2012年12月号 [Vol.23 No.9] 通巻第265号 201212_265008

長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 4 避けては通れない雲とエアロゾル:宇宙から温室効果ガス濃度を推定するTANSO-FTS

地球環境研究センター 衛星観測研究室 研究員 吉田幸生

【連載】長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— 一覧ページへ

1. はじめに

温室効果ガス観測技術衛星GOSAT(愛称『いぶき』)は主要な温室効果ガスである二酸化炭素とメタンの動態を宇宙から捉えることを主目的とした世界初の衛星で、2009年1月に打ち上げられ、これまで3年以上にわたって観測を続けています。GOSATには温室効果ガス観測センサ(Thermal And Near infrared Sensor for carbon Observation - Fourier Transform Spectrometer: TANSO-FTS)と雲・エアロソルセンサ(Thermal And Near infrared Sensor for carbon Observation - Cloud and Aerosol Imager: TANSO-CAI)の二種類の観測装置が搭載されています。図1に観測データの一例を示します。TANSO-CAIは紫外域から近赤外域にある四つの波長帯で地表面の様子を画像として観測します。TANSO-FTSは短波長赤外域に三つ、熱赤外域に一つの計四つの波長帯で、地表面により反射された太陽光、地球大気や地表面から射出される赤外線のスペクトルを観測します。二酸化炭素やメタンは特定の波長の赤外線を吸収する性質があるため(長期観測を支える主人公—測器と観測法の紹介— [2] 参照)、観測されるスペクトルは櫛状の構造をもちます。国立環境研究所ではTANSO-FTSが観測した短波長赤外域のスペクトルデータを解析することで、晴天域の二酸化炭素やメタンといった温室効果ガスのカラム量(単位面積当たりの仮想的な空気の柱内に存在する対象気体の分子の総数)を推定しています。

fig. 観測されたデータ

図12012年5月19日にGOSATが日本上空を通過した際に観測されたデータ。(上段)TANSO-CAIの各波長帯の画像。白色に近いほどTANSO-CAIが観測した光の強度が強いことを表す。赤丸でTANSO-FTSの観測点(実際のTANSO-FTS視野サイズ(〜直径10km)に対応)を示す。GOSATは北から南へ通過し、TANSO-FTSの観測は赤線で繋いだ順に行われた。(中段・下段)上段のTANSO-CAI画像で示したA地点(つくば市周辺)とB地点(四日市市周辺)でTANSO-FTSにより観測されたスペクトル。Band 1、2、3は相対的な光の強度、Band 4は輝度温度に変換したスペクトルを示す

赤外線の吸収量から気体の量を求めると聞くと、GOSATの観測は以前このシリーズで紹介された非分散赤外線吸収法(NDIR)と似ていると思う人もいるかもしれませんが、いろいろと違う点があります。NDIRの場合は光源から出た赤外線は試料ガスを通過して検出器に入るため、検出器に入る赤外線の量を変化させる要因は試料ガス中の観測対象気体の量だけです。そのため濃度が既知である標準ガスを測定することで、試料ガスに含まれる対象気体の濃度を知ることができます。GOSATの場合、太陽(光源)から出た赤外線は大気(試料ガスに相当)を通過した後、地表面で反射して、もう一度大気を通過して TANSO-FTS(検出器)に到達します(図2)。そのため、観測される赤外線の量は気体のカラム量だけでなく、地表面の反射率スペクトルにも影響を受けますし、標準ガスのようなものは存在しません。また、カラム量が同じであっても、太陽光が差し込む方向や衛星が観測する方向が変わると光が辿る大気中の道程が変わるため、赤外線の吸収量が変わります。加えて、大気中には雲やエアロゾルといった、地表面を覆い隠したり、光の進む方向を変えたりする妨害物質が多く存在しており、さらに問題を難しくしています。

fig. 観測概念図

図2TANSO-FTSの観測概念図。単純化すると試料ガス(大気)を二度通過する長大な光路をもった分光器のようにも見えなくはないが、地表面による反射や、雲・エアロゾルによる散乱といった地球を観測するうえで避けては通れない現象が問題を複雑にする

雲やエアロゾルの影響を適切に取り除き、温室効果ガスのカラム量を精度よく推定するための確立した手法は存在せず、世界中の研究者が精力的に研究を続けています。ここでは、国立環境研究所GOSATプロジェクトオフィスによるGOSAT観測データの定常処理で現在使用されている手法(GOSAT TANSO-FTS SWIR Level 2 processing version 02)を紹介します。

2. 最初の難関:雲

GOSATによる温室効果ガスカラム量推定では晴天域を対象としていますので、TANSO-FTSの視野内に雲が混入しているような事例は取り除いています。TANSO-FTSはあらかじめ決められたパターンに従って観測を行っているため、観測地点が晴れていたかどうかはTANSO-CAIやFTSの観測データをもとに判断します。雲検出は複数の手法を組み合わせて行っています。一つ目はTANSO-CAIを用いる方法です。TANSO-CAIは四つの波長帯で地球を観測していますが、波長によって見え方が変わります。例えば図1において、TANSO-CAI Band 3、4では本州がはっきりと写っているのに対し、Band 1、2ではよく見えません。一方で、雲はすべての波長帯ではっきり写っていることがわかります。この見え方の違いを利用して雲を検出します(TANSO-CAI 雲フラグ、図3)。ただし、この手法では似たような見え方をしている対象の区別はつきません。そのため、雲を通して地面が見えているような場合は雲を検知できなかったり、逆にとても明るく光っている雪氷面などを雲と誤認識してしまったりします。例えば、図1のA地点(つくば市周辺)は晴れているのに対し、B地点(四日市市周辺)には薄い雲がかかっていますが、TANSO-CAI雲フラグはどちらも晴れと識別しました(図3)。

fig. TANSO-CAI雲フラグ

図3TANSO-CAI雲フラグの例(右図)。参考として、TANSO-CAI Band 1、2、3をそれぞれ青、赤、緑に割り当てた場合のTANSO-CAI日本付近の擬似カラー画像を示す(左図)

そこで、二つ目の雲検出法として、TANSO-FTS Band 3を用いる手法を開発しました。TANSO-CAI雲フラグが見落としやすい薄い雲は比較的高い高度に現れやすいこと、水蒸気は TANSO-FTS Band 3がカバーしている波数5100〜5200cm−1の赤外線を非常によく吸収することがわかっています。水蒸気は地表面近くに豊富に存在しているため、雲がない場合はこの範囲の赤外線は水蒸気に吸収されて衛星に戻ってきません(図1、TANSO-FTS Band 3、A地点参照)。しかし、上空では水蒸気は少なくなるため、高い高度に存在する雲によって反射された赤外線は水蒸気の吸収をほとんど受けずに衛星に到達します(図1、TANSO-FTS Band 3、B地点参照)。この手法で高い高度に存在する雲を検出します。この手法の弱点としては、雲が低い高度にある場合には雲よりも上空に水蒸気がまだ十分にあるため、雲で反射した赤外線が吸収されてしまい、雲を見落としてしまうことです。

TANSO-FTSの陸上の観測点についてはこの二つの手法を用いて雲検出を行っています。単体の手法では見落としてしまう可能性のある雲を、複数の手法を組み合わせることで検出し、取り除いています。海上ではTANSO-CAIの画素の大きさ(〜500m四方)よりも小さいサイズの低い雲が現れることがよくあり、上記のいずれの手法でも雲を見落としてしまうことがあります。そのため、TANSO-FTS視野内のTANSO-CAI画素の明るさのばらつきを調べる雲検出法を開発しました(雲があると明るさのばらつきが大きくなる)。海上の観測点に対しては最後の手法も含めた三つの手法を用いています。なお、現状の定常処理で用いていませんが、TANSO-FTS Band 4を利用した雲検出法もあります。

3. 最大の難関:エアロゾル

エアロゾルは多かれ少なかれどこにでも存在するため、雲と違ってエアロゾルのない場所を探すことはできません。そのため、温室効果ガスのカラム量を推定する際にエアロゾルも同時に考慮することで、その影響の低減を図っています。さて、一口にエアロゾルといってもススのような炭素性粒子や硫酸塩粒子、砂塵粒子、海塩粒子などいろいろな種類があり、地域によって卓越する種類や存在高度も違えば、種類の違いや粒子の大きさの違いによって光を散乱する特性も変わります。エアロゾルの影響を低減するには、できる限り現実に近いエアロゾル情報を用いることが近道となります。そこで、定常処理では、TANSO-FTSの観測点にどういった種類のエアロゾルが存在していたかについてはモデルの計算結果に基づき、どれだけの量のエアロゾルが存在していたかについては温室効果ガスカラム量と同時に推定する、というアプローチを取っています。具体的には、三次元エアロゾル輸送モデルSPRINTARSによる炭素性粒子・硫酸塩粒子・砂塵粒子・海塩粒子の全球分布のシミュレーション結果を利用しています。これを炭素性粒子と硫酸塩粒子からなる小粒子グループと、砂塵粒子と海塩粒子からなる大粒子グループに分け、それぞれのグループ内におけるエアロゾル種の混合状態が正しいと仮定し、小粒子・大粒子グループそれぞれの量を同時推定しています。しかしながら、モデルによる計算結果や同時推定結果が必ずしも現実に近いとは限りません。現実とのズレに起因する温室効果ガスカラム量の誤差はエアロゾルの量が多いほど顕著になることから、同時推定されたエアロゾルの量がある閾値を超えた場合には、推定された温室効果ガスカラム量の正しさは保証されないものとして解析結果を棄却しています。

4. さいごに

推定された温室効果ガスカラム量の精度は、全炭素カラム量観測ネットワーク(Total Carbon Column Observing Network: TCCON)の地上観測点データを用いて評価されています。暫定結果ではありますが、定常処理で得られたSWIR Level 2 version 02の二酸化炭素カラム平均濃度(二酸化炭素のカラム量と乾燥空気のカラム量の比)の精度はバイアス (参照値からの平均的なずれ)が−1.2ppm、ばらつきが2.0ppmと見積もられました。TCCONによる観測はどちらかといえばエアロゾルの少ない地域で行われているため、TCCONデータとよく一致しているからといって定常処理で用いている手法が妥当であるとは言い切れません。エアロゾルの多い地域における精度評価やさらなる推定手法の改良については現在も研究が進められています。

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