2012年7月号 [Vol.23 No.4] 通巻第260号 201207_260005

長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 2 透明人間!であるガスを測定する方法—NDIR:二酸化炭素の場合— その1

地球環境研究センター 副センター長 向井人史

1. 透明人間は見えるか

そもそも大気中のほとんどのガス成分はわれわれの目には見えません。目には見えない、いわば透明人間なのです。それをなんとか見えるようにしないと、相手を捕まえることもできず、ガスの濃度が測定できません。温室効果ガスの代表である二酸化炭素の場合も同様です。有名なキーリング博士がハワイのマウナロア山で大気中の二酸化炭素濃度を測り始めてからすでに50年以上になりますが、どうやって目に見えないガスの濃度を精度良く測定できてきたのでしょうか。

キーリング博士以前は二酸化炭素を化学的に吸収させ重さを計ったり、できた炭酸を滴定したりしていましたが、精度が良くないのと、データがすぐに得られないという欠点があり、現場観測には不向きでした。大気観測には、今ここにある大気中の二酸化炭素が即座にわかる方法が必要です。そのためには、なんとか透明なガスを見えるようにしたいわけです。

実は、われわれの目に見える光は “光” というものの全体ではありません。光はその波長ごとに赤色から橙、黄、緑、青、藍、紫という風に色の違いとしてわれわれに見えていますが、これは可視光という波長の光に対応しています。この範囲より長い波長の光は赤外線、短い波長の光を紫外線と言っています。われわれは可視光以外の光は目には見えていないことになります。透明人間というのは可視光では透明ということですから、ひょっとして、可視光線以外の光に対しては透明でない可能性があります。そこで、思い出していただきたいのは、地球温暖化で問題になっているガスは、赤外線を吸収するから地球温暖化に寄与しているということです。つまり、赤外線に関しては、二酸化炭素はその光を吸収することで、透明ではないのです。キーリング博士の観測以降、二酸化炭素は地球温暖化問題を引き起こしている性質そのものを使って測定されてきました。

2. 赤外線の吸収

さて、ここまでは簡単な説明になりますが、もう少し専門的に解説しますと、赤外線を吸収するという性質にしても、その吸収する波長や強度というものはそれぞれのガス成分によって異なります。ですので、二酸化炭素(CO2)と一酸化炭素(CO)では酸素が一つ多いか少ないかぐらいの差しかないのですが、赤外線吸収でみると吸収する波長のパターンがかなり異なります。ですから、二酸化炭素の濃度を測るためには二酸化炭素が吸収した赤外線の量を測らなければならないことになります。

赤外吸収(IR)の分析の歴史は古く1930年代ごろには、波長ごとに吸収量を測る赤外分光光度計というものが作られてきました。しかし、赤外光を波長ごとに分ける(分散させる)ためのプリズムが高価であったことや、その取り扱いも面倒(使わないときは乾燥箱に保管)、装置が大きく現場分析に向かないなどの特徴をもっていました。そのため、現場のガス濃度を直接測る方法として、1950年代に赤外光を波長ごとに分散しないでそのまま全体を照射するという非分散赤外線吸収法(Non-dispersive Infrared absorption method:通常NDIR)というものが発達しました。

fig. 分散型(いわゆる分光)/非分散型

波長ごとに分けない(つまり光をプリズム等に通して波長に応じた光に分ける(= 分光)ことをしない)ってどういうこと? 私が、NDIRを初めて学んだのは、二酸化炭素の測定を始めた20年ぐらい前ですが、この方法の原理を知った時になんと良く考えたものだと感心した記憶があります。赤外線のランプはいわば熱線なので幅広い波長での赤外線を出します。しかし、先に書いたようにガス成分はそれぞれのガス成分が波長ごとに違う強度で吸収が起こります。もし赤外線を波長ごとに分けないでガスに照射すると、それぞれのガスでそれぞれ勝手に吸収が起こりますので、いろいろのガスの赤外吸収の重なりとなって吸収が観測されてしまいます。それでは、二酸化炭素も一酸化炭素も水蒸気もみんな測っちゃうことになって、二酸化炭素だけを測ることができなくなります!

それではどうして、二酸化炭素だけを測定できるのでしょうか。そこには赤外光を検出するところに巧妙な仕組みがあったのです。

3. 巧妙な検出システム

波長を分けないで照射された赤外線ですが、試料ガスの二酸化炭素によってどれだけ赤外線が吸収されたかを実は二酸化炭素自らに教えてもらうというのがこのシステムの原理です。それは、このようになっています。まず、赤外ランプの後ろに、試料ガスが通る道を作ります。これは赤外線を通す窓を持っていて、赤外線は窓を通してランプから試料ガスを通り抜けます。試料ガスを抜けて後ろの窓から出た赤外線を別の部屋に閉じ込めた二酸化炭素に照射します。赤外ランプからでた赤外線は、試料ガス中の二酸化炭素の好きな(吸収波長と一致する)波長で吸収が少し起こっているので、その吸収波長の赤外線はすこし少なくなっているはずです。そこで、後ろにおかれた二酸化炭素はその差し引かれた赤外線を吸収することになります。もし、このとき一酸化炭素がたまたま同時にあって吸収が起こっていても、二酸化炭素の吸収とは基本異なる波長なので、後ろの部屋にある二酸化炭素の吸収には影響がないということになります。つまり、後ろの部屋の二酸化炭素にとっては自分が好きな波長の赤外線だけを待ち構えているというわけで、好きじゃない(吸収波長じゃない)波長の光は、誰かが吸収しようがしまいが基本どこ吹く風(いわば透明)ということになっています。一酸化炭素が吸収しても、二酸化炭素が好きじゃない波長の赤外線なら、そもそも後ろの部屋の二酸化炭素を素通りしていただけですので、いたくもかゆくもないということです。ここが巧妙な仕組み1です。

この後ろの部屋におかれた二酸化炭素は自分が好きな赤外線を吸収して、温度が上がり膨張することになります。この膨張の度合をいろいろの方法で検出します。試料ガスの中の二酸化炭素の濃度が高ければ、後ろに届く二酸化炭素に合った赤外線はその分少なくなっており、後ろの部屋の二酸化炭素の赤外線吸収による膨張が少なくなります。このように試料ガス中の二酸化炭素濃度の違いにより、後ろに抜ける赤外光が変わると二酸化炭素の膨張量は変わりますので、その度合いを測定することで、濃度の変化に直すことができるのです。膨張量は例えば薄い金属の膜を使ってそのふくらみ量をコンデンサーとして電気的に測ったりしています。赤外線の量を、ガスの膨張量に直すなんてかなり巧妙です。巧妙な仕組みその2です。その他、細い管を作って膨張した時に流れる二酸化炭素の流速を測ったり、微小圧力変化を測ったりする方法も取られています。

fig. 巧妙な検出システム

この測定したいガス自体を使って赤外線の吸収量を選択的にとらえるという方法は、赤外線を吸収するガスの多くで用いることができる汎用性のある方法として発展しました。しかし、この原理では同じ波長に吸収波長をもつ成分は、互いに区別ができないということがあります。二酸化炭素測定の場合は特に空気中の水分の赤外吸収が妨害となります。そのため通常は、試料大気を十分冷やして氷にして水分を取り除いて、測定をしています。

しかし、この巧妙なシステムにやがて大変な問題が持ち上がります。 次号へつづく。

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