2016年2・3月号 [Vol.26 No.11] 通巻第303号 201602_303007

陸域生態系を多角的に観る 日本学術会議公開シンポジウム「生態系計測・モニタリングの最前線」参加報告

  • 地球環境研究センター 物質循環モデリング・解析研究室 研究員 齊藤誠

農地や森林等の陸域生態系はエネルギー・物質交換を通じて大気環境を改変する機能を有している。このため、陸域生態系-大気環境間の相互作用を計測し、モデル化することは気候変動対策や農業生産管理にも有効である。近年の発展途上国での人為的な環境撹乱に伴う陸域生態系の脆弱化、環境機能の劣化に対し、生態系の環境応答を野外環境で計測するための技術開発、陸域生態系モデルの精緻化、衛星リモートセンシングを用いた環境撹乱に対する広域の生態系応答モニタリング等、様々な研究・開発も求められている。このような背景から、陸域生態系のプロセス研究における計測手法・技術や広域モニタリングの最前線を紹介し、今後の方向性について議論することを趣旨として、2015年10月23日に日本学術会議公開シンポジウム「生態系計測・モニタリングの最前線」が日本学術会議講義堂で開催された。

開会挨拶として、近年の極端気象現象の増加を背景に、計測モニタリングの重要性についての説明が真木太一氏(日本学術会議連携会員、九州大学名誉教授)によってなされた。次いで、平野高司氏(日本学術会議連携会員、北海道大学大学院農学研究院教授)から、計測・モニタリングの歴史や、現在大きな発展を遂げている植物等からのサンプル採取を必要としない非破壊計測・モニタリング技術、分野間の連携・方向性についての議論の重要性等を踏まえ、本シンポジウムの趣旨説明がなされた。本シンポジウムは前半3件が地上観測、後半3件がリモートセンシング研究関連の発表で構成され、最後に総合討論の時間が設けられた。

最初に、「水田生態系の環境変動応答の解明を可能とする開放系大気CO2増加(FACE)実験」と題して、林健太郎氏(農業環境技術研究所物質循環研究領域主任研究員)から土壌における炭素および窒素循環を中心とした研究紹介が行われた。土壌は平均厚20cmという脆弱な地球の薄皮である一方で、食料生産の場であり、陸域物質循環の要である。大気中二酸化炭素(CO2)濃度の増加は植物の光合成を促進する「CO2施肥効果」がある。しかし、CO2濃度が高まると、相対的に窒素などの他元素(栄養素)が不足し、生産・収穫量が目減りし、また、気孔が閉じることで蒸散が減少する。蒸散減少は水資源節約につながる一方で、葉温上昇による不稔・品質低下につながる可能性がある。そこで、つくばみらい市の実圃場におけるFACE(Free-Air CO2 Enrichment)実験を通して、作物生産に着目した結果が紹介された。外気CO2濃度+200ppmで施肥した実験では、イネに関しては10%程度の増収が観測されたが、品種によって応答は大きく異なること、CO2施肥効果は気温や日照条件等の気象要因によって大きく変化すること、生育が進むとCO2施肥効果が減少すること等が報告された。メタン(CH4)発生に関しては、土壌内でのCH4生成と酸化の差分を大気の側から見ていることが不確実性を生む要因であること、窒素循環に関しては、操作実験・モニタリング・モデリングを組み合わせ、生物的窒素固定、脱窒、無機化、品種影響などを明らかにする必要がある等、現地観測から見えてきた今後の研究課題について報告された。

次いで、「農地における微量気体のフラックス計測:現状と展望」と題して宮田明氏(農業環境技術研究所大気環境研究領域長)が、農地でのCH4フラックス計測を中心とした研究紹介を行った。農地でのガスフラックス計測の対象は、生物の生育環境、生理生態機能、大気汚染物質による作物被害の推定、農地の大気浄化機能、物質循環、温室効果への寄与、大気光化学への寄与等多岐にわたる。ガス分析装置の開発・改良によって、気体の様々な観測が可能となった。オープンパス型ガス分析計の普及は、FLUXNET等のネットワーク拡大やCH4フラックス観測のアジアでの普及に貢献し、また、データの標準化も進展した。一方で、クローズドパス型ガス分析計はフラックスが小さい地点では観測に有利である。これまでのCH4フラックスデータの大半はチャンバー法によって観測されてきたが、測定法の標準化が課題であるとの指摘があった。また、バングラディシュでの観測例の紹介として、CO2フラックスとCH4フラックスでは季節変動が一致しないこと、鋤込みによる土壌有機物が影響すること、収穫後の稲わらの持ち出しが乾季のCH4発生量を小さくしていること、CH4フラックスの日変化はイネ体の通気コンダクタンスが影響していることが紹介された。農地・畑地でのCH4フラックス観測事例の報告では、土壌内全体のガス拡散係数がCH4放出量に寄与すること、微生物によるCH4生成活動や、水田からのCH4フラックスを評価する際には休耕期に水田から発生するCH4も考慮すべきであること、作物残渣の処理によってCH4発生量が大きく異なること、CH4発生の広域評価には大きな不確実性があること等が紹介された。

シンポジウム前半の最後は、「二酸化炭素安定同位体を用いた森林における炭素循環研究」と題して、高梨聡氏(森林総合研究所気象環境研究領域主任研究員)からCO2安定同位体の連続観測から明らかになった樹木内部の炭素の動きについての研究紹介が行われた。生態学的手法を用いると年々変動などの長期変動は観測できるが、季節変動等の観測は困難である、チャンバー法は森林全体への積み上げ方に問題がある、微気象学的手法だと森林内部プロセスがわからない等、森林の炭素循環研究を推進する上でこれまでの観測手法には課題がある。そこで高梨氏は、レーザー吸収分光法を用いたCO2の安定同位体比計測から森林内部プロセスの検証を試みた。しかし、同位体分析を利用した成分分離を行うにはレーザー吸収分光法では精度が足りず、排出源(ソース)の同位体比を決定することが難しいことがわかった。次に、13Cパルスラベリング同位体実験を実施した。その結果、呼吸で放出される13Cは季節変動し、冬季はほとんど放出されないことが観測された。このことから、樹木内部における炭素到達時間は季節によって大きく異なること、葉群、地上木部、根系から成る炭素プールの大きさが幹呼吸量に寄与している可能性があること、などが紹介された。

後半の最初は、「ALOS-2 PALSAR-2による森林分類・変化・バイオマスの観測」と題して、本岡毅氏(宇宙航空研究開発機構ALOS-2プロジェクトチーム開発員)から2014年5月に打ち上げられた地球観測衛星「だいち2号」(Advanced Land Observing Satellite-2: ALOS-2)に搭載されたフェーズドアレー型合成開口レーダ(Phased Array type L-band Synthetic Aperture Radar: PALSAR-2)の概要を中心に、最近の研究事例の紹介が行われた。PALSAR-2は世界で日本だけが採用しているLバンド合成開口レーダ(Synthetic Aperture Radar; SAR)である。他の波長に比べ、水蒸気の影響を受けにくいために天候に左右されず、また、電波が森林内へ透過し樹木の構造に応じて散乱される特徴を持つ。このため雲が多い熱帯林での森林バイオマスの観測が可能である。実際の画像としてインドネシア・リアウ州における伐採による森林面積の変化、ブラジル洪水林等が示された。また、PALSAR-2の画像はアマゾンやカリマンタン等の森林面積減少の説明や、伐採監視強化へ貢献していること、地上調査も実施して森林バイオマスの調査を実施していること、森林バイオマスの推定法の改良等も紹介された。

次に、筆者が「GOSATデータの陸域生態系研究への利用—メタン放出量の時空間変動解析」と題した発表を行った。温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(Greenhouse gases Observing SATellite: GOSAT)は2009年1月に打ち上げられた地球観測衛星であり、温室効果ガス観測センサ(Thermal And Near infrared Sensor for carbon Observation - Fourier Transform Spectrometer: TANSO-FTS)と雲・エアロソルセンサ(Thermal And Near infrared Sensor for carbon Observation - Cloud and Aerosol Imager: TANSO-CAI)2種類のセンサを搭載した衛星である。国立環境研究所GOSATプロジェクトが提供するレベル2およびレベル4(L4)プロダクトを中心に、GOSATプロジェクトの概要を説明した(図)。また、L4プロダクトの一つである亜大陸スケールのCH4吸収・放出量推定値を用いた応用研究事例として、2010年にアマゾン域で発生した大干ばつがアマゾン全域のCH4収支へ及ぼした影響についての研究結果を紹介した。

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GOSATおよび地上観測データを利用して全球炭素収支を推定する模式図 [クリックで拡大]

最後の発表は、「生態系リモートセンシング—細胞から植生へ、2次元から3次元へ」と題して、大政謙次氏(日本学術会議第二部会員、東京大学大学院農学生命科学研究科教授)が自身のこれまでのリモートセンシング関連研究の成果を紹介した。植物は種や器官によって異なる3次元空間構造を有し、環境との相互作用によってそれらの機能は空間的に異なる。蒸散や光合成、成長などに関する機能も空間的構造の影響を受けている。そこで植物を対象としたリモートセンシングでは、生育環境を破壊することなく2次元、更には3次元的に計測する手法の開発が行われてきた。可視・近赤外分光反射、熱赤外、クロロフィル蛍光、距離ライダーなどを用いた画像計測・リモートセンシング研究等について紹介した。

すべての発表後に行われた総合討論では、平野氏の司会のもと発表者6名がパネリストとして登壇し、質疑応答を踏まえつつ、分野間の連携を如何にして促進するかについて様々な意見が交換された。今回の発表では「生態系計測・モニタリング」という共通テーマを軸に、地点から全球まで多様なスケールを対象とした研究課題を網羅しており、各発表者とも研究の発展のためには異なる研究分野との連携が必要不可欠であるとの認識を持っていた。同時に、スケール間のギャップや計測手法の違いを埋めることの難しさも共通認識として持っていた。本シンポジウムのような機会を今後も継続し、議論を重ねていくことが必要であると思われる。

目次:2016年2・3月号 [Vol.26 No.11] 通巻第303号

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