2017年5月号 [Vol.28 No.2] 通巻第317号 201705_317001

環境研究総合推進費の研究紹介 19 3つの「削減目標」を繋ぐ道筋を考える 環境研究総合推進費2-1402「わが国を中心とした温室効果ガスの長期削減目標に対応する緩和策の評価に関する研究」

  • 社会環境システム研究センター 広域影響・対策モデル研究室 主任研究員 芦名秀一

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1. はじめに

温室効果ガス排出量の削減に関して、日本は3つの目標を掲げています。一つ目は2030年度に2013年度比で26.0%減(2005年度比25.4%減)とするもので、日本の約束草案として2015年7月17日に国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局へ提出されました。この約束草案については、提出当時や同年11月30日から12月12日の日程でフランス・パリにおいて開催された第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)の報道等で耳にした方も多いのではないかと思います。二つ目は、2020年度に2005年度比3.8%減以上とするもので、三つ目が2050年に80%削減するという目標です。いずれの目標も2016年5月13日に閣議決定された「地球温暖化対策計画」に改めて示されており、約束草案も含めると、日本は、短・中・長期それぞれに削減目標が掲げられていることがわかります。

このような削減目標ですが、『何年比でどれだけ削減する、と言われてもピンとこない』と思われる方もいるかもしれません。そこで、図1にこれら3つの削減目標と1990年以降の日本の温室効果ガス排出量をまとめてみました。

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図1日本の温室効果ガス排出量(1990年〜2015年)と3つの削減目標 過去の温室効果ガス排出量は国立研究開発法人国立環境研究所地球環境研究センター温室効果ガスインベントリオフィスによる。2015年は速報値。

日本の温室効果ガス排出量は、リーマン・ショックを含む2007年頃からの世界金融危機の時期を除くと、おおむね1,300〜1,400MtCO2前後を推移していることがわかります。このようなトレンドの中でそれぞれの削減目標の位置づけを見ると、2020年度の目標(上限値)が2015年度の実際の温室効果ガス排出量のやや上方にあり、そこから2050年80%削減に向かう直線的な道筋の上に2030年度目標が乗っているように見えます。

それぞれの削減目標は、単に目標値だけが示されているのではなく、どのような対策・施策を講じることで達成できるかも併せて記載されています。例えば、約束草案(2030年度の削減目標)では、産業部門については鉄鋼業での次世代コークス製造技術(SCOPE21)の導入や石油化学工業での省エネプロセス技術の導入、家庭部門や業務部門では高効率給湯器・照明の導入や建築物での省エネ基準適合の推進、運輸部門では燃費改善や次世代自動車の普及、発電部門での再生可能エネルギーの最大限の導入促進など、さまざまな部門に対して網羅的に対策・施策が示されています。しかし、現在から2020年、2020年から2030年、そして2030年から2050年という、それぞれの削減目標の間を繋ぐ「道筋」については十分示されているとはいえません。

そこで、私たちの研究プロジェクト(わが国を中心とした温室効果ガスの長期削減目標に対応する緩和策の評価に関する研究)では、このような状況の下でそれぞれの削減目標を繋ぐ道筋(低炭素社会への道筋)を考えるための研究を、2014年度から2016年度にかけて進めてきました。

2. 道筋を描く際の着眼点:技術、制度・政策、そして?

低炭素社会の道筋を考えるうえで、どのような点に着目したらよいのでしょうか。いろいろ考えられますが、本研究プロジェクトでは省エネルギーや再生可能エネルギーなどの技術的側面、技術普及等を後押しできる制度・政策に加えて、ライフスタイル・消費行動と素材生産・ストックに着目することにしました。

2011年、東日本大震災の影響に伴う夏の電力不足にあたっては、電気事業法に基づく電力使用制限の対象となる大口需要家だけではなく、対象外の企業や家庭でも節電への取り組みが積極的に進められました。この節電行動は翌年以降も継続的に実施され、今では一定程度定着しているといえます。このような行動変化に加えて、東日本大震災以前と比較してエネルギーや気候変動に関する意識変化も見られるなかでは、ライフスタイルや消費行動の変化とその低炭素社会実現への影響の分析が重要と考えています。

また、日本で温室効果ガス排出量の削減方策を考えていく上では、素材をどのように・どれだけ生産するかは重要な観点になります。鉄鋼や石油化学をはじめとした製造業は、非エネルギー利用も含めた日本の最終エネルギー消費全体の45%を占めています(2015年度)(EDMCエネルギー・経済統計要覧(2017))。また、CO2排出量については電力消費量で按分した分も含めると日本全体の36.3%が製造業から排出されています(EDMC(2017))。そこで、本プロジェクトでは素材の中でも特に鉄鋼を対象に、将来の生産量や社会への蓄積量(ストック)及びその再利用可能性について検討することにしました。

このような視点とともに、世界全体の低炭素社会に向かう努力と日本の道筋との関係を分析するテーマを加えた5つの研究テーマを設定してプロジェクトを構成し(図2)、国立環境研究所、みずほ情報総研株式会社及び滋賀県琵琶湖環境科学研究センターが共同で研究を進めてきました。

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図2研究プロジェクトの構成

3. 低炭素社会実現に向けて:どのような取り組みが重要か?

特に2050年80%削減の実現には、もちろん社会全体での大胆かつさまざまな取り組みが重要になりますが、『いろいろやらなければならないと言われても、いったい何から手を付ければいいのか…』となってしまいかねません。そこで、本研究プロジェクトで研究成果を踏まえて明らかにした、日本の掲げる削減目標の実現に重要となる3つの取り組みについてご紹介したいと思います。

(1) 需要部門における省エネルギーの加速

研究プロジェクトを構成するモデルのひとつである日本技術モデル(AIM/Enduse [Japan])の分析では、2050年に80%削減を達成するためには、最終エネルギー消費量を2010年比で44〜45%削減する必要があることがわかりました(幅は、想定したケースによる)。これは、特定の部門で削減するだけでは十分ではなく、産業部門、家庭部門、業務部門、運輸部門の全てにわたる取り組みが必要です。

節電も、このためには重要な取り組みのひとつとなります。2011年以降の電力消費量等をもとに節電への取り組みによる電力需要削減効果を分析してみると、節電行動が定着したことによって2011年より前のトレンドと比較して3.2〜7.5%の電力需要が削減できていることがわかっています。

(2) 電力供給における低炭素エネルギーの拡大

電力部門は日本のCO2排出量の約1/3を占めていますので、再生可能エネルギーや炭素隔離貯留(Carbon Capture and Storage: CCS)を導入した火力発電をはじめとした低炭素なエネルギー源の増加が重要な取り組みとなります。特に、80%削減のためには、太陽光・風力発電を中心にした再生可能エネルギーと、CCSを併設した火力発電の割合を93〜95%まで拡大していくことが必要です。

(3) 需要部門での電化の推進

(1) や (2) の取り組みとも関係しますが、電力部門で低炭素エネルギーが拡大して電気利用に伴うCO2排出量が大幅に低減できると、需要部門で電力を利用する機器に置き換えられるところはどんどん置き換えてしまった方がよいということになります。

例えば、寒冷地では、現在は灯油を使って暖房や給湯を賄っている住宅や施設がありますが、これを暖房については高効率のエアコンに、給湯についてはヒートポンプの給湯器に置き換えることで、省エネルギーとともにCO2排出量削減にも繋げることが可能となります。日本技術モデルを用いた分析では、2050年80%削減のためには、家庭部門でエアコンやヒートポンプ給湯器の比率を8〜9割に増加する必要があることを示しています。

4. おわりに

私たちの研究プロジェクトでは、技術、制度・政策、ライフスタイルや素材生産・ストックなどに着目して、日本の2020年度、2030年度そして2050年の削減目標を達成するために、いつまでにどのような取り組みをすべきかという『目標を繋ぐ道筋』を明らかにするための研究を、環境総合推進費2-1402「わが国を中心とした温室効果ガスの長期削減目標に対応する緩和策の評価に関する研究」として実施してきました。

2015年にパリで開催されたCOP21では、パリ協定(Paris Agreement)と呼ばれる気候変動に関する国際的な枠組みが採択されました。このパリ協定には、世界全体が長期的に温室効果ガス排出量削減へ貢献していくことなどが示され、各国が低炭素社会への移行を加速させていくことが期待されています。このような世界的な潮流の中で、日本においても低炭素社会に向けて社会全体を巻き込んだ多様な取り組みが必要となることは明らかです。これに対して私たちの研究プロジェクトの成果を活用することで、どのような取り組みが重要であり、その効果はいかほどかを把握し、効果的な対策立案につなげられるものと考えています。

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