2013年10月号 [Vol.24 No.7] 通巻第275号 201310_275002

国際研究プログラムFuture Earthへの日本の対応

  • 地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室長 江守正多
  • 地球環境研究センター 副センター長 三枝信子

1. Future Earthとその立ち上げ状況

地球環境研究の国際プログラムの再編が進んでおり、Future Earthとよばれる巨大な枠組みが誕生しつつある。これまで、国際科学会議(International Council for Science: ICSU)などが推進する地球環境変動分野の四つの国際研究計画[1]、およびそれらの共同イニシアチブとしての地球システム科学パートナーシップ(Earth System Science Partnership: ESSP)という枠組みが地球環境研究を国際的に推進していたが、これらをすべて統合するものがFuture Earthである。Future Earthおよびその背景にあるPlanetary Boundaries(地球の境界)やAnthropocene(人類世)といった概念については、2012年6月号掲載の「Planet Under Pressure会議報告 —地球環境研究の新しい枠組みFuture Earthに向けて—」をご覧頂きたい。

Future Earthは、17名の専門家からなる移行チームによる初期設計期間を経て2013年より10年間のプログラムとして発足した。移行チームによる初期設計報告書はFuture Earthのウェブサイトから読むことができる[2]。6月にFuture Earthの科学面での舵取りを担う科学委員会が組織された。科学委員会は18名の専門家から成り、日本からは総合地球環境学研究所(地球研)の安成哲三所長が選出されている。7月には暫定事務局長としてオランダ出身のFrans Berkhout博士が選出され、任期18ヶ月の暫定事務局が立ち上がった。今後、既存の研究計画(IHDP、DIVERSITAS、IGBP[1])が2015年までに順次終了し、Future Earthへの移行が完了する予定である(WCRPは機能的には合流するものの組織としては独立を維持する予定)。また、Global Carbon Project(国立環境研究所に国際事務局がある)などESSPのプロジェクトもFuture Earthに移行する予定である。

2. Future Earthの特徴

Future Earthでは、地球規模の持続可能性を実現するための研究活動の推進にあたって、いくつかの特徴的な概念がうたわれている。必ずしも目新しくはないところからいえば、Inter-disciplinarity、すなわち自然科学、社会科学、工学、人文学などの学術分野の垣根をこえた「学際」研究の重要性が指摘されている。より特徴的なのはTrans-disciplinarity、すなわち学術と社会の間の垣根をこえる「超学際」がうたわれていることである。これは、Future Earthの活動に、学術の専門家だけでなく、社会のさまざまなステークホルダー(利害関係者;地球環境豆知識参照)が参加することを意味する。より具体的には、専門家とステークホルダーが協働して研究活動の設計Co-designや研究知見の創出Co-productionを行うことが提案されている(図)。特に、設計段階のCo-designと知見の普及段階において、ステークホルダーの役割が大きいとされている。また、ステークホルダーグループとして、(1) 学術研究、(2) 科学と政策のインターフェース、(3) 研究助成機関、(4) 各政府機関、(5) 開発機関、(6) ビジネス・産業界、(7) 市民社会、(8) メディアの八つが特定されている。

fig. 協働企画、協働生産

協働企画、協働生産の内容と関係(出典:Future Earth Initial Design Documentより。訳は文部科学省 持続可能な地球環境研究に関する検討作業部会中間とりまとめに基づく)

Future Earthの研究テーマとしては、移行チームによって以下の三つが提案されている。

  • Dynamic Planet:地球が自然現象と人間活動によってどう変化しているかを理解すること。
  • Global Development:食料、水、生物多様性、エネルギー、物質及びその他の生態系の機能と恩恵についての持続可能で確実で正当な管理運用を含む、人類にとって最も喫緊のニーズに取り組む知識を提供すること。
  • Transformation towards Sustainability:持続可能な未来に向けての転換のための知識を提供すること。すなわち、転換プロセスと選択肢を理解し、これらが人間の価値と行動、新たな技術及び経済発展の道筋にどう関係するかを評価し、セクターとスケールをまたがるグローバルな環境のガバナンスと管理の戦略を評価すること。

3. Future Earthへの日本の対応

日本国内においては、これまでの国際研究計画に対応して、日本学術会議(学術会議)にIGBP・WCRP・DIVERSITAS合同分科会が設置されており、この分科会においてFuture Earthへの対応の検討が始められた。2012年12月13日には、アジアにおけるFuture Earthへの対応を議論するFuture Asia国際シンポジウムが地球研において開催されている。また、Future Earthと連動する主要先進国の研究助成機関の連合体であるベルモントフォーラムには、日本から文部科学省と科学技術振興機構(JST)が参加している。

2013年6月には、文部科学省の環境エネルギー科学技術委員会の下に「持続可能な地球環境研究に関する検討作業部会」が設置され、日本としてFuture Earthにどう取り組むかについて、論点整理の中間とりまとめを行った(主査は安岡善文東京大学名誉教授・国立環境研究所元理事。筆者の三枝・江守も委員として参加した)。

6月18日には、午前に学術会議にてFuture Earthに関係の深い複数の委員会が合同で今後の対応を検討し、午後には後述する学術フォーラム(一般公開シンポジウム)が行われた。7月には、学術会議に「フューチャー・アースの推進に関する委員会」が設置され、国内の体制が整いつつある(委員長は安成地球研所長。筆者の三枝・江守も委員として参加)。

4. 学術フォーラム「Future Earth:持続可能な未来の社会へ向けて」

前述したように、6月18日に学術会議主催の学術フォーラムとして「Future Earth:持続可能な未来の社会へ向けて」が学術会議講堂にて開催された。これは、日本国内におけるFuture Earth活動のキックオフシンポジウムと位置づけられる。その様子を簡単に紹介したい。筆者の江守は総合司会を務めた。当日のプログラムは学術会議のウェブサイトから見ることができる(http://www.scj.go.jp/ja/event/pdf2/174-s-0618.pdf)。

学術会議の大西隆会長の開会挨拶に続いて、日本科学未来館の毛利衛館長と地球研の安成所長から基調講演があった。セッション1では、これまでの国際研究計画であるWCRP、IGBP、DIVERSITAS、IHDPなどをそれぞれ代表する6名の専門家から、これまでの取り組みと、Future Earthに向けた展望が語られた。セッション2では、人文社会科学からの問題提起として、政治学、経済学、科学哲学、文化人類学などの視点から、5名の専門家が発表した。セッション3は社会からの期待ということで、本来ならば市民社会や産業界といったステークホルダーの声を聴くべきところであったが、初回ということで、比較的学術に近い、総合科学技術会議、国連大学、国際戦略、環境教育などの立場から4名の発表があった。

最後に、5名の専門家と文部科学省および環境省からの2名の行政官をパネリストに、安成所長の司会によりパネル討論が行われた。パネル討論では、Trans-disciplinaryを目指すには、研究者の評価方法も変える必要があることなどが話題になった。閉会挨拶では、学術会議の春日文子副会長が、今後も継続してフォーラムを開催したい旨を強調した。

5. 所感

6月18日の学術フォーラムで特に印象に残ったのは、セッション2で科学哲学の立場から講演された大阪大学の小林傳司教授が、Trans-disciplinarityを目指すことは、学術コミュニティーにとって学術のあり方自体の転換を迫る、「OSの入れ替え」のような大きな変化だと表現したことだ。この日は多くの講演者がTrans-disciplinary、Co-design、ステークホルダーといった概念を用いて話をし、これらの用語が一日にして多くの参加者の記憶に残ったであろうことは画期的といえる。しかし、現時点で、国内の関係者のどれだけ多くが、これらの概念の意味を本当に理解できているかは不明であると思う。いってみれば、われわれはまだ「古いOSの上に」これらの概念を載せて使える気になっている可能性がある。欧州を中心に生まれたこれらの概念を、有難がって真似をするのではなく、自分達なりに「OSを入れ替えて」使いこなすようになることが、日本のFuture Earth活動にとって重要となるだろう。

脚注

  1. 地球システム科学パートナーシップの四つの国際研究計画
    • 地球圏・生物圏国際協同研究計画(International Geosphere-Biosphere Programme: IGBP)
    • 地球環境変化の人間的側面国際研究計画(International Human Dimension Programme on Global Environmental Change: IHDP)
    • 生物多様性科学国際協同計画(International Programme on Biodiversity Science: DIVERSITAS)
    • 世界気候研究計画(World Climate Research Programme: WCRP)
  2. http://www.icsu.org/future-earth/media-centre/relevant_publications/FutureEarthdraftinitialdesignreport.pdf
    • 文部科学省の「持続可能な地球環境研究に関する検討作業部会」において配布された日本語抄訳 (http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/068/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2013/06/13/1336155_02.pdf

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP