RESULT2023年10月号 Vol. 34 No. 7(通巻395号)

最近の研究成果 炭素回収・貯留を伴うバイオエネルギーと植林・森林再生の気候緩和・炭素除去効果の地域別比較

  • Irina Melnikova(地球システム領域地球システムリスク解析研究室 特別研究員)
  • 田中克政(地球システム領域地球システムリスク解析研究室 主任研究員)
  • 横畠徳太(地球システム領域地球システムリスク解析研究室 主幹研究員)

バイオエネルギー作物からエネルギーを取り出し、排出された二酸化炭素を回収・貯留して大気中の二酸化炭素を効果的に除去する方法をBECCS(Bio-Energy with Carbon. Dioxide Capture and Storage)とよびます。これまでの研究では、パリ協定で掲げられた目標を達成するために大規模なBECCSの必要性が指摘されてきました。しかし、バイオエネルギー作物を大規模に栽培するには広大な農地が必要となり、環境や社会経済への影響も大きいことから、持続的な実現可能性が大きな問題です。この一方で、植林と森林再生は、BECCSに代わる炭素除去手段として広く社会的に支持されています。一般にこれまでの気候政策に関する研究では、炭素除去の詳細なプロセスやその際の陸域生態系での複雑な相互作用は、非常に簡略化して扱われてきました。このため、複雑な陸域生態系のダイナミクスを考慮した精緻なモデルを用いて、BECCSや植林・森林再生などの気候対策の有効性を調べることが重要な研究課題です。

私たちは、最新の地球システムモデルを利用して、2100年までの将来シナリオのもとでのシミュレーションを行い、BECCSと植林・森林再生の有効性を比較しました。ここでは、SSP5-3.4オーバーシュートシナリオ(OS)*1という将来シナリオを利用します。SSP5-3.4 OSシナリオでは、気候緩和策としてBECCSの利用が想定されています。BECCSを利用した場合(BECCS実験)と、同じ場所で植林・森林再生を行ったと想定した場合(植林・森林再生実験)の2通りの数値実験を行い、両者の気候変化や炭素循環の違いを比較しました。

バイオエネルギー作物を利用し、排出される二酸化炭素の50%を回収・貯留する場合と、植林・森林再生を行った場合の、2100年までの陸域炭素吸収量の差が図1aです。概して、BECCSは植林・森林再生に比べて炭素を除去する能力が高いですが、地域的に詳しく見ると、ヨーロッパと東アジアの一部地域では、植林・森林再生が、BECCSの効果を上回る可能性があることが分かります。森林は、特に地上部において、バイオマスをより多く蓄積し、光合成によってより多くの炭素を吸収することができます(図1 b-d)。この一方で、気候変動が進むことにより、森林は炭素を失いやすくなるという脆弱性もあります。したがって、バイオエネルギー作物と森林のどちらを優先するかを決定する際には、気候変動に対する森林の回復力と脆弱性を考慮することが重要です。

図1 気候対策としてBECCSを利用した(BECCS)実験と、植林・森林再生を利用した実験の間の2100年における炭素量の差。(a)バイオエネルギー作物を利用し、排出される二酸化炭素の50%を回収・貯留する場合と植林・森林再生実験の炭素吸収量の差、(b)バイオエネルギー作物を利用し、排出される二酸化炭素を回収しない場合と植林・森林再生実験の炭素吸収量の差、(c)上記 (b) のうち、土壌に吸収される炭素量、(d)上記 (b) のうち、地上植生に吸収される炭素量を示す。正の値は、BECCS実験が植林・森林再生実験よりも大きいことを示す。黒い点は、2100年において、バイオエネルギー作物の面積割合が20%以上となる地点を示す。
図1 気候対策としてBECCSを利用した(BECCS)実験と、植林・森林再生を利用した実験の間の2100年における炭素量の差。(a)バイオエネルギー作物を利用し、排出される二酸化炭素の50%を回収・貯留する場合と植林・森林再生実験の炭素吸収量の差、(b)バイオエネルギー作物を利用し、排出される二酸化炭素を回収しない場合と植林・森林再生実験の炭素吸収量の差、(c)上記 (b) のうち、土壌に吸収される炭素量、(d)上記 (b) のうち、地上植生に吸収される炭素量を示す。正の値は、BECCS実験が植林・森林再生実験よりも大きいことを示す。黒い点は、2100年において、バイオエネルギー作物の面積割合が20%以上となる地点を示す。

長期的な炭素除去の観点からはBECCSが効果的ですが、20-30年程度の短期的な期間においては、植林・森林再生が、BECCSと同等またはそれ以上の効果をもたらす可能性があることが私たちの研究からわかりました(図2)。植林の利用方法を改善すること、例えば、収穫した木材を材料として利用することにより、長期的な炭素除去の効果をさらに高めることができます。この一方で、BECCSの炭素除去の効果は、バイオエネルギー作物利用の際に生じる炭素を回収・貯留する割合に依存します。図2では、その割合を50-90%まで変化させた結果を青線で示しています。20-30年程度の期間では、炭素回収・貯留の割合によらず、植林・森林再生(緑線)がBECCS(青線)と同程度の利益をもたらすことが分かります。

図2 BECCS実験と植林・森林再生実験において、吸収できる炭素量の積算値。BECCSの炭素除去効果に関しては、恒久的に回収・貯留できる炭素の割合を50%から90%(水色から紺色)と仮定した結果を示す。
図2 BECCS実験と植林・森林再生実験において、吸収できる炭素量の積算値。BECCSの炭素除去効果に関しては、恒久的に回収・貯留できる炭素の割合を50%から90%(水色から紺色)と仮定した結果を示す。

バイオエネルギー作物と植林・森林再生は、環境との相互作用が異なるため、気候への影響に差が生じます(図3)。バイオエネルギー作物は森林と比べてより多くの太陽光を反射するため、北半球の高緯度および中緯度域において、気温上昇が小さくなります(図3a, d)。この一方で、バイオエネルギー作物よりも森林の方が多くの水分を蒸発させるため、南半球の熱帯・亜熱帯地域やヨーロッパでは、BECCSが極端な高温の増加に寄与する可能性もあります(図3 c, e, f)。

図3 BECCS実験と植林・森林再生実験における気候変化の空間分布。(a)地表面気温(℃)、(b)相対湿度(%)、(c)地表面蒸発散量(mm year-1)、(d)正味地表面放射量(W m-2)の、BECCS実験と植林・森林再生実験の2081年から2100年までの平均値の差を示す。また、1995年から2014年の最高気温の上位5%となる気温を閾値として、(e)閾値を超える最高気温(℃)、(f)閾値を超える日数(%)の、BECCS実験と植林・森林再生実験の2081年から2100年までの平均値の差を示す。黒い縦線は、Mann-Whitney U検定によって有意となる(p値<0.05)格子点を示す。また、黒い点は、2100年にバイオエネルギー作物の面積割合が20%以上となる格子点を示す。正の値は、BECCS実験の方が植林・森林再生実験よりも大きい場合を示す。
図3 BECCS実験と植林・森林再生実験における気候変化の空間分布。(a)地表面気温(℃)、(b)相対湿度(%)、(c)地表面蒸発散量(mm year-1)、(d)正味地表面放射量(W m-2)の、BECCS実験と植林・森林再生実験の2081年から2100年までの平均値の差を示す。また、1995年から2014年の最高気温の上位5%となる気温を閾値として、(e)閾値を超える最高気温(℃)、(f)閾値を超える日数(%)の、BECCS実験と植林・森林再生実験の2081年から2100年までの平均値の差を示す。黒い縦線は、Mann-Whitney U検定によって有意となる(p値<0.05)格子点を示す。また、黒い点は、2100年にバイオエネルギー作物の面積割合が20%以上となる格子点を示す。正の値は、BECCS実験の方が植林・森林再生実験よりも大きい場合を示す。

今後の研究課題として、緩和策における炭素除去の方法を検討する際に、地域固有の生物多様性や生態系サービス、水資源への影響などを詳細に理解する必要があります。つまり、BECCSや植林・森林再生による炭素除去を効果的に利用するためには、様々な地域固有の要素を詳細に考慮することが重要となります。