2014年11月号 [Vol.25 No.8] 通巻第288号 201411_288003

生態系サービスを定量化して制度をつくる —第7回生態系サービスに関するパートナーシップ国際会議参加報告—

  • 地球環境研究センター 特別研究員 庄山紀久子

1. はじめに

地球規模の生物多様性の損失と生態系サービス[注]の劣化を防ぐために設立された「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(Intergovernmental science-policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services: IPBES)」の活動が本格的に始まり、生態系サービスの概念は国際的に重要になってきました。このような中で、第7回生態系サービスに関するパートナーシップ国際会議(7th Annual ESP Conference)が2014年9月8日から12日の5日間、コスタリカのサン・ホセ市内にて開催されました(http://www.espconference.org/ESP_Conference)。第7回を迎えた会議のテーマは「Local action for the common good」—地球規模の生態系の劣化を防ぐために、いかにして国や地域社会に関連する生態系サービスを定量化し、制度に結び付けるかに焦点が置かれました。日本からは、沖一雄氏・乃田啓吾氏・Jarkko Havas氏(東京大学)、白川博章氏・Patricia San Miguel氏(名古屋大学)、太田貴大氏(立命館大学)、神山千穂氏(国連大学)と筆者を含めて8名が参加しました。開催地が中米と遠方であることから、アジアからの参加者は1割程度でしたが、年に1回開催されるこの国際会議は生態系サービスというテーマに取り組む国内外の研究者や専門家が一堂に会する貴重な機会でもあります。本会議で報告された生態系サービス研究の概要とともに、会議の様子について報告します。

2. パートナーシップと会議の概要

本会議の主催組織である「生態系サービスに関するパートナーシップ(Ecosystem Services Partnership: ESP)」は、生態系から人間社会に提供される様々なサービスの評価研究や社会実装に取り組む研究者や機関のネットワーク構築を目的に、2008年に米国ヴァーモント大学・生態経済学研究所によって設立され、現在はオランダのワーゲニンゲン大学の研究グループによって運営されています。このパートナーシップには1500名以上が登録しており、生態系サービスの定量化やモデル構築、制度分析など研究テーマ別のワーキンググループや、森林や海洋など各種生態系の専門家、観光や農業など産業セクターに特化した分析を行う研究グループによって構成されています。2011年には国際誌Ecosystem Servicesを刊行し、短期間で多くのレビュー論文や研究成果を公表しています。国際会議は第5回まではドイツ、オランダ、アメリカと欧米での開催が続いていましたが、第6回はインドネシアのバリ島で開催され、この頃からアジアからの研究者も徐々にこのコミュニティーに参加するようになったようです。第7回となる今回はコスタリカが会場であることから中南米からの参加者が多く、会議の公用語は英語でしたが、時々スペイン語が飛び交う多様性のあるものとなりました。

会議への参加者は350名を超え、初日はコスタリカ環境省からの代表挨拶、およびESPの共同議長を務めるRobert Costanza氏(オーストラリア国立大学)とRudolf de Groot氏(ワーゲニンゲン大学)からの開催挨拶によって始まりました。特に今回は欧米以外の開催2回目ということで、より多様な地域からの参加を促す主催者の期待が述べられました。続く基調講演では、コスタリカやコロンビアなど中米地域で導入されている生態系サービスへの支払い制度(Payment for Ecosystem Services: PES)が報告されました。2日目、3日目には、地理情報システムを活用した生態系サービス評価ツールを開発しているスタンフォード大学のNatural Capital Projectの紹介や、オーストラリアのNaville Crossman氏(CSIRO)による、IPBESなど国際的活動におけるESPの役割についての講演があり、地域評価から得られた知見の統合と情報提供の重要性が強調されました。

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写真1全体会議の様子。ESPの主要メンバーであるGroot氏とCostanza氏からESPの活動内容について報告があった

3. 生態系サービスのモデリングと社会的価値の定量化

基調講演のあとは各地域や課題別に40以上のセッションに分かれて参加者からの研究報告が行われました。セッションの内容は主に (1) 生態系サービスのモデリングとマッピング、(2) 経済評価など生態系の社会的価値の定量化に関する研究、(3) 社会実装を目的としたPESなどの制度分析を扱うものでした。

(1) のモデルリングとマッピングのセッションでは、将来的に生じ得る生態系変化の予測や、予測の不確実性を減らすために必要な観測データの集積について議論が行われました。このようなアプローチは、生態系サービスの社会的価値の評価や社会実装において基礎的な情報となるため、実際に地域評価を行っている研究グループとの連携が必要となります。そこで、地球規模の生物多様性観測ネットワーク(Group on Earth Observations Biodiversity Observation Network: GEO-BON)における観測体制と地域レベルの生態系評価(Sub Global Assessment: SGA)の連携の必要性が強調され、観測あるいは整備すべき項目とその利用の仕方について議論が行われました。

筆者は (2) の社会的価値評価に関連する「生態系サービス評価と社会科学(Ecosystem Services meets Social Science)」のセッションにおいて、生態系に対する人々の価値認識に関する研究報告を行いました。これまで人間社会が生態系から受けている恩恵(サービス)について、その受益量を把握するために、貨幣換算による定量化が行われてきました。例えば、農林業生産物など市場価値を持つ供給サービスや、市場価値に代替して推定可能な調整サービス、加えてその価値がまだ社会的に定量化されていないものに関しては、人々の支払意志額を推定する経済学的手法が適用されてきました。しかし、人間社会における尺度の一側面である貨幣換算では、サービスの種類によって過小評価されるものがあることが指摘されています。本セッションでは一律に経済的に評価するだけではなく、生態系に対する多様な価値観を考慮した評価基準の導入について議論が行われました。

(3) の制度分析に関するセッションでは、各地で導入されているPES制度の分析や新たな制度導入の可能性について報告が行われました。PES制度には企業、農家、土地所有者など当事者間の直接的な取引や政府による課税制度があり、実際の制度設計における課題やモニタリングの必要性について報告がありました。またESPでは、行政やNGOと協力して地域評価のためのツールの提供や普及を行っています。会議中には実務にたずさわる専門家を対象に、これらのトレーニングコースも用意されていました。

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写真2ワーキンググループによるセッションの様子

4. おわりに

本会議への参加は筆者にとって初めてでしたが、生態系サービスの定量化には、地域の多様性など、まだ考慮すべき課題があることを改めて認識する機会となりました。特に印象に残ったのは、幅広いテーマを扱う数多くのセッションが同時進行したにも関わらず、最後の全体会議で集約されるという組織体制がESPのワーキンググループを中心に整っていたことです。生態系サービス研究は、実際の政策的意思決定との相互関係が重視されている分野です。会議に参加していたコアメンバーの多くはIPBESの専門家として参画しており、今回の会議で報告されたモデリング手法や統合的な評価基準の導入については、今後も引き続き国際的な枠組みの中で議論されていくことになります。

脚注

  • 様々な生態系機能のうち、人間社会が恩恵を受けているものを生態系サービスという。農林漁業生産などの供給サービス、気候・洪水調整などの調整サービス、地域の気候・風土から生まれた文化サービスなどが含まれる。

コスタリカの生態系サービス

庄山紀久子

コスタリカ共和国は、人口およそ480万人、面積5万km2の3割が保護区域に指定されており、多彩な生物相を生かしたエコツーリズム発祥の地といわれています。一時は森林面積率が国土の20%程度まで減少しましたが、植林投資など積極的な保全施策によって40%近くにまで回復しました。また土地所有者の保全行動に対する支払いなど、PES制度をいち早く導入し、コーヒーをはじめとする農業生産と森林保全を両立するシステムを国の制度として取り入れています。コスタリカのPES制度が他国でも適用可能かは議論の余地がありますが、コスタリカは主要産業に生態系サービスを活用したモデルケースとして紹介されています。本会議中にはサン・ホセ市近郊の保護区や国立公園、コーヒー農園などを訪問するプログラムが用意され、現地の管理者から保全制度や現在の課題について説明がありました。サン・ホセ市の水源であるCarpintera保護区では、保護区域の9割以上が私有地で外部からの移住も多いことから、管理体制の統一や住民の意識改革が進められています。また市内から80km程に位置するカララ国立公園は、乾燥した北太平洋型の熱帯林から湿潤な南太平洋型の熱帯林への移行帯という特徴を持ち、下流のマングローブ林を含めて保全区域に指定されています。色彩豊かな鳥類や両生類が生息し、国内外から多くの観光客が訪れています。コスタリカの生態系から恩恵を受ける国内外の受益者が対価を支払い、効果的な保全対策を行うことで、この国の生態系が維持される仕組みがあることが実感できました。

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写真3Carpintera保護区から市街地を望む。地形は急峻で土壌流出も懸念される

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写真4カララ国立公園にて説明を受ける参加者

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