2016年2・3月号 [Vol.26 No.11] 通巻第303号 201602_303008
衛星による地球観測の現状と今後の展望 —地球観測連携拠点(温暖化分野)平成27年度ワークショップ開催報告—
1. はじめに
気候変動を予測し、人間社会や生態系への気候変動の影響を評価する上で、地球環境の実態を把握することは非常に重要であり、そのためには地球観測データの充実が必要不可欠です。特に衛星による観測は、全球規模での広域分布を繰り返し測定することが可能であり、各種環境要因の空間分布を把握し、それらの変化を抽出するのに極めて有効です。また、近年の技術革新により温室効果ガス、植生などの様々な要素の観測が可能になってきており、従来の地上観測や航空機観測などと組み合わせることにより、地球温暖化をはじめとする地球環境研究が大きく進展することが期待されています。
地球温暖化対策に必要な観測を統合的・効率的にするために設立された「地球観測連携拠点(温暖化分野)」(以下、連携拠点[1])では、一般の方から研究者までを対象に、温暖化観測の現状や将来展望に関するワークショップを平成19年度より毎年開催しています[2]。平成27年度のワークショップは、気候変動・水循環変動・生態系等の地球規模の監視・解析・予測に貢献する我が国の地球観測衛星の現状と最近の動向を把握し、将来の展望を議論する目的で開催しました。以下に平成27年11月19日(木)東京で開催されたワークショップの概要についてご報告します。
2. ワークショップ概要
はじめに、連携拠点の事務局である「地球温暖化観測推進事務局」を共同で運営する環境省・気象庁を代表して、気象庁地球環境・海洋部地球環境業務課の矢野敏彦課長より開会のご挨拶があり、地球観測を長期にわって継続していくこと、そして、それを国民に理解・支援していただくことが重要であると強調されました。
続いて、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の中島映至氏の基調講演が行われました。日本学術会議連携会員であり地球惑星科学連合大気水圏科学セクションのプレジデントである中島氏は、科学者としての立場から衛星地球観測の現状と課題について講じました。中島氏はまず、2000年代の初めの「みどり」(ADEOS)、「みどり2号」(ADEOS-II)の相次ぐ運用停止という「暗黒時代」を乗り越え、現在の世界に誇る衛星運用に至った我が国の地球観測衛星の歴史を紹介しました。平成27年9月の関東・東北豪雨による氾濫域を「だいち2号」(ALOS-2)が検知した画像や米国の研究者が「いぶき」(GOSAT)のデータを利用して北米のメタン排出量を評価した事例などを説明し、現場での利活用と最先端科学の発展の両方に役立つように工夫された衛星データが、宇宙機関・現業機関・研究機関・教育機関の間で連携して利用されている様子を示しました。欧米・中国・韓国では、地球環境問題解決への貢献のために積極的な地球観測衛星開発を進め、「2020年〜2040年」の将来計画が活発に議論されています。しかし、日本の宇宙基本計画では2020年期以降、地球観測衛星の明確なロードマップがなく、検討が急がれています。中島氏は我が国の地球観測衛星の継続的な発展には、持続可能な観測システム構築への努力が必要であり、特に衛星長寿命化(10年以上)・小型化などの技術革新が鍵であると締めくくりました。
次に、3名の専門家より衛星による地球観測の現状と最新の動向について講演がありました。気象庁の操野年之氏(代理:大野智生氏)は、平成26年10月に打ち上げられた新しい日本の静止気象衛星「ひまわり8号」[3]の解像度や観測頻度の飛躍的な向上について、観測された画像を表示しながら説明しました。特に、急発達する積乱雲を2.5分ごとに追跡する動画には会場から感嘆の声が聞かれました。新しいひまわりの高解像度・高頻度の観測は今後予想される極端な気象現象に初期段階で対応でき、防災へ貢献します。また、観測する画像の種類(波長)が前の「ひまわり6・7号」の5種類から16種類へ増えたことで、中国からの黄砂や、口永良部島の火山灰や火山性のガスも観測できるので、気象情報だけでなく広い分野への応用が期待されています。
国立環境研究所の横田達也氏は、平成21年1月に打ち上げられた世界初の温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)が5年間の定常運用の後も装置のトラブルを克服し、その長期観測データが科学研究に積極的に利用されていると話しました。「いぶき」のデータによれば、地上から上空までの地球大気全体の二酸化炭素の月別平均濃度は季節変動をしながら年々上昇し、平成28年中に400ppmを超える見込みです[4]。また、観測されたメタン濃度は、排出量データから推定された人為起源メタン濃度と相関関係があることがわかり、メタン排出の監視・検証ツールとしても有効利用が望めます[5]。温室効果ガスの衛星観測は世界的な連携のもとに行われており、後継機のGOSAT-2は米国の二酸化炭素観測衛星(OCO-2)、中国の炭素観測衛星(TanSat)に続く平成29年度の打ち上げが予定されています。
北海道大学低温科学研究所の江淵直人氏は、世界最高性能を誇る地球観測衛星搭載マイクロ波放射計AMSR2を搭載した水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W)による観測データが大気・海洋変動のメカニズムの解明や海況監視、漁業資源モニタリングなどの分野で広く社会に貢献していると話しました。AMSR2による海面水温、水蒸気量、降水量、海氷などの観測データは気候変動を監視するために必須なデータで、こうしたデータを得るには、継続的な衛星観測が重要ですが、GCOM-Wの後継機の見通しが立たないという課題を抱えています。
総合討論では、まず、二人の専門家からコメントをいただきました。JAXAの石田中氏は、平成27年にJAXAが地球観測衛星委員会(CEOS)の議長として世界の地球観測衛星計画を主導して、一連の国際枠組みにおいて地球観測衛星の役割を位置付けたことを紹介しました。また、JAXAとアメリカ航空宇宙局(NASA)が進める国際共同ミッションの全球降水観測計画(GPM計画)で平成26年2月に打ち上げられたGPM主衛星は、二周波降水レーダ(DPR)により、これまで観測範囲外だった中高緯度の降水を観測でき、そのデータは「JAXA世界の雨分布リアルタイム」として公開されています[6]。さらに、GCOM-Cは放射収支と炭素循環の変動に注目する気候変動観測衛星として打ち上げの準備が行われています。
東京大学先端科学技術研究センターの岩崎晃氏は、空間分解能30m以下の高解像度センサを搭載した衛星について、観測頻度は低いものの、海氷、氷河、森林の変動や森林火災の発生などの精細な情報を提供し、温暖化分野の観測に貢献していると話しました。岩崎氏は平成4年に打ち上げられた地球資源衛星「ふよう1号」(JERS-1)に搭載されたSAR、平成18年の「だいち」のPALSAR、平成26年「だいち2号」のPALSAR-2の画像を比較して見せながら、日本の合成開口レーダが段階的に高性能化し、将来は先進レーダとしての発展が見込まれていることを示しました。また、欧米を中心に進むデータのオープン&フリー戦略と近年注目を集めている超小型衛星についての話題が提供されました。
続く討論では、講演者と参加者の間で長期的な衛星計画の立案の体制、関係機関の連携のありかた、開発システムのありかた、我が国とヨーロッパの衛星計画の検討体制の相違、衛星計画関連の国際的な枠組み・計画等の支援の必要性等について、活発な議論が行われました。特に、2020年以降の日本の地球観測衛星計画の検討が遅れていることが課題としてあげられ、省庁連携、国際連携が重要な衛星計画の推進にあたっては省庁横断型システムの設置が必要との認識が共有されました。
なお、講演資料は地球温暖化観測推進事務局ホームページで公開しています[7]。
3. おわりに
ワークショップ当日は、企業、教育・研究機関、行政の関係者を中心に約160名の方々の参加があり、会場でのアンケートには衛星観測への期待や国内連携への激励など自由記載欄に多くの声が寄せられました。ワークショップ後の11月27日には「気候変動の影響への適応計画」が閣議決定され、また、12月12日には第21回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)において途上国を含むすべての国が参加する2020年以降の新たな温暖化対策「パリ協定」が採択されました。こうした国内外の動向を踏まえ、連携拠点は来年度以降、気候変動とその影響の観測のみならず、適応計画に資する活動を行ってまいります。最後に、ワークショップ開催にあたりご支援とご協力を賜りました多くの方々に厚く御礼申し上げますとともに、今後とも連携拠点へのご支援をよろしくお願い申し上げます。
脚注
- 第42回総合科学技術会議(平成16年12月)で取りまとめられた「地球観測の推進戦略」の中で、地球観測の統合的・効率的な実施を図るために関係府省・機関の連携を強化する推進母体として、連携拠点の設置が提言されました。地球環境問題の中でも特に重要な地球温暖化分野の連携拠点については、気象庁・環境省が共同で運営することとし、平成18年度から活動を開始しました。
- 過去の連携拠点ワークショップ http://occco.nies.go.jp/activity/event.html
- リーフレット「新しい静止気象衛星—ひまわり8号・9号—」 http://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/himawari/201507_leaflet89.pdf
- 温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)の観測データに基づく月別二酸化炭素の全大気平均濃度の公表について http://www.nies.go.jp/whatsnew/2015/20151116/20151116.html
- 温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)によるメタン観測データと人為起源排出量との関係について http://www.nies.go.jp/whatsnew/2015/20151127/20151127.html
- 世界の雨分布リアルタイム(GSMaP_NOW) http://sharaku.eorc.jaxa.jp/GSMaP_NOW/index_j.htm
- 本ワークショップの講演資料 http://occco.nies.go.jp/151119ws/index.html
略語一覧
- 宇宙航空研究開発機構(Japan Aerospace Exploration Agency: JAXA)
- 地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり」(Advanced Earth Observing Satellite: ADEOS)
- 陸域観測技術衛星「だいち」(Advanced Land Observing Satellite: ALOS)
- 温室効果ガス観測技術衛星(Greenhouse gases Observing SATellite: GOSAT)
- 炭素観測衛星(Orbiting Carbon Observatory: OCO)
- 二酸化炭素観測衛星(Chinese Carbon Dioxide Observation Satellite: TanSat)
- マイクロ波放射計(Advanced Microwave Scanning Radiometer: AMSR)
- 水循環変動観測衛星「しずく」(Global Change Observation Mission – Water: GCOM-W)
- 地球観測衛星委員会(Committee on Earth Observation Satellites: CEOS)
- アメリカ航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration: NASA)
- 全球降水観測計画(Global Precipitation Measurement: GPM計画)
- 二周波降水レーダ(Dual-frequency Precipitation Radar: DPR)
- 気候変動観測衛星(Global Change Observation Mission – Climate: GCOM-C)
- 地球資源衛星「ふよう1号」(Japan Earth Resource Satellite-1: JERS-1)
- 合成開口レーダ(Synthetic Aperture Radar: SAR)
- Lバンド地表可視化レーダ(Phased Array type L-band Synthetic Aperture Radar: PALSAR)
- 第21回国連気候変動枠組み条約締約国会議(The twenty-first session of the Conference of the Parties: COP21 to the United Nations Framework Convention on Climate Change: UNFCCC)