2015年11月号 [Vol.26 No.8] 通巻第300号 201511_300003

生物や生態系の変化をデータから読み解く 〜JaLTER全科学者会議2015の報告〜

  • 生物・生態系環境研究センター 生物多様性保全計画室 主任研究員 松崎慎一郎
  • 地球環境研究センター 副センター長 三枝信子

1. はじめに JaLTERの活動

日本長期生態学研究ネットワーク(Japan Long-Term Ecological Research、以下JaLTER)は、長期かつ大規模な調査・観測、公開型データベースの構築、フィールド教育を推進する研究者ネットワークとして、2006年に発足しました。学際的な活動を通じて、社会に対して自然環境、生物多様性、生態系機能、生態系サービスの保全や向上、持続可能性に寄与する科学的知見を提供することを目指しています。JaLTERには、全国の森林、草地、農地、湖沼、河川、沿岸などの調査サイト(20のコアサイトと36の準サイト)があり、サイトネットワークを活かして様々な研究が実施されています。国立環境研究所では、地球環境研究センターが富士北麓準サイトを、生物・生態系環境研究センターと地域環境研究センターが共同で霞ヶ浦コアサイトを担当しています。

JaLTERでは、参加している研究者による情報交流や、今後の研究展開を議論するため、年1回、毎回違うサイトでAll Scientist Meeting(全科学者会議、以下ASM)を開催しています。ASM2015は、国立環境研究所がホスト役となり、9月14〜16日に国立環境研究所で開催しました。ASM2015では、京都大学生態学研究センターの共同利用研究助成を受け、データベース構造やデータ入力に関する演習(データ入力キャンプ)、公開シンポジウム、霞ヶ浦エクスカーションが行われました。今回は後者2つについて報告します。

2. 公開シンポジウムの開催

大澤剛士氏(農業環境技術研究所)の協力を得て、JaLTER以外の観測ネットワークやデータベースとの連携、データの利活用を推進する研究者とデータを利用する研究者間の交流、時系列データの解析手法の習得を目指して、9月15日に公開シンポジウム「生物・生態系情報の統合と時系列データの解析〜生物や生態系の変化を読み解く〜」を開催しました(写真1、2)。

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写真1シンポジウムの様子。各講演後の質疑も活発に行われました

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写真2講演者の先生方、JaLTERメンバー、写真撮影にご協力いただいた参加者の方と記念撮影

午前のセッション「生物・生態系情報の統合と利活用」では、5名の方に話題を提供していただき、データ収集、データベース構築、観測ネットワークを通じたデータの統合と利活用について情報交換や議論を行いました。シンポジウムの口火として、大澤剛士氏から「生物多様性に関する基盤情報整備と利活用に向けた取り組み—GBIF日本ノードJBIF—」と題して、データの公開、データベース構築の重要性、データペーパー(データやデータベースそのものを査読付き論文として公開するしくみ)の利点、データを統合した共同研究の推進など「生物多様性情報学」の重要性と、地球規模生物多様性情報機構Global Biodiversity Information Facility(GBIF)の日本ノードJBIFとしての活動内容について紹介いただきました。JBIFについては、中江雅典氏(国立科学博物館)からも、自然史標本の膨大なデータベースを使った新しい研究の可能性や課題についてお話しいただきました。

続いて、石井励一郎氏(総合地球環境学研究所)からは日本生物多様性観測ネットワークJapanese Biodiversity Observation Network(J-BON)の取り組みと、アジアやグローバルスケールの生物多様性観測にむけて、まずは観測体制の確立、続いてデータベースの所在の確認や情報共有の必要性をお話しいただきました。関連して、Future Earthについても情報提供いただきました。伊勢戸徹氏(海洋研究開発機構)からは、海洋生物分布のグローバルデータベースOcean Biogeographic Information System(OBIS)を使ったホットスポットの地図化、データの不足している場所の可視化、保護区の選定などについて紹介いただきました。

午前最後の講演では、鎌内宏光氏(金沢大学)から、JaLTERのサイトネットワークを利用して世界中の誰もが同じ方法で簡便にできる紅茶のティーバッグを用いた土壌中有機物の分解能を調べる研究(http://www.decolab.org/tbi/index.html)について紹介いただいた後、統一的な手法を用いた全球比較やメタ解析研究への展開、教材や市民参加型調査としての活用などについてお話をいただきました。

午後のセクション「時系列解析レクチャー」では、長期的な生態学データを扱う者にとっては避けて通れない時系列解析について、統計に詳しい5名の方にレクチャー形式で講演いただきました。まずは、久保拓弥氏(北海道大学)による「生態学の時系列データ解析でよく見る『あぶない』モデリング」と題する講演があり、安易に分析してしまうと、ニセの回帰やうたがわしい回帰をしてしまうことを、実演を通じてわかりやすく解説いただきました。また、ランダムウォークや状態空間モデル(時系列解析の一種)について学びました。伊東宏樹氏(森林総合研究所)には、統計フリーソフトRのパッケージを用いた状態空間モデルについて、深澤圭太氏(国立環境研究所)と深谷肇一氏(統計数理研究所)からは、状態空間モデルを用いた研究例や使い所についてお話しいただきました。最後に、土居秀幸氏(兵庫県立大学)より、時系列データを用いて、レジームシフトの早期警戒シグナルを検出する解析、Convergent Cross Mapping(CCM)と呼ばれる因果関係解析等、最新の時系列解析手法を紹介いただきました。

3. シンポジウムを通して

当日は、117名(講演者を除く)もの参加があり、大盛況となりました。まさに、データを集める(たい)人、公開する(したい)人、利用する(したい)人、解析する(したい)人が一堂に会したシンポジウムとなりました。質疑や総合討論でも、データを収集・公開し利活用を推進する側とデータを利用し統合・統計解析する側で、それぞれに課題や問題点があること、逆に、互いに要望や希望があることが見えてきました。今回のシンポジウムと懇親会は、その擦り合わせをする場となったと感じました。今後、これをきっかけとして、交流や情報交換がはじまり、新しい研究が展開していくことが期待されます。

4. 霞ヶ浦エクスカーションの開催

9月16日には、JaLTERのコアサイトでもある霞ヶ浦においてエクスカーションを開催しました。霞ヶ浦では国立環境研究所が40年近くモニタリングを継続しています。つくばから土浦港に向い、国立環境研究所の調査船NIES’94に乗船しました(写真3)。土浦入の沖合に停船し、毎月の定期モニタリングで行っている環境調査、採水、採泥、プランクトンやベントスの採集を参加者全員が体験しました(写真4、5)。また、高速フラッシュ励起蛍光光度計(FRRF法)と呼ばれる最新の機器を用いて、植物プランクトンの一次生産量を現場で瞬時に測定する手法についても紹介がありました。はじめて乗船する調査船、はじめて見る機材や生物に驚く参加者もいました。霞ヶ浦長期モニタリングの成果や研究課題について議論するとともに、他のJaLTERサイトで様々な分野の長期観測を異なる手法で実施している担当者らと意見交換等を行いました(写真6)。

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写真3国立環境研究所所有の調査船NIES’94(双胴船)に乗船。多項目水質センサーで環境要因を測定する参加者

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写真4プランクトンネットの鉛直引きを体験し、採集されたプランクトンをルーペで見る参加者

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写真5大口径の底泥柱状コアを採集し、泥の様子を側面から観察する参加者

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写真6エクスカーションを終えて、船上で記念撮影

5. おわりに

次回のASM2016は北海道での開催を予定しています。ウェブサイトやメーリングリスト等でご連絡いたしますので、ぜひご参加下さい。またJaLTERの活動に興味を持った方は、JaLTER事務局またはお近くのJaLTERメンバーにご連絡下さい。若手研究者や学生の参加を歓迎いたします。

最後になりましたが、今回ASM2015を開催するにあたり、研究助成をいただきました京都大学生態学研究センター、ならびに、お手伝いいただきました国立環境研究所の地球環境研究センターと生物・生態系環境研究センターのスタッフの皆様に、この場をかりて深く御礼申し上げます。

参考サイト

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