2013年9月号 [Vol.24 No.6] 通巻第274号 201309_274002

大気環境の長期モニタリングと炭素循環メカニズムの理解に向けて —NDACC-IRWG/TCCON合同国際会議報告—

  • 地球環境研究センター 地球環境データベース推進室長 中島英彰
  • 地球環境研究センター 衛星観測研究室 主任研究員 森野勇

国立環境研究所主催による標記の合同国際会議を、2013年6月10日〜14日の5日間の日程で、北海道網走市にある「ホテル網走湖荘」で開催した。本合同国際会議には、世界各地の15か国・27の研究・教育機関などから、合計で58名の参加者が参集した。

photo. 網走湖

網走湖を背景にした会議の参加者たち

NDACCとは、Network for the Detection of Atmospheric Composition Change(大気組成変化モニタリングネットワーク)の略である。これは、地球の大気環境の長期変動を、さまざまなリモートセンシング手法など(後述のワーキンググループ名を参照)を用いて世界各地でモニタリングするという目的のため、1991年1月に各国の大気関係の研究・教育機関が合同で立ち上げた組織である。現在では世界各地に70以上の高精度リモートセンシングなどの観測ステーションが展開されている。

NDACCはさらに下部組織である、いくつかのワーキンググループで構成されている。ワーキンググループには、ドブソン・ブリューワ分光器グループ、ライダーグループ、マイクロ波グループ、ゾンデグループ、衛星グループ、紫外・可視分光グループなどがあるが、その中の一つにIRWG(Infra-Red Working Group:赤外分光ワーキンググループ)がある。このグループは、主に地上設置型の高分解能FTIR(Fourier-Transform Infrared Spectrometer:フーリエ変換赤外分光器)を観測手段としているグループである。世界各国に、北はカナダ・ユーレカ(80.0°N)から南は南極・アライバルハイツ(77.8°S)まで、現時点(2013年)で23ヶ所のFTIR装置を展開している。日本国内には、北海道の母子里(44.4°N)、陸別(43.5°N)、茨城県つくば(36.0°N)、あと南極昭和基地(69.0°S)にFTIR装置を設置して観測を行っている。IRWGは、1992年からほぼ年に1回のペースで、グループ会議を開催してきている。会議では、各観測サイトの現状に関する報告や、最近のトピックに関する話題、解析手法の改善法や、皆が共通で使える解析ソフトの紹介と配布などが行われてきた。この会議では、参加者全員がFTIR観測や解析に関してはスペシャリストであり、通常の学会の場などでは難しいような、密度の高い情報交換が行われることが特徴である。この会議に出席しないと、FTIR分野の最新の情報からは取り残されることから、各グループともできる限り最低1人は毎回人を送り込むようにしているようである。ちなみに、筆者の一人(中島)は2002年の米国・ボールダーでの第10回目の会議から参加している。

参加者のバランスを考えて、毎年の会議は、当初はヨーロッパと北米が持ち回りのような形で開催されてきた。ところが最近は日本・オーストラリア・ニュージーランドからの参加者も増えてきたので、ローテーションの中に、「その他」ということで、日本、オーストラリア、ニュージーランドが入り込むようになり、最近では2006年につくばでIRWG国際会議を開催した。最近になってもう一度日本で開催してほしいという要望が増えてきたので、通算第21回目のIRWG国際会議を、日本のFTIRサイトの一つである陸別の近くの北海道網走市で開催することとした。

一方、TCCON(Total Carbon Column Observing Network:炭素カラム全量観測ネットワーク)は、2004年に米国ウィスコンシン州Park Fallsに最初のFTIRが設置されて観測が開始され以来、現在、正式観測地点として11カ所、仮観測地点として8カ所、準備中5カ所の計24カ所にFTIRが展開されている。日本国内では、つくば(36.0°N)が正式観測地点、佐賀(33.2°N)が仮観測地点、陸別(43.5°N)が準備中の位置づけとなっている。TCCONはその観測データを炭素循環の理解に資することを目的として設立され、地球大気中の温室効果ガスである二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素等の大気微量成分の観測を行っている。TCCONの特徴は、炭素循環研究に必要な観測データの要求精度が非常に高いために、共通の観測装置を用いて共通の観測条件で観測が行われ、共通の解析手法を用いて大気微量成分データを導出し、導出されたデータは航空機観測で取得された高度分布データを用いて校正され、高精度なデータ(TCCONデータ)として一般に公開している点である(https://tccon-wiki.caltech.edu)。TCCONデータは、日本のGOSAT(温室効果ガス観測技術衛星)、アメリカのOCO-2(軌道上炭素観測衛星2号機、2014年打ち上げ予定)等の衛星搭載リモートセンシング観測による温室効果ガスデータの不確かさを明らかにする検証のためには、無くてはならないデータとなっている。TCCONは、長い歴史を持つNDACC-IRWGの観測手段、観測経験、研究で得た知見を基に設立されたため、TCCONとNDACC-IRWGの両方に深く関わりを持つ研究者が多く、互いに協力し合っている。このため、2回目以降のTCCON国際会議はNDACC-IRWG国際会議に連続して開催されるようになった。今年は8回目である。もう一人の筆者(森野)は2005年のサンフランシスコでの第1回目の会議からほぼ毎回参加している。

今回は、前半の月・火曜日にNDACC-IRWG国際会議、後半の木・金曜日にTCCON国際会議を行った。真ん中の水曜日には大型バスをチャーターして、陸別観測室の見学会を開催した。陸別町の銀河の森天文台に併設された国立環境研究所陸別成層圏総合観測室と名古屋大学・太陽地球環境研究所陸別観測所では、1997年から両者が合同で、成層圏大気や超高層大気に関する観測を行ってきている。ここには観測所設立当時から名古屋大学のFTIR装置が設置され、成層圏大気微量成分の観測が継続されてきている。そのほかにも、国立環境研究所のミリ波分光装置(現在は、名古屋大学・太陽地球環境研究所に移管され運用されている)や紫外線観測装置などが設置され、成層圏大気の総合的な観測拠点となっている。この観測室に、最近TCCON用のFTIRが導入され、TCCONとしての観測も近々開始される予定である。会議の参加者たちは、装置の見学を行った後、観測担当者にいろいろと質問をしていた。また併設されている銀河の森天文台の115cm望遠鏡「りくり」で、昼間の星や水星などを実際覗いたりもした。

photo. 陸別観測所

陸別観測所のFTIRを見学する、会議の参加者たち。中央左手にあるのが、TCCON用新FTIR、右下で青いプチプチにおおわれているのが、従来の IRWG用FTIR

photo. 旅館

バンケットでの旅館の浴衣をまとった参加者たち。英語でスピーチしているのは、水谷洋一網走市長

IRWG国際会議では、37件の口頭発表と、9件のポスター発表が行われた。それぞれの発表の詳しい内容の報告はここでは省略するが、興味深い結果が報告されたので1件だけ触れておきたい。それは、スイスの山岳観測点で観測された塩化水素(HCl)のトレンドに関する発表である。大気中のHClは、メチルクロライドなど自然由来で発生するほかに、人為起源のフロンの分解によっても生成する。このフロンの分解で生じた塩素は、南極や北極でオゾンホールを引き起こすことから、1987年以降モントリオール議定書によってその生産が規制され、2000年前後をピークに減少に転じていると思われていた。ところが、スイスでのFTIR観測によると、2007年ごろからまた増加に転じたことが発表された。その原因はまだ特定されていないが、可能性として考えられるのは、最近モントリオール議定書で発展途上国の冷媒が代替フロンに切り替えられる期限を迎えたために、大量のフロンが大気中に放出されているせいかもしれない。あるいは、温室効果ガスの増加など、気候変動に伴って、成層圏の子午面循環の強度が変化したためかもしれない。あるいはもっと別の要因によるものかもしれず、今後の研究による原因の解明が待たれるところである。

また、TCCON国際会議では、30件の口頭発表と7件のポスター発表が行われた。まずTCCONの過去・現在・未来を総括した後、TCCONデータを用いたGOSATやOCO-2等の温室効果ガス衛星観測データ(衛星観測データ)の検証に関する発表があり、各観測地点の報告、TCCONにおける観測装置、データ解析法、データの校正法、データ配布方法等の技術的な発表と議論が行われた。さらにTCCONデータを用いた炭素循環の解明に関する研究発表が行われた。TCCONデータを用いたGOSATデータの検証に関するいくつかの研究成果により、TCCONデータによる衛星観測データの検証として基本的な研究は既に終了したとの共通認識となっている。しかし現在のTCCONの観測地点は、衛星観測データの検証に重要な地点を十分に網羅出来ていないために、衛星観測データのさらなる高精度化のためには不十分であることが明らかとなっている。このため、これを改善できると見込まれる新たな地点に高分解能FTIRを設置することが望まれているが、高分解能FTIRは高価であるために地点数の大幅な増加は見込めない。そこで、TCCONコミュニティーでは、現在のTCCONの高精度なデータ質のままより安価でコンパクトな観測装置を開発することを目指している。またTCCONデータを用いた研究対象は、炭素循環の解明だけでなく、都市域の温室効果ガス発生と大気汚染の解明にも広がりつつある。今後の技術的・研究的発展が楽しみである。

photo. TCCON国際会議

TCCON国際会議中の会場の様子

IRWG、TCCONいずれの会議でも、今回はディスカッションと質疑応答に十分な時間をかけて、大変密度の高い情報交換が行われた。プログラム等詳細はhttp://www.cger.nies.go.jp/conference/irwg_tccon_2013/を参照されたい。なお、次回の会議は、ドイツのイエナで2014年5月に開催される予定である。

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