2018年8月号 [Vol.29 No.5] 通巻第332号 201808_332002

深まるパリ協定の実施指針の議論〜APA1-5、第48回補助機関会合参加報告

  • 地球環境研究センター 地球環境データ統合解析推進室 主任研究員
    (温室効果ガスインベントリオフィス) 畠中エルザ
  • 地球環境研究センター 温室効果ガスインベントリオフィス 高度技能専門員 小坂尚史

2018年4月30日〜5月10日に、ドイツ・ボンにおいて国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のパリ協定特別作業部会(APA)第1回会合(第5部)、および第48回補助機関会合(科学上および技術上の助言に関する補助機関会合:SBSTA48、実施に関する補助機関会合:SBI48)が開催された。以下、政府代表団による温室効果ガスインベントリに関係する事項の交渉について概要を報告する。APAやSBSTA、SBIの他事項、タラノア対話等に関する交渉の概要については、環境省の報道発表(https://www.env.go.jp/press/105488.html)等を参照されたい。

写真ベルリンに首都機能が移転される前にドイツ議会が使っていたホールでのAPAの会合

1. APA1-5会合

今次会合でも、NDC(2020年以降の温室効果ガス削減目標)、適応報告書、透明性枠組み、グローバル・ストックテイク(世界全体の実施状況に関する検討)、実施及び遵守の促進、適応基金等の議題ごとに、パリ協定の実施指針等が議論された。いずれの議題も、非公式会合での議論を経てAPA1-4時の共同ファシリテーター[注]作成のインフォーマルノートを改訂した。本文書は、あくまでも未確定の内容の非公式文書であり、今後議論を覆される可能性は残るが、非公式と冠することによって、議論の作業を進めること自体は妨害されないで済む状態になっている。

筆者らの関わっている温室効果ガスインベントリ等を含む透明性枠組みの議論は、APA1-4会合時のインフォーマルノートにまず重複の削除等の修正を施したのち、毎日の非公式会合での議論が終了する度にインフォーマルノートを修正していくことになった。

透明性枠組みの中でも、サブテーマごとに技術的専門家審査(technical expert review: TER)、進捗に関する促進的な多国間検討(facilitative, multilateral consideration of progress: FMCP)、NDCの進捗把握、インベントリ、支援、適応、どの要素をCOP(条約の締約国会議)/CMA(パリ協定の締約国会議)決定とするか等の法的整理を議論していった。

議論の補助のために、インフォーマルノートをもとに、考えられる選択肢が、セクションごと、キーエレメントごとに複数のアプローチの形(「ツール」)に整理して共同ファシリテーターから示された。共同ファシリテーターの進行補助を行うUNFCCC事務局の努力がうかがえるものだった。

以下に、インフォーマルノートのいくつかのセクションについてキーエレメントとして挙げられているものを示す。これらがパリ協定の透明性枠組みのガイドラインの項目名になる可能性が高い。

表1APA議題5(透明性)のインフォーマルノートのキーエレメント(セクションB、C、G、H)

セクションB
(国家インベントリ報告書)
方法論・パラメータ・データ
セクター・ガス
時系列データ
提出プロセス
報告様式・表
セクションC
(NDCの実施・達成の進捗把握のための情報)
NDCの説明
NDCの実施・達成の進捗把握
排出・吸収量の将来予測
アカウンティングと6条の情報
セクションG
(TER(技術的専門家審査))
スコープ
フォーマット
頻度
セクションH
(FMCP(進捗に関する促進的な多国間検討))
フォーマット
ステップ
各国の参加
アクター
タイミング(頻度・開始・完了)

これらのキーエレメントごとに各国が意見を述べる形で議論は進んだ。パリ協定は先進国・途上国の区別のない仕組みを目指しているが、依然として先進国と途上国の取り組みに差異を設けるべきとの主張が途上国からなされることがあった。

その他の国の発言からも、随所に議論の難しさが明らかになり始めている。まず、今までのUNFCCC下の枠組みとの関係性についてどう整理するかが難しい。例えば、年次インベントリの作成はUNFCCC下の義務として先進国に課せられており、この義務はパリ協定下の透明性枠組みが成立したらどうなるのかという点である。さらに言えば、パリ協定下の実施指針の策定における原則として、既存のUNFCCC下の枠組みからの後退は許さない(no backsliding)とされている。しかし、例えば、既存の透明性の枠組み下でも、国別報告書や隔年更新報告書(Biennial Update Report: BUR)を通じたインベントリ報告においてでさえ途上国は十分な品質と提出頻度等を遵守できていない。これら途上国と先進国の義務の程度を揃えていくにあたっては、先進国が後退できないのならば、途上国が頑張る必要がある(隔年更新報告書等の概要は以下のとおり)。

表2隔年報告書と隔年更新報告書の概要

先進国 途上国
名称 隔年報告書(Biennial Report、BR) 隔年更新報告書(Biennial Update Report、BUR)
内容 ✓ 温室効果ガス排出量およびその経年推移に関する情報 ✓ 国家温室効果ガスインベントリ
✓ 排出削減目標 ✓ 緩和行動
✓ 目標の達成に向けた進捗状況
✓ 将来予測
✓ 資金、技術、キャパシティビルディングに関して実施した支援 ✓ 資金、技術、キャパシティビルディング面のニーズおよび受けた支援
品質担保
の方法
国際評価・審査(International Assessment and Review、IAR)
= 技術審査(Technical Review)
+ 多国間評価(Multilateral Assessment)
国際協議・分析(International Consultation and Analysis、ICA)
= 技術分析(Technical Analysis)
+ 促進的意見の共有(Facilitative Sharing of Views)

※この他、先進国においては毎年温室効果ガスインベントリを提出すること、また、先進国・途上国ともに4年に一度国別報告書を提出することが規定されている。

上記の点を踏まえると、色々な合意文書の文言上の工夫は必要とされるだろうが、途上国が今よりもかなりしっかりとしたインベントリ作成を求められるのは間違いない。その一方で、どのようにルールに柔軟性を持たせるかにも知恵を絞る必要がある。

細部を決め込むにはまだまだ時間が必要である。本会合の早い段階で各国から議論の時間が足りないことが指摘されたが、サウジアラビアや中国が非公式・非公式会合(10〜18時の正規の会合の時間帯以外の、夜の時間帯などに実施するもの)の開催に反対するなど、本会合中に追加的に確保できた時間は非常に限定的であった。

APAと、関連するSB議題は、APA1-6会合、SB48再開会合として9月にバンコクで追加協議の時間がとれることになった。APAについては、開会前にラウンドテーブルという円卓方式の協議を1日実施して、議題間の関連性について議論を深めておく予定である。

今次APA1-5会合の最終成果物では、本透明性枠組みの議題のインフォーマルノートが最もページ数が多い。他議題よりも淡々と進めることができる側面もあるからだろうが、つじつまの合う、現実的な形を作るのに時間がかかる作業であるため、急いで進めていると言えるだろう。今後の進め方については、より多くの時間を割くべきこと、また、全セクションをバランス良く取り扱うべきことが多くの国から指摘された。その一方で、途上国からは適応・支援の透明性に関してより多くの時間を割くべきとコメントがあった。

2. SB48会合

温室効果ガスインベントリに関わる議題では、パリ協定の実施指針等の策定期限である2018年末を目指して途上国が活発に動いたものがあった。非附属書Ⅰ国の国別報告書に関する専門家協議グループ(Consultative Group of Experts:CGE)への付託事項の見直しという議題である。本専門家グループは、国別報告書や隔年更新報告書の作成支援を行う組織で、2013年のCOP19時の決定により今次活動期間は2014〜2018年と定められている。活動期間の満了を前に、継続するか否か、継続するのであればどういった内容で活動してもらうのかを議論する議題である。途上国はパリ協定下の透明性枠組みにより負荷が高まるのであれば能力向上に資するCGEが必要であるといった理由で継続を要望しているが、先進国は、パリ協定下の透明性枠組みの構造が固まる前に意思決定しにくいと考えている。今次会合では、結局実質的な結論は得られず、次回SBI49会合で議論を再開することにのみ合意した。

ここでも、非附属書I国が支援対象となる既存のUNFCCC下の枠組みから、パリ協定下の透明性枠組みへとどのように移行していくか、UNFCCC下の枠組みとパリ協定下の枠組みとの関係性の整理が課題となっている。

3. 途上国の第二回促進的意見の共有(FSV)

今次SBI会合では、5月4日に途上国の第二回促進的意見の共有(Facilitative Sharing of Views: FSV)が実施された。当初、チリ、シンガポールに加え、ナミビアとチュニジアに対しても行われる予定であったが、ナミビアとチュニジアの代表者が急遽参加できなくなったとのことで、チリ、シンガポールの2カ国に対して行われることになった。これに対しては、EUが、本FSVも先進国に対する多国間評価(Multilateral Assessment: MA)も、パリ協定下の透明性枠組みへの道のりとして重要視しており、二カ国の話をこの場で聞けないことに遺憾の意を表明した。

各国からの質問は、温室効果ガスの吸収量のトレンドや、算定方法等の方法論の選択、報告年、削減目標の対象範囲に関するものもあったが、多くは体制や隔年更新報告書の作成・FSVやその前段階の技術的分析で得られた経験や知見、またそれがどう活用されたかに関するものだった。

前回のFSVの後、韓国、ベトナム、南アフリカ、タイ、ウルグアイ、マケドニア、アルメニアの7カ国が二回目の隔年更新報告書を提出している(通算16カ国)。今回は、そのうち技術的分析が終了した国がFSVの対象となった。その一方で第一回隔年更新報告書の提出国は、前回のFSV以降2カ国増えて全部で41カ国になった。後発開発途上国や小島嶼開発途上国の提出は各国の裁量に任されているので、これらの国を除くと、第一回隔年更新報告書を提出していない国は44カ国となる(本稿執筆の6月中旬時点)。着実にルールに沿って報告を続ける体制ができている国とできていない国との間に、差が開いてきている。パリ協定下の透明性枠組みは、こういった状況も踏まえて現実的なものを検討していくことになるだろう。

12月の、おそらく寒いであろうポーランドでのCOP24の前に、9月の温暖なタイでの追加会合において議論が進むことを祈りたい。

脚注

  • 共同ファシリテーターは、議論の進行を担い、APAでは、議題ごとに先進国と途上国からそれぞれ一名選出されている。

ご意見、ご感想をお待ちしています。メール、またはFAXでお送りください。

地球環境研究センター ニュース編集局
www-cger(at)nies(dot)go(dot)jp
FAX: 029-858-2645

個人情報の取り扱いについては 国立環境研究所のプライバシーポリシー に従います。

TOP