2017年1月号 [Vol.27 No.10] 通巻第313号 201701_313001

地球温暖化によって土から排出される二酸化炭素の量は増えるのか? —6年間の検証実験から—

  • 国立環境研究所 地球環境研究センター 炭素循環研究室 特別研究員 寺本宗正
  • 国立環境研究所 地球環境研究センター 炭素循環研究室 主任研究員 梁乃申
  • 国立環境研究所 地球環境研究センター 地球環境データ統合解析推進室 高度技能専門員 曾継業
  • 宮崎大学農学部 教授 高木正博
  • エディンバラ大学地球科学部 名誉教授 John Grace

1. 背景

土壌には植物に由来する(枯葉や枯死根、枝、倒木等)有機炭素が豊富に蓄えられており、土壌表面からは多量の二酸化炭素が排出されています(土壌呼吸)。土壌呼吸は、土壌中の微生物が土壌の有機炭素を分解することで発生する二酸化炭素(微生物呼吸)と、植物の根の新陳代謝によって発生する二酸化炭素(根呼吸)から成ります。陸域生態系の炭素収支において、土壌呼吸は光合成の次に規模が大きい、重要な構成要素です。地球規模の土壌呼吸は、2008年の時点で年間約3,600億トン(二酸化炭素換算)と推定されており、そのうち微生物呼吸は約7割を占めるとも言われています。この微生物呼吸量は人為起源の二酸化炭素排出量の約10倍にも相当するものです。そして微生物呼吸は、温度の上昇に対して指数関数的に増加します。つまり、少しの温度上昇でも、微生物呼吸量は顕著に増加する可能性があります。そのため、地球温暖化によって微生物呼吸量が増加し、さらに温暖化に拍車をかける悪循環(正のフィードバック)が想定されています。しかし、これを実際の地球温暖化に近い形で検証するには、フィールドにおける年単位の観測データが必須となります。その様な、長期的な温暖化操作のもとでの観測データは非常に限られており、特に湿潤なアジアモンスーン域における研究例はこれまでありませんでした。

我々の研究グループは、独自に開発した観測システム(大型マルチチャンネル自動開閉チャンバーシステム)を世界各地の森林(日本10拠点、台湾3拠点、中国7拠点、マレーシア5拠点)に設置し、土壌から排出される二酸化炭素の観測を行ってきました。今回、宮崎大学と共同で行ってきた、6年間(2008年末から2014年)の温暖化操作実験の観測結果から、温暖湿潤な環境において、長期的な温暖化が微生物呼吸に与える影響を評価しました。

2. 方法:自動開閉チャンバーシステムによる微生物呼吸の観測と温暖化影響の評価

2008年12月中旬、環境省地球環境研究総合推進費課題「B-073:土壌呼吸に及ぼす温暖化影響の実験的評価」(2007年度〜2009年度)の一環として、九州地方の代表的な常緑広葉樹二次林(コジイ林)である宮崎大学田野フィールド内(宮崎県宮崎市田野町乙11300)に、国立環境研究所が独自に開発した自動開閉チャンバーシステムを設置しました(写真1)。設置するチャンバー周辺は根切り処理を行い、塩化ビニル製の板を地面に挿入して根の侵入を防ぎました(根呼吸を除去して微生物呼吸を測定するため)。そして、根切り処理を行ったうち、半分(5個)のチャンバーには地表面から約1.6 mの高さに赤外線ヒーターを取り付け、地温を約2.5°C上昇させました(温暖化区)。残り5個のチャンバーは、温度を上昇させない対照区として観測を行いました。温暖化区と対照区の微生物呼吸を連続的に6年間観測し、温暖化の微生物呼吸に対する長期的な影響を評価しました。

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写真1宮崎のコジイ林におけるチャンバーシステム設置時の (a) 根切り作業、(b) 温暖化区のチャンバーとカーボンヒーター

3. 結果:微生物呼吸に対する6年間の温暖化の影響

観測期間のいずれの年も、温度(地温)と微生物呼吸の間に顕著な指数関数的相関が見られました(図1)。このことから、本研究サイトでも、微生物呼吸に対して温度の影響が強く働くことがうかがえます。温暖化の影響に注目すると、6年間の観測期間を通して、温暖化の微生物呼吸に対する促進的な効果(温暖化効果)が確認されました(図2)。この様に長期にわたる温暖化効果が見られた要因としては、本研究サイトを含む、日本の森林土壌に含まれる有機炭素の量が、世界的に見ても多い(参考論文1)ということが考えられます。

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図1対照区()と温暖化区(×)における、微生物呼吸の温度に対する反応

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図2(a) 観測期間における土壌水分、地温、降水量等の環境データ、(b) 各処理区の二酸化炭素排出速度、(c) 温暖化区と対照区の二酸化炭素排出速度の差

1°C当たりの温度上昇に対する微生物呼吸の増加率を年別で見ると、7.1〜17.8%の変動が見られましたが、6年間の平均値は9.4%となりました(図3a)。この数値は、欧米における既存の報告(1°C当たりの昇温で+0.1%以下(参考論文2、Nature誌掲載);+5.6%以下(参考論文3、Science誌掲載))に比べて高いものでした。加えて、この9.4%という数値は、簡易な微生物呼吸の温度反応式から導かれた予測値(1°C当たりの昇温で10.1〜10.9%微生物呼吸速度が増加)と近いものでした。また、昇温による微生物呼吸の増加率に関する年々変動と、夏季の降水量の間には正の相関が見られ(図3b)、夏季の降水量が多い場合(土壌が湿潤に保たれ乾燥しない場合)に、温暖化効果が高くなることが示されました。そして、温暖化区のQ10値(土壌呼吸速度の温度依存性を表す指数であり、温度が10°C上昇したときの土壌呼吸速度の増加率を意味する)は、6年間で平均2.92(変動範囲は2.74から3.23)でした。本研究のQ10値は、IPCC第5次評価報告書の科学的背景となっている将来予測モデル(第5期結合モデル相互比較計画(CMIP5)で採用されたモデル)におけるQ10値(変動範囲は1.45から2.61)より著しく大きいものであり(参考論文4)、微生物呼吸の温暖化に対するより一層強い応答を示唆するものです。

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図3(a)微生物呼吸に対する年平均温暖化効果の実測値とモデル推定値の比較、(b)微生物呼吸に対する年平均温暖化効果の実測値と夏季の降水量の相関

4. まとめ

本研究の結果は、土壌に有機炭素を豊富に含み、湿潤な環境にあるアジアモンスーン域の森林土壌からは、温暖化によって予測されていたよりも多くの二酸化炭素が排出される可能性を示すものです。この研究結果は、地球規模の気候変動に関する将来予測の精度向上に貢献することが期待されます。一方で、微生物呼吸に対する温暖化の影響が、さらに長期の温暖化操作を続けた場合にどうなるのか、また、本研究の結果が、日本だけではなく、海外の観測サイトでも広く認められうるものなのか、今後も観測研究を展開していく必要があるでしょう。

本研究は、環境省の環境研究総合推進費(B-073、土壌呼吸に及ぼす温暖化影響の実験的評価)及び地球環境保全試験研究費(日本における森林土壌有機炭素放出に及ぼす温暖化影響のポテンシャルに関する研究)により実施されました。

参考論文

  1. Morisada, K., Ono, K. & Kanomata, H. (2004) Organic carbon stock in forest soils in Japan. Geoderma 119, 21–32, doi: 10.1016/S0016-7061(03)00220-9.
  2. Luo, Y. Q., Wan, S. Q., Hui, D. F. & Wallace, L. L. (2001) Acclimatization of soil respiration to warming in a tall grass prairie. Nature 413, 622–625, doi: 10.1038/35098065.
  3. Melillo, J. M. et al. (2002) Soil warming and carbon-cycle feedbacks to the climate system. Science 298, 2173–2176, doi: 10.1126/science.1074153.
  4. Todd-Brown, K. E. O. et al. (2013) Causes of variation in soil carbon simulations from CMIP5 Earth system models and comparison with observations. Biogeosciences 10, 1717–1736, doi: 10.5194/bg-10-1717-2013.

本研究の結果は、2016年10月17日にNature Publishing Group発行の、Scientific Reportsに掲載されるとともに、国立環境研究所から記者発表されました。また、11月21日の読売新聞にも掲載されました(PDF, 2.9 MB、読売新聞社の許諾を得て転載しています)

発表論文
Teramoto, M., Liang, N., Takagi, M., Zeng, J., Grace, J. (2016) Sustained acceleration of soil carbon decomposition observed in a 6-year warming experiment in a warm-temperate forest in southern Japan. Sci. Rep. 6, 35563; doi: 10.1038/srep35563.
記者発表
長期的な温暖化が土壌有機炭素分解による二酸化炭素排出量を増加させることを実験的に検証—6年間におよぶ温暖化操作実験による研究成果—(お知らせ)
http://www.nies.go.jp/whatsnew/2016/20161024/20161024.html

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