2018年1月号 [Vol.28 No.10] 通巻第325号 201801_325003

環境被害を他人事でなく伝えるためにすべきこと —地球環境研究センターの広報活動について加藤三郎さんに聞きました—

  • 地球環境研究センターニュース編集局
photo

加藤三郎さんプロフィール

  • 1939年東京生まれ
  • 東京大学工学系大学院修士課程を修了
  • 厚生省、環境庁にて公害・環境行政担当。1990年環境庁地球環境部の初代部長。地球温暖化防止行動計画の策定、地球サミットへの参画などを経て、1993年退官
  • 直ちに環境・文明研究所を設立するとともに「21世紀の環境と文明を考える会」(1999年10月にNPO法人化し「環境文明21」と改称)主宰
  • 早稲田大学環境総合研究センター顧問、日刊工業産業研究所グリーンフォーラム21学界委員、プレジデント社環境フォトコンテスト審査委員長、毎日新聞日韓国際環境賞審査委員などを兼務。その他多方面で活躍

環境文明21ウェブサイト(http://www.kanbun.org/)より引用

国環研に期待する二つの役割

編集局

加藤さんは以前、地球環境研究センター(以下、CGER)の井上元総括研究管理官からのインタビューを受けられており、国立環境研究所(以下、国環研)やCGERの活動についてアドバイスをしてくださいました。CGERニュース2004年8月号に掲載されています。

その際、加藤さんから国環研に期待することとして2つを承りました。一つは、国環研では環境問題に関する最先端の研究をすること、もう一つは、現在、それらの問題がどこまで解明されているか、反対に何がまだわかっていないのかなどを国民にわかりやすく伝えることです。

後者について、私たちは「ココが知りたい地球温暖化」シリーズ(http://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/qa_index-j.html)の制作など、努力してまいりましたが、まだまだ不十分で、力を出しきれていないと感じております。

先のインタビューから13年の月日が経ち、地球環境、特に地球温暖化問題が大きな進展を見せています。2016年パリ協定が発効し、人類はいよいよ今世紀中に脱温室効果ガスの社会を実現しなければなりません。そういう時代に国環研がどのような役割を担い、どのように能力を活かすべきか、さらなるアドバイスをいただければ幸いです。

加藤

国環研の役割として、欲をいえば二つあっていいと今でも思います。研究としては、ノーベル賞をもらえるくらいの最先端の研究を進めてほしいということと、もう一つは研究内容を一般の人にいろいろな形で伝える努力をすることです。私は両方とも大事だと思っています。最近の雨の降り方やカリフォルニアの山火事は気候変動と関係あるのだろうかというのは、一般の人にとっても関心のあるテーマです。今日、明日の天気よりも、5年先、10年先のことが気になっているのは研究者に限らないわけですから、それに関する研究について、一般の人に知ってもらう努力というのは、国環研の非常に大切な仕事だと思います。

編集局

18年前に国環研に着任したときに私が感じたのは、研究者はとても難しい勉強を続けているのですが、そこでわかったことを、ほかの人に教える機会と気持ちがちょっと低いかなということでした。そこで、私はその部分を助けたいと考えています。

加藤

それこそまさにプロフェッションが違うということです。すぐれた研究者で世の中の人ときちんとコミュニケーションできる人もいるのですが、基本的に研究者は研究に専念してほしいのです。ですから、広報の重要性を十分理解した人が、たとえばノンフィクション作家といわれるような人と組んで研究の内容や意義について一般の人に伝えるのは効果的かと思います。環境問題というのは、今やあらゆる人にとって重大な関心事になってきたわけですから。

公害問題と気候変動問題(影響の実感に差があるのか?)

編集局

高度成長期といわれた頃、日本では公害問題が社会の大きな関心事でした。このことを背景に、当時、環境行政を一から立ち上げた加藤さんにとって、今の状況をどのように感じられるでしょうか。

加藤

日本では1960年代、70年代に多くの人が公害問題の解決に向けて立ち上がりました。四日市ぜんそくや水俣病などで最初に立ち上がったのは、いずれも住民、漁民です。それとほぼ同時、あるいは少し遅れて、研究者がぜんそくの主な原因は亜硫酸ガスだとか、水俣病は有機水銀が原因だと発表したのです。それをみんなが納得して、自分たちの健康が害されているのだから、大気汚染や有機水銀を排出する工場を止めろと、役所に押しかけてきたりしたわけです。だから、当時は研究者が一所懸命、「あなた方は大変危険な状態にあるのですよ」と言う必要はなく、素人の市民がリスクを自ら理解して立ち上がったのです。それに対して、現在の日本では気候変動問題でのデモ一つありません(実は十数年前に私たちはデモをやりましたが)。気候変動の問題は、かつての公害よりも広範に及び、影響ももっと大きいはずです。しかもこれだけ報道されていながら、なぜ大きな政治的課題にならず、危機感をもってその解決に向けて立ち上がる人々が出てこないのでしょうか。それは、今起こっている台風などの被害の実態について、気候変動と絡めて詳しく分析して、その影響を身近なものとして伝えることが足りていないからではないかと、私は思っています。公害問題で人々があんなに騒いだのは、健康被害を身近に感じることができたからです。

photo

統計数字だけではなく被害の実態を分析する重要性

編集局

環境問題、とりわけ地球温暖化に伴う急激な気候変化が持続可能な発展の障害となることから、長期的観点にたって地球温暖化対策を講じなければならないというのがパリ協定・気候変動枠組条約の目標ですが、日本では残念なことに北朝鮮の脅威など、さまざまな短期的・地政学的問題が、地球温暖化対策を後回しにしているような気がします。

加藤

現政権は、政府の最大の役目は国民の生命と幸せな暮らし、財産を守ることだと繰り返し言っています。つまり、北朝鮮からの攻撃に備えるのが政府の重大な役割だと言うのです。私は、今気候変動によって起こっているさまざまなことは、これも人命と財産の損害に大きくかかわる大問題だと思っています。台風の被害について、床下浸水何戸、床上浸水何戸、亡くなった方が何十人という統計数字は表に出てくるのですが、「それが意味するところ」は見えてこないのです。2017年7月の北部九州豪雨による洪水で苦しんだ人は、自分たちが洪水の被害者だと思っていますが、環境政策の結果、自分の家がこんなことになったとは思わないでしょう。その理由の一つは、今まで研究者がその分野に対して本格的に目を注いでこなかったからです。最近の自然災害は断片的にも見えますが、気候変動という大きな枠組みのなかで発生していることは間違いありません。それによってどれくらいの人命が失われ、どのくらいの人々の生活が成り立たなくなっているのかということを、環境被害学・環境災害学というような分野として本気で研究すべきでしょう。私があと20歳若かったらやってみたいですね。

2006年10月にイギリスのニコラス・スターン卿(経済学者)がスターンレビュー(正式名称はThe Economics of the Climate Change)を発表しました。そのなかで、「今行動を起こせば、気候変動の最悪の影響は避けることができる。経済モデルを用いた分析によれば、行動しない場合、毎年GDPの少なくとも5%、最悪の場合20%に相当する被害を受ける。対策コストはGDP1%程度しかかからない」(環境省による概要)とあります。現在の日本のGDPは500兆円ですから、5%に相当する被害額というのは25兆円です。しかし途上国ではGDPのかなりの部分になるかもしれません。2017年夏のハリケーン・イルマによるカリブ海諸島の被害をGDPに換算したら、5%とか10%のレベルではないはずです。しかし、実際にはこういうことが人間が引き起こした地球温暖化の結果として身近に感じられないのです。ですから、被害について、単なる統計数字を並べるのではなく、実態の詳しい分析を進めるべきです。

気候変動問題は政策論争にならない?

編集局

アメリカは温暖化研究ではもっとも先進的な国であると認識しています。たとえば、キーリング博士がハワイのマウナロアで1958年から二酸化炭素(CO2)濃度を観測し、CO2濃度が長期的に増加していることを世界で初めて突き止めた実績は、国環研の研究者にも受け継がれています。ところがトランプ政権の衝撃により、国際交渉だけでなく、温暖化に関する科学的研究への投資も見直されるなど、不安要素が大きくなっています。こういうときに、科学者やその活動を支援する者としてはどんなことをしていけばいいでしょうか。一般の方々に対する科学の成果の説明と為政者に対する科学の成果の説明とは何か違うものなのでしょうか。

加藤

まず、一般の人には事実を整理して淡々と伝え、政治家(トランプ大統領は例外)には、ことの重大さ、誰にインパクトが及ぶか、対策をとると何がよいのかなどを端的に示すべきです。私はFacebookにカリフォルニアの山火事が未曾有の被害を与えていることを書きました。トランプ大統領は2017年6月にパリ協定からの離脱を発表し、10月には環境保護庁(EPA)に対してオバマ前大統領が進めた火力発電所規制(火力発電所のCO2排出量を2030年までに2005年比で32%削減)を撤退させました。相次ぐハリケーンの上陸や、カリフォルニアの山火事による被害にもかかわらず、トランプ大統領は一顧だにしていません。しかも私が知る限りアメリカでこの問題をめぐって政策論争が起こっている気配がありません。

編集局

日本ではどうでしょうか。

加藤

日本も同様です。10月の衆議院総選挙で環境問題はテーマとして少しはあがってきましたが、そのほとんどは原発再稼働の是非であって、脱炭素社会、グリーン経済をどうやって普及させるかということはまったく話題になっていません。それはなぜかというと、政治家も含めて国民が、現実に起こっていることの重大さに対する認識が足りないからです。そして、それを知らせるための研究者やメディアの努力がまだ十分ではありません。

photo

環境ホルモンの問題は誤報ではない

加藤

もう十年以上前、国環研が環境ホルモン(内分泌かく乱化学物質)の問題を取り上げ、一時期メディアも注目しましたし、研究者もひっぱりだこでした。ところがあっという間に消えてしまいました。7、8年前ですが、ある新聞社の経済担当の論説委員に、「加藤さん、環境ホルモンは結局誤報だったんですね」と言われました。私は「とんでもない、世の中で話題にならなくなったけれど、誤報どころか、事実としてあるんですよ」とお答えしました。環境ホルモンが話題になったとき、環境ホルモンの影響で精神的な問題が起こることが心配されていましたが、それが実際、子どもたちに出てきているのです。私たちグリーン連合[注]が発行した「市民版環境白書2017グリーン・ウォッチ」(http://greenrengo.jp/archives/information/gw2017)に、自閉症やアスペルガーなど発達障害の子どもが年々増加傾向にあることを示すグラフがあります。発達障害に至る原因は化学物質だけではないかもしれません。しかし、原因の一つには環境ホルモンとかつていわれたような化学物質があると考えられます。ごく微量であっても人体に取り込まれると、子どもが発達障害のまま大人になっていく可能性があるわけです。私は化学物質が人間に与える影響には非常に深刻なものがあると思います。国環研の環境ホルモンの研究者は、現在も詳しい調査、研究を続けているのでしょうか。

編集局

続けていますし、自閉症との関係については、国環研で若い研究者が大学と連携して取り組んでいます。

加藤

先ほどからお話しているように、現象そのものを研究者としてきちんと分析するということと、発達障害になった子どもたちが、いったいどうしてそうなったのかという被害の実態をもうちょっと明らかにしてもらうと、人々がこの問題について理解しやすくなります。人ごとではなく自分ごとだということが認識できるようになります。私たちグリーン連合が市民版環境白書を発行するのも、そういう目的があるからです。

社会学的なアプローチで伝える

編集局

研究成果を非専門家に伝えるのは重要なことだと私も思います。研究所の一般公開ではさまざまなテーマでパネルディスカッションを行い、パネリストの研究者らが来場者と話をする機会を設けています。特に江守正多さん(CGER気候変動リスク評価研究室長)は、これからは社会との対話が重要とおっしゃっています。万事うまくいっているかというと、まだまだなのですが。

加藤

私たちも25年間NPOとしていろいろな活動を行ってきましたが、どうやったらこうしたメッセージが一般の人に届くだろうかというのは、大きなテーマです。思うように届かないからです。最初にお話したとおり、四日市ぜんそくや水俣病などの公害は、学者がこんなに大変なことですよと声をからして言ったからみんなが立ち上がったのではありません。ところが、今の気候変動問題、生物多様性問題などは、研究者が声をからして「危険だ」と言っても、なかなか届かないのです。多くの人は趣味にお金をかけても、環境問題に取り組んでいるNPOに出資するなんてことはおよそ考えません。それはなぜかというと、今起こっていることがものすごく重大なことなのに、それを私たちが十分に伝えきれていないからです。江守さんが最近「たばこの害」を例にうまく説明していますね(江守正多「オピニオン 『分煙』を手がかりに考える『脱炭素』の大転換」地球環境研究センターニュース2017年11月号)。たばこの害は自分の健康に関係するので人々は関心をもちます。そのことに江守さんは気づいて、あちこちの講演でこの例を使っています。伝えるという作業は研究所だけで行うものではなく、NPOやノンフィクション作家などの協力も必要でしょう。一種のヒューマンドキュメントをやるわけですから、いわば社会学的なアプローチです。社会学的なアプローチでどうやって過不足なく重大性を伝えることができるかを考えたとき、映画にするというのも面白い試みでしょう。アル・ゴア元アメリカ合衆国副大統領の「不都合な真実」(2006年制作、2017年11月には「不都合な真実2 放置された地球」が劇場公開)もその一つだと思います。

編集局

加藤さんが共同代表をなさっている「環境文明21」(http://www.kanbun.org/)は、アイデアと経験とスタッフに支えられて25年継続して活動されています。国環研は最先端の研究を進めています。今後是非、加藤さんがおっしゃったような、一般の人の良心に訴えかけられるようなことを協力して進めていければと思います。

加藤

私たちは会員の会費と寄付に支えられた限られた財力しかありませんが、経験と知力はありますから、研究者のみなさんのお手伝い、あるいは一緒に一つのプログラムを作り上げていくことはできます。また、グリーン連合とCGERが連携することも可能です。

仏教に「火宅」という言葉があります。これは、火が燃え出しているのに奥の部屋でおいしいごちそうを食べていると、火事にも気づかず、焼け死んでしまうという意味です。火事が起こっているんだから、早く逃げなさい、火を消しなさいというのが仏様の役割だそうです。地球が大変な状況になりつつあるのに、みんなもっとおいしい物を食べたいとか、もっと便利な生活を送りたいとばかり思っています。IPCCの25年に及ぶ作業で地球温暖化という「火事」が迫ってきているということを知らせてきましたが、トランプ大統領の政策を変えることはできなかったし、多くの人はまだ火事に気づいてすらいないのです。ですから、環境被害学のようなものとして体系化してきちんと示す必要があります。国環研には数年後に環境被害研究室のような部署ができているかもしれません。期待しています。

photo

*このインタビューは2017年10月16日に行われました。

脚注

  • 日本各地で、さまざまな環境活動に携わる多くの仲間とつながり、これまで積み重ねてきて経験と英知を結集し、危機的状況にある地球環境を保全し持続可能で豊かな社会構築に向けた大きなうねりを日本社会に巻き起こすために2015年6月5日に設立された環境NGO・NPO・市民団体の全国ネットワーク。(グリーン連合ウェブサイト(http://greenrengo.jp/)より)

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP