2014年11月号 [Vol.25 No.8] 通巻第288号 201411_288005
定期的な温室効果ガスインベントリを作る—隔年更新報告書— 「第12回アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ」(WGIA12)の報告
1. はじめに
環境省と国立環境研究所は、気候変動政策に関する日本の途上国支援活動の一つとして、アジア諸国の温室効果ガス(GHG)インベントリの作成能力向上に資することを目的として2003年から毎年アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ(WGIA)を開催している。参加国は、カンボジア、中国、インド、インドネシア、韓国、ラオス、マレーシア、モンゴル、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムおよび日本の14か国である。2008年に開催されたWGIA6からは「測定・報告・検証(MRV)可能な温室効果ガス排出削減活動」に関する途上国の能力向上支援としても位置付けられている。
第12回目であるWGIA12は、2014年8月4日から6日の3日間にわたり、タイ・バンコクにおいて開催され、参加14か国からGHGインベントリに関連する政策決定者、編纂者および研究者が参加した。また、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局、気候変動に関する政府間パネル・インベントリタスクフォース・技術支援ユニット(IPCC/TFI/TSU)、国連環境計画(UNEP)、国連食糧農業機関(FAO)、全球森林観測イニシアティブ(GFOI)、アジア太平洋地球変動研究ネットワーク(APN)、アメリカ国際開発庁(USAID)、アメリカ国環境保護庁(USEPA)等の国際および海外関係機関、並びにタイ政府及びタイ国内の関係機関からも多数の参加があり、総勢123名による活発な議論が行われた。
2. 定期的なGHGインベントリの作成
自国のGHG排出吸収量及び、気候変動対策に関する情報を適時に把握・報告することは途上国においても重要であることから、途上国が隔年更新報告書(BUR)を2年に1度の頻度でCOPに提出することが、2011年、ダーバンで開催されたUNFCCCの第17回締約国会議(COP17)の下で義務づけられた(BURの詳細については、小野貴子「地球環境豆知識 [21] 隔年更新報告書(Biennial Update Report: BUR)」地球環境研究センターニュース2013年9月号参照)。BURの一部として、GHGインベントリを適時に作成し、自国の排出吸収量を把握することは気候変動対策につながる。
BURの第一回の提出は2014年末となっており、WGIA参加国も、BURの提出に向けて準備をしている。しかし、定期的なGHGインベントリ作成・更新の経験が今までなかった途上国においては、関連する知見や国内体制の不足がみられる。知見不足を改善・支援するため、WGIA12では、特にBURにおけるGHGインベントリ作成に必要な情報の共有に焦点を当てて議論が行われた。
3. WGIA12の概要と結果
(1) オープニングセッション
国別報告書(NC)やBURにおいて精度の高いGHGインベントリを整備し、MRVを向上させることは、途上国による適切な緩和行動(NAMA)の計画立案及びその検証に重要な役割を果たし、2020年以降の枠組みに向けて全ての国に準備が求められる、自主的に決定する約束草案(INDC)の策定にも貢献する、との認識が共有された。
(2) GHGインベントリ相互学習
インベントリ担当者同士が、互いの国のGHGインベントリを詳細に学習し、意見交換を通じて改善を図るべく、エネルギー分野(インドネシア-ミャンマー)、農業分野(中国-モンゴル)、LULUCF分野(ベトナム)で相互学習が実施された。
相互学習は自国や他国の状況を客観的に評価する機会となり、他国の良い点に気づき、GHGインベントリを改善するよいきっかけになった。また、排出係数の調査結果といったより詳細な情報の共有が、より具体的な議論につながる等の意見も挙がった。
(3) NC、BUR及び国際協議・分析(ICA)の進捗
UNFCCC事務局から、NC、BUR及び、ICAの技術分析における技術専門家チームの構成、役割等について報告された。UNEPから、非附属書Ⅰ国がNC、BURを継続的に作成するために必要な支援活動について報告され、BURの内容やICAの手続き等について議論が行われた。
(4) NC及びBURの準備における品質保証/品質管理(QA/QC)
IPCC TFI-TSUより、インベントリのQCは、時間の制約や費用対効果等を考慮して実施すべきことが指摘された。途上国において、NC及びBUR提出前に十分なQAを実施するだけの人材確保が困難な現状を鑑み、ICAはQC活動とは厳密には異なるものの品質向上の好機となることが示唆された。その後、UNEPによるQA/QC支援プログラム、FAOのデータベース構築、能力開発等のプロジェクトの下でのQA/QC活動、ラオスが実践したQA/QC活動の経験が紹介された。BUR提出後に実施されるICAも見据えて、NC、BURの作成に必要なQA/QCについて議論が行われ、透明性の向上の観点から、QA/QCの過程の記録の重要性が指摘された。
(5) 様々なレベルのGHGインベントリについて
地方・都市レベルのインベントリについて、国家レベルのインベントリとの関係や、将来のGHG排出吸収量の推計における役割が紹介された。参加国から、地方・都市レベルのインベントリ作成の成果、ギャップが報告された。地方・都市レベルのデータ収集方法や地方・都市レベルのGHGインベントリを作成することによるコベネフィット等について議論が行われた。
(6) 農業、森林及び土地利用(AFOLU)分野について
参加国より、AFOLU分野のインベントリ作成に関する課題が報告され、森林総合研究所、FAO、GFOIの支援について紹介された。また、北海道大学とUSAIDから、多くの課題を抱える泥炭土を含む土壌からのGHG排出量の算定について、技術論の紹介があった。その結果、国際データの一貫性確保の観点から各国に異なる森林の定義を考慮する必要性、REDD+と整合したインベントリの必要性及び、リモートセンシング手法など新技術の必要性が提起された。
(7) 様々なレベルのMRV支援のためのネットワーク強化について
アジア地域での低炭素社会構築のための研究者ネットワーク(LoCARNet)による知見共有の取組、APNによるアジア太平洋地域における研究連携・MRV支援の例が紹介された。続いて、(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)北九州における地域・都市レベルのインベントリのMRVの事例、タイにより今後計画されている支援活動、IGESによるMRVに関する理解促進のためのガイドブック、二国間クレジット制度(JCM)などが紹介された。様々なレベルにおけるMRVの情報を共有し強化することが、NAMAに関する計画の立案や、その実施状況の検証に重要な役割を果たし、ひいては、INDCの策定にも貢献することが認識された。
4. 次回会合について
2015年度にインドネシアで開催予定の第13回会合(WGIA13)では、2014年末に途上国が提出するBURについて、参加国が発表し、相互学習等を進めることや、ICAに関する議論の実施等を本会合において確認した。
5. おわりに
本会合の議論を通じて、BURおよびその一部であるGHGインベントリを隔年で作成・報告するための体制を構築する上で有益なBURおよびそのICAの情報等を、WGIA参加国と共有することができた。また、GHGインベントリは、国全体のGHG排出吸収状況を鑑みてNAMAや削減目標を策定し、かつ実施状況を検証する際にはその基盤となるデータとしての重要な役割があることが本会合の議論を通じて再確認された。そして、研究者、インベントリ編纂者及び、緩和策構築担当者間で協働していく必要性が強調された。
WGIA12の詳細は、http://www-gio.nies.go.jp/wgia/wgiaindex-j.htmlで公開される予定である。
略語一覧
- 温室効果ガス(Greenhouse gas: GHG)
- アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ(Workshop on Greenhouse Gas Inventories in Asia: WGIA)
- 測定・報告・検証(Measurement, Reporting and Verification: MRV)
- 国連気候変動枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change: UNFCCC)
- 気候変動に関する政府間パネル・インベントリタスクフォース・技術支援ユニット(Technical Support Unit of the IPCC Task Force on National Greenhouse Gas Inventories: IPCC/TFI/TSU)
- 国連環境計画(United Nations Environment Programme: UNEP)
- 国連食糧農業機関(Food and Agriculture Organization: FAO)
- 全球森林観測イニシアティブ(Global Forest Observations Initiative: GFOI)
- アジア太平洋地球変動研究ネットワーク(Asia-Pacific Network for Global Change Research: APN)
- アメリカ国際開発庁(the U.S. Agency for International Development: USAID)
- アメリカ国環境保護庁(the U.S. Environmental Protection Agency: USEPA)
- 隔年更新報告書(Biennial Update Report: BUR)
- 第17回締約国会議(Conference of the Parties on its seventeenth session: COP17)
- 国別報告書(National Communication: NC)
- 途上国による適切な緩和行動(Nationally Appropriate Mitigation Action: NAMA)
- 自主的に決定する約束草案(Intended Nationally Determined Contribution: INDC)
- 土地利用、土地利用変化及び林業(Land Use, Land-Use Change and Forestry: LULUCF)
- 国際協議・分析(International Consultation and Analysis: ICA)
- 品質保証/品質管理(Quality Assurance/Quality Control: QA/QC)
- 農業、森林及び土地利用(Agriculture, Forestry and Other Land Use: AFOLU)
- 発展途上国における森林減少・森林劣化からの温室効果ガスの 排出削減、および森林保全、持続可能な森林経営、森林炭素蓄積の強化の役割(Reducing Emissions from Deforestation and Forest Degradation and the role of conservation, sustainable management of forests and enhancement of forest carbon stocks in Developing Countries: REDD+)
- 低炭素アジア研究 ネットワーク(Low Carbon Asia. Research Network: LoCARNet)
- (公財)地球環境戦略研究機関(Institute for. Global Environmental Strategies: IGES)
- 二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism: JCM)
これまでのWGIA(2009年度以降)に関する記事は以下からご覧いただけます。
- 赤木純子「『第7回アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ』の開催報告」2009年9月号
- 赤木純子「『第8回アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ』の開催報告」2010年9月号
- 玉井暁大「『第9回アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ』の開催報告」2011年9月号
- 平井圭三「『第10回アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ』の報告」2012年9月号
- 小野貴子「アジア途上国の温室効果ガスインベントリ隔年報告への挑戦『第11回アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ』(WGIA11)の報告」2013年9月