2011年10月号 [Vol.22 No.7] 通巻第251号 201110_251003

IPCC専門家会合 温室効果ガスインベントリにおける施設およびプロジェクトレベルのデータの利用

地球環境研究センター 温室効果ガスインベントリオフィス 高度技能専門員 酒井広平

2011年7月18日から20日まで、ニュージーランドのウェリントンにおいて、IPCC専門家会合—温室効果ガスインベントリにおける施設およびプロジェクトレベルのデータ[1]の利用—(IPCC Expert Meeting—Use of Facility and Project Information in National Inventories—)が開催された。ここではその会議の参加報告を行う。

温室効果ガスインベントリ(以下、インベントリ)に関するIPCC専門家会合は、IPCCインベントリタスクフォース[2]により開催されており、最近では、湿地に関する会合や、2006年IPCCガイドラインのソフトウェアに関する議題でも会合が開催されている(地球環境研究センターニュース11月号では本年8月に開催されたIPCC専門家会合「Software and Use of 2006 IPCC Guidelines」について報告予定である)。なお、今回の会合は、2010年8月にオーストラリア・シドニーで開催された「温室効果ガスインベントリのモデルと測定値の利用に関する会合」[3]に続くものである。

本会合の参加者は気候変動枠組条約(UNFCCC)の附属書I国のインベントリ編集者、経験豊富なインベントリ審査のリードレビュアー、非附属書I国の国別報告書の編集者、UNFCCC事務局などで構成されていた。附属書I国のインベントリ編集者としてはオーストラリア、ロシア、ブルガリア、ニュージーランド、英国、米国などからの参加がみられた。

初日に米国、英国、韓国、ニュージーランド、オーストラリア、インドネシアのインベントリにおける施設レベルのデータの利用に関連した発表が各国からなされた後、施設レベルのデータの国家インベントリへの利用(Group A)とプロジェクトレベルの排出量におけるIPCCガイドラインの利用(Group B)の分科会に分かれて、それぞれの議論に入り、3日目にまとめを行う形式で進められた。

photo. Group Discussion

Group Discussionの様子

以下、私が参加したGroup A(施設レベルのデータの国家インベントリへの利用)について記述する。

温室効果ガスの国家インベントリは、IPCCガイドラインおよびそれを補足するグッドプラクティスガイダンスをベースに作成を行っている[4]。基本的なインベントリの算定において、国内の統計類がもととなった活動量と単位活動量当たりの排出係数を掛け合わせることにより排出量が算出されている。この場合、国によっては統計類のデータがあまり正確でなかったり、そもそも統計データが存在していなかったりすることがある。また、緩和策を実施したカテゴリーにおいて、活動量に排出係数を単純に掛け合わせただけではその緩和策の実施状況を反映できない場合がある。そういった場合の算定精度を向上させるために、施設レベルのデータを利用する。しかし、施設レベルのデータの利用に関しては、2006年IPCCガイドラインでも詳しくまとめられていないため、本会合は施設レベルのデータの利用に関する指針を提示することが目的となっている。

参考までに議論の中で紹介した日本の事例を紹介する。

日本のインベントリで直接、施設レベルのデータを利用しているのは、主に工業プロセスの化学工業のカテゴリーである。このカテゴリーの算定では国内の施設(工場)が限られていることもあり(1〜10施設程度)、これらの工場の活動量や実測から得られた排出係数が直接利用されている。

例えば、アジピン酸の製造過程ではN2Oが排出される。日本国内ではこのアジピン酸の製造は一つの事業所のみで行われている。また、この事業所ではN2O分解装置を導入・稼働をしており、算定ではこの施設におけるN2O分解率などの施設レベルのデータを用いている(ただし、このデータは秘匿データとして扱われている)。

この日本の事例のように施設数が少ない場合の施設レベルのデータ利用のほかに、排出権取引(ETS)制度で得られる施設ごとのデータを実際のインベントリに活用する際の問題点(インベントリ作成の際に考慮しておく点など)の整理も、本会合における議論のポイントの一つとなっている。

インベントリ作成では、透明性(Transparency)、比較可能性(Comparability)、完全性(Completeness)、一貫性(Consistency)、正確性(Accuracy)を五原則としている。インベントリにおいて、施設レベルのデータを利用する意義は、正確性の向上である。しかし、その他の4つの観点が欠けた施設レベルのデータを利用することは望ましくない。

したがって、施設レベルのデータを利用する際は、品質チェックは十分に行うこと、情報に透明性をもたせること、時系列的一貫性をもつデータを利用すること、不完全なデータセットを用いるべきではないことなどが指針としてまとめられた。

今回の発表や議論の結果などは今後、報告書としてとりまとめられるとともに2006年IPCCガイドラインを補足するFAQとしても活用される。温室効果ガスインベントリ作成やその審査の際の指針となることが期待される。

脚注

  1. 施設レベルのデータとは統計などで得られないような工場等からのデータ(概して一般に公表されていないデータ)が該当する。プロジェクトレベルのデータとはクリーン開発メカニズム(CDM)のように、限定的な範囲を対象としたプロジェクトの排出係数を国全体の排出係数として利用する場合のデータ(排出係数)などが該当する。
  2. The Task Force on National Greenhouse Gas Inventories (TFI)
  3. IPCC Expert Meeting on Use of Models and Measurements in GHG Inventories
  4. 京都議定書第1約束期間のインベントリ作成に利用されているのは1996年改定IPCCガイドライン、温室効果ガスインベントリに関するグッドプラクティスガイダンス(GPG [2000])、LULUCFに関するグッドプラクティスガイダンス(LULUCF-GPG)である。その他に次期約束期間で利用を検討している2006年IPCCガイドラインがある。

羊の国ニュージーランド

酒井広平

ニュージーランドは人口400万人に対して、羊が約3200万頭(牛が1000万頭)飼育されている農業大国であり、輸出の半分を農産物が占めている。この国は冬でも温暖なこともあり、羊は一年中放牧という他に例を見ない飼育の形式をとる国でもある。温室効果ガスインベントリにおいても農業分野からの排出量の割合が他国に比べて圧倒的に大きく、国の排出量の約50%を占めており、そのほとんどが家畜由来による排出量である(消化管内発酵によるCH4と家畜ふん尿によるN2O)。

ニュージーランドと言えば「羊」のイメージであり、「ニュージーランドでは羊を見たい」と思っていた。国内のどこでも羊は容易に見られると聞いていたものの、ウェリントン市内や乗り継ぎで立ち寄ったオークランド空港付近では羊を見ることはできなかった。国内線の乗り継ぎで窓側の座席だったので、放牧されている羊の群れを米粒ほどの大きさで見ることができたものの、「それって本当に羊?」と言われると、「牛かも…」という疑いを払拭することができない。次回があるならば、農業大国を実感するためになんとしても羊と戯れ、「やっぱりニュージーランドは羊の国でした」と報告したいものである。

photo. タラナキ山

雄大な景色は見えたが、羊は見えず(中央はタラナキ山)

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