2015年3月号 [Vol.25 No.12] 通巻第292号 201503_292009

地球温暖化と大気汚染による影響軽減に向けたあらたな取り組み —短寿命気候汚染物質の影響評価とその削減対策—

  • 地球環境研究センター 交流推進係

2015年1月29日(木)東京大学本郷キャンパス内の福武ホールにおいて、環境省環境研究総合推進費S-12プロジェクト(短寿命気候汚染物質の環境影響評価と削減パスの探索による気候変動対策の推進の研究)の一般公開シンポジウム「地球温暖化と大気汚染による影響軽減に向けたあらたな取り組み—短寿命気候汚染物質の影響評価とその削減対策—」を聴講しました。

環境省地球環境局研究調査室の竹中篤史氏の開会あいさつに続き、東京大学大気海洋研究所教授(当時)の中島映至氏が、S-12の主たるテーマについて、エアロゾル、オゾン、メタンなどの短寿命気候汚染物質(短寿命気候汚染因子とも呼ばれる。【英】Short Lived Climate Pollutants:以下SLCP)は、大気汚染と気候変動の双方に複雑に関係しており、その対策には、実態の解明が必須であるとその目的を説明しました。具体的には SLCPの (1) 気候影響の解明、(2) 統合評価モデルの改良とそれを用いた将来シナリオの定量化、(3) 数値モデルによる影響評価、(4) その他情報交換などが含まれます。SLCPはCO2と比べると時空間変動が激しい上、温暖化に寄与する場合もしない場合もあり、最適な削減施策の確立に大きな不確実性が伴います。そこで地域大気環境評価モデルと逆推計方法によるSLCP排出インベントリの高度化、アジア太平洋統合評価モデル(AIM)におけるSLCP過程の高度化、気候・環境モデルによる影響評価の精緻化等の研究が重要となります。

続いて国立環境研究所地域環境研究センターの永島達也氏が「SLCPの削減がもたらす気候影響と環境影響」について発表しました。近年、アジア各地での大気汚染の深刻化と越境大気汚染の懸念が高まり、PM2.5という専門用語は日常会話の語彙となっています。煤の粒子のようなSLCPもPM(粒子状物質)に含まれます。そして、こうした汚染物質の削減は、大気汚染と地球温暖化の対策にもなりますが、対策を立てるには、汚染物質の実態を理解する必要があります。しかし、時空間変動が激しく、気候変化に複雑に関係するSLCPの実態の解明には、発生地点と発生量、輸送状態、化学変化、除去の状態等を正確に把握する必要があります。それには、観測体制の強化だけでなく、より信頼度の高いモデルの作成によるマルチスケールな大気質評価システムの構築がどうしても必要なのです。なぜなら、変動の激しいSLCPのような物質の場合、モデルによる大気の影響評価と観測の双方向から数値のずれを減少させていく研究が、観測データの正確性の保障に非常に効果的だからとのことでした。

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SLCPのような物質の観測データの正確性を保障する数値モデルの働きについての解説図 [クリックで拡大]

次に気象研究所の眞木貴史氏が、「大気汚染物質の排出量推定を目指して—東アジアにおける観測データからの逆推計—」と題し、排出量推定に関する逆推計モデルについて説明を行いました。SLCPをはじめとする大気汚染物質の排出量インベントリは、通常、統計資料を基にするため放出量の算出にタイムラグが生じ、時間的な分解能が粗い(現状ではせいぜい月単位まで)などの問題点があります。逆推計モデルは、このような問題点に対し、汚染物質の大気中濃度データと数値モデルから、通常とは逆方向に計算を行い、排出量インベントリを修正しようとするものです。この手法を用いると、排出量インベントリのタイムラグの短縮やより細かい時間解像度での修正が可能となり、数値モデル自体の改善にも貢献可能です。つまり、逆推計は、観測データ、数値モデル、排出量インベントリの精度向上に役立つのです。

さらに国立環境研究所社会環境システム研究センターの花岡達也氏が「アジアにおける温室効果ガスとSLCPの排出削減の可能性」について述べました。アジアには、経済発展により温室効果ガスの排出量が急増する国や地域が多く、削減対策にかかる経済的負担が見込まれています。この研究では、技術積み上げモデル(AIM/Enduseモデルの一部)を用いて世界の地域別の温室効果ガスの排出量予測を行い、アジアにおける対策技術の導入による削減ポテンシャルとその対策費用を評価しています。また、低炭素エネルギーへの燃料転換による副次的便益として、SLCPやそのほかの大気汚染物質を大幅に削減可能であることを示しました。さらに今後は、アジアの多様性を考慮した排出量予測を進め、気候区分、産業化、都市化等の違いによる影響を考慮した研究を行うこととしています。

九州大学応用力学研究所の竹村俊彦氏は、「数値モデルを用いた浮遊粒子状物質(エアロゾル)による気候変動の評価」について説明しました。竹村氏のグループではSPRINTARS(Spectral Radiation-Transport Model for Aerosol Species)と呼ばれる数値モデルを開発し、硫酸塩、有機物、黒色炭素、鉱物、海塩、硝酸塩など、大気中の浮遊粒子状物質(エアロゾル)による地球規模の気候変動および大気汚染の状況をコンピュータにより再現・予測する研究を行っています。エアロゾルは、太陽光の散乱・吸収による放射相互作用と、雲の凝結核や氷晶核になることによる雲相互作用によって、大気のエネルギー収支に複雑に関与しています。エアロゾルモデルとしてのSPRINTARSの開発は、SLCPを含むエアロゾルの経年変化による影響やフィードバックメカニズムの解明におおいに有効です。また、海洋モデルとの結合により、海水面の温度上昇の影響解明も進めることが可能とのことでした。

このほか、京都大学大学院の上田佳代氏よって、「大気汚染物質曝露による健康被害の推定」、特にPM2.5や光化学オキシダントと関連する死亡者数の推定研究が、よりよいSLCPの削減に資するという報告が行われ、さらに東京大学大気海洋研究所の芳村圭氏、佐藤雄亮氏、新田友子氏の研究グループから、「全球規模陸域水循環モデリングの最前線—将来起こりうる代渇水に人間活動はどのように影響するのか—」と題して、陸面過程モデルMATSIRO(Minimal Advanced Treatments of Surface Interaction and Run Off)を高度化し、温暖化によって世界的な旱魃の変化とその対応能力を探る研究が進んでいることが述べられました。

このシンポジウムには関係する研究者以外にも一般の方が多数参加しており、総合討論では、そのような参加者から積極的に質問が出されていました。モデルの信頼性をどのように保証するのかという質問については、複数のモデルによる検証が必要であることが指摘されました。気候モデルのような場合は、雲・雨・雪のようにグリッド(計算するスケールの大きさ)よりも小さいスケールの事象に関するパラメタリゼーションが重要であり、社会経済モデルの場合には、データそのものや、モデルの前提となるシナリオ、関数、パラメータ等の検証も十分に行われる必要があるとの意見が出されていました。

このシンポジウムのなかでは、全球的な環境研究には、このようなモデルを用いる実験が非常に重要であり、国立環境研究所をはじめとするスーパーコンピュータが研究に貢献していると報告されていました。また、このS-12プロジェクトでは、タブレット端末などで使える簡便なSLCPのモデル開発を目指していて、そのためにはモデルの的確なdownsizeという課題をクリアしなければならないそうです。しかしながら、そのようなモデルを使って、より多くの人にSLCPや温暖化に関する知見を共有してもらえることは、温暖化対策にとっても非常に大切であると考えられます。このプロジェクトの推移を今後もぜひ見守りたいと思います。

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