地球環境研究センター30周年企画 地球環境研究センター30年の歴史(6)
地球環境研究センターは、2020年10月で発足30年を迎えます。8月号から3回にわたり、地球環境研究センターニュースにこれまで掲載された記事をもとに、地球環境研究センターの30年間を紐解きます。
最終回は、2010年4月号から2020年9月号に掲載された記事のなかから、2010年にカンクン(メキシコ)で開催された国連気候変動枠組条約第16回締約国会議について紹介します。
カンクン合意の評価と残された課題
1. はじめに
2010年11月末から12月にかけて、カンクン(メキシコ)にて、国連気候変動枠組条約(以下、条約)第16回締約国会議(COP16)、京都議定書(以下、議定書)第6回締約国会合(CMP6)が開催された。同会議の報告は、地球環境研究センターニュース2011年2月号において関係者により執筆されている。
本稿では、まず、カンクン合意の概要を紹介す る。そして、その国際社会における評価を理解するうえで参考になると思われる、2011年2月に東京において開催された(財)地球環境戦略研究機関(IGES)オープンフォーラム「カンクン合意を経て:低炭素社会構築に向けた課題は?」の概要を紹介する。最後に、同合意の評価と残された課題を示す。
2. カンクン合意の概要—コペンハーゲン合意との違いとは?—
議定書第1約束期間(2008年〜2012年)後の国際枠組み構築に関する主な論点としては、以下3点が挙げられる。
第1に、主要国の排出削減への参加をいかに確保するかである。現状は、先進国最大の排出国である米国が議定書を批准しておらず、排出量が大幅に増加している新興国は議定書下で排出削減約束をもっていない。
第2に、途上国支援の拡充である。条約においても、先進国の責務として、技術移転と資金支援が掲げられているが、これらが進んでいないことに途上国は不満をもっている。他方、先進国は、途上国の削減行動と途上国支援との間のバランスの確保を要請している。さらに、気候変動影響に対する適応策の重要性も増してきており、適応に対する支援の制度化も求められている。
第3に、現行制度(京都メカニズムや議定書の遵守制度等)との連続性をどのように確保するかである。
議定書第1約束期間後の国際枠組みに関する合意期限となっていたコペンハーゲン会合(2009年)では、主要国首脳によるコペンハーゲン合意ができたものの、一部途上国の強い反対により、COPが採択することはかなわず、COP決定では、「コペンハーゲン合意に留意する」とされ、正式な位置づけが与えられなかった。条約の下での長期的協力の行動のための特別作業部会(AWG-LCA)および議定書の下での附属書I国のさらなる約束に関する特別作業部会(AWG-KP)は、それぞれ1年間交渉を継続することとなった。
以下では、コペンハーゲン合意と対比させつつ、COP16/CMP6において採択されたカンクン合意の主な内容を紹介する。
(1)COP/AWG-LCAの成果
①共有のビジョン
カンクン合意では、長期目標については、「産業化前のレベルから地球平均気温の上昇を2°C以内に抑えることを目指して、温室効果ガスの排出を削減する観点から、…温室効果ガスの大幅削減が必要であること…を認識する」とされた。
コペンハーゲン合意では、2°Cに関する言及はあったものの、参照レベルが不明だったが、今回は明記された。また、「長期目標の強化(1.5°Cも含む)を検討する必要性を認識する」とされた。なお、全球規模の排出のピークアウトの時間枠や2050年の目標については、COP17(2011年11月〜12月、南アフリカのダーバンにて開催)において検討することになっている。
②緩和(先進国・途上国両方)
今次会合では、AWG-LCAでもAWG-KPでも、正式な位置づけのないコペンハーゲン合意に基づき各国が提出した排出削減目標(先進国)/緩和行動(途上国)を条約プロセスにおいて、どのように位置づけるかが論点の一つであった。
議論の結果、先進国の削減目標をリスト化したものを文書X、途上国の緩和行動をリスト化したものを文書Yとし、COP決定では文書XおよびYが、CMP決定では文書Xがそれぞれ留意されることとなった。これらが条約プロセスにおいて正式に位置づけられたのは、カンクン会合の重要な成果のひとつである。
先進国の削減目標については、IPCC第4次評価報告書によって推奨された(recommended)レベルと一貫性を保つように、目標レベルを引き上げることが要請されている。先進国の目標の達成に関する仮定および条件(市場メカニズムの利用、森林吸収源の算入、目標レベルを上げるための方策)を明確にするため、条約事務局がワークショップを開催することになった。
先進国の削減目標および吸収源に関する測定・報告・検証(MRV)については、温室効果ガスの排出量インベントリのほか、排出削減に関する進捗・達成状況、排出量予測、そして途上国への資金/技術/能力構築支援状況 に関する報告書を提出することとなった。温室効果ガスの排出と吸収源に関しては、実施に関する補助機関会合(SBI)に国際評価プロセスが設置された。そのほか、先進国は、低炭素開発計画/戦略を策定することとなった。
途上国については、資金支援および技術支援を得て、2020年におけるなりゆき排出量からの抑制(deviation)の達成を目的として、緩和行動を実施することになった。また、主要論点の一つであった、途上国の緩和行動のMRVについては、国際的な支援を受けた緩和行動は国際的なMRVの対象となり、国際的な支援を受けないものについては国内のMRVの対象となり、専門家による分析を通じて2年に1度の国際協議および分析(ICA)を実施することとなった。MRVやICAに関するガイドライン等は今後策定される。
市場メカニズムについては、一つもしくはそれ以上の市場メカニズムの設置をCOP17で検討することとされた。
③適応
適応については、マラケシュ合意(2001年)以降、さまざまな適応関連議題の下で争点となっていたことに一応の決着がつき、コペンハーゲン合意の内容を少し具体化したものとなっている。
「カンクン適応枠組み」を新たに設置し、すべての国が、適応行動の計画・優先順位づけ・実施、影響・脆弱性・適応の評価、社会経済・生態系システムの対応力の構築等を通じて、適応に関する行動を強化することとなった。そのほか、最後発発展途上国(LDC)による中長期の国家適応計画の策定および実施のための支援プロセスの設置、「適応委員会」の設置(これまで途上国が強く求めてきた)、気候変動影響に伴う損失補償・損害賠償を扱うための作業計画の設置(これまで島嶼国が強く求めてきた)等に合意した。
④資金
コペンハーゲン合意では、先進国は、共同で、短期資金(2010年〜2012年)については 300億USDに近づく新規かつ追加的な資金の供与を、長期資金については、2020年までに官民合わせて年間1,000億USDを動員する目標を約束した。短期資金については、緩和と適応とにバランスよく配分されること、また、適応支援については、最も脆弱な途上国(LDC、小島嶼国、アフリカ諸国)に優先して配分されることとなった。また、条約下の資金メカニズムの運営主体として新基金を設置することに合意した。
カンクン合意の採択により、コペンハーゲンの合意の内容が正式に位置づけられたほか、新たに設置される基金の名称は「緑の気候基金」とされ、同基金は、先進国と途上国同数のメンバーから成る理事会(定員24名)によって管理されることとなった。同基金の制度設計は今後の交渉に委ねられ、設計を検討する移行委員会(定員40名。内訳は、先進国15名、途上国25名)が設置された。
2011年4月に移行委員会のメンバーが決まり、日本からは、石井菜穂子氏(財務省)が選出された。また、同基金の暫定的な受託機関は世界銀行とされ、基金運営開始から3年後にレビューが行われる。
⑤技術
適応と緩和に関する行動を支援する技術協力を促進するために、「技術執行委員会」と「気候技術センター」から成る「技術メカニズム」が設置されることになった。
(2)CMP/AWG-KPの成果
上述の通り、コペンハーゲン合意に基づき先進国が提出した排出削減目標をリスト化した文書Xを作成し、CMPがこれに留意した。なお、このパラには、文書Xの表の内容が第2約束期間に関する締約国の立場および議定書第21条7項(附属書の改正手続に関する規定。議定書附属書B[先進国の排出削減約束のリスト]の改正は関係締約国の書面による同意を得た場合にのみ採択される)に基づく締約国の権利を害するものではないとの脚注が付されている。
このほか、AWG-KPの今後の交渉は現在の議長テキストを基に進めること、先進国に対しIPCC第4次評価報告書に示された削減幅に従って目標レベルの引き上げを求めること、そして、各国の排出削減目標を議定書下の排出削減目標(約束期間全体の排出量を平均して算出する)に変換する作業が必要であることに合意した。
3. IGESオープンフォーラム「カンクン合意を経て: 低炭素社会構築に向けた課題は?」の概要
2011年2月28日、IGES主催のオープンフォーラム「カンクン合意を経て:低炭素社会構築に向けた課題は?」が開催された(詳細は、The Climate Edge 第7号[IGES 発行][https://www.iges.or.jp/jp/pub/climate-edge-vol7/ja]参照)。
同フォーラムでは、条約事務局長のクリスティアーナ・フィゲレス氏が基調講演を行い、その後、世界的な低炭素社会構築へ向けて国内外のステークホルダーに何が求められているかについて、討論が行われた。同フォーラムへの関心は高く、160名ほどの参加者があった。筆者は、同フォーラムを傍聴し、とりわけ事務局長の基調講演が、国際社会におけるカンクン合意の評価を理解するうえで大変参考になると思ったので、ここで紹介することとしたい。
フィゲレス事務局長の基調講演の概要は以下の通りである。
まず、カンクン合意は、国際社会にとっては大きな前進であると評価した。その3つの理由として、第1に、各国が排出削減を実施し、それに対して説明責任をもつシステムの構築を可能にしたこと、第2に、技術、適応、資金についての合意ができたこと、第3に、長期目標を約束することにより、今後、低炭素経済に向かうという最も強いシグナルを政府が民間部門に送ったことを挙げた。
だが、同合意は、排出のピーク年を明示していないこと、また、各国の誓約と産業革命から2°Cの気温上昇に止めるために必要な削減量との間に大きなギャップがあるなど、地球にとっては小さな一歩に過ぎない。
また、議定書第2約束期間については、数カ国が反対する一方、議定書が現時点で排出削減に関して唯一の法的拘束力がある枠組みであることから、多くの国がこれを支持しており、第1約束期間と第2約束期間とのギャップを避け、炭素市場に明確なシグナルを送るのは、COP17/CMP7が最後の機会であるため、各国政府は同会合において決定する必要があると述べた。
そして、すべての主要経済国の参加を前提条件としている日本の25%目標にも触れ、カンクン合意はすべての主要経済国が誓約した削減目標を正式に位置づけたことを強調した。さらに、日本は、議定書関連に多額の投資をしてきているが、日本が議定書延長に頭ごなしに反対し続ければ、これらの投資を失うリスクがあるとした。最後に、日本に対し、2011年のこの1年間で、気候変動対処のための国際枠組みの確実性を増すという観点から、カンクン合意を基盤として上積みするよう促したいと述べた。
その後の討論では、フィゲレス氏のほか、リチャード・オッペンハイム氏(駐日英国大使館一等書記官/環境・エネルギー部長)、浜中裕徳氏(IGES理事長)、明日香壽川氏(IGES気候変動グループ・ディレクター/東北大学教授)が登壇し、議定書延長問題、米国や途上国のコミットメント、合意の法的拘束性、二国間メカニズムなどについて活発な議論が交わされた。
4. カンクン合意の評価と今後の課題
(1)カンクン合意の評価
今次会合の最大の課題は、将来枠組みに関する合意へのステップをいかに整えるかであり、その意味では、カンクン会合は十分に役割を果たした。カンクン合意では、コペンハーゲン合意の内容を進展させた部分もあり、これまでの作業の成果をコンセンサス採択できたことは評価すべき点である。これにより、多国間交渉への信頼を回復する結果となった。今次会合において、それを乗り越えて合意を得られたのは、議長国メキシコの果たした役割、とりわけ、エスピノサ議長の議事運営能力によるところが大きい。
しかし、今後の交渉に委ねられた事項は少なくなく、残された期間はあまりにも短い。
以下では、主要な2つの課題について述べる。
①各国の目標レベルの引き上げ
2010年11月、国連環境計画(UNEP)は、報告書 “The Emission Gap Report—Are the Copenhagen Accord Pledges Sufficient to Limit Global Warming to 2.0°C or 1.5°C?” を公表した。
同報告書は、コペンハーゲン合意に基づいて各国が提出した温室効果ガスの排出削減目標(先進国)/削減行動(途上国)の数字を積み上げても、カンクン合意にある2°C以内の気温上昇という目標を達成することはできず、大きなギャップがあることを示している。同報告書では、2020年の誓約の確実な実施および強化、ならびに、2020年後の迅速かつ大きな削減を可能にする政策および投資の基盤の構築が必要である旨指摘されている。各国が削減目標/削減行動のレベルを上げなければ、気温は3°C以上上昇するとされている。
上述の通り、カンクン合意においても、各国の削減のさらなる強化の必要性が記されているが、今後の交渉で、長期的な取り組みを促す具体的な仕組みなどを作っていく必要がある。
②法形式
将来枠組みの法形式については、2つの問題がある。バリ行動計画においては、AWG-LCAに関する合意の法的性質についての記述がない。
もう一つは、議定書第2約束期間の問題である。日本は、議定書単純延長に反対しており、AWG-LCAの成果とあわせて、法形式を一本化すべきという主張をしている。途上国は、先進国の排出削減約束は今後も議定書において規定されるべきであるとの立場をとっている。これは、現時点では、議定書が唯一の排出削減約束を規定する文書であり、条約の共通だが差異ある責任原則の具体化であるととらえているためである。
欧州は、日本の主張にある法形式の一本化を理想としつつも、AWG-LCAで主要国が参加する包括的国際約束が実現することを条件に、議定書第2約束期間の設定を受け入れるとの立場を表明している。
カンクン会合では、新議定書案について協議する議題の下、成果の法的性質についての議論が行われたが、多数の締約国が法的拘束力のある成果を支持したものの、COP16においてどのような成果を出すべきか、議定書との関係、法的拘束力のある成果とはどのようなものか等について見解の著しい相違が見られ、交渉が継続されることとなった。
(2)今後の予定
AWG-LCAは、任務を1年間延長することになった。AWG-KPは、これまで通り、「議定書第1約束期間と第2約束期間との空白期間が生じないように作業を完了させる」とされており、CMP7において合意を得られなければ、自動的に空白期間が生じることになる。
カンクン会合後初となるAWG会合は、2011年4月3日〜8日にバンコクにおいて開催された。同会合において、ダーバン会合までの作業スケジュールが決まった(詳細は、地球環境研究センターニュースに掲載予定)。
この1年(2011年)は、気候変動対策の今後を左右する正念場と言っても過言ではない。二国間の取り組みを志向する国もある中で、グローバルな枠組みは岐路に立たされている。ダーバン会合は、今後も条約プロセスが世界の気候変動対策を包括的に議論する主要な場であり続けるかどうかの分かれ目となるだろう。
※編集局コメント
「パリ協定合意に至る国際的な交渉プロセスを理解する上で重要なマイルストーンである2010年末の「カンクン合意」、その内容と今後の課題について一連の国際交渉をフォーローしてきた研究者が解説した記事ですが、今、読み返すとあらためて、「あれ10年前にも最近同じような議論・報告がなされていたのだな(例えばUNEP によるいわゆるGAP Report)」と感じてしまうのです。我々は、これからの30年が過去の議論の繰り返しではなく温室効果削減を確実に進める覚悟をしなければなりません」