2014年2月号 [Vol.24 No.11] 通巻第279号 201402_279004

意思決定の現場で「使える」気候変動リスク管理戦略の構築に向けて—ICA-RUS国際ワークショップ2013開催報告

  • 社会環境システム研究センター 統合評価モデリング研究室 主任研究員 高橋潔

1. 会合の概要

環境省環境研究総合推進費戦略的研究開発プロジェクト「地球規模の気候変動リスク管理戦略の構築に関する総合的研究」(通称ICA-RUSプロジェクト;平成24年〜28年;詳しくは高橋潔「環境研究総合推進費の研究紹介 [15] 地球温暖化リスクと、私達はいかに付き合っていくのか? 環境研究総合推進費S-10『地球規模の気候変動リスク管理戦略の構築に関する総合的研究』(Integrated Climate Assessment − Risks, Uncertainties and Society: ICA-RUS)」を参照)ならびに国立環境研究所(以下、国環研)地球温暖化研究プログラムプロジェクト2「地球温暖化に関わる地球規模リスクに関する研究」(平成23年〜27年)の共催により、標記国際ワークショップが、2013年12月4日〜6日にTIME24ビル(東京・青海)にて開催された。両研究課題の参画者に加え、国外研究機関からの招聘者、国内の関連研究者を合わせ、約90名が参加し、地球規模の気候変動リスク管理に関わる研究成果の発表、論点の確認・整理などを行った。本稿では、同国際ワークショップでの講演、議論について紹介する。なお、会合プログラム及び各講演者スライド資料については下記URLにて公開している。

http://www.nies.go.jp/ica-rus/workshop/program.html

2. 各セッションの講演と質疑

会合は、(1) 開会・全体説明、(2)〜(6) ICA-RUSの5つのテーマ別セッション、さらに (7) 各セッションの概要報告と総合討論の、計7セッションから構成された。

開会・全体説明セッションでは、辻原浩環境省地球環境局総務課研究調査室長によるICA-RUSへの期待を含む開会挨拶の後、課題代表者の江守正多氏(国環研)によるICA-RUSならびに温暖化プログラムプロジェクト2の目的、構成、活動現況の紹介があった。江守氏の発表では、温暖化対策に対して積極的意見を持つ人と消極的意見を持つ人のフレーミング(問題の捉え方)の違いに注意が必要であること、対策不実施による温暖化影響とともに対策実施に伴う経済損失や波及影響も把握してリスク管理戦略の検討を行う必要があること、が強調された。

統合評価セッションでは、Nick Mabey氏(Third Generation Environmentalism: E3G)によるDegrees of Risk報告書の紹介、Hans-Martin Füssel氏(欧州環境機構)によるEUの緩和・適応政策の概要紹介があり、続けてICA-RUS内で統合評価を担当するテーマ1参画者の研究報告があった。Mabey氏は、実効性ある温暖化リスク管理のために、意思決定の際の不確実性の包括的扱いに関する、安全保障、健康管理、インフラ計画等の分野での経験の蓄積の活用を説いた。Füssel氏はEUの「20-20-20目標」(温室効果ガス排出20%削減[1990年比]、再生可能エネルギーシェア20%、エネルギー効率20%改善の3つの目標の2020年までの達成を目指す)、EU加盟諸国の適応計画策定状況、適応支援のためのウェブツールについて説明した。また質疑応答では、EUの先進的取り組みでの経験は他地域で複数国家が共同して取り組みを行う際の参考・雛形となり得るとの指摘があった。

4日午後の温暖化リスク分析セッションは、人間健康・社会へのリスクに関する研究発表と、古気候データを活用した地球システム変化リスクに関する研究発表で構成された。Simon Lloyd氏(英国ロンドン大学公衆衛生学・熱帯医学大学院)からは、温暖化影響の予測手法、特に健康・衛生分野の予測手法について、システムの定常性を前提とした手法の将来予測への適用の問題が指摘された。すなわち、過去〜現在の問題構造及び重要因子に基づき構築された影響評価手法を将来予測に適用した場合、将来に重要度が増すメカニズム・因子の見落としが往々にして起こることへの懸念である。一方、Paul Valdes氏(英国ブリストル大学)は、古気候データの示す大規模な地球システムの変化(例えば海洋深層の大循環の停止)を現行の地球システムモデルは再現できておらず、そのことが気候変化リスクの誤った評価につながること、モデルパラメータの調整により大規模変化に関するモデルの振る舞いをより古気候を再現するものに近づけることが出来ることを示した。

photo

写真はSimon Lloyd氏。刺激的な発表と活発な議論が行われた

5日午前の社会のリスク認知・価値判断のセッションでは、Edward Maibach氏(米国ジョージメイソン大学)による温暖化のリスク認知に関する米国民の類型化についての研究紹介(スカイプ参加)、Jeroen van der Slujis氏(オランダユトレヒト大学)によるNUSAP(不確実性の評価手法の一種)に関する研究紹介があり、続けて両発表に対してICA-RUS参画者らが討論者として立ち、質疑応答が行われた。

Maibach氏は2008年以降、質問票調査と聞き取り調査を実施し、温暖化リスクの認知に関して米国民の類型分類を試み、温暖化対策への取り組み促進の観点から、各類型の特徴を抽出・整理した。Maibach氏の主張によれば、温暖化とその影響を強く否定する層に対しては、対策促進のために働きかけると逆に反対キャンペーンに向かう可能性すらあることから、その認知を変えようと試みるのではなく刺激しないことを旨とすべきであり、一方で温暖化とその影響を漠然と心配しているが対策を取るまでには至っていない層を対策実践に取り組む層に変えていくことの方が重要である。

5日午後の温暖化対策評価セッションでは、まずVolker Krey氏(国際応用システム分析研究所)による緩和政策分析のモデル比較に関する話題提供がされた。これは21世紀末の温室効果ガス濃度に制約をかけた場合どのような排出削減のパターンが必要になるかを、様々な技術導入条件のもとでのモデル計算結果によって比較したものである。Krey氏によれば、21世紀末における温室効果ガス濃度450ppmv(二酸化炭素換算)上限シナリオを設定した場合、いずれのモデルも21世紀を通じた大きな排出削減が必要との結果を示すものの、その削減パターンは対策技術導入条件(導入規模への制約)により変化する。二酸化炭素隔離貯留(Carbon Capture and Storage; CCS)の利用を想定した場合には、21世紀前半に排出を横ばいまたは緩やかな削減としたうえで、次いで後半に急速な削減からさらにマイナス排出(吸収)とする排出削減経路が最も経済的であった。一方でCCS非利用の想定では、2010年以降直ちに排出を急激に減少させる必要が示された。また、技術導入条件を厳しくするにつれて、温室効果ガス濃度の制約条件を満たすことができなくなるケースも増加した。次いで、Chenmin He氏(中国エネルギー研究所)による中国の温暖化政策・環境政策の動向の紹介が詳細になされた。

続くICA-RUS参画者の研究発表もふまえた自由討論では、特にジオエンジニアリング(気候工学)の実行可能性と導入の波及リスクについての議論が活発に行われた。このオプションの効果と費用についてはなお不確実性が高いことから、さらなる研究の必要性が認識された。ここでは、気候工学により気候変動対策の柔軟性が増えることを評価する見方とともに、太陽放射管理(SRM)と緩和策の非代替性(例えばSRMにより気温上昇は抑制できても海洋酸性化は抑制できない)やSRMの副作用(例えば日射変化により農作物生産に影響がある)などの指摘もあった。

6日午前には、Global Carbon Project主催Negative Emission ワークショップ(6日〜7日に同会場開催)との合同セッションとして、Negative Emission(マイナス排出:温室効果ガス排出をゼロにするだけでなく吸収する対策)に関する国内研究が紹介された。まず山形与志樹氏(国環研)らが、土地・水・生態系の相互作用を考慮した気候・社会経済変化の影響分析について発表した。空間詳細な土地利用モデル開発、水資源需給に関するシナリオ作成、穀物生産データベース作成と気候による収量制約の分析、陸域生態系モデルによる将来予測の不確実性評価に関する研究成果が示された。続けてBECCS(バイオエネルギー利用によるCCS:詳しくはICA-RUAレポート2013[http://www.nies.go.jp/ica-rus/materials.html]を参照)のポテンシャル分析、日本におけるBECCSを取り巻く状況、経済的に実現可能なBECCSに関する新技術に関する研究発表があった。自由討論では、Negative Emission およびBECCSのポテンシャルと実現可能性が議論され、重要な要素として、バイオ燃料の生産性(土地・水資源や肥料)・技術革新(ガス化技術・二酸化炭素回収技術等)・インセンティブ(炭素価格等)が挙げられた。またBECCSによる波及リスクの重要性も指摘された。Negative Emissionワークショップの詳細は地球環境研究センターニュース2014年3月号に掲載。

各テーマ別セッションの概要報告をふまえた総合討論では、(1) ICA-RUSの成果が現場の意思決定に真に役立つためには、不確実性を定量的に評価して示すだけでなく、各対策を選択・実施することのリスク管理の観点からの含意を伝える努力を含め、意思決定者による不確実性下での意思決定のサポートまで踏み込む必要があること、(2) 日本で長期的視野にたった実効性ある温暖化リスク管理を進めるためには保守層やシニア層(例えば企業経営者、政治家、行政幹部など)による理解・支持を得ることが重要だが、(必ずしも気候変動問題に対して日頃から興味を持たない)それらの層に真剣に気候変動問題を考えてもらうためには、視点を変え、安全保障の観点から問題や対策について説明していくことが有効かもしれないこと、などが指摘された。

3. おわりに

今回の国際シンポジウムは、ICA-RUSプロジェクトの5年の研究期間の1年6か月目で開催された。この時期の国際会合の企画・開催については、研究成果が固まる時期を今少し待って良いのではないか、という意見も内からあった。しかし結果的には、まだ研究計画の方向調整が可能なこの時期に、海外のアクティブな専門家も招き意見交換できたことは、ICA-RUSの当初計画・方針の妥当性を確認するとともに、ステークホルダーとのコミュニケーションや協働に向けた更なる取り組みの必要性等を新たに認識出来た点など、タイミングが良かったのではないかと考えている。プロジェクト参画者で一丸となり、国内外の気候変動対策・政策に対して影響力を持つ有意義な研究を進めていくために、今回の国際ワークショップの成果を活かしていきたい。

目次:2014年2月号 [Vol.24 No.11] 通巻第279号

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