2013年3月号 [Vol.23 No.12] 通巻第268号 201303_268003

長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 5 旅客機でCO2を測る:民間航空機搭載型の自動CO2測定装置

地球環境研究センター 大気・海洋モニタリング推進室長 町田敏暢

【連載】長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 一覧ページへ

2005年より日本航空(JAL)が運航する旅客機を使って、上空における二酸化炭素(CO2)濃度の観測を行うCONTRAIL(コントレイル)プロジェクトを実施しています。このプロジェクトのために開発した二酸化炭素濃度連続測定装置(Continuous CO2 measuring Equipment: CME)は、2012年7月号と8月号で紹介した非分散赤外線吸収法(Non-dispersive Infrared absorption method: NDIR)を使って作られていますが、旅客機搭載用ならではの工夫や苦労がたくさん詰め込まれています。ここではCMEの特徴について、2003年から2005年にかけて、CMEを開発して旅客機に搭載する許可を米国の連邦航空局(Federal Aviation Administration: FAA、機体がボーイング製なので米国の許可が必要になる)と日本の国土交通省航空局(Japan Civil Aviation Bureau: JCAB)から取得するまでのエピソードを交えて紹介します。

photo. ボーイング777-200ER型機

CMEはボーイング777-200ER型機の前方貨物室に搭載されている

fig. 概念図

CMEの概念図

1. まずは小型軽量であること

航空機は搭載重量が燃料の消費に直結しますので、搭載する装置は軽量であることが必須条件です。また、観測装置を置く場所は「乗客に影響のないこと」が条件でしたので、客室や貨物室のコンテナを置くスペース(預けたスーツケースなどが収納される部分)は使えず、それら以外の「隙間」を探すことになることから、大きさも制約されます。

そこでNDIRは波照間や落石岬などの地上ステーションで使っている大型で精度の良いものではなく、精度は多少落ちるものの小型軽量のタイプを使うことにしました。幸いCMEの開発をする以前から、シベリア上空での小型航空機観測やラジコン飛行機に搭載するCO2測定装置を開発した経験がありましたので、これらの装置をベースにすることにしました。

2. 素材は航空機仕様

開発にあたってまずは実験室でNDIRを中心とした観測システムを組み立てて、チューニングをしながら観測に必要な性能を出したところでJALの技術者の確認を受け、「この小ささなら行けそうだ」とのGOサインをもらったところで、いよいよ本格的な製作に入ります。ここからは航空機部品を製造できる会社である株式会社ジャムコの助けを借りての新たな設計となりました。

CMEのボディを構成する筐体は、ハニカムと呼ばれる蜂の巣状の構造物を挟み込んだ軽くて丈夫な板とアルミ板で作られています。電気用の配線はすべて難燃性素材のものを使用しています。その他の電子部品も航空機に搭載経験のあるものを採用しましたが、空気サンプルが通る配管部品だけはステンレス製の研究用部品を使用し、分析精度を保つように設計しました。調べてみると研究用の配管部品も航空機が要求する強度を十分満たしていることがわかりました。

3. 受けてもいいが、出してはいけない

航空機上で観測したCO2濃度のデータを研究に使うためには、測定した場所を特定できなければなりません。そこでCMEは航空機の位置情報を同時に記録することが必要になります。飛行中に客室の前方スクリーンに「ただいまの高度…」などと表示される、あの情報をCMEの中の記録装置に取り込めればいいのです。しかし、位置情報の取得は簡単なものではありませんでした。

航空機の位置情報は安全運航にとって極めて重要なものです。万が一でも誤った情報を機体側に与えてはなりませんので、「CMEが機体から位置情報の信号を受け取ることは構わないが、いかなる信号もCMEから機体側に出さない」というコンセプトで設計を行うことになりました。そこで、機体側の信号入力端子には一切配線しない、CME側の信号変換器は受信専用の部品を使う、CMEのプログラムには受信の命令は書くが送信の命令は書かない、など何重にも安全面の機能を重ねてようやくFAAの許可を得ることができました。

機体の情報は現在の位置以外にも、対地速度の情報から航空機が滑走路に向かって走り出したことを検知してCMEの電源を投入したり、電波高度の情報から航空機が着陸したことを検知してCMEの電源を切ったりするプログラムなどに役立てています。また、風向・風速や気温などの気象情報も参考データとして記録しています。

4. 常識はずれの「標準ガス搭載」

NDIRはCO2濃度が “相対的に” 高いか低いかを高精度で測定することができますが、これを濃度の絶対値に直すには、濃度の標準となるものが必要です。金属シリンダーに高圧充填した、CO2濃度が厳密に測定してある空気(通常、「標準ガス」と呼んでいます)をNDIRに導入してサンプル空気と比較し、精度の高い濃度測定を行います。しかし、高圧ガスシリンダーを航空機に持ち込む許可を得るのは想像以上に大変なことでした。

そもそも前例がほとんどなく(酸素ボンベや、生ビール用サーバの小型CO2ボンベくらい)、航空機の専門家であるほど「載せられないのが常識」であったようです。しかし国立環境研究所と気象研究所の研究者にとっては、精度の高いCO2濃度の測定には標準ガスの搭載が不可欠ですので、「非常識」と言われようとも、この点だけは妥協するわけにはいきませんでした。

そもそも金属シリンダーは圧力耐性が十分に高いことはわかっていましたし、中に入っているガス成分も「空気」であり不純物は必要以上に取り除いています。混ぜてあるCO2の濃度もわれわれが暮らしている部屋の中に比べれば一桁くらい低く、安全性に関しては全く問題ありません。ただ、金属シリンダーに入った標準ガスを搭載する前例がなかったため、真っ正面から一つ一つ自分たちで安全性を証明していく必要があったのです。限られた時間のなかでそれを達成するのは常識的に考えて無理だと思われていました。

解決策の一つとして、JAL側から酸素ボンベや生ビール用小型CO2ボンベの使用の提案がありました。生ビール用小型CO2ボンベはあまりに小さく、CMEの目的には使用できませんでした。そこで酸素ボンベを貸していただき、CO2標準ガスを充填してみたのですが、残念ながら時間とともにCO2濃度が変動してしまい、“標準” としての役割を果たせないことがわかりました。

開発チーム内ではいやな雰囲気が立ちこめるようになりました。想像ですが、この頃JALやジャムコの担当者の皆さんは「いい加減に研究者があきらめてくれれば」と考えていたのではないかと思います。

5. ダブルライセンスシリンダー

そんな雰囲気の中で開催されたある会議で、いよいよ標準ガス問題に決着をつけようと、高圧ガスの専門である日酸TANAKA株式会社を呼んだ打ち合わせがありました。この会議の中で日酸TANAKAより、「日本製ではなくて米国運輸省(Department of Transportation: DOT)の刻印のあるシリンダーであれば旅客機に搭載された前例がある。FAAはDOTの傘下の組織であるので、米国からDOTシリンダーを輸入してCMEに使用すればFAAの許可を得やすいのではないか」との意見が出ました。

前例があるという事実はこの上ない良い情報で、会議場は一瞬明るい雰囲気に包まれました。しかし、日本の高圧ガス保安協会(KHK)のルールでは日本国内でDOTシリンダーにガスを充填することができないことがわかりました。だからといって観測のたびに米国で標準ガスの充填を行うのは手間、時間、費用のどの面から考えても現実的ではありません。

それならば、DOT刻印のあるシリンダーを輸入して、あらためてKHKの検査を受けてKHKの刻印をもらい、「DOTとKHKのダブルライセンスシリンダー」を作ろうという新たな意見が出て、最終的にはこの方法でFAAの許可を得ることができました。当時は世界初のダブルライセンスシリンダーだと意気込んで取り組みましたが、後に前例があったらしいという情報も入ってきました。いずれにせよ、CME観測を成功させるにあたって一つの大きなブレークスルーになった出来事でした。

6. テスト、テスト、テスト、そして許可取得

そのようにしてCMEの設計は固まっていきましたが、試験用のCMEが出来上がると今度は旅客機の安全基準を証明するために、電磁波、振動、加速度、高温・低温、高圧・低圧など十数種類にもおよぶ厳しいテストが待っていました。国内での予備テスト、米国でのFAA認定テスト、実際に航空機に搭載しての地上テスト、さらに飛行テストと、この紙面では書ききれないほどのテストと、テスト結果を受けた改修を何度も繰り返して、ようやくFAAとJCABから最終的な搭載許可をもらうことができました。

ここに書いてきたことはCME開発段階でのごく限られたエピソードであり、このほかにも多くの工夫がCMEには詰め込まれています。JALやジャムコの担当者にとって観測装置を作り上げた経験はこれまでにはなく、尋常ではない忍耐力と責任感で道なき道を突き進んでいただきました。いま、世界からCMEのCO2濃度データを信頼してもらっていているのも、この時のチーム全体の苦労があったからだと思っています。あらためて当時のチームの方々、そして今観測を支えてくれている方々を含めて感謝したいと思います。

photo. 表面と裏面

CMEの表面と裏面。裏面には2本の標準ガスが収納されている

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