2014年2月号 [Vol.24 No.11] 通巻第279号 201402_279007
「地球温暖化はどうなるのか?—IPCCの最新科学的知見と日本からの貢献—」の報告
1. はじめに
平成25年12月3日(火)午後、横浜市はまぎんホールで標記の講演会・パネル討論が開催された。本シンポジウムは、同年9月末の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書第1作業部会(自然科学的根拠)の公表により、6年ぶりに科学的知見が更新されたことを受け、IPCC第1作業部会のThomas Stocker(トーマス・ストッカー)共同議長を招いて、その概要解説と我が国からの貢献について講演を行ったものである。併せて、平成26年3月に日本で初めて横浜で開催されるIPCC第38回総会に向け、今後どのような気候変動の影響・適応が必要となるのか、第19回気候変動枠組条約締約国会議(COP19)を踏まえ、気候変動への適応を進めるために実際にどのような取組が求められるのか等について、パネルディスカッション形式で議論した。事前申込制であったが早々に満員締切となり、また開演30分前からほぼ満席になるなど多くの参加者が集まった。
2. プログラムの概要
- 主催:
- 文部科学省、環境省
- 共催:
- 気象庁、横浜市、一般財団法人リモート・センシング技術センター、公益財団法人地球環境戦略研究機関
【第1部】 講演
- Thomas Stocker IPCC第5次評価報告書第1作業部会共同議長
- 河宮未知生 独立行政法人海洋研究開発機構
- 木本昌秀 東京大学大気海洋研究所
- 鬼頭昭雄 筑波大学・気象庁気象研究所
- 沖大幹 東京大学生産技術研究所
【第2部】 パネルディスカッション
コーディネーター
- 室山哲也 NHK解説主幹
パネリスト
- 江守正多 独立行政法人国立環境研究所
- 沖大幹 東京大学生産技術研究所
- 鬼頭昭雄 筑波大学・気象庁気象研究所
- 西岡秀三 公益財団法人地球環境戦略研究機関
- 渡邉正孝 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科
3. ご挨拶
冒頭、主催者を代表して環境省と文部科学省から挨拶があった。横浜市では平成26年3月にIPCC総会が開催され、第5次評価報告書第2作業部会報告書が承認・公表されること、政府は平成27年夏までに地球温暖化の適応に関する国としての計画を策定予定であることが紹介された。
4. 基調講演
IPCC第1作業部会共同議長のトーマス・ストッカー教授より、第5次評価報告書の作成過程について紹介があった。膨大なデータ、論文、報告を取りまとめるのに際して、専門家及び政府関係者がそれぞれ2度にわたり審査を行い、14,000語からなるSPM(政策決定者向け要約)を取りまとめ、19のヘッドラインからなるキーメッセージを発信できたことが報告された。
5. 講演
海洋開発研究機構の河宮チームリーダーは海洋酸性化の影響が見え始めていること、日本のGOSATがこの分野で世界に貢献していることなどを紹介した。
東京大学大気海洋研究所の木本副所長は2013年の夏の異常気象について解説し、2013年夏の平均気温が平年より1.1°C高かったことを考慮すると、平均気温が2.0°C上昇した場合は大変なことになるだろうと述べた。
筑波大学の鬼頭主幹研究員は極端な気象現象に関連して、今後は強い雨と干ばつの頻度が上がるだろうこと、強い熱帯低気圧の活動が増加するだろうと述べた。
東京大学生産技術研究所の沖教授はフィリピンで発生した30号台風について史上最大かと言われていることに対して、気候が本格的に変動するのはまだ先の話で、本格化した時(平均気温が大きく上昇した時)にはこれまで経験したことがない異次元の気象現象が起こるだろうと述べた。
【筆者の感想】
従来の異常気象とはっきり区別しにくいものの地球温暖化の影響が徐々に出始めているのではないかという懸念が否定できない状況と感じた。さらに温度上昇が進んだ時には、現在の想像を絶する(これまで経験したことがない)気象現象が高頻度で起こるだろうということが複数研究者から報告された。
6. パネルディスカッション
NHK 室山解説委員- 第5次評価報告書では何が新しい情報ですか?
国立環境研究所
江守室長大きくは変わっていません。6年前の第4次評価報告書からわかっていたことが多いです。
ただ、いろいろなことがより確かになってきたと言えるでしょう。平成26年3月に第2作業部会の報告書がでると地球温暖化で何が起こるのかが、より明らかになってくると思います。6年前と違うこととして、海面水位の上昇について南極とグリーンランドの氷床の融解分により従来の予測より20cmぐらい上乗せされている点があげられます。また、累積温室効果ガス排出量と気温上昇量が比例していることが示されたので、「あとどれだけしか排出できないのだな」ということがわかりやすくなりました。
さらに、TIPPINGと呼ばれる、たとえばグリーンランドの氷が解けだして止まらなくなるとかいうことが、温度上昇が1°Cから4°Cまでのどこかで起きそうだということが書いてあります。
NHK 室山解説委員- 産業革命以前からの温度上昇は2°Cまでに抑えるべきと聞いていたのですが?
国立環境研究所
江守室長- グリーンランドの氷の融解は1,000年かけて起こり、それによる海面上昇は7mになると言われています。そのトリガー(きっかけ)が今世紀中に起きてしまうかもしれないということです。
筑波大学
鬼頭主幹研究員- 猛暑や高潮など異常気象は気候変動がなくても起こり得ます。今のレンジ(猛暑や高潮の強さの範囲)を超えるかどうかがポイントになってきます。
NHK 室山解説委員- 異常気象との関係は?
筑波大学
鬼頭主幹研究員- 台風やハリケーンの将来予測について日本でも高解像度モデルで研究していますが、IPCCでは多くのモデルでの予測結果が定性的に合っているかなど、総合的に評価しています。
東京大学 沖教授- 温暖化に伴って気候が変化すると水の循環に影響が及びます。しかし、洪水や渇水の頻度変化が何人に被害をもたらすのかはある程度推計できても、被害額などはまだうまく推計できない状況です。逆に第1作業部会でも干ばつ指数の将来推計をするなど、従来は第2作業部会が担当していた社会への将来影響に関してもできるだけ示そうとしているようです。
NHK 室山解説委員- フィリピンや大島の極端気象には地球温暖化がどの程度影響しているのでしょうか?
筑波大学
鬼頭主幹研究員- ベースとして温暖化の影響があるとすれば、それを取り出して議論する必要があります。過去100年間に起こった1°Cの気温上昇がなかった場合にそういうことが起きる確率がどの程度影響を受けるか、現在、研究が進められているところです。
国立環境研究所
江守室長- ヘビースモーカーは肺がんになりやすいと言われていますが、ヘビースモーカーでも肺がんにならない人もいれば、喫煙していないのに肺がんになる人もいます。しかし、統計的にはタバコを良く吸う人が確率的に肺がんになりやすいということです。地球温暖化の影響がどの程度入っているかという議論もこれに似たところがあります。なりやすいかどうかの確率など、統計的なことを言うことで良ければ、数値シミュレーションにより予測することが可能です。
地球環境戦略研究機関
西岡研究顧問- ほとんどの陸域で暑い日や熱い夜の頻度の増加あるいは昇温が観測されていて、それに人間活動が寄与している可能性が非常に高い、とSPM(IPCC第5次評価報告書の政策決定者向け要約)にあります。観測が進んで、こうしたことが明確に認識されてきています。
慶応大学 渡邉教授私がかかわっているモンゴルでは永久凍土が融けてきています。ある程度の深さまでは融けるため一時的には水が増えて良いこともありますが、ある深さ以上は融けないため悪い影響が出てきます。雪が降るようになって家畜が死んでしまうようなことが起きます。
また、中国の長江では基底流量が少なくなってきています。渇水が起こり、塩水が遡上して飲み水不足等の深刻な影響が起きています。集中豪雨と高潮により排水ができなくなっているのが上海です。上海はそのせいで水浸しになってしまいました。経済的な損失は計り知れません。タイのバンコクでも同じことが起こりました。アジアについても注意が必要です。
NHK 室山解説委員- 日本はどうすべきでしょうか?
慶応大学 渡邉教授- 日本はいろいろ対策を講じており、衛星観測やシミュレーションもしています。
東京大学 沖教授- 日本への影響はまだわからないことが多いです。いわゆるゲリラ豪雨やそれに伴う都市洪水の頻度は上がるでしょう。
筑波大学
鬼頭主幹研究員- 夏の雨は増えるでしょう。
NHK 室山解説委員- タイムスケールが長いのでピンと来ないです。どれほどのことをすればよいのでしょうか。90年比増、2005年比3.8%減でよいのでしょうか?
地球環境戦略研究機関
西岡研究顧問- 温室効果ガスの累積排出量と気温上昇の線形関係が示されたことにより、気候安定化にはゼロエミッションが不可避であることが明らかになりました。気温上昇を2°Cにとどめるなら、今の排出量を30年続けたらそのあとはもう排出できません。気温上昇を2°Cに抑えるためには、我が国では2050年までに温室効果ガスを今から80%以上削減しなければなりません。エネルギーなくして成長なし、など言ってはおられません。削減のために何でもできることはやらねばなりません。
NHK 室山解説委員- 地球温暖化懐疑論はどうなったのでしょうか?
国立環境研究所
江守室長- ここ数年、温暖化問題があまり話題にならなかったので、懐疑論も静かだったのではないでしょうか。震災後は温暖化が原発推進の口実ではないかという人が増えました。自分で納得するまで信じられないという人には説明したい。一方、最初から嘘だと思っている人に理解してもらうのは難しいです。
NHK 室山解説委員- 科学コミュニケーションが重要です。温暖化に関する情報をどう伝えるべきでしょうか?
東京大学 沖教授- 「2〜3分でわかる問題なら専門家は要らない」と私の先輩が会場からメモをよこしました。人為的な気候変動は嘘であって欲しいと願う人もいます。それが悪いというよりは、そういう人の気持ちも汲んであげる必要があります。
NHK 室山解説委員- 日本は途上国にどう向きあえばいいのでしょうか?
東京大学 沖教授- タイで洪水が起きた際、日本の企業も大きな被害を受けましたが、その時に支払われた損害保険の額が9,000億円と言われています。東日本大震災では6,000億円程度です。
地球環境戦略研究機関
西岡研究顧問- このままの排出を続ければ、将来途上国が排出する温室効果ガスは先進国の3倍にもなるとみられます。途上国の今の発展様式は欧米を追ってエネルギー大量依存型ですが、これを改める必要があります。真鍋先生曰く「温暖化していると科学者が言うときには、もうほとんどの人が温暖化していることを知っている」。科学者の判断はどうしても後追いです。これからは政策決定者と科学者の対話が必要であり重要です。
慶応大学 渡邉教授- 皆が参加できる場はどこに必要だろうか。市民と向き合うことも必要だが、グリーン開発と対話も必要です。日本はグリーン開発のビジネスモデルを早急に作るべきです。日本の経済発展は途上国のグリーン開発に依存しているのですから。
NHK 室山解説委員- 温暖化の緩和策と適応策のバランスは?
東京大学 沖教授- 日本でも洪水のリスクが高まります。もはやすべてを守り切るのは難しい。適応策には副作用もあります。例えばダムを造れば自然破壊も起こります。これからはある程度、自分の身は自分で守らねばならないかもしれません。危ないところには住まないとかです。しかし弱者にしわ寄せが起こる可能性があります。日本では人口減少が起こります。エネルギー負荷が小さく、災害に強く、経済的で、快適な街づくりを目指さなければなりません。
国立環境研究所
江守室長- 100年後の気温上昇を高く設定する(RCP8.5)シナリオと対策を最大限講じて低く抑えるシナリオ(RCP2.6)で、将来、違いが明らかになってくるのは2030年付近からとされています。つまり、それまでは対策してもしなくても状況は同じということになります。将来世代のために真剣に対策できるのか。これは科学だけでは解決しない非常に難しい選択であり問題です。人類はある意味で余命を宣告されたようなものです。世界の発展の仕方を根本から変えていくのかどうか、真剣な議論が必要です。科学はそれを議論するための材料を出していかなければなりません。
地球環境戦略研究機関
西岡研究顧問- 政策を決めるのに必要な知見を供給するという面からいうと、第1作業部会からの供給はもう十分です。第2作業部会(温暖化の影響)の研究はもっと地域的に行う必要がありますし、第3作業部会(対策・適応)はもっと短いサイクルで作業をしないと、現実の方が先行してしまいます。
慶応大学 渡邉教授- 日本はアジア太平洋を含めた広域の適応策を示していく必要があります。
筑波大学
鬼頭主幹研究員- 海面水位は既にじわじわ上がってきています。早くから対策をしないと将来大きな問題になります。
画像・写真提供:IPCC WG1国内支援事務局/RESTEC