2013年10月号 [Vol.24 No.7] 通巻第275号 201310_275005

科学を社会へ伝える —第11回AsiaFlux、第3回HESSS、第14回KSAFM合同会議参加報告—

  • 地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室 高度技能専門員 田中佐和子
  • 地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室 主任研究員 高橋善幸
  • 地球環境研究センター 副センター長 三枝信子

2013年8月21日から24日にかけ、韓国のソウル国立大学にて第11回AsiaFlux、第3回HESSS、第14回KSAFM合同会議(Joint Conference of 11th AsiaFlux International Workshop, 3rd Hydrology delivers Earth System Science to Society, and 14th Annual Meeting of Korean Society of Agricultural Forest Meteorology)が開催された。AsiaFluxは、アジア地域における陸域生態系と大気の間で交換される物質(二酸化炭素、メタン、生物起源の揮発性有機化合物、水蒸気など)および熱エネルギーに関する研究者のコミュニティーである。AsiaFlux には、100弱の観測サイトが登録されており、それらの陸上生態系は森林、草原、耕作地などを含む。国立環境研究所(以下、国環研)地球環境研究センターは、1999年の活動開始当初から事務局としての機能を果たしており、研究集会、トレーニングコース、ワークショップ等の開催支援やウェブサイト・データベースの管理を行っている。今回も韓国側と共同で企画・運営を行った。参加者は、アジア、欧米諸国の計24カ国から220名近くにのぼり、HESSS、KSAFMとの合同開催ということから、フラックス、水循環、気象、モデルなど幅広い内容で、分野横断的なセッションも行われた。「科学を社会に伝える〜異常気象による影響からの回復可能性が高く、環境に優しい社会システム構築に向けて〜」というメインテーマが設けられたこともあり、前回のワークショップよりも、問題を解決するためにどのように伝えてどう活かしていくかという趣旨の発表や質問が多かったことが印象的だった。会議開催前の2日間は、フラックス観測分野の代表的な観測機器メーカーであるLi-Cor社の支援により今後観測を始める人を対象としたトレーニングコースが実施され、約50名が参加した。また、会議終了後には大学の演習林へのエクスカーションも行われた。企業展示には日本の測器会社2社を含め全部で7社が参加し、実際に観測を行っている人が集まる場をいかして各社の製品の特徴や新製品をアピールしていた。国環研からは6名が参加した。

1. 1日目

午前中のオープニングセッションでは、まず、現地実行委員兼AsiaFlux委員長のJoon Kim氏(ソウル国立大学 韓国)をはじめとする主催関係者から開会挨拶と会議の趣旨などの導入があった。続いて、招待講演のセッションが開始された。まず、Ray Leuning氏(オーストラリア連邦科学産業研究機構 オーストラリア)が人為起源による環境破壊が進み人口が増え続けている現在、持続可能な社会にしていくためには単なる情報提供だけでは不十分で、科学技術の社会に対するコミュニケーションを進め市民の理解を深めることの重要性を述べた。次に、Murugesu Sivapalan氏(イリノイ大学 アメリカ)により、自然科学と社会科学が連携した新しい領域である水文社会学(自然界の水の流れだけではなく人の移住なども考慮したモデルの紹介など)についての紹介があった。続いてE. Hugo Berbery氏(メリーランド大学 アメリカ)は南アメリカの洪水を例に地球全体の動きと地域的な出来事とのつながりについて、Markus Reichstein氏(マックスプランク研究所 ドイツ)は、異常気象が炭素循環に与える影響についてモデルによる解析結果を述べた。そしてJay Famiglietti氏(カリフォルニア大学 アメリカ)から、地球全体の水循環に対して、人間が与えている影響により、局地的な水不足が発生していることについての発表があり、最後に沖大幹氏(東京大学)から、水・エネルギー・食糧の安全保障についてモデルを用いた解析結果の発表があった。初日のプログラム終了後、懇親会が行われ、参加者は夜遅くまで交流を深めた。

photo. オープニング

写真11日目のオープニング・招待講演が行われた会場の様子

2. 2日目

2日目には11のセッションが並行して行われたので、そのうちのいくつかを紹介する。フラックス観測ネットワークのセッションでは、まず、世界規模のフラックス観測ネットワークであるFLUXNETの概要と現状が紹介された(カリフォルニア大学バークレー校 Dennis Baldocchi氏)。AsiaFluxについては、宮田明氏(農業環境研究所)が組織の一般的な概要、昨年度の活動内容やデータベースのデータ登録状況について報告した。そのほか、OzFlux(オーストラリア、ニュージーランド)、中国、韓国、台湾、タイ、インド、マレーシア、ベトナム、フィリピン、日本においての現状報告があり、なかでも熱帯地域での新しい観測ネットワークの展開が印象的だった。現状の課題として新しい観測サイトの建設自体は比較的容易に進むが長期的な管理・維持が大変という点があげられていた。フラックス観測関連セッションでは観測測器の精度向上に有効なモデルの紹介、データの品質管理、フラックスデータの不確実性についての解析結果などが採り上げられていた。こうした地道な研究は観測データの精度や信頼性を高め、長期的な観測データの中から気候変動に対する生態系の応答のシグナルを検出・抽出しやすくなるとともに、データの互換性・流通性が向上するため、全球的な統合解析研究を進めるために非常に重要なものである。

国環研関係者からは、富士北麓フラックス観測サイト(http://db.cger.nies.go.jp/gem/warm/flux/index.html)で行っている微気象学的手法とチャンバー法を用いたメタンフラックスの観測について、土壌水分量が森林のメタンの吸収に関与しているという解析結果(大阪府立大学 植山、国環研 高橋他)や、カラマツ林における下層への炭素固定量は上層に比べて少ないという土壌チャンバーによる観測を利用した解析結果(国環研 Tan、梁他)や、苫小牧フラックスリサーチサイト(http://db.cger.nies.go.jp/gem/warm/flux/tomakomai_n.html)の攪乱後の土壌フラックスの経年変化(国環研 寺本、梁他)の報告があった。夜には2007年度以降恒例となっている若手会が開催され、19カ国から約60人が参加した。今回はワークショップで招待講演を行った方々を迎えて質疑応答の形で情報交換が行われた。

photo. ポスター発表会場

写真2口頭による発表のほかに2日目に行われたポスター発表会場の様子

3. 3日目

2日目に引き続き午前中はパラレルセッションが行われた。国環研の三枝が議長を務める熱帯・亜熱帯地域のセッションでは、すでに長期観測行がわれているインドネシアや中国、タイの観測サイトにおける解析結果、最近新しい観測サイトの建設が次々と進められているインド、マレーシア、ベトナムにおける成果が紹介された。気候変動や人為的な大規模撹乱により脆弱性が高まりつつあり、今後巨大な炭素ソースとなることが懸念されている熱帯生態系における今後の研究の発展が期待される。また、iLEAPS(統合陸域生態系–大気プロセス研究計画)が主催するセッションでは、東日本大震災後の福島県において、漁業が制限されている河川でのセシウムの調査結果、中国での農業バイオマス燃焼による空気汚染、東南アジアにおける森林火災についてなど、生活に密着している研究発表が行われ、問題に対してどのように対応していったらいいか考えさせられるものが多かった。

午後には、水循環や農業気象分野との共催ということで発表件数が多く複数のセッションが同時進行だったため、各セッションのまとめを共有するための全体会合が行われた。AsiaFluxでは、2013年度からアジア諸国の炭素収支の取りまとめを行うCarboAsiaという研究プログラムを開始したこと、AsiaFluxワークショップは2014年にフィリピン、2015年にインド、また、トレーニングコースは2014年にバングラデシュとベトナムで開催するなど、盛り沢山な予定が報告された。今回のようないくつかのコミュニティーが集まる合同会議もできれば3〜4年に1度のペースで実施できればしたい、という方針だ。また、iLEAPSは、国別のネットワークとしてiLEPS JapanとiLEAPS Chinaが既に活動していたが今回iLEAPS-Koreaが活動を開始し、この3つが共同でアジア地域における活動を推進していくということで、2014年5月に中国で開催される会議でiLEAPS-Asiaがキックオフされることが紹介された。今後の研究ネットワークの展開が期待される。

4. おわりに

通常はフラックス観測を専門とする研究者が中心のAsiaFluxワークショップだが、今回は他のコミュニティーとの共同開催で少し規模が大きく、分野の違う人と知り合う場となり多様な内容の発表を聞くことができたのが新鮮だった。熱帯地域での観測が盛んになってきており、さらに新たな知見が紹介されると思われる来年のフィリピンでのワークショップは楽しみである。

photo. 集合写真

写真3参加者の集合写真

関連記事

AsiaFluxおよびAsiaFlux Workshopに関する過去の記事は以下からご覧いただけます。

  • 山本晋「FLUXNETとAsiaFlux国際ワークショップ」2001年1月号
  • 大谷義一「AsiaFluxの現状と課題」2005年11月号
  • 三枝信子「渦相関法による二酸化炭素吸収量の連続測定技術をアジアへ普及—アジアフラックスで人材養成のトレーニングコースを開催—」2006年10月号
  • 平田竜一「—AsiaFluxワークショップ2006:アジアの多様な陸域生態系におけるフラックス評価—の報告」2007年2月号
  • 高橋善幸「AsiaFlux Workshop 2007参加報告」2008年2月号
  • 三枝信子, 小川安紀子「AsiaFlux—10年の軌跡とこれからの道筋—」2009年2月号
  • 小川安紀子「AsiaFlux Workshop2009報告 フラックス研究を通じて多様なスケールにおける生態系の知識の統合を」2010年1月号
  • 田中佐和子, 高橋善幸「AsiaFlux Workshop2011報告」2012年1月号

ソウル国立大学キャンパス内での一コマ

田中佐和子

会議が開催されたソウル国立大学は、1946年に開校した歴史ある国立大学で、1975年に冠岳山の山肌に沿った現在のキャンパスに移転した。キャンパスは広大で坂が多い。キャンパスの中には講義棟、競技場、学生寮のほか、公園や畑(写真4)もあり、朝は畑の横道をウォーキングする老若男女(写真5)をたくさん見かけた。

photo. 畑

写真4ソウル国立大学キャンパス内にある畑の様子

photo. ウォーキング

写真5写真4の畑の横道をウォーキングする人々

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