2015年5月号 [Vol.26 No.2] 通巻第294号 201505_294004

海洋酸性化が日本の沿岸生態系に与える影響 —環境省環境研究総合推進費一般向け研究成果報告会—

  • 地球環境研究センター 交流推進係

国立環境研究所では、環境省環境研究総合推進費の課題として、海洋酸性化が海洋生物に及ぼす影響の研究を進めてきました。2月21日(土)TKP市ヶ谷カンファレンスセンターにおいて、環境省環境研究総合推進費課題2A-1203(平成24〜26年度「海洋生物が受ける温暖化と海洋酸性化の複合影響の実験的研究」)の終了を前にして、一般の方を対象とした研究成果報告会「海洋酸性化がわが国周辺の生物に与える影響を評価する」が開催されました。

報告会では、海水の二酸化炭素濃度を近未来に起こりうる濃度に高めた環境下で沿岸性の生物を飼育する実験を行い、海洋酸性化の影響を実験的に評価した研究の成果が発表されました。加えて、温暖化との複合影響評価や、文部科学省の科学研究費で開始した海洋生態系への酸性化影響を評価する課題の成果や計画も報告されました。

はじめに、課題代表者の野尻幸宏氏(国立環境研究所:当時)から海洋酸性化の生物影響に関する国内共同研究課題の連携について説明がありました。野尻氏は、海洋酸性化は比較的新しい研究分野といわれており、気候変動、地球温暖化との関係で1990年代から始まった、人為的に排出されたCO2の貯留・隔離の場としての海洋の生物影響研究により、海洋がCO2を吸収し酸性化した結果起きる問題として「海洋酸性化」という言葉が定着し、2000年代から研究が活発になったと述べました。私たちが実施するまで日本では海洋酸性化として組織だった研究プロジェクトがなかったのですが、2008年度に開始した環境省環境研究総合推進費や2011年度から始まった科学研究費補助基金課題が連携協力して研究が発展したと説明しました。

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写真1課題代表者の野尻氏から報告会の内容について説明がありました

その後、亜熱帯生態系とサンゴ、温帯・亜寒帯生態系、海洋酸性化と化学・物理プロセスの3つのテーマで研究成果の発表がありました。報告会を聴講しましたので、そのうちのいくつかについて、概要をご紹介します。なお、当日のプログラムは地球環境研究センターのウェブサイト http://www.cger.nies.go.jp/ja/news/2015/150210.html をご参照ください。

1. 亜熱帯生態系とサンゴ

このセッションでは、「我が国沿岸のサンゴの分布域—歴史的考察とモニタリング—」「沖縄周辺のサンゴ礁生態系に対するさまざまなリスク要因とその現状」「サンゴの遺伝的多様性と海洋酸性化影響」「北上種は温暖化と海洋酸性化で今後どうなるか?」「亜熱帯性有孔虫の生態と酸性化影響」の5件の発表がありました。

招待講演者の国立環境研究所の山野博哉氏は「我が国沿岸のサンゴの分布域—歴史的考察とモニタリング—」と題する講演を行いました。山野氏は、サンゴは海の生態系の基盤なのでサンゴが変わると他の生物や人間にも影響が起きること(図)や、日本はサンゴ分布において北限域にあたり、沖縄では400種のサンゴが分布するが、本州にかけて高緯度になると種数は減少し、太平洋側では千葉県、日本海側では佐渡島が北限になっていると述べました。また、日本近海の表層付近の海水温がこの100年で1.0〜1.5°C上昇しており、1930年代からのサンゴ分布記録により北上が観測されたとのことです。山野氏自身も全国8か所でモニタリングを行い、いくつかの代表的な種については温度との関係がわかってきたと発表しました。日本やパプアニューギニアのいくつかの地点では火山があり、海底からCO2が吹き出している海域があります。そこではサンゴの分布はほとんど見られません。このことからサンゴは海洋酸性化によって深刻な影響を受ける可能性があるといえます。将来予測については、水温上昇と海洋酸性化の影響を考慮しなければならないと講演を締めくくりました。

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写真2山野氏は温暖化による水温上昇でサンゴが北上していることがモニタリングにより明らかになったと報告しました

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人間を含む多様な生物とサンゴ礁との関わり(図作成:茅根創氏) [クリックで拡大]

産業技術総合研究所の鈴木淳氏の講演は「北上種は温暖化と海洋酸性化で今後どうなるか?」でした。鈴木氏のグループは、本州南岸に分布する温帯性サンゴについて、海水温上昇と海洋酸性化の複合影響の実験を行い、サンゴの骨格の水中重量計測によりサンゴの骨格成長を評価した結果、現在の海水の条件では、3°C程度の温度上昇は成長を促進させる傾向が見られるが、温度上昇と酸性化の両方が進むと現在よりも成長が低下してしまうことが示唆されたと説明しました。

2. 温帯・亜寒帯生態系

このセッションでは、「植物プランクトン生産への温暖化・海洋酸性化影響の実験的評価」「海産無脊椎動物への海洋酸性化影響」「海水中のCO2濃度増加がエゾアワビの初期発育に及ぼす影響」「魚類への海洋酸性化影響評価のこれまでと将来展開」「魚類の再生産への海洋酸性化影響評価実験」の5件の発表がありました。

水産総合研究所の小埜恒夫氏は「海水中のCO2濃度増加がエゾアワビの初期発育に及ぼす影響」の講演のなかで、水産上重要で二枚貝とは違った生態をもつ巻き貝類のエゾアワビとサザエについて、「アラゴナイト」の溶けやすい殻をもつため環境変化に脆弱な発育段階初期における海洋酸性化の影響を実験したところ、CO2分圧(pCO2)濃度(pCO2については、中岡慎一郎「地球環境豆知識 [26] pCO2」地球環境研究センターニュース2014年3月号参照)が1000ppmを超えると、奇形率が上がることが明らかになったと発表しました。今後は、pCO2濃度を日周変動させた状態で実験し、奇形率に影響を与えるのがpCO2濃度の平均値なのか最大値なのかを解明していくことが重要とのことでした。

実験例が不足して不確実性が高い魚類への影響評価について、海洋生物環境研究所の山本雄三氏が「魚類の再生産への海洋酸性化影響評価実験」の講演のなかで、魚類の再生産過程に対する影響実験の結果を発表しました。シロギスを用い、(1) 海洋酸性化影響と (2) 海水温上昇と海洋酸性化の複合影響について実験したところ、(1) では産卵回数・卵質、孵化率、仔魚の成長(孵化一日後の稚魚の耳石の面積と体長を計測)について有意な変化はなく、(2) については、産卵回数、孵化率、仔魚の成長について影響はないものの、産卵過程では正常発生率が低下したので、シロギスの再生産過程は海洋酸性化よりも水温上昇に影響を受ける可能性が高いことが示唆されたと述べました。

3. 海洋酸性化と化学・物理プロセス

最後のセッションでは「石灰化機構と海洋酸性化」および「海洋の将来変化と海洋酸性化」の2件の発表がありました。

常葉大学の石田明生氏は「海洋の将来変化と海洋酸性化」と題する講演を行いました。石田氏は、数値モデルにより将来の海洋環境の変化が沿岸生態系へ与える影響を明らかにするため、外洋からの沿岸への影響を調べ、臨海実験施設で飼育実験を行っているグループと協力し、モデルの改善に必要なプロセスの定式化を行うことで取り組む計画であると発表しました。

4. 最後に

すべての発表の後、野尻氏から研究成果のまとめと今後の計画について説明がありました。

海洋酸性化は大気中のCO2濃度増加という共通の原因により地球温暖化と同時に進行する全球的な問題で、これまでの実験で、現在の排出経路を辿り2100年以降に大気中CO2濃度が1000ppmを超えるようになると、海洋生物生態系に深刻な影響を及ぼすことが明らかになったと説明しました。海洋生物生態系の将来変化を評価するためには、海洋酸性化だけではなく地球温暖化(水温上昇)や海洋無酸素化、また他のストレス要因(栄養塩供給、紫外線量、沿岸開発など)との複合影響を考えなくてはなりません。海洋酸性化の影響評価としては比較的容易に行えるCO2濃度が1000ppmを超えるような実験がほとんどでしたが、国際的な排出削減目標設定に海洋酸性化も考慮すべきかを検討するときには、実験としては低CO2濃度レベルなので技術的には困難度が高いが、IPCC AR5で参照された代表的濃度経路(Representative Concentration Pathway)シナリオで中低位から中高位安定化シナリオ(550〜750ppm)程度のCO2濃度レベルで影響評価実験を行い、その成果を影響評価モデルに提供することが今後の研究として重要であると述べました。

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写真3講演者と参加者の間で活発な質疑応答が行われました

最後に、質疑応答がありましたので、一部を簡単にご紹介します。

Q. 水温が上昇しても流速が速いときサンゴへの温暖化影響はどうなるか。

A. 高水温はサンゴの白化の原因となるが、海水の流れが速いと活性酸素が拡散され、白化が起こりにくい。

Q. 地球温暖化による海水温の上昇でサンゴが北上し、生態系が変化してしまってもサンゴは保全すべきか。

A. 保全すべきかどうかは価値判断が加わり、地元が考えること。北上するのを見越して移行先を保全するプロジェクトも環境省などで立ち上がっている。

Q. 栄養塩が低いところに定着するサンゴが日本沿岸で北上しているのはなぜか。

A. 排水など環境保全管理がうまく機能しているのは確かだか、北上が見られるのは基本的に半島の端で、そもそも負荷が少ない。

Q. 栄養塩の濃度についても実験の必要があるのではないか。

A. 栄養塩供給の問題は大きな要因になると思うが、栄養塩の濃度制御は非常に困難なこともあり、実験は自然の栄養塩濃度で行う予定。

Q. 硫酸イオンによる酸性化の影響はどのくらいか。

A. 海水中の硫酸濃度は高く、大気経由で供給された増し分は検出されるかどうかくらいであるため、海洋に入ってもpHが変化するということは考えにくい。

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