2013年1月号 [Vol.23 No.10] 通巻第266号 201301_266005

宇宙から見る地球の息吹 —人工衛星「いぶき」の観測データに基づく全球CO2吸収排出量の推定—

地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 准特別研究員 髙木宏志

温室効果ガス観測技術衛星GOSAT(「いぶき」)による観測データを解析して得られた二酸化炭素の吸収排出量推定値データと、この吸収排出量データをもとに計算した全球の二酸化炭素濃度分布データを、それぞれレベル4A・4Bプロダクト(バージョン02.01)として、2012年12月5日に一般公開しました。レベル4A・4Bプロダクトは、GOSATプロジェクトが当初よりその算出と公開を目標としていたプロダクトです。

レベル4A吸収排出量推定値は、全球を64に分割した各地域(陸:42地域、海:22地域)における二酸化炭素の月ごとの吸収量の総和(海洋による吸収、陸域植生の光合成による吸収の和)と、月ごとの排出量の総和(化石燃料の燃焼やセメント製造による排出、陸域植生・土壌の呼吸や森林火災による排出、海洋からの放出の和)の差分で、正味の吸収排出量とよばれる値です。このデータから、全球各地域における月ごとの二酸化炭素吸収排出の分布がわかります。今回、2009年6月から2010年5月までの1年間における各月の吸収排出量データが公開となりました。

レベル4B全球二酸化炭素濃度分布は、この1年の期間について、全球の格子点(緯度・経度方向とも2.5度間隔)で6時間おきに予測した二酸化炭素濃度のデータで、地表面付近から大気上端までの17の気圧面における二酸化炭素濃度分布の時間的変化がわかります。

現在、2010年6月以降のデータについて解析を進めており、準備が整い次第データを公開する予定です。

レベル4プロダクトは、「いぶき」データ提供サイト、GOSAT User Interface Gateway(GUIG)からダウンロードすることができます。(GUIG: https://data.gosat.nies.go.jp/

1. 背景—全球を巡る二酸化炭素の動き

大気中の二酸化炭素の濃度を長期的に観測する目的で世界各地に設置されている大気観測局の一つに、ハワイのマウナロア観測所があります。図1はこの観測所で1958年から続いている二酸化炭素濃度の観測結果で、二酸化炭素濃度が長期にわたり増加していることを示しています。世界に散在するこれらの大気観測局で2001年から2010年までの10年間に取得されたデータから、大気中の二酸化炭素濃度が全球平均で毎年1.97ppmずつ増加していることがわかっています[1]。この大気中の二酸化炭素の濃度を示す「ppm」という単位は、乾燥空気の体積1立方メートル(百万立方センチメートル)のうち二酸化炭素が何立方センチメートルを占めるか(百万分率)をあらわします。

fig. マウナロア観測所

図1ハワイ・マウナロア観測所における二酸化炭素濃度の長期観測の結果
出典:米国海洋大気庁・地球システム研究所​(http://www.esrl.noaa.gov/gmd/ccgg/trends/mlo.html

全球の大気の総量をもとにこの濃度年増加量(1.97ppm/年)を二酸化炭素の質量に換算すると、およそ153億トン/年となり、これだけの量の二酸化炭素が毎年吸収されずに大気に残留しているということになります。

一方、二酸化炭素は大気中では不活性であり、また、国別の化石燃料等の消費統計などからは、この期間に人為的に排出された二酸化炭素の量は平均でおよそ296億トン/年[2]と見積もられるので、差分である143億トンは毎年地表面の陸域植生や海洋によって吸収されたということになります。

このように、全球規模での大気と地表面の間の二酸化炭素のやりとり(交換量)は、おおよその値を求めることが可能ですが、これら吸収・排出が地球上のどの地域でどの程度行われ、時間とともにどのように変化するのか、またどのようなメカニズムがこの変化に関与しているのかなどの詳細については理解が不十分なままです。これらの詳細を全球規模で明らかにしていくこと(全球炭素循環の解明)は、二酸化炭素の濃度が将来どの程度上昇していくのかを予測し、またその上昇が気候にどのように影響するのかを評価していく上で、重要な研究課題となっています。

2. 全球炭素循環の解明における「いぶき」の貢献

自然界に存在する二酸化炭素の吸収排出源の分布を推定する方法として、これまで主に二つの手法が用いられてきました。一つは「ボトムアップ手法」とよばれるもので、現地観測や森林統計に基づく吸収排出量、陸域の植物の活動や海洋の動きを再現するコンピュータモデルによって推定される吸収排出量などを足し合わせて求める方法です。この手法では、特定の地域については詳細な吸収排出量を推定することが可能な反面、利用可能なデータが局所的であり推定対象地域が限定されるため、全球規模での推定が非常に困難です。

もう一つの推定手法は「トップダウン手法」とよばれるもので、マウナロア観測所のような定点での観測や、航空機・船舶を用いた観測から得られた大気中の二酸化炭素濃度のデータから、逆解法とよばれる計算手法によって、地表面での吸収排出量を推定する方法です。この手法では、全球規模で吸収排出量を推定することが可能ですが、二酸化炭素の地上観測局の大多数は先進国に偏っており、観測局が乏しい地域の吸収排出量推定値には大きな不確実性(推定の誤差)が伴うという問題がありました。そのため、地上観測局を世界中にくまなく設置することが望まれてきましたが、観測局が乏しい地域の多くは、ロジスティクスや人員配置の問題等により、観測局を設置し高精度のデータを取得することには大きな困難が伴うため、地上観測網の拡張は難しいとされています。

この局面を打開する案として、人工衛星による宇宙からの二酸化炭素観測が提唱され、2009年1月に打ち上げられた二酸化炭素・メタンの観測に特化した人工衛星「いぶき」によって、地上観測網の空白域において多数の二酸化炭素濃度データが得られるようになりました。打ち上げから1年半後の2010年8月には、「いぶき」の観測データから求めた二酸化炭素の気柱平均濃度[3]データ(FTS SWIR レベル2プロダクト・バージョン01)が公開され、その後、データ質の向上や計算手法の改善のための研究が大きく進展し、バージョン02の二酸化炭素気柱平均濃度データでは誤差とばらつきが大幅に低減したため、これをもとに推定したレベル4A吸収排出量データが一般ユーザへ公開されることになりました。

図2は、今回の吸収排出量推定に用いた濃度データ分布の一部(2009年7月分)を描画したものです。丸点は月平均化した地上観測データ(220の観測点のデータ。航空機・船舶による観測も含む)[4]を、四角は緯度・経度5度 × 5度の格子ごとに「いぶき」レベル2気柱平均濃度データを月平均化した値を示しています。丸点が乏しい南米、アフリカ、中近東、シベリアなど、地上観測網の空白域を「いぶき」による観測データが埋めていることがわかります。ただし雲やエアロゾルとよばれる大気中の塵等の影響により、「いぶき」から精度の良い濃度データが得られなかったため、空白のまま残されている地域(アマゾンや中央アフリカの一部など)も見られます。

fig. 二酸化炭素濃度分布データ

図2吸収排出量推定に用いた二酸化炭素濃度分布データ(2009年7月)

全球を64分割した地域のうち、地上観測局が近傍にほとんどない一方、年間を通じて多くのレベル2気柱平均濃度データが得られた中近東の地域を例に、「いぶき」のデータが吸収排出量の推定にどのように役立つのかを見てみましょう。

図3は中近東地域での正味の吸収排出量推定値の1年間の変化を示します。青の折れ線は地上観測データに「いぶき」のデータを加えて計算した吸収排出量推定値(レベル4Aプロダクト)で、緑の折れ線は地上観測データのみから求めた吸収排出量推定値です。折れ線に付いている縦棒は、それぞれの推定値の不確実性(推定誤差)の範囲を示します。左の縦軸は、正の値が排出を、負の値が吸収を示します(単位はgC/m2/day[5])。例えば2009年7月の結果(赤の四角内)に着目すると、緑の値は0.2 ± 0.7gC/m2/dayで大きな不確実性を伴っており、この地域が正味の吸収であったのか排出であったのか確かではありません。吸収排出量推定値に大きな不確実性が伴うのは、この月にこの地域の近傍に地上観測データがなく、遠方のデータをもとに推定が行われたためです。

fig. 中近東地域での正味の吸収排出量

図3中近東地域での正味の吸収排出量(月別)の推移。緑と青の折れ線はそれぞれ地上観測データのみから求めた吸収排出量推定値、地上観測データに「いぶき」のデータを加えて計算した吸収排出量推定値(左軸)。正の値は排出を、負の値は吸収を示す。折れ線に付いている縦棒はそれぞれの推定値の不確実性の範囲を表す。灰色の縦棒は「いぶき」のデータを加えたことによる不確実性の低減率(右軸)

ところが図2の濃度分布に示されるように、中近東地域の近傍では多数の「いぶき」による二酸化炭素濃度データが得られていたために、青の値の不確実性は小さくなり、不確実性を考慮してもこの地域が正味で弱い排出であったということがわかるようになりました(図3の赤の四角内の青の値は0.4 ± 0.3gC/m2/day)。

「いぶき」のデータが加わることによって、従来の地上観測データのみでの推定値に伴っていた不確実性がどの程度低減したかをパーセントで示したのが図3の灰色の縦棒で、右の縦軸で値を示します(0から100%)。2009年7月は地上観測データのみからの推定値に比べて不確実性が56%低減しました。この地域では年平均で不確実性が43%低減しましたが、その他の多くの地上観測の空白域でも不確実性が低減しました(図4)。

fig. 吸収排出量の不確実性の低減率

図464の各地域での吸収排出量の不確実性の低減率(%)。年平均の低減率を示す

3. レベル4A・4B プロダクト

レベル4Aプロダクトの例として、2009年7月の正味の吸収排出量の全球分布を図5に、同月の推定値の不確実性の値を図6に示します。

fig. レベル4A吸収排出量の全球分布

図5レベル4A吸収排出量の全球分布(2009年7月)。カラースケール上段は陸域の、下段は海域の吸収排出量の範囲を表す

fig. レベル4A吸収排出量推定値の不確実性

図6レベル4A吸収排出量推定値の不確実性。カラースケール上段は陸域の、下段は海域の吸収排出量推定値の不確実性の範囲を表す

北半球の夏季であるこの月の吸収排出量分布は、北緯50度以北の北方樹林帯が広がる多くの地域で正味の強い吸収を示しています。一方、北緯20〜40度の緯度帯にある日本・中国・韓国を含むアジア地域、北米の各地域などは、不確実性の幅を考慮すると正味の弱い吸収・排出、または中立となっています。熱帯のアマゾンも弱い吸収または排出を示していますが、図2の濃度分布にあるように、アマゾンの近傍には地上観測データも「いぶき」による観測データも存在しないため、この地域の吸収排出量推定値には、現在も大きな不確実性が残っています(図6)。

レベル4Bプロダクトは、地上観測データに「いぶき」のデータを加えて推定した1年間の吸収排出量の分布(レベル4Aプロダクト)をもとに、二酸化炭素濃度の全球分布とその時間変化をコンピュータシミュレーションによって計算したものです。このシミュレーションには、大気輸送モデルとよばれる地球の大気の動きを再現するコンピュータプログラムが使われます。レベル4Bプロダクトの例として、図7に2009年7月の高度約800mおよび約5000mにおける二酸化炭素の月平均濃度分布を示します。地表面に近い高度では、植物による吸収や人為的排出、森林火災による排出等の分布を反映した濃度分布となっていますが、高度が高くなるにつれ二酸化炭素が大気中で混合されるため、高度5000mでは、よりなめらかな二酸化炭素濃度分布となっています。レベル4Bプロダクトの計算結果は、地上観測や「いぶき」によっても濃度データが得られない地域の炭素循環の研究に貢献することが期待されます。

fig. レベル4B全球二酸化炭素濃度分布

図7レベル4B全球二酸化炭素濃度分布(2009年7月)

4. おわりに

二酸化炭素の地域別吸収排出量の推定は、これまでは主として地上観測データを用いて行われてきましたが、「いぶき」の登場により、より精度の高い吸収排出量の推定が行えるようになり、全球炭素循環の研究に新しい時代が到来しました。「いぶき」による全地球規模での継続的な温室効果ガスの観測が、炭素循環メカニズムのより正確な理解へとつながり、さらなる地球温暖化を回避する布石となることを願ってやみません。

*GOSATニュースレター2012年12月号(Issue#25)に掲載したものを地球環境研究センターニュース用に一部修正しました。

脚注

  1. 出典:世界気象機関(World Meteorological Organization)が発行する温室効果ガス年報(WMO Greenhouse Gas Bulletin)2011年版。
    (和訳)​http://ds.data.jma.go.jp/gmd/wdcgg/pub/products/bulletin/Bulletin2010/ghg-bulletin-7-j.pdf
  2. 二酸化炭素の人為的排出量データODIACに基づく値。セメント製造に伴う二酸化炭素排出量を含む。
    出典:Oda T., Maksyutov S. (2011) Atmos. Chem. Phys., 11, 543-556
  3. 気柱平均濃度とは、地表面の単位面積上の大気中に含まれる乾燥空気の分子の総数に対する対象気体の分子の総数の比を指す。
  4. 米国海洋大気庁が提供する二酸化炭素濃度データGLOBALVIEWCO2。
    出典:GLOBALVIEW-CO2 (2011), CD-ROM, NOAA ESRL, Boulder, Colorado(FTPサイトより入手可能;​ftp.cmdl.noaa.gov, Path: ccg/co2/GLOBALVIEW
  5. 二酸化炭素の質量を炭素の質量に換算した場合、対象とする地域において、1平方メートル当たり、1日当たりに何グラムの炭素が吸収または排出されるかを表す単位。

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