2017年4月号 [Vol.28 No.1] 通巻第316号 201704_316007

富士北麓カラマツ林サイトにおける林床部炭素フラックスの長期観測 —10年の観測結果から—

  • 地球環境研究センター 炭素循環研究室 特別研究員 寺本宗正

*第103回低炭素研究プログラム・地球環境研究センター合同セミナー(2017年1月13日)より

全球規模では、年間約98Gt(1Gt[ギガトン]= 10億トン、炭素換算)の二酸化炭素(CO2)が土壌から放出されています(土壌呼吸)。土壌呼吸は植物根の呼吸と、微生物による土壌有機炭素の分解(微生物呼吸)に起因します。微生物呼吸は土壌呼吸の半分以上を占めており、温度上昇に対して指数関数的に増加する性質があります。そのため、地球温暖化によって土壌有機炭素の分解が促進され、地球温暖化に拍車をかけるという正のフィードバックが懸念されています。2010年にNatureに掲載された論文(参考論文1)によると、1990年以降、土壌呼吸は年間0.1Gtのペースで増加していると報告されています。しかし、一つの観測点で、長期的な温暖化が土壌呼吸にどのように影響するかを示した検証例は非常に限られています。そこで、私たちは独自に開発したチャンバーシステムによって、さまざまな観測拠点において土壌呼吸を含む林床部の炭素フラックスの観測を長期的に行い、温暖化や攪乱が森林の炭素循環にどの様に影響するかを明らかにするため、研究を行っています。

私たちのチャンバーシステムは、日本、中国、マレーシア、台湾など、アジアモンスーン地域を中心に、世界各地に展開されています。日本には観測拠点が特に多く設けられており、天塩(北海道)から宮崎までの10拠点の森林で、継続的な長期連続観測を行っています。この中には、地球温暖化を想定した温暖化操作実験を行っている拠点や、タワー観測も含めた統合的な炭素フラックス観測と連携したサイトもあります。宮崎で6年間行った温暖化操作実験の結果は、2016年10月Scientific Reportsに掲載され、大きな反響がありました(観測結果の詳細は、寺本宗正ほか「地球温暖化によって土から排出される二酸化炭素の量は増えるのか?—6年間の検証実験から—」地球環境研究センターニュース2017年1月号を参照)。今回は、日本の中央部にある富士北麓フラックス観測サイト(以下、富士北麓サイト)のカラマツ林における観測結果を紹介します。

1. 富士北麓サイトの概要

富士北麓サイトは北緯35度26分、東経138度45分に位置し、標高1050〜1150m、年平均気温8.8°C(2006〜2010年平均)、年間降水量1715mm(2006〜2010年平均)です。私たちの観測では、チャンバーシステムを自ら組み立て、観測現場に運んでセッティングします。セッティングしてしまえば自動的にデータが得られるわけですが、実際には置いておきさえすればいいというわけではありません。積雪で壊れたり強風で倒れたりすることもあり、定期的なメンテナンスが必要になってきます。長期的に良質なデータを得るということは、多大な時間と労力、経費がかかるということを実感しています。

富士北麓サイトには、縦横90cm、高さ50cmと1mのチャンバーを合計24台設置しています。これらは、土壌呼吸を観測するための土壌チャンバー、微生物呼吸だけを測る根切りチャンバー、林床植生も含めた交換量を測定する高さ1mの植物チャンバーの3種類から構成されています。チャンバーはすべて制御装置につながれ、扉を自動開閉して観測を行っています。

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写真1チャンバーシステムの組み立てから観測まで

2. 観測:①さまざまな環境因子が炭素フラックスに与える影響、②間伐後の炭素フラックスの変化

富士北麓サイトでは2006年に観測を開始し、これまで10年間連続観測を行ってきました。この10年間のデータから、さまざまな環境因子が林床部の炭素フラックスにどのように影響しているのか、変動の因子を抽出しました。この解析では、2006年から2013年のデータを使っています。一方、2014年5月、2015年3月にカラマツの間伐(森林において樹木の健全な発育を助けるために一部の木を切ること)が行われ、最終的にサイトのカラマツ林の1/3が伐採されました。そのため、林床部の環境が大きく変化しました。2014年以降は、間伐が林床部の炭素フラックスにどのような影響を与えるのかを見ていくことができると考えています。

3. 呼吸と温度、光合成と光の強さの有意な相関

2006年から2013年において、土壌呼吸は炭素換算量として平均年間約8トン、林床部の呼吸は、植物の呼吸も含めて、平均年間約10トン程度が放出されていました。林床部の植生による光合成量は、年間約3トンなので、差し引きの交換量としては、林床部は年間約7トンの炭素放出源となっていました。

林床部炭素フラックスに影響を与える環境因子について考えてみます。陸域生態系の炭素収支に影響を与える代表的な環境因子として、温度・水分・光があります。観測結果から、土壌呼吸、微生物呼吸とも温度との間に強い指数関数的相関が見られ、温度が非常に顕著な影響を与えていることがわかります。一方で土壌水分については、5月から10月の植物の成長期における、土壌呼吸、微生物呼吸と水分の相関はあまり高くありません。つまり、富士北麓サイトでの土壌呼吸に対しては温度が強く影響していますが、水分の影響は弱いということです。光環境についてはどうでしょう。林床部の光合成に関しては、光環境が非常に強く働いています。成長期における林床部の光の強さ(光合成有効放射)と、林床部総生産量の年別積算値の間には、有意な正の相関が認められています。

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図1左:地温と土壌呼吸および微生物呼吸の相関。いずれも指数関数的な強い相関が確認できる。中:5月から10月における土壌水分と、温度で標準化された土壌呼吸および微生物呼吸の相関。強い相関は確認できない。右:林床における光の強さ(光合成有効放射)と、林床部の光合成速度の相関(7月)。光と林床光合成の強い関係性がうかがえる

地球環境研究センターの研究者が進めている、タワー観測による森林生態系の炭素フラックスとの比較も行っています。富士北麓サイト内に設置している、約32mの高さのタワーによる観測データでは、富士北麓サイトにおけるカラマツ林全体(間伐前)の光合成は年間約20トン、呼吸は年間約15トンという結果が得られています。われわれのチャンバーシステムによる観測では、林床部の光合成が約3トン、呼吸は約10トンですから、それぞれ生態系の合計値に対して15%、65%程度に相当します。そういう規模から見ますと、林床部は森林生態系の炭素収支に対して、大きな割合を占めていることがわかります。

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写真2富士北麓サイトの観測タワー

4. カラマツ林伐採による呼吸量と光合成量の増加

2014年5月、2015年3月と段階的に行った間伐後、林床部の炭素フラックスはどう変化したのでしようか。30%のカラマツを伐採することで、成長期の林床部において、光合成に有効な波長の光の強さが約65%上昇しました。それによって林床部の光合成量(炭素の吸収量)は約80%増加しました。また、間伐によって直達光が増えて、林床部の地温が上がり、林床部の呼吸(炭素の放出量)も約30%増えています。差し引きますと、林床部の純炭素交換量は10%の放出量増加となり、それほど大きな数字ではありません。呼吸も光合成量も増えたので、結果として打ち消し合うことで、正味の交換量にあまり変動が見られなかったものと考えられます。

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図2富士北麓サイトの林床部における、間伐前(2006〜2013年の平均値)と1回目の間伐後(2014年)、2回目の間伐後(2015年)の各フラックスの積算値。呼吸量と純炭素交換量は年積算値、光合成量は成長期である5月から10月の積算値

私たちは、今後も継続的にこのサイトで観測を続けていくことが重要であると考えています。

参考論文

  1. Bond-Lamberty, B. & Thomson, A. Temperature-associated increases in the global soil respiration record. Nature 464, 579-U132, doi:10.1038/nature08930 (2010).

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