2014年1月号 [Vol.24 No.10] 通巻第278号 201401_278002

気候変動枠組条約第19回締約国会議(COP19)および京都議定書第9回締約国会合(CMP9)報告 1 マレーシア、及び、アジア全域での低炭素社会実現に向けたロードマップと実践 〜COP19/CMP9 におけるサイドイベントの開催報告〜

社会環境システム研究センター 持続可能社会システム研究室 特別研究員 朝山由美子

国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)報告 一覧ページへ

2013年11月11日〜23日に、ポーランド・ワルシャワにおいて国連気候変動枠組条約(UNFCCC)第19回締約国会議(COP19)及び京都議定書第9回締約国会合(CMP9)が開催されました。国立環境研究所からは、日本政府代表団(交渉)、サイドイベント(発表)、ブース(展示)という3つの立場で参加しました。2回に分けて概要を報告します。

国立環境研究所は、マレーシア工科大学(UTM)との共催で、「マレーシア、及び、アジア全域での低炭素社会実現に向けたロードマップと実践」と題するUNFCCCサイドイベントを11月15日(金)に開催しました。さらに、今回は、UNFCCCの会合会場内において初めて日本パビリオンが設けられ、国立環境研究所は、イベントスペースにおいて、会合期間中に6つのサイドイベントを国内外の研究機関と共に主催しました。以下に11月15日にUTMと共催したUNFCCCサイドイベントの開催概要を中心に報告します。

1. 「マレーシア、及び、アジア全域での低炭素社会実現に向けたロードマップと実践」における最新研究成果の紹介

UNFCCCサイドイベントでは、国立環境研究所、および京都大学が国内外の研究者と共同で開発したアジア太平洋統合評価モデル(AIM)を用い、マレーシア、及び、アジア全域での低炭素社会実現に向けた低炭素シナリオ研究の最新の成果を紹介すると共に、シナリオ研究の成果に基づき提案した方策を検討・実施していくことによる便益と障害について、関連するプロジェクトに携わる国内外の研究者や自治体職員を交えて議論をしました[1]

最初に、社会環境システム研究センターの甲斐沼美紀子フェローが、環境省環境研究総合推進費戦略的研究プロジェクトS-6のもとでとりまとめた「低炭素アジアに向けた10の方策実施による温室効果ガス削減可能性」に関する最新の研究成果を報告しました。甲斐沼フェローは、研究の結果、なりゆき社会(BAU)では、2005年に世界のGHG排出量が42Gtであったものが、2050年には1.8倍増え、アジアのシェアも38%から43%に増加する。これに対し、産業革命以前と比較して、全球の気温上昇を2°C以下に抑える「2°C目標」を達成するためには、アジアでは2050年までに69%削減しなければならない。そのため、アジアの低炭素化をどのように進めるのか、また、国が違えば文化や経済状況が違い、低炭素社会構築に向けた方策も多様であると考えるが、その中で共通のものは何かを検討し、それを提示した上でそれぞれの国に合った低炭素シナリオ、その実現に向けたロードマップ、及び具体的な方策を検討していることを紹介しました[2]。甲斐沼フェローは、「対策を遅らせるほど、GHG濃度が高くなれば高くなるほど、削減量は大きくなる。2°C目標を達成していくことは容易ではないが達成可能な目標であり、アジアでは、これまでの先進国型の発展の轍を踏まずに、直接に低炭素社会の構築に向かう一足飛び型開発(リープフロッグ型開発)により、最初から低い濃度へ移行させる方法をいまから検討・実施していくことが最善策である」ことを強調しました。

UTMのHo Chin Siong教授は、国際協力機構/科学技術振興機構「地球規模課題対応国際科学技術協力(SATREPS)」による「アジア地域の低炭素社会シナリオの開発」プロジェクトのもとで2012年に策定した「マレーシア・イスカンダル開発地域における2025年までの低炭素社会実行計画」の第2版、及びそのロードマップと実施プログラムを取りまとめた「A Roadmap towards Low Carbon Iskandar Malaysia 2025」の概要を報告しました。Siong教授は、低炭素社会実行計画に掲げている12の方策の中からいくつかの方策を実施していくための具体的サブアクション、プログラム及び2025年までの工程表、方策を実施していくことによるGHG排出削減効果を紹介しました。その上で、低炭素モデルによる定量化は、提案した方策や、サブアクション、プログラムを実施していくことによる影響をよりよく理解するのに役立つことを強調しました。さらに、低炭素社会実現のための科学的知見に基づいたベースライン研究は、様々な利害関係者間の合意形成を後押しし、各都市や地域の気候変動に対して強靭な低炭素社会に向けて総合的な観点から取り組んでいく際にも役立つことから、現時点の予備的調査をさらに推進していくことに向けた意気込みを示しました。

次に「マレーシア・イスカンダル開発地域の低炭素社会実行計画」を踏まえ、現場における具体的方策をとりまとめた「Iskandar Malaysia: Actions for a Low Carbon Future」をイスカンダル開発庁(IRDA)Maimunah Jaffar計画・コンプライアンス・環境局長が紹介しました。「Iskandar Malaysia: Actions for a Low Carbon Future」は、上記実行計画を実施していく上でのIRDAによる10の行動計画で、本サイドイベントが開催された2日前の11月13日に、マレーシアのMohammad Najib bin Tun Haji Abdul Razak首相や、イスカンダルが位置するジョホール州のMohamed Khaled Nordin州首相にも承認されたものです。Jaffer局長は、イスカンダルによる10の行動計画の中で、イスカンダルにおいて最もGHGを排出しており、かつ重工業の多くが集中しているパシグダン地区を「クリーンで健康的なスマートシティ」にする取り組みの重要性を強調しました。最後に、Jaffer局長は、IRDAによる10の行動計画を実施していく上で、マレーシア政府・及び関係機関から緊密な協力を得ていくこと、市民の意識向上や自主行動の向上、行動計画の進捗を定期的にモニタリング・評価することが課題であると述べました。

さらに、AIMを用いて、マレーシア・プトラジャヤ地域の2025年低炭素シナリオとそのロードマップをとりまとめた「Towards Putrajaya Green City」をプトラジャヤのDato’ Omairi Bin Hashim地域都市計画副部長が紹介しました。プトラジャヤはサイバジャヤと共に、2010年にマレーシア首相から他の都市の開発の模範となるようグリーン技術の先進都市として指定されました。そこで、プトラジャヤは低炭素シナリオ研究の成果を参考にしながら、7つの分野に焦点を当てたプトラジャヤのグリーンシティに向けた12の方策を策定しました。本発表の総括としてHashim地域都市計画副部長は、プトラジャヤの既存のグリーンシティイニシアティブを再考察し、2025年までの環境目標を達成するための新たな計画を策定する際に、2012年のGHGインベントリが重要であることを強調しました。

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低炭素社会実現に向けたそれぞれの研究成果・行動計画書を初公表する登壇者たち

2. パネルディスカッション

パネルディスカッションにおいては、AIMを用いた低炭素社会シナリオ分析をもとに、中国・国家発展和改革委員会能源研究所のJiang Kejun博士、インド経営研究大学院アーメダバード校(IIMA)のP.R. Shukla教授、地球環境戦略研究機関(IGES)の西岡秀三低炭素アジア研究ネットワーク(LoCARNet)事務局長が、低炭素社会を構築していく上で、既存の障壁を克服し、2°C目標を実現するために有効となる対策について報告しました。

(1) 2°C目標を実現させるための中国における低炭素社会研究

Jiang Kejun博士は、「2°C目標を達成することは可能であり、政府に対し、エネルギーシステムのあり方等、計画をきちんと立て2°Cシナリオのパスをたどるよう説得すべき段階にある。そのために経済構造最適化政策や、エネルギー効率を高めていくための政策、再生可能エネルギー促進政策、CO2の回収・貯留(CCS)の導入促進、ライフスタイルの変革、土地利用変化に関する事項もモデルの中に取り入れ、政策等を検討していくこと」が必要であると強調しました。また、その政策の実行にあたり、対策コストの支払い能力について考慮されるべきだと示唆しました。さらに技術の普及が2°C目標達成の鍵を握ることに触れ、2012年と比べて中国では低炭素技術が急速に市場に普及し、それが中国のGDP成長率の上昇にも寄与していることが紹介されました。

(2) 2°C目標を実現させるためのインドにおける低炭素社会研究

P.R. Shukla教授からは、2050年までのインドの低炭素社会実現に向けた道筋について、持続可能な低炭素交通の観点から分析した研究成果が発表されました。Shukla教授は、交通部門において、持続可能な交通移動手段・技術・燃料・物流を実現させる方策と、世界の気温上昇を2°C以内に抑える安定化目標を実現させるための最適炭素価格を国際規模で設定することで、2050年にBAU比で半減させ、インド全体のCO2排出量の3分の1を削減することが可能であることを報告しました。また、インド社会について、科学的知見に裏付けされた望ましい社会・経済・技術的変革のあり方を図や表などを使って一般市民にもわかりやすく説明することによってBAUシナリオと比較し、2050年に温室効果ガスを70%削減することが可能な低炭素社会への道筋を提示しました。

(3) 2°C目標を実現させるためのアジア低炭素研究ネットワーク

西岡秀三LoCARNet事務局長は、アジアにおける低炭素化の実現が全世界的に非常に大きな意味をもつことから、低炭素に関する知識をアジアの諸地域で共有するための研究拠点を設け、アジアの低炭素発展に資する研究、及びその実現に向けた人材育成を推進していくことの必要性について強調しました。

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パネルディスカッションの様子

3. おわりに

サイドイベントは会合時間が大幅に前後する国際交渉と並行して開催されます。また、気候変動問題に関する多様な取り組みを行う世界中の機関によるサイドイベントとも並行して開催されます。そのため、サイドイベント開催前には、どのくらいの人々が私たちのサイドイベントに関心をもち、時間を割いて参加をしてくれるか、大変緊張しました。実際には、マレーシアや他のアジアの国々に加え、世界各国から参加があり、熱心にメモを取っている人も多数いました。私たちの研究プロジェクトで示した提言が土台となり、アジア各国、及び世界中の国々において各政府機関、産業界、市民との間の議論が活性化し、地域の特性を踏まえた独自の行動指針を構築・実施していくための取り組みが促進されるよう、引き続き研究に邁進する次第です。

なお、UNFCCC会合会場内日本パビリオンにおいて国立環境研究所が国内外の研究機関と共催した次の6つのサイドイベント:(1) 「アジア低炭素社会の実現に向けて:研究からわかる2050年アジア低炭素社会へ道筋、及びその具現化に向けた日本の貢献の可能性について(11月13日)」、(2) 「気候変動影響適応の課題への対応:適応研究とパートナーの参加のさらなる促進のための双方向セッション(11月14日)」、(3) 「2°C安定化に向けたアジアのGHG 削減はどこまで可能か(11月15日)」、(4) 「マレーシアにおける低炭素社会シナリオづくりと政策立案に向けた動向:イスカンダル・マレーシアの低炭素社会実現に向けた10の政策アクション公表(11月18日)」、(5) 「低炭素・レジリエントな社会への転換:理論から現実へ(11月19日)」、(6) 「ダーバンプラットフォームの下で目指される2015年合意に関するダイアログ(11月19日)」開催の報告については、UNFCCC COP19/CMP9国立環境研究所の取り組みと題したウェブサイト http://www.nies.go.jp/event/cop/cop19/index.html を参考にして頂ければ幸いです。

脚注

  1. サイドイベント「マレーシア、及び、アジア全域での低炭素社会実現に向けたロードマップと実践」における発表資料は、 http://2050.nies.go.jp/cop/cop19/index.html よりダウンロード可能。
  2. 「アジア低炭素社会の実現に向けて—10の方策によりアジアはどう変化するか」は次のURLよりダウンロード可能。

略語一覧

  • 国連気候変動枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change: UNFCCC)
  • 締約国会議(Conference of the Parties: COP)
  • 京都議定書締約国会合(COP serving as the Meeting of the Parties to the Kyoto Protocol: CMP)
  • マレーシア工科大学(Universiti Teknologi Malaysia: UTM)
  • アジア太平洋統合評価モデル(Asia-Pacific Integrated Model: AIM)
  • なりゆき社会(Business as Usual: BAU)
  • 地球規模課題対応国際科学技術協力(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development: SATREPS)
  • イスカンダル開発庁(Iskandar Regional Development Authority: IRDA)
  • インド経営研究大学院アーメダバード校(Indian Institute of Management, Ahmedabad: IIMA)
  • 地球環境戦略研究機関(Institute for Global Environmental Strategies: IGES)
  • 低炭素アジア研究ネットワーク(Low Carbon Asia Research Network: LoCARNet)
  • 二酸化炭素の回収・貯留(Carbon Capture and Storage: CCS)

目次:2014年1月号 [Vol.24 No.10] 通巻第278号

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