2018年4月号 [Vol.29 No.1] 通巻第328号 201804_328003

波照間島での四半世紀の大気モニタリング —最近の動き—

  • 地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室 主任研究員 笹川基樹
  • 一般財団法人地球・人間環境フォーラム 研究業務部 次長 津田憲次
  • 一般財団法人地球・人間環境フォーラム 研究業務部 主任研究員 島野富士雄

1. 四半世紀経ち(笹川)

2017年で地球環境モニタリングステーション波照間(以下、波照間ステーション)竣工(1992年)から25年が経ちました。四半世紀です。波照間島の方々、各業者の方々など、多くの関係者の強力なバックアップによって、観測を続けることができました。毎月のメンテナンスを通して力強いサポートをしてくださっている地球・人間環境フォーラムのお二人と一緒に、ここ数年の観測・設備に関する大きな変化をいくつか振り返ってみたいと思います。

2. 20年選手の交代(観測装置の更新)(島野・津田・笹川)

波照間ステーションでは当初から二酸化炭素(CO2)濃度の観測に島津製作所製の非分散赤外線吸収法(NDIR、写真1、XURA-207、装置の概要はリンク先参照 http://www.cger.nies.go.jp/cgernews/201207/260005.html)を使用してきました。CO2観測は1993年から開始しましたので、なんと同じ測定装置で20年以上も観測を続けたことになります。家電製品でもこれだけの長い期間稼働することは珍しいと思いますが、24時間365日の連続稼働で、精密機器であるNDIRがここまで動いたのは、製作会社が堅牢なシステムを構築した上で適切に維持管理を続けてきた結果といえるのではないでしょうか(運も良かったのでしょうが)。一方新しい原理の装置を導入していくことも行っています。近年世界中で利用され始めたPiccaro製のキャビティリングダウン分光法(CRDS、写真2、G2401、装置の概要はリンク先参照 http://www.cger.nies.go.jp/cgernews/201612/312003.html)を2012年に導入しました。その後NDIRとの並行運転でデータの連続性を確認しているところです。本CRDSではCO2と同時にメタンと一酸化炭素も測定できるので、他の成分の装置も今後はCRDSに置き換えることができるかもしれません。しかし、2016年7月にこのNDIRは稼働停止してしまいました。現在はLI-COR製のNDIR(LI-7000)が稼働しています(写真3)。

写真1島津製作所製のNDIR

写真2Piccaro製のCRDS

写真3LI-COR製のNDIR

ハロカーボン(炭化水素の水素がハロゲンで置き換わったもの)測定のガスクロマトグラフ-質量分析計(GC/MS)の更新も行われました。こちらも機材が古くて修理ができない状況になったことから、2017年9月に置き換えました(写真4、5 Agilent製7890GC及び5977MS)。見た目が格好良くなっただけでなく、質量分析計の仕組みが改良されたので高精度化を期待しています。

写真4旧GC/MS

写真5新GC/MS

3. データ収集と監視情報システムの更新(津田・島野)

2015年6月1日早朝、波照間ステーションを激しい雷雨が襲いました。近くに大きな落雷があり、その際のサージ電流(過電流)が電話線を伝って侵入し、監視情報ロガー、データサーバーPC、FAX複合機などの電子機器が軒並み壊れるという被害にあいました。幸いにして観測機器には直接の被害はなかったものの、老朽化していた電子機器の大がかりな交換を余儀なくされました。その後2カ月間は、予備のデータロガーや作業用に使っていたPCで一時的に観測データを収集する状態が続きました。8月に入りやっと新型の監視情報ロガーとNAS(Network Attached Storage)を導入しました(写真6)。ここでいう監視情報とは、室内の気温、湿度、気圧、電源電圧、採取大気の圧力・流量、除湿器の温度、測定機器の動作情報、ポンプの起動信号等100種類に近い数の信号群です。欠測時間を短くする必要から、大急ぎで信号ケーブルの移設を行いました。移設が終わる頃には誰もが疲れ果てていました。

写真6データ収集と監視情報システム

旧型のデータロガーはウィンドウズやマックではなく、MS-DOSで稼働させる専用の(古い)PCが必要で、遠隔操作による設定変更などの調整ができず、もうメーカーによる修理対応も行ってもらえないような物でした。新型のデータロガーは、メモリーカードへの自動バックアップ、自動転送機能、データサーバー機能など、旧型のデータロガーとは比較にならない程の高機能です。このおかげで、毎日、つくばから波照間の施設の状態や機器の状況をきめ細やかに監視できるようになっています。一方、データサーバーPCの代わりに導入されたNASは各種の測定装置からのデータを収集し、つくばの別のNASとネットワーク越しにレプリケーション機能を使ってバックアップされています。レプリケーションとは「複製(レプリカ)をつくること」の意味で、ほぼリアルタイムで収集データのコピーがつくばのNASにも作られます。これは、遠隔地にあるデータの災害対策にとって頼もしい機能です。さらに、全ての機器は無停電電源装置(UPS)で保護され、停電が発生すると速やかに自家発電システムが起動し、空調以外の全ての観測装置に電力を供給するようになっています。

4. データ処理作業の更新(津田)

このような施設・観測装置の整備や更新に伴い、近年、それまでよりも安定した観測ができるようになりました。これに伴い、観測装置から出てくるデジタルデータを物理的な濃度に変換する作業を自動化して、迅速に処理できる環境も整ってきました(図1)。NAS設置から遡ること3年、CO2データ計算の自動化ソフトのプロトタイプが完成したのは2012年2月のことでした。これまで、研究者自身が手間の掛かる複雑な数値処理を強いられてきたことを思えば、誰もが処理できてエラーも排除できる新システムは大きな進歩です。実は、自動処理できるようになった最大の要因は、観測データの精度がどのような測定パラメータに依存しているのかがわかってきたからです。それでもノイズを多く含んだデータには目印(フラグ)を立ててユーザーに注意を喚起しています。プロトタイプが完成した約10カ月後、一般ユーザーにとって利便性の高いNASAのAMES形式によるデータ公開専用の出力ができるように改良されました。その後、さらに測定パラメータを増やしたり、フラグの種類を変更したりする改良を続け、現在に至っています。また、CO2だけではなく、メタンやハロカーボンの自動化処理ソフトの開発も進んでいます。どのソフトも研究者が長年苦労して見出した観測のノウハウが反映されています。

図1CO2計算ソフトで濃度結果をグラフ化した時の様子。グラフは日別で表示され、計算用設定値と閾値リストを確認しながら異常値が入り込まないようにしている 具体的には、①標準ガスが安定して既定の時間間隔で測定できているか、②大気サンプルの流量が適正で、極端なばらつきが無いか、③検量線は正しく書けているか、④速報値と計算値がどれだけ違っているかなど、設定や確認を行いつつ処理が可能となっている。

5. 新たな塩害対策(島野・津田・笹川)

波照間ステーションでは、塩害への対策を避けて通ることはできません。金属の腐食はもとより、エアコン室外機の冷却フィンの間に塩が結晶化して短期間で壊れてしまいます(写真7)。これは長年にわたる深刻な問題でした。ステーションには水道設備がないので、室外機を水洗いすることもできません。そこで、雨水をためて室外機を自動で洗浄する装置を設置しました。島の方々の生活の中で、雨水の利用は珍しいことではなかったので、この装置の作製には島の方の知恵もお借りしました。例えば、台風時には海水がかなりの高さまで巻き上がるため、雨水をためる容器に塩水がたまってしまうことがわかっていました。そこで台風時には屋外から水が侵入しないようなコックをとりつけました(写真8)。また、乾季には雨水だけでは洗浄水不足が心配なため、室内を冷やす際にエアコンから出るドレイン(熱交換器の結露水)もためられるようにしました。日に何リットルも出るドレインを使わない手はありません。雨水を利用した室外機洗浄装置(写真9)は、2015年に完成しました。

写真7塩害でボロボロになった室外機

写真8水をためるためのタンクとコック。垂直方向の塩ビ管で屋根からの雨水を集める。水平方向の塩ビ管は空調のドレインを集める。

写真9室外機洗浄装置。タンクにためた雨水を噴霧して定期的に室外機に付いた海塩を洗い流す

使用しなくなった換気ダクトにも塩害は及び、そこからでる鉄さびが壁に茶色い筋を作ることもありました。見た目が汚いだけではなく、強度がなくなりいつかダクト自体が落下する危険性がありました。そこでダクトの撤去を行い、壁も綺麗に塗装して今後はさびが出にくい形にしました。

6. 25年分の大掃除(島野・津田・笹川)

観測当初は余裕をもって様々な物品を準備していました。その後、装置の入れ替えなどもあり、今では全く使わない物品が棚や空きスペースの場所を取ってしまっていました。今となっては持ち込んだ人も管理者も、何のために持ってきたのか、不明な物があったりしていました。また、当初は配置換えも考慮して余裕をもたせていた配線が、今ではかえって場所を取っていたりしました(写真10)。25周年を機に、今後の長い観測継続のために、役目を終えたものを思い切って整理しました。

写真10余裕をもたせて置いていた配線が絡まっていた

7. 観光客対策(島野・笹川・津田)

近年、波照間島への観光客が増加してきました。そのためか、部外者によるステーションへの訪問が何度かありました。2014年頃から屋上のカメラの調子悪かったのですが、防犯上の理由からも2016年6月に更新しました(写真11)。また、敷地の前には案内の看板(写真12)を設置し、施設の簡単な説明や非常時の連絡先を周知するようにしました。さらに施設の入り口には監視カメラの増設も行うことで、迷い込んでしまう人がないよう、ステーションに人がいないときでも状況を把握できるような対策を行いました。

写真11更新された屋外カメラ。リモートで見る方向を変更できる

写真12ステーション入り口に取り付けた看板

8. 終わりに(笹川)

地上モニタリングを担当する笹川は過去の地球環境研究センター研究管理官が築き上げてきた歴史の中では、井上・藤沼時代、向井時代の次の世代に該当するかと思います。向井センター長は国立環境研究所の研究情報誌「環境儀」で「100年モニタリング」をうたっていますが(http://www.nies.go.jp/kanko/kankyogi/62/02-03.html)、100年はここまでの4倍の期間です。これから研究者も5-6世代がこれを引き継ぐことになるでしょう。気が遠くなりますが、ハード面もソフト面も、それだけ長く続くような堅牢なステーションにしたいです。担当者が代替わりしても問題なく継続する形が理想です。

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