2018年8月号 [Vol.29 No.5] 通巻第332号 201808_332003

計算で挑む環境研究—シミュレーションが広げる可能性 1 よりよい気候変動対策の礎をつくる:気候変動予測の不確実性の低減

  • 地球環境研究センター 気候モデリング・解析研究室 主任研究員 塩竈秀夫

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現在、コンピュータシミュレーションは環境研究を支える重要な研究方法となっています。天気予報や災害の予測など、私たちの日常生活と深く関係していることもあります。

シミュレーション研究の内容は多岐にわたり、日々進歩しています。このシリーズでは、環境研究におけるシミュレーション研究の多様性や重要性を紹介いたします。

私は、気候モデルを用いて19世紀半ば以降の気候変動の要因分析と将来の気候変動予測に関する研究を行っています。何か複雑な現象の変化を予測しようとする時には、必ず不確実性があります。本記事では、「気候変動予測の不確実性」とはどのような原因によって生じ、どうやって研究されているのかを解説します。

1. 気候モデルと過去の気候変動

気候モデルとは、大気、海洋、陸面などの気候システムの振る舞いをシミュレートするコンピュータソフトのことです。気候モデルの中には、世界の気候をシミュレートする全球気候モデルや、日本周辺など一部の領域だけをシミュレートする領域気候モデルなどがありますが、ここでは全球気候モデルの話にしぼります。日本国内では気象研究所や東京大学大気海洋研究所・国立環境研究所・海洋研究開発機構、世界では英国気象局など様々な研究機関が、それぞれ独自の全球気候モデルを開発しています。気候モデルは、気候システムに関するいろいろな物理方程式(運動方程式、熱力学、質量保存則など)を解いていくことで、たとえば気温、風速、雲量、土壌水分量、海水の塩分量などの多くの物理変数の時間発展をシミュレートしていきます。計算量が膨大なので、シミュレーションにはスーパーコンピュータが利用されます。テレビなどで翌日の降水域の時間発展の予測をご覧になったことがあるかと思いますが、天気予報で使われているのは気候モデルの大気・陸面部分です。

人間活動による二酸化炭素(CO2)や大気汚染物質の排出、太陽活動や火山活動など、気候システムにとっての外部因子に変動があると、気候システムの状態(たとえば世界平均地上気温)が変化します。これらの外部因子の過去に観測されたデータを気候モデルに与えてやると、19世紀半ば以降に観測された世界の地上気温の長期変化傾向を計算することができて、その結果が観測データと良く一致します(図1)。これは、気候モデルの信頼性を担保する一つの証拠になっています。また人間活動による外部因子の変化を与えずに(たとえば1850年の値を与え続ける)、自然起源の外部因子(太陽活動や火山活動)の観測された時間変化だけを与えた場合、20世紀後半からの急激な気温上昇を再現することができません。これは、過去半世紀の気温上昇に人間活動の寄与があるという評価の大きな根拠になっています(気候モデルを用いない研究でも同様の結論が得られていますが、詳しくは塩竈ほか(2014)を参照して下さい)。

図1世界平均地上気温変化(°C)の観測データ(黒線)、自然起源外部因子のみ考慮したシミュレーション(青帯)、自然起源外部要因 + 人為起源外部要因を考慮したシミュレーション(赤帯)。IPCC第5次評価報告書より

2. 気候変動の将来予測

2.1 不確実性の3要因

将来の気候変動予測を行う場合には、将来の人間活動によるCO2排出量などを何らかの方法で気候モデルに与えてやる必要があります(図2)。そのためには、将来の社会経済の発展を予測しなければなりませんが、社会経済には様々な可能性があり、たとえば今世紀末までの変化を正確に予測することは不可能です。そのため、将来の社会経済を予測するのではなく、「地域分断型の世界」や「持続可能性を重視する世界」など出来るだけ幅をもった社会経済の想定(シナリオ)を複数作ります。このとき、経済モデル等を用いて温室効果ガス等の排出量も計算されます。こうして作られた温室効果ガス等排出量のシナリオ(排出シナリオ)を気候モデルに与えてやることで、ある将来の社会経済シナリオに対応する気候変動予測を行うことができます。その気候変動予測の出力データをもとに、人間社会や自然生態系などへの気候変動の影響が研究されます。

図2将来の社会経済発展の想定から影響評価までの流れに関する模式図

こうして得られた気候変動予測にも幅(不確実性)があります。気候変動予測の不確実性の原因は大別すると次の3種類になります。

  • (1)排出シナリオの不確実性:我々人類が今後どのような社会経済を築いていくかによって、温室効果ガス濃度や大気汚染物質排出量のシナリオが大きく異なることによる不確実性。
  • (2)気候モデルの不確実性:気候変動に関係する物理プロセスの中で、現在の科学において理解が十分でない部分が存在するために生じる不確実性。
  • (3)内部変動の不確実性:気候システムの自然の揺らぎ(内部変動)による不確実性。

今後20–30年間の世界平均地上気温の変動予測においては、内部変動の不確実性が気温変動予測の主要な不確実性の原因になります。一方、100年以上の長期予測においては、排出シナリオの不確実性と気候モデルの不確実性のほうが大きく寄与します。

2.2 排出シナリオの不確実性

排出シナリオの不確実性は、同じ気候モデルに複数の排出シナリオを与えて気候変動予測を行うことで、その幅を見積もることができます。どの排出シナリオに近い未来になるかは、人類が今後どれだけ温室効果ガスを削減できるかにかかっているので、排出シナリオの不確実性幅は、ある意味人類の選択による結果の幅であるとも言えます。

2.3 気候モデルの不確実性

気候モデルの不確実性は、複数の気候モデルによる気候変動予測の幅を調べることで評価されます。この不確実性による幅は、気候システムに関する我々の科学的理解の現時点での限界から生じます。また、計算資源の制限から100km程度の水平解像度で計算しないといけないといった技術的な限界(たとえば100km解像度だと一つ一つの雲は計算できず、100km平均の統計的性質しか評価できない)も、気候モデルの不確実性の要因になります。このモデル不確実性を低減していくことは、重要な問題です。

モデル間の不確実性による幅は、物理変数によっては非常に大きい場合があります。たとえば、ある地域の 将来の降水量が、一つのモデルでは減少し、別のモデルでは増加するといったように変化の正負も異なる場合、どちらの予測の方が信頼できるのでしょうか? 10年ほど前までは、それぞれの気候モデルが同程度の信頼性を持つと仮定して、1モデル1票の多数決で、多数派になった方の予測が信頼できると考えられていました。これをモデル民主主義といいます。しかし多数派が信頼できるという考え方に論理的根拠がないことが認識されるようになり、各モデルの予測の信頼性を評価する手法の研究が現在活発に行われています。そのような信頼性評価研究では一般的に、観測された現在の気候状態や過去の気候変化傾向を良く再現できるモデルは、将来予測も信頼できると考えられます。ただし、現在や過去の気候のどの部分(たとえばどこどこの雨の分布)を正しくシミュレーションできれば、将来予測のどの部分(たとえば将来の日本の梅雨の変化)が正しいかを明らかにすることは簡単ではなく、大きな研究テーマになっています。図3に、そのような信頼性研究の例を示します(Shiogamaほか(2011))。南米大陸の水資源量の変化予測は大きなモデル不確実性があり、多くのモデルでは水資源量が増えます(図3a)が、少数のモデルではアマゾン川流域で水資源量が減ります(図3b)。モデル民主主義の考えに基づくと図3aの方が信頼できると評価されますが、様々な分析の結果、実は図3bの方が信頼性が高いということが示唆されました。(詳しくはShiogamaほか(2011)のプレスリリース参照)。

図3南米の水資源量変化予測(mm/年/°C)。(a) 複数モデルの平均(多数派)、(b) よりもっともらしい予測(少数派)

2.4 内部変動の不確実性

外部因子に変動がなくても、気候システムは自然の揺らぎ(内部変動)を持っており、気候状態が変化します。たとえば、天気を変える低気圧、高気圧なども内部変動ですし、有名なエル・ニーニョなども内部変動です。これらの内部変動は、地球上に人間がいなくても存在するもので、ランダムに発生します。そのため温暖化していない世界でも、冷夏もあれば暑夏もあります(図4)。温暖化した世界でもランダムな内部変動によって偶然冷夏も起こりえますが、暑夏になる確率が上がります。この内部変動による将来予測の不確実性は、同じ排出シナリオ・同じ気候モデルで計算初期値の異なるシミュレーションを多数実施することで見積もることができます。また現実の気候の実験と、仮に温暖化していない世界のシミュレーションを多数実施すれば、観測された近年の異常気象の発生確率を温暖化が何%変化させていたかも見積もることができます(イベント・アトリビューションといいます)。内部変動に関して、より詳しいことを知りたい方は、釜江・塩竈(2015)を参照して下さい。

図4内部変動による不確実性と温暖化の関係の模式図。(図提供:東京大学先端科学研究センター森正人助教)

3. まとめ

本記事では、気候変動の予測方法とその不確実性に関して解説しました。これらの研究では、多くのシミュレーション実験を行う必要があり、膨大な計算資源が必要になります(たとえば国内有数のスーパーコンピュータを用いても、100年分のシミュレーションに1ヶ月以上かかります)。それゆえ、気候変動の研究は、スーパーコンピュータの進化とともに発展してきたという一面があります。もちろん気候システムの観測や理論も重要です。気候変動政策のためにも、気候変動予測の不確実性の定量化と低減は必須であり、今後も研究を発展させていく必要があります。

参考文献

  • 釜江陽一・塩竈秀夫 (2015) この異常気象は地球温暖化が原因?
    http://www.cger.nies.go.jp/ja/news/2014/140404.html
  • 塩竈秀夫・江守正多・鬼頭昭雄 (2014) 産業革命以降の気候変動の検出と要因分析, 日本気象学会・地球環境問題委員会編著「地球温暖化: そのメカニズムと不確実性」, 朝倉書店, 4章, 37-46
  • Shiogama H., S. Emori, N. Hanasaki, M. Abe, Y. Masutomi, K. Takahashi, T. Nozawa (2011) Observational constraints indicate risk of drying in the Amazon basin, Nature Communications,2, Article number: 253 doi:10.1038/ncomms1252
    プレスリリース資料(http://www.nies.go.jp/whatsnew/2011/20110330/20110330.html

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