2014年1月号 [Vol.24 No.10] 通巻第278号 201401_278003

科学と政策をつなぐ:温暖化影響の研究と適応策

  • 地球環境研究センター 主幹 広兼克憲
  • 地球環境研究センター 交流推進係 高度技能専門員 今井敦子

1. はじめに

気候変動適応シンポジウム「気候変動の影響と適応〜地域の実践」が11月26日(火)と27日(水)に法政大学市ヶ谷キャンパスで開催された。このシンポジウムは環境省環境研究総合推進費「S-8 温暖化影響評価・適応政策に関する総合的研究」(以下、推進費S-8)がこれまでの研究成果の情報発信と政策実装に貢献するための対話を目的とし、「気候変動適応社会をめざす地域フォーラム」(略称:地域適応フォーラム)の第3回会合とともに実施された。同フォーラムは、推進費S-8研究の一環として設置されたもので、今後の地域・自治体における温暖化影響の研究と適応策の実装化に資するため、温暖化影響・適応策に関する研究の推進、および温暖影響・適応策に関する計画立案や進行管理等について、ノウハウの共有、人材交流、普及啓発等を行うことを目的としている。シンポジウムは、地方研究機関、地方自治体、NPO、企業、S-8研究機関等を対象に行われ、2日間で国や地方の研究機関、地方自治体、NPOなどから250人以上の参加があった。

シンポジウムを聴講した地球環境研究センターの広兼と今井からその内容を報告する。

2. 1日目:11月26日

シンポジウム1日目は、全国レベルの気候変動影響の現状と将来予測に関して、最新の研究動向や成果を報告し、その対策の必要性等について、行政担当者と研究者がパネリストとなるパネルディスカッションが行われた。

1日目は、環境省の関荘一郎地球環境局長のご挨拶から始まった。環境省では猛暑が続いた9月までのクールビズ終了後わずか1か月後の11月からウォームビズを呼びかける状況で、このことを海外で紹介したところ、四季折々の自然環境を実感できる日本でも秋が短くなっていることに驚かれたとのことであった。

(1) 気候変動影響と適応策を取り巻く政策と研究の紹介

5つの講演があり、冒頭で国立環境研究所地球環境研究センターの江守正多気候変動リスク評価研究室長から2013年9月に発表されたIPCC第1作業部会第5次評価報告書(地球環境豆知識参照)における最新の気候シナリオについての説明として、6年前の第4次評価報告書と比較すると、シナリオの前提に差があるものの、概して同じような結果が得られていると報告した。また、予測される海面水位上昇の幅が大きくなったこと(中程度の確信度で2100年までに最大82cm上昇)について、グリーンランドや南極の氷床の動きが定量化されたことがあげられるとの説明があった。さらに、今後温暖化の対策をしてもしなくても、2050年頃までは気候変動の状況に大きな差は生じない、つまり対策の効果はかなり先になってから差として出てくるであろうと報告した。

(2) パネルディスカッションと意見交換

三村信男推進費S-8研究プロジェクト代表をコーディネイターとし、関係省庁の行政担当者と講演した研究者がパネリストとなるパネルディスカッションが行われた。冒頭、コーディネイターより、国としての適応策の取りまとめ方について行政担当者に質問が投げかけられ、現在、30名の専門家による議論が中央環境審議会の小委員会で進行中であり、平成27年頃を目途に取りまとめられるよう検討を進めていることが説明された。研究者パネリストから九州地方の河川災害で浮き彫りになった都市計画と河川対策の連携不足に関連して、昨今の台風被害のように災害による破壊力が大きくなってきた今日では、今までのようにすべてを救うことは困難で、絶対守る場所と災害を受けても復旧支援を円滑にできる場所と区別すべきとの指摘があった。これについて、行政担当者から防災の発想転換等も含めて河川審議会等で議論していく旨説明された。また、気象分野で測候所の無人化が進んでいるが、専門の人材確保の観点から不安が残ることとアメダスに代わる強力なシステムや他との有効な連携はないのかとの指摘があった。これに対して行政担当者から省庁を越えた気象データの共有と、適応に関する国としての計画策定を早急に進めていくことが説明された。また、防災教育の観点からは測候所の無人化は、先の震災でも明らかになったように先人の知恵を活かすことにつながらない対応であり、逆行になるのではないかとの説明があった。不確実性の問題への対応については、人工衛星による気象モニタリングの充実・精緻化や市町村レベルでのインターネットを利用した情報提供システム等に期待がもてることなどが紹介された。

3. 2日目:11月27日

2日目は、気候変動影響への適応の実施レベルである地方自治体、地域の研究機関等の方を対象に、地域の適応策の計画、具体化、実行を支援するガイドライン等のツールの説明、適応策に関して先行する地域からの報告があった。

(1) 地域における気候変動影響と適応策の取り組み手法

第一部は6件の報告があり、そのうち、国立環境研究所から二人が発表した。社会環境システム研究センターの肱岡靖明主任研究員は、推進費S-8で計算された温暖化影響評価結果を日本全国および各都道府県を対象として表示するシステムである簡易推計ツールについて紹介した。簡易推計ツールは科学と政策をつなげるツールであり、実際に利用する自治体などと検討しながら今後も改良を進めていきたいと説明した。数値データを必要とせず図のみを閲覧するバージョンは、すでに三重県などいくつかの県について開発されているということである。 社会環境システム研究センターの久保田泉主任研究員は、海外の自治体における適応計画の動向と日本が学ぶべき点について説明した。アメリカの研究報告によると、世界の約2割の自治体が適応戦略を策定しているが、ビジョンを示すものが多く、日本で「計画」と言った時にイメージされるような具体性はないものが多い。そのなかで、2011年7月の豪雨被害の後作成されたコペンハーゲン市の気候適応計画は、損害回避、損害低減、レジリエンスの向上という、とるべき行動に優先順位がつけられていることが紹介された。海外の事例から学ぶ点として、行動の優先順位をつけた計画策定と、都市計画の中に気候変動影響への適応を組み込んでいくことが重要であると報告した。

(2) 地域における気候変動影響研究・適応策の取り組み報告

第二部は適応策に関して先行した取り組みを行っている地域における適応策検討の成果・課題・展望として、埼玉県、長野県、三重県の事例が報告された。埼玉県が示した潜在的適応策(例:水稲の「彩のきずな」など高温耐性品種の育成)を活かし、予測などを基とした中長期的な視点を取り入れた温暖化適応策は、参加者の関心を集めていた。長野県は、適応策を「環境基本計画」へ位置づけたことで方針を示すことができ、既存の施策構造が未来重視となったことを強調した。三重県からは、肱岡主任研究員から説明のあった簡易推計ツールを利用した気候変動による将来予測を「くらしにおける地球温暖化適応推進事業」に活かしているという報告があった。また共通理解を深めるため、企業や一般の人たちとの情報共有を進めていることが紹介された。

グローバル経済が進む中で、サプライチェーンの寸断が起きると世界経済の安全保障のうえで大きなリスクになる。企業の適応への取り組みは、企業の事業継続を強固にするだけではなく、新たな市場の確保にもつながる。損保ジャパン日本興亜リスクマネジメント(株)からは、主に海外の企業の取り組み事例と地方自治体との連携について講演があった。

(3) 質疑応答

今回のシンポジウムは参加登録時に質問を記入することになっており、当日受け付けた質問と合わせて登壇者が答える時間が設けられた。法政大学の田中充教授をコーディネイターとして行われた質疑応答の主な内容は以下のとおり。

【論点1】 影響予測の不確実性があるなかで、どのように対処したらよいのか。
回答: いくつかオプションを用意して、段階的に進めていく。
【論点2】 自治体にとって、緩和策と適応策のバランスは、どのようなものが望ましいだろうか。
回答: 地域の特性によるので、地域ごとの判断が必要。
【論点3】 気候変動の影響はさまざまな分野に生じるが、優先的に取り組むべき影響分野をどのようにして抽出すればよいか。
回答: 影響の大きさ、発生の確率など合理的な判断に基づいて相対的にリスク評価する。分野ごとに課題を抽出し、優先順位をつけるのも必要。
【論点4】 適応策に関して、国レベルと都道府県や市町村レベルの役割分担はどのように考えたらよいか。
回答: 国は、国際社会に向けて国の方針を表明していく役割と、国内に向けては、都道府県による適応計画などの作成を推進していくための仕組み作りや知見・資金等が足りないところへの支援。都道府県は普及啓発・開発・体制整理。市町村は適応策の実施(警報など)。
【論点5】 適応という概念は、現状では市民の認知度が低いと感じるが、市民への普及、参加はどのように行えばよいか。
回答: 「適応」の言葉の認知度が低いが、たとえ言葉を知らなくても、変化するものへの対応は必要に迫られれば皆がやっていることである。「適応」の言葉の認知度を上げるというよりは、リスクを肌に感じさせるコミュニケーションを目指すべきではないか。
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会場との質疑応答で、論点1について説明する肱岡主任研究員(左)

4. 所感

主催者側によると「地域適応フォーラム」の参加者は毎年増えており、社会からの関心が高まっているようだ。長時間のシンポジウムではあったが、熱心な参加者が多く、質疑応答なども時間をオーバーする程で、有意義な議論が行われた。また、本シンポジウムでは参加者全員に「参加者から登壇者への質問」として参加登録時に集められた124項目の質問事項をまとめたA4版6ページの資料が配布された。参加者の関心事がわかるようにとの工夫であろう。すべての質問に登壇者が答える時間はなかったが、問題点を皆で共有する取り組みとして有効であると感じた。

目次:2014年1月号 [Vol.24 No.10] 通巻第278号

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