2018年2月号 [Vol.28 No.11] 通巻第326号 201802_326002
雪の降る夜、最北の街での成果普及シンポジウム参加報告
日時:2017年10月30日 18:00〜19:30
場所:幌延町問寒別生涯学習センター多目的ホール
1. はじめに
北の大地「北海道」のなかでも北部に位置する幌延町問寒別(ほろのべちょう、といかんべつ)には北海道大学の天塩研究林があります。国立環境研究所は、広大な天塩研究林(225km2)で地球温暖化に関連する森林土壌からの炭素の放出について2003年から継続的な研究を行ってきました。この度、地元幌延町の皆様に研究内容と成果を解説・紹介する公開シンポジウム「地球の温暖化と森林土壌からの炭素の放出」を開催しましたので、その内容と雰囲気をご紹介します。
2. わかりやすい講演タイトル
このシンポジウムのタイトルは
「地球の温暖化と森林土壌からの炭素の放出」
各講演のタイトルは
- 天塩研究林で行われている野外実験
- アジアの森林土壌が地球の将来を左右する?
- 二酸化炭素を放出する、土の中の目に見えない生き物たち
- 土の分解のしやすさを調べて、その将来を予測する
- アジアの様々な森林と野外研究
です。
このニュースの読者なら、「え、研究発表にしては、わかりやすそうなタイトルだね」と思うかもしれません。私も最初、難しい最先端の研究テーマを地元の一般の方々に説明するのは困難なのではないかと思いました。このわかりやすそうな講演タイトルは、北海道大学の高木准教授(天塩研究林長)の指示によるものとのことでした。
では、その内容はどうか、こうしたテーマにあまり接したことのない方にも興味深く聞いていただける内容であったか…ご紹介していきます。
3. 誰にでも理解できるよう心がけた各プレゼンターの工夫
最初の講演は、北海道大学高木准教授による「天塩研究林で行われている野外実験」です。高木氏は、写真と動画を使ったプレゼンテーションにより、地元の皆さんの関心を捉えました。なじみ深い天塩研究林が地球温暖化の研究にどのように利用されているかを視覚的に訴えるともに、北海道大学だけでなく多くの研究者がこの北の地で活動していることを紹介しました。
次に、国立環境研究所の梁乃申主任研究員による「アジアの森林土壌が地球の将来を左右する?」と題する発表です。
梁主任研究員は中国出身ですが、平成になって天塩を訪れ、この地に惚れ込み、世界に先駆けた土壌からの温室効果ガス吸排出に関する研究をここで始めたことを説明しました。
続いて、梁主任研究員は、世界の土壌から植物の根の新陳代謝により年間1,060億トン(人為排出量の約3倍)、土壌中有機物の分解により年間2,600億トン(人為排出量の約8倍)もの二酸化炭素が大気中に排出されていることを説明し、地球温暖化による地表温度の上昇によって、これらの排出量がさらに増える可能性があることを指摘しました。
続いて、広島大学大学院の近藤俊明特任准教授は「二酸化炭素を放出する、土の中の目に見えない生き物たち」と題し、土壌中微生物の役割をカラフルなパワーポイントを使ってわかりやすく説明しました。今後、温暖化した場合に微生物呼吸(土壌中有機物分解)がどう変化するのか研究を進めるとした上で、広島での土壌実験における次世代シーケンサーによるDNA解析によれば、温暖化すると土壌微生物種の多様性が低下する可能性があることを報告しました。つまり、温暖化すると個別の微生物呼吸による二酸化炭素の排出が加速される一方、土壌微生物の多様性が減少して全体としては微生物呼吸が増大しない可能性もあり、地域の土壌の特性によっても差が出る可能性を示唆しました。
そして、日本原子力研究開発機構の小嵐淳氏(原子力科学研究部門原子力基礎工学研究センター・研究主幹)は「土の分解のしやすさを調べて、その将来を予測する」と題し、温暖化した場合の土壌からの二酸化炭素放出について、地域や土壌の深さによって違いが出てくることを示し、さらに放射性炭素14Cの含有比を調べて土壌有機物がいつ生成したかを同定し、異なった画分の土壌有機物について分解しやすさ・しにくさの状態を推定することが可能であると報告しました。
4. アジアの森林研究フィールドの紹介
最後に、「アジアの様々な森林と野外研究」として、国立台湾大学の江博能准教授と中国科学院西双版納熱帯植物園の張一平氏からそれぞれ報告がありました。
台湾の研究林は1902年に東京帝国大学演習林として発足したものが受け継がれ、総面積32,778haの研究林として現在に至っています。今世紀に入りこの地に訪れる人が増え、2014年には約1.7億台湾元(日本円で約6億円)の収益(観光客の入場料等)を得ていると報告されました。日本の研究林とは違う運営になっており、興味深いものでした。
そして中国から最新の研究機器を備えた、中国科学院西双版納熱帯植物園(面積1,125ha)が紹介され、標高3200mの地点で日本と同じチャンバーを使って土壌からの温室効果ガス吸排出に関する研究が行われていることが報告されました。
5. おわりに
最新の地球環境研究について非専門家の皆様にわかりやすくご紹介することは難しいのではと考えていましたが、研究者間のチームワークにより、非常に丁寧な工夫がなされ、シンポジウムは大成功でした。このようなやり方でさらに多くの一般の方々へ最先端の地球環境研究が解説されると良いと感じました。