REPORT2023年10月号 Vol. 34 No. 7(通巻395号)

パリ協定の下でのインベントリ初提出に向けて 「第20回アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ」(WGIA20)の開催報告

  • 伊藤洋(地球環境研究センター温室効果ガスインベントリオフィス 高度技能専門員)

1. はじめに

自国の温室効果ガス(GHG)排出・吸収量及び気候変動対策に関する情報を適時に把握・報告することは、適切な削減策の策定などのために重要です。パリ協定では、GHG排出量の透明性の向上がすべての締約国に求められ、さらに2018年末の第24回締約国会議(COP24)においては隔年透明性報告書(BTR)の提出がすべての締約国に義務づけられました。初回のBTRの提出期限は2024年末となっており、2006年IPCCガイドラインに準拠したインベントリを含むことが求められています。

日本の環境省と国立環境研究所は、気候変動政策に関する途上国支援活動の一つとして、2003年度から毎年度(コロナ禍で中止の2020年度を除く)、アジア地域諸国のインベントリの作成能力向上に資することを目的とした本ワークショップを開催しています。温室効果ガスインベントリオフィス(GIO)は2003年度の初回会合から事務局として、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のCOP決定等の国際的な課題、参加者のニーズを踏まえた議題・発表者の選定、参加者の招聘といったワークショップの企画および運営にあたっています。

2023年6月26日から29日の4日間にわたり、北海道苫小牧市で第20回アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ(WGIA20)を開催しました。コロナ禍で中止とした2020年度以来、オンライン開催としておりましたが、今回は4年ぶりの実地開催となりました。1日目は2か国で各分野ペアを組み、互いのインベントリを詳細に学習する相互学習、2~3日目は国別報告書(NC)や隔年更新報告書(BUR)の紹介などの話題を扱う全体会合、4日目は苫小牧CCS(二酸化炭素回収・貯留)実証試験センター視察という構成としました。

WGIA20には、メンバー国のうち14か国(ブータン、ブルネイ、カンボジア、インド、インドネシア、韓国、ラオス、マレーシア、モンゴル、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムおよび日本)から温室効果ガスインベントリ(以下、インベントリ)に関連する政策決定者、編纂者および研究者が参加し、米国環境保護庁(USEPA)、気候変動に関する政府間パネル・インベントリタスクフォース(IPCC TFI)、UNFCCC事務局等の国際および海外関係機関からの参加もあり、総勢86名(一部オンライン参加者を含む)による活発な議論が行われました。

2. WGIA20の概要と結果

(1)相互学習
初日は相互学習を行いました。相互学習では、GIOが各分野の組み合わせを行い、インベントリ担当者同士が互いのインベントリをもとに事前にメールで質疑応答を行ったうえで、当日の議論に臨みます。

今次会合では、工業プロセス及び製品の使用(IPPU)分野(モンゴル-フィリピン)、土地利用、土地利用変化及び林業(LULUCF)分野(インドネシア-ラオス)、廃棄物分野(ベトナム-日本)で相互学習が実施されました。参加国は、パリ協定の強化された透明性枠組み(ETF)の下の初回のBTRの提出期限である2024年のインベントリ提出に向けて、法的枠組みによる国内体制の強化、未推計排出源や時系列データの算定を通じたインベントリ報告の完全性の向上、国独自の排出係数等の開発、GHG排出削減策の効果のインベントリへの反映に取り組んでいることがわかりました。参加国はインベントリ作成経験を相手国と共有するとともに、取り組みの強化や改善に向けての率直な意見交換を行いました。

写真1 インドネシアとラオスで実施したLULUCF分野の相互学習。事前に交換したQ&Aシートを使って議論を行いました。GIOはファシリテーターとして参加しています。
写真1 インドネシアとラオスで実施したLULUCF分野の相互学習。事前に交換したQ&Aシートを使って議論を行いました。GIOはファシリテーターとして参加しています。

(2)全体会合
2日目は、日本国環境省が挨拶と日本の気候変動政策とその進捗状況等の概要説明を行い、GIOより今回のWGIAの概要説明を行いました。

続いて、カンボジアから第3回NC、マレーシアから第4回BUR、シンガポールから第5回NC/BUR、バングラデシュから第3回NCの紹介が行われ、各国の最新の国内状況に関する基礎情報や温室効果ガスの排出・吸収量、緩和策等について報告されました。

各国はBURの作成を通じて、パリ協定におけるインベントリ報告に直接つながる、時系列データの収集や再計算、高次方法論の適用、適時のQA/QC手続きの実施といった、多くの経験をすでに積んでいることが確認されました。その一方で、各国は機能的な国内体制の構築といった課題に直面しており、初回のBTRを期限内に報告するためにそれぞれの課題に優先順位をつけることが必要であると指摘されました。

写真2 全体会合では総勢86名(一部オンライン参加者を含む)による活発な議論が行われました。
写真2 全体会合では総勢86名(一部オンライン参加者を含む)による活発な議論が行われました。

続いて、UNFCCC事務局から、パリ協定における新しい報告形式である共通報告表(CRT)、及び国家インベントリ文書(NID)の概要、インベントリ報告ツール開発の進捗状況、及びパリ協定における報告のための支援について説明されました。また、IPCC TFIからはインベントリ報告ツールとの相互運用性を含むIPCCインベントリソフトウェアの改良点が紹介されました。

パリ協定下でインベントリを提出するために、国内体制の強化と、2006年IPCCガイドラインやETFの報告要件に則したBTRのインベントリを準備する能力の強化が求められているのに加え、インベントリ報告ツール上でそれぞれのカテゴリーやガスをどのように報告するかを具体的に検討する必要があります。また、こういった準備における課題に対応するために、各種ツールや能力強化の機会の効果的な活用の重要性が挙げられました。

2日目の最後には、3つのグループに分かれ、事前に送付したアンケート票を用いて、各国のパリ協定における最初のインベントリ作成スケジュールについて議論を行いました。

多くの国は、期限内に最初のパリ協定における報告を目指しています。そのために、参加者は適切なスケジュールを立てることの重要性を理解し、作業順序の再考や各作業期間の延長の必要性、及び2024年12月の締め切りまでに残された時間が少ないという認識を共有しました。

3日目は、ブルネイから事業所単位での温室効果ガス排出・吸収量の義務的な報告システムの導入、及びエネルギー分野の排出状況について紹介されました。続いて、USEPAから、アメリカのインベントリにおけるCCSの報告の検討状況について、GIOから日本のインベントリにおけるCCSの報告状況について、環境省からCCSに関する日本の政策について、紹介されました。

重要な排出源を多く含むエネルギー分野において、正確な活動量の収集や国独自、事業所独自の排出係数の利用が有用であり、義務的な報告システムは有効な解決策となりうることが認識されました。また、CCSのような新しい技術をインベントリに反映するにあたっては、データの取得方法に注意深い検討が必要になることが指摘されました。さらに、二酸化炭素の回収と漏洩は2006年IPCCガイドラインに従って適切なカテゴリーで報告されるべきであること、もし、回収された二酸化炭素を輸出入する場合は国同士の調整も必要になることが確認されました。

4日目は、日本CCS調査株式会社苫小牧CCS実証試験センターへ、午前午後の2組に分かれ視察に行きました。苫小牧CCS実証試験センターでは、2016年より年間10万t規模の二酸化炭素を海底下へ圧入し、2019年11月に当初目標としていた累計二酸化炭素圧入量30万tを達成し圧入を停止、現在もモニタリングを継続しています。

また、日本では二酸化炭素の排出源と貯留適地が近接しているとは限らず、長距離輸送手段(船舶輸送技術)の確立が必要とされています。2030年ごろの二酸化炭素回収・有効利用・貯留(CCUS)技術の社会実装に向けて、船舶による液化二酸化炭素の輸送技術を確立するための研究開発並びに実証試験への取り組みが開始されており、日本CCS株式会社は液化二酸化炭素の受入基地を苫小牧に設営予定です。

写真3 圧入井の施設を見学する参加者たち。CCS技術に対する質疑も行われました。
写真3 圧入井の施設を見学する参加者たち。CCS技術に対する質疑も行われました。

3. 今後の予定

インベントリを含むBTRの2024年末の提出期限を前に、各国とも一層の能力向上が必要なことを踏まえて、各国がインベントリの精度をより高められるようWGIAを来年度以降も継続、発展させていく方向性等が確認されました。

第1回からの報告はhttps://www.nies.go.jp/gio/wgia/index.htmlに掲載しています。WGIA20の詳細も、同Webサイトで公開される予定です。また、今会合の開催について報道発表を行いました(https://www.nies.go.jp/whatsnew/2023/20230707/20230707.html) ので併せてご覧ください。