2018年2月号 [Vol.28 No.11] 通巻第326号 201802_326001
海外のSIF研究の動向とGOSATにより観測されたSIFのこれからの活用 From Photosystem to Ecosystem, Potsdam GHG Flux Workshop 2017参加報告
2017年10月24日から26日にかけてポツダム(ドイツ)のドイツ地球科学研究センター(GFZ)にてFrom Photosystem to Ecosystem, Potsdam GHG Flux Workshopが開催された。その参加報告を行う。
1. ワークショップの概要
本ワークショップは光合成をメインとした個葉レベルでの植物生理学的研究や観測タワーによる温室効果ガスのフラックス観測、ドローン、人工衛星などによる植生リモートセンシング、それらの手法の異なる分野間の橋渡しに関する研究発表の場であった。これらの話題について、3日間にわたり24名の各機関の研究者による講演が行われ、初日の夕方にはポスターセッションにて40名が発表を行った。筆者もこのポスターセッションで国立環境研究所が公開している温室効果ガス観測技術衛星GOSAT(Greenhouse gases Observing SATellite)のL4プロダクト作成の過程で用いられる陸域生態系モデルVISITやGOSATによって観測される太陽光励起クロロフィル蛍光(Solar-induced chlorophyll fluorescence: SIF)に関する紹介とGOSAT-2(2018年度打ち上げ予定)に向けたVISITの精度向上のためのSIFの適用について発表を行った。主な参加者はヨーロッパの研究者であり、日本からの参加者は5名であった。ワークショップでは、光合成に関する個葉レベルでの解析から観測タワーでのフラックス観測、航空機観測などの各スケールでの発表が行われた。光合成モデルの分野において長年活躍してきた研究者による講義的な講演や最新の機器を用いた現地観測サイトの設置など講演内容は様々であったが、どの発表でもほぼ必ず出てくるキーワードがあったことが印象的であった。「SIF」というキーワードである。本ワークショップ参加の主な目的もSIFに関する研究動向を調査することであった。以下ではこのSIFに関する動向について報告する。
2. 太陽光励起クロロフィル蛍光(Solar-induced chlorophyll fluorescence: SIF)に関する動向
SIFは、2011年にFrankenbergら[1]およびJoinerら[2]によりGOSATの温室効果ガス観測センサTANSO-FTSの観測データから算出できることが報告されて以来、非常に注目を集めており、GOSATやNASAのOCO-2の観測データを用いたSIF研究が盛んに行われるようになった。観測衛星により得られたSIFが総一次生産(植物の光合成による炭素吸収量、GPP)と非常に高い相関を持つことが知られており、陸域における光合成活性の新たな指標として期待されている。衛星によるSIF観測はそのフットプリントの大きさと地上でのフラックス観測のギャップを埋めるための検証が重要であり、そのための観測サイトの設置や検証についての発表が多かった。特にヨーロッパでは地上観測サイトが多く設置され、ヨーロッパで打ち上げ予定の人工衛星計画のための検証結果が報告されていた。The FLuorescence EXplorer(FLEX)は欧州宇宙機関(ESA)が2022年打ち上げを計画している人工衛星計画であり、陸域における光合成活性の把握のためにSIFの他、様々な植生指数の観測を行うことを計画している。SIFの観測に特化した観測衛星であるため、ヨーロッパでは現在検証のためのSIFの地上観測や航空機観測が大規模に行われている。ワークショップ会場で熱心に宣伝されていた、SIF地上観測のために開発されたFluorescence box(FLOX)システムもすでに14か所(ヨーロッパ内には10か所)で設置されて連続観測を開始しているとのことであった。SIFの航空機観測システムであるHyPlantによるSIF観測はビジュアル的にも非常にインパクトがあった。ヨーロッパにおいてSIF研究がどんどん進められており、研究のスピード感に驚かされた。これまでの論文などでも報告されている通り、地上観測と航空機観測のSIFの値は非常によく一致していることが再確認されていた。耕作地のSIFが高い空間解像度で解析された結果が示されており、ワークショップの会場では、下の写真に示すような卓上で航空機観測したSIFの結果を見ることのできる展示物も用意されていた。
3. SIFのモデリング
今回の発表ではSIFのモデリングとしてVan der Tolら(2009)[3]により開発されたSoil-Canopy-Observation of Photosynthesis and the Energy balance(SCOPE)モデルが多く用いられていた。SCOPEは林冠での放射伝達モデル、葉での生化学モデルを組み合わせることで群落での蛍光をシミュレートできるモデルである。FLEXミッションの一環として開発が進められており、数少ないSIFのモデルであるためモデルベースのSIF研究ではこれが使われることが多い。SCOPEは生化学モデルの部分で陸域生態系モデルとの連携が可能であり、総一次生産の推定によく使われる。筆者も陸域生態系モデルとの連携の部分に最も興味があったが、今回のワークショップは生理学的なメカニズムに関する内容が多く、陸域生態系モデルに関しての情報はあまり得られなかった。
4. GOSATにより観測されたSIFのこれからの活用
GOSATのSIFの強みは、その観測データから衛星によるSIFの全球観測が可能であることを世界で初めて示したこと、2009年の打ち上げから現在まで観測データの蓄積があること、TANSO-FTSセンサの波長分解能と精度が高いことである。また観測要求により特定サイトに観測ポイントを合わせることが可能なため、地上観測サイトにポイントを合わせて、地上観測との比較、検証を行うことができ、現在国立環境研究所でもGOSATのSIFの検証を進めている。1度〜2度グリッドにアップスケーリングしたSIFデータから陸域植生の光合成による総一次生産の季節変化やフェノロジーを算出しうることが確認されており、これまでのGOSATプロジェクトの蓄積を研究成果として発表していく段階に入っている。所外でも個葉レベルのSIFモデリングや実験室レベルでの蛍光のメカニズム解明が行われている。ヨーロッパで行われているSIFの研究に遅れを取らないためにも国内での異なる分野間での連携を強めながらGOSATのSIFの強みを活かし、野外での検証や陸域生態系モデルへのSIFデータの利用を行っていかなければならない。
参考文献
- Frankenberg, C., Fisher, J.B., Worden, J., Badgley, G., Saatchi, S.S., Lee, J.-E., Toon, G.C., Butz, A., Jung, M., Kuze, A., Yokota, T., 2011. New global observations of the terrestrial carbon cycle from GOSAT: Patterns of plant fluorescence with gross primary productivity. Geophys. Res. Lett. 38, L17706.
- Joiner, J., Yoshida, Y., Vasilkov, A.P., Yoshida, Y., Corp, L.A., Middleton, E.M., 2011. First observations of global and seasonal terrestrial chlorophyll fluorescence from space. Biogeosciences 8, 637-651.
- van der Tol, C., Verhoef, W., Timmermans, J., Verhoef, A., Su, Z., 2009. An integrated model of soil-canopy spectral radiances, photosynthesis, fluorescence, temperature and energy balance. Biogeosciences 6, 3109–3129.
ボートの旅
ワークショップ2日目の夕方にはポツダム市内を流れるハーフェル川でボートでの食事会が行われた。筆者らのテーブルは現地で合流した日本の研究者の他にボートの中で知り合った海外の研究者を交えてビュッフェを堪能した。冷戦時代に米ソ間でのスパイ交換の場として使われた橋として有名であり、映画「ブリッジ・オブ・スパイ」のロケ地としても使われたグリーニッケ橋が見えるとの事前のアナウンスがあったが、船外は思いのほか真っ暗で何も見えなかった上に寒すぎたため筆者は早々に橋の鑑賞をあきらめ船内に戻った。そのためボートトリップ感はあまりなかったが、船内の食事会は非常に楽しく、海外の研究者の普段の生活や育児事情などポスター会場で行われる議論とはまた違った話を聞くことができた。