2016年2・3月号 [Vol.26 No.11] 通巻第303号 201602_303009

環境研究総合推進費の研究紹介 17 変動の激しい北半球中高緯度のオゾン層破壊を理解する 環境研究総合推進費2-1303「将来の温暖化条件下でのフロン対策強化によるオゾン層の脆弱性回避に関する研究」

  • 地球環境研究センター 気候モデリング・解析研究室長 秋吉英治

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1. はじめに

フロン・ハロンなどのオゾン層破壊物質(Ozone Depleting Substances: ODS)の大気中の濃度は、1987年採択のモントリオール議定書に基づき先進国・発展途上国が行っているODS規制(生産の中止や大気中への放出の抑制)によって、対流圏では1995年頃から、成層圏では2000年頃から減少傾向に転じ、フロン・ハロンが成層圏で分解してできる塩素化合物濃度および臭素化合物濃度も今世紀後半には1960年レベルまで減少すると思われる。一方、温室効果ガス(GHG)濃度の増加傾向は続いている。ODSおよびGHGの変化シナリオのもとでのオゾン層将来予測実験からは、(1) 北半球中緯度のオゾン全量は1960年レベルと比較して今世紀半ばには同程度まで戻り、(2) 今世紀末にはさらに5%増加する、(3) 低緯度や極域でのオゾン層の長期変化は中緯度とは異なる、と3つの現象が予想されている(WMO 2011、2014)。また、特に今後10〜20年間は、大気中の塩素および臭素濃度がまだ高く、さらにGHGの濃度が増加することが予想され、依然として、成層圏の寒冷化によって極成層圏雲が生成され、その表面で起こる特殊な化学反応によりオゾン層の破壊が突発的かつ極端に進むおそれがある。2011年春の北極域オゾン破壊がその例である。今後10〜20年間の脆弱期の大規模オゾン層破壊(「北極オゾンホール」と報じられた2011年春季の北極域のオゾン層破壊)の発生頻度が本課題における科学的なポイントである。この課題は、使用中あるいは貯蔵中のODSの大気への放出抑制(回収と処理)が大規模オゾン層破壊の発生リスク軽減にどの程度効果的か、GHGの増加抑制が成層圏オゾン層の安定化にどの程度効果的か、といったオゾン層保護対策と温暖化防止対策の立案や効果、両者のトレードオフの有無の推定に不可欠な知見である。そのためには、IPCCの温暖化予測で使われたモデルと同じ大気の運動や放射スキームを備えた成層圏化学気候モデルによる数値予測が望ましく、また、その精度向上・精緻化を行う必要がある。

2. 北極域のオゾン層破壊の特性

南極のオゾンホールは現在も毎年起こっているが、オゾンホール時のオゾン量はほぼ大気中のODS濃度に沿った変化を示している。一方、北半球中高緯度、とりわけ北極域のオゾン層破壊は、非常に大きな年々変動を示す。例えば、2010年の春季にはオゾン破壊はあまり起こらなかったのに、そのわずか1年後の2011年には非常に大規模なオゾン層破壊が起こった(例えば、Japan Geoscience Letters, 2012 No.3、Manney et al, 2011)。南極のオゾンホールも年によって大小の違いはあるが、1年でこれほど大きな差が生じることはない。2010〜2011年の1年間で大気中のODS濃度とGHG濃度はわずかしか変化していないが、北極のオゾン層破壊の年々変化は、それらの濃度の1年間の変化によって期待されるオゾン層破壊の変化をはるかに上回っている。これは、大気そのものの年々変動、つまりオゾン破壊が起こる場である北極渦の年々変動が大きいこと、それによって北極域へのオゾンの輸送や化学反応速度に影響を及ぼす気温の変動が大きいことが原因であることを示している。北極渦の年々変動の大きさは、根本的には北半球の地形の複雑さに起因するものである。それによって大気波動の変動が複雑になり、極渦が年々激しく変化する。したがって、北極のオゾン量のODS濃度・GHG濃度変化に伴う変化を抽出することは容易ではない。ODS濃度やGHG濃度の将来シナリオを使ってオゾン層の将来予測計算を1本行っても、その大きな年々変動に隠れてODS濃度・GHG濃度変化に対応したトレンドは見えにくい。(WMO (2007)、Figure 6-13(a))

3. 本研究課題2-1303の概要と結果

環境研究総合推進費2-1303では、IPCCの温暖化予測で使われたモデル(MIROC3.2、MIROC5)をベースとした化学気候モデルの開発を行う。そして、これらの化学気候モデルを用いて、ODS濃度やGHG濃度を過去あるいは将来想定されるいくつかの値に固定した100アンサンブル実験を行い、その中で、極端なオゾン破壊の起こるアンサンブルがODS濃度とGHG濃度の変化によってどう変化するかに着目した解析を行っている。図1に実験で設定したODS濃度とGHG濃度の組み合わせを示す。

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図1100アンサンブル計算で設定されるODS濃度とGHG濃度の組み合わせ例。各年の具体的な濃度は、ODSが分解された後の無機塩素量(Cly)と無機臭素量(Bry)で表され、GHGはCO2濃度で表されている。また、2030年、2050年、2100年のCO2濃度は、RCP6.0シナリオの濃度に対応し、RCP8.5シナリオであれば何年の濃度に対応するかについても示す

図2には、ODS濃度を1960年レベルと2000年レベルに固定した場合の100アンサンブルのオゾン全量値を示す。どちらもGHG濃度は2000年レベルに固定している。100アンサンブル計算は100年の連続計算の結果を1年1アンサンブルとして解釈している。北半球で塩素・臭素化合物によるオゾンの化学破壊が起こりやすい3月〜4月の期間について、北半球中高緯度領域(45N–90N)のオゾン全量最低値をアンサンブルごと(横軸)に並べてある。この図からわかることは、ODS濃度レベルが1960年レベルから2000年の高濃度レベルに変化することで、北極域のオゾン全量のアンサンブル間の変動が大きくなることである。変動の標準偏差が2倍以上増加している。また図で示されている最大値は両者であまり変わらないが、2000年レベルのODS濃度では最低値が低くなって、100アンサンブル間の変動幅が増大していることがわかる。これは、冬から春にかけて北極渦が比較的安定したアンサンブルでは極成層圏雲が生成され塩素・臭素化合物によるオゾン破壊サイクルが働きオゾンが減少した結果である。ODS濃度が高くなると、極渦が不安定ではっきりしない年にはオゾン破壊がほとんど起こらないが、極渦が安定している年では極端なオゾン破壊が起こることが示され、この実験結果は、2010年と2011年の北極オゾン層の状況を再現するような結果となっている。

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図23月〜4月の北緯45度〜90度の領域でのオゾン全量の最低値を示す。(上)1960年レベルのODS濃度による計算結果、(下)2000年レベルのODS濃度による結果。GHG濃度はどちらも2000年レベルに固定してある。横軸はアンサンブルを表す(連続計算の年)。平均値を横実線、標準偏差(1σ)を濃い陰影で、2σを薄い陰影で表す

4. まとめ

大きな年々変動を持つ北極オゾン量のODS濃度依存性を100アンサンブル実験によって示した。ODS濃度の増加がオゾン全量の年々変動を増加させていることが示された。現在、GHG濃度依存性についての実験と解析を行っている。その実験から、北半球中高緯度のオゾン全量は、ODS濃度が高い場合、GHG濃度が増加するとアンサンブル平均的には上がるが、極端なオゾン破壊が起こるケースが若干増えるという興味深い結果が得られている。そのメカニズムに関する解析を現在行っている。今後しばらくは確実にGHG濃度が増加する中で、どのようにODS濃度を減らしていけば2011年のような極端な北極オゾン層破壊を避けられるのか、科学的な根拠を示すことを本課題は目標としている。

参考文献

  • Japan Geoscience Letters (2012), No.3
  • Manney, G. L. et al. (2011) Unprecedented Arctic ozone loss in 2011, Nature, 478, 469–477.
  • WMO (2007) Scientific Assessment of Ozone Depletion: 2006, Global Ozone Research and Monitoring Project—Report No. 50, 572 pp., Geneva, Switzerland.
  • WMO (2011) Scientific Assessment of Ozone Depletion: 2010, Global Ozone Research and Monitoring Project—Report No. 52, 516 pp., Geneva, Switzerland.
  • WMO (2014) Scientific Assessment of Ozone Depletion: 2014, Global Ozone Research and Monitoring Project—Report No. 55, 416 pp., Geneva, Switzerland.

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