ類が生育しています。様々な種類のコケ植物や地衣類が入り混じって生えていて、厚さは数十cmくらい、ふかふかしたクッションのような柔らかさをしています(写真5)。永久凍土地帯では、地面の下で氷が成長しやすい場所が繋がり、その部分が融解して陥没することで、ポリゴン(多角形土)という地形が作られます(その詳細については[2]を参照)。上空から見ると、網目状の構造が見えます(写真3)。一つの網目の大きさは10m程度で、地上を歩いていても、ポリゴンの形を識別することができます(写真4)。今回の観測は9月上旬、夏の終わりで地下の氷が一番解けている時期で、氷がある場所には窪みができて水が溜まっています。

写真4見渡す限り平坦なツンドラ湿地。↓で示した場所が、ポリゴン(多角形土)の網目部分で、凍土(地下の氷)が解けて陥没し水が溜まっている。トラフとも呼ばれる。水が溜まった部分にはイネ科型草本が生えている

写真5ツンドラの表面に生育する様々なコケ類

3. 永久凍土融解の現状を把握する

現場観測では、永久凍土の振る舞いを把握する上で基礎となる、地温・土壌水分・融解深の測定を行います。地温と土壌水分は、数十cmの深さにセンサーを地面に埋め、記録計(データロガー)につなぎ、計測を続けます。一点での地温と土壌水分の計測であれば、単3電池四本で一年以上は計測し続けることができます。計測器は小さな弁当箱程度の大きさなので、観測現場に置きっ放しにして測定を続け、年に数回データをパソコンで吸い上げ回収します(写真6)。

写真6地温と土壌水分を記録した計測器から、データを吸い上げる。記録計から地中にセンサーが埋まっている

前述のように、永久凍土帯では夏に地表付近の温度が0°Cを超え、凍土が融解します。地表付近の解けている土壌の厚さが、融解深(thaw depth)です。融解深を測るためには、先の尖った目盛りのついた鉄の棒を、土の中に突き刺します(写真7)。融解している層の土は軟らかく、凍った土は非常に固いため、鉄の棒が凍った土に到達した深さが、融解深です。バローのツンドラ地帯で、60mの測線に沿って1–2mおきに融解深を図った結果が図1です。数km離れた2つの地点で測定を行った結果を示しています。図1から、わずか1m離れただけでも、融解深が異なることが分かります。また数キロ離れると、その違いはさらに大きくなります。この結果は、土の中の環境が、場所によって大きく異なることを示しています。生育している植物、地形や土の性質、水分量の違いによって、地中の温度分布が大きく異なり融解深に大きな違いが生じます。夏でも最高気温が10°Cを下回ることが普通な環境の中で、融解深を数多く測ることは非常に大変な作業ですが、地面の下の現象はきわめて不均一なために、数多くの場所で測定する必要があるのです。

写真7融解深の測定。メジャーを伸ばした測線に沿って、1mおきに測定する。目盛りのついた鉄の棒を地面に突き刺し、凍土に達したところまでの深さを測る。凍土はコンクリートのように固いので、鉄の棒は融解している深さまでしか刺さらない

図160mの測線にそって測定した融解深(夏の間に凍土が解けている深さ)の結果。10km程度離れた2つの観測点(観測点1と2)で、10m程度離れた2つの測線に沿って測った結果。場所によって融解深が大きく違う

私たちのプロジェクトでは、人工衛星を用いて永久凍土が融解する速度を直接的に捉える研究も行っています。永久凍土中の氷が融解すると、融解した水が流れ出る分の体積が減って、地表の沈降が起こります。近年、人工衛星によって地表の高度を測定する精度が高まり、ゆっくりとした地面の動きを測定することができるようになりました。私たちのプロジェクトでは、人工衛星によって地表高度を測定することで、アラスカノーススロープ(ブルックス山脈の北部斜面)での永久凍土の融解速度を求めました[7]。たとえば森林火災が起こった跡地では、断熱層となる表面の植物層が焼けてなくなってしまうため、永久凍土の融解が早く、年間30cmも沈降する場所もあるという結果が得られました。人工衛星から得られた結果が正しいかどうかの検証は、地上観測(高精度GPS測量)で行います。人工衛星によって測定する高度分布には、様々な誤差が含まれるためです。地上に受信機を置き、GPS衛星と通信を行って、地面の高度を測定します(写真8)。このような現地観測の情報をもとに、人工衛星による観測の誤差を補正し、より正確な値を得ることができます。

写真8高度測定。基準点となる受信機(左)を置き、側線に沿ってもう一つの受信機で高度を測定する。基準点を置くことで、測定の精度が向上する

4. これからの研究では

上記のように、非常に不均一で複雑な凍土の振る舞いを、将来気候変動予測を行う数値モデルで表現することは、至難の技です。たとえば私たちが用いている全球気候モデルでは、計算機の能力のために、100km程度の格子点ごとにしか計算ができないためです[8]。そこで私たちはまず、観測で得られたデータを最大限生かし、永久凍土融解過程をある程度の広がりで扱う簡略化したモデルを作ります。このようなモデルを用いて、様々な可能性を想定して計算を行うことにより、幅を持たせて将来予測を提示することを目指しています。観測で得られたデータとしては、永久凍土の融解速度や永久凍土中の温室効果ガス濃度[2]のデータなどを利用します。さらにこのような取り組みに加えて、永久凍土の融解過程、それによる温室効果ガス放出過程を、より詳細に記述することのできる複雑な数値モデルの開発を行っています。これには気候モデルと、陸域・海洋生態系モデルを結合した「地球システムモデル」と呼ばれるモデルが必要ですが、私たちは別のプロジェクト[9]とも協力してモデル開発を進めています。

効果的な現地観測を行うには、観測をするための体制を整え(観測許可・機器の持ち込み・食料宿泊の手配)、観測に適した最新の機器を準備するなど、様々な手順を踏むことが必要です。北極圏では夏でも氷点下になる過酷な環境で作業をすることもあり(写真9)、天候によってはデータが予定通り取れないこともあります。こうして得られたデータは非常に貴重です。苦労して得たデータから新たな現象について理解し、その知見をもとに将来の予測をすることは、非常にやりがいがあり、楽しい仕事でもあります。現地観測・人工衛星データ解析・数値モデル開発による研究を通して、引き続き、永久凍土の問題に取り組んでいきます。

写真9バローでは9月上旬でも寒い日には氷点下になる。まだ雪は降っていないが、霜が降りてツンドラがうっすらと白くなった

※国立環境研究所の動画チャンネルから観測の様子(【永久凍土地帯を歩く】アラスカ・バローにて)をご覧いただけます。

脚注

  1. 環境省環境研究総合推進費「永久凍土大規模融解による温室効果ガス放出量の現状評価と将来予測」プロジェクト, http://www.jamstec.go.jp/iccp/j/pfch4/
  2. 横畠徳太ほか「永久凍土は地球温暖化で解けているのか? アラスカ調査レポート」地球環境研究センターニュース2017年10月号
  3. 土壌は温暖化を加速するのか? アジアの森林土壌が握る膨大な炭素の将来, 国立環境研究所『環境儀』No. 66, https://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/66/02-03.htm
  4. 極北シベリア, 福田正己著, 岩波新書, 1996年
  5. IPCC第5次評価報告書第1作業部会報告書, 第6章炭素循環及びその他の生物地球化学的循環, Figure 6.1. http://www.ipcc.ch/report/graphics/images/Assessment%20Reports/AR5%20-%20WG1/Chapter%2006/Fig6-01.jpg
  6. アラスカ州バロー(Barrow)、正式名称はUtqiagvik。アラスカに渡り、エスキモーの村を救った日本人、フランク安田の生涯を描いた『アラスカ物語』(新田次郎)の舞台でもある。
  7. Iwahana et al., J. Geophys. Res.: Earth Surface, 121(9), 1697-1715 (2016)
  8. 塩竈秀夫「よりよい気候変動対策の礎をつくる:気候変動予測の不確実性の低減」地球環境研究センターニュース2018年8月号
  9. 統合的気候モデル高度化研究プログラム, 領域テーマB, 炭素循環・気候感度・ティッピングエレメント等の解明, http://www.jamstec.go.jp/tougou/research/theme_b.html

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