2012年12月号 [Vol.23 No.9] 通巻第265号 201212_265004

地球環境モニタリングステーション波照間20周年 3 観測成果2:大気中ハロカーボンの連続観測

環境計測研究センター フェロー 横内陽子

波照間島は、10月号でも紹介されたように、近隣の人為的な発生源からの影響が少なく、温室効果気体などの大気中バックグラウンド濃度モニタリングに適しています。一方、波照間島には、冬季を中心にアジア大陸の発生源の影響を受けた空気がしばしば到達します。したがって、波照間での観測には、居ながらにして中国、台湾、韓国などの排出シグナルを捉えることができるという、もう一つの側面があります。私はこの点に着目し、強力な温室効果気体であるハロカーボン類[注]の連続観測を波照間ステーションで始めました。ここでは、ハロカーボン連続測定システムの開発から研究成果の一部について紹介します。

1. ハロカーボン連続測定システム

大気中に含まれるハロカーボンには多くの種類の化合物が存在しますが、いずれも非常に低濃度で、なかには1ppt(pptは1兆分の1を表す単位)以下の極低濃度の成分もあります。そのため、大気中のハロカーボンをいったん低温(< −100℃)のトラップ(吸着剤を充填した捕集管)に濃縮した後、多成分の分離と高感度検出にすぐれた「ガスクロマトグラフ-質量分析計」(GC/MS)という装置によって分析しています。無人ステーションにおける連続測定の立ち上げには、全自動化や遠隔制御など多くの課題がありましたが、なかでも液体窒素やドライアイスなどの寒剤を使わずに、どうやって低温濃縮を可能にするかが大きなポイントでした。小型の超低温冷凍器を見つけ、その6cm⌀ × 20cmの庫内に小さなトラップを入れる方法でこれを解決することができました。この装置開発に足かけ3年を要して2004年春から観測を始めました。幸い、当初危惧したよりはトラブルも少なく、定期点検の担当者や現地管理人の方々の協力を得て、2012年現在までほぼ順調に観測を継続し、今では35成分のハロカーボンの濃度を毎時間測定しています。2006年からは北海道落石ステーションでも同様の観測を始め、二つの目で東アジアのハロカーボン変動を見ています。

2. ハロカーボン濃度の経年変化

これまでに波照間で観測された約8年分のデータから代表的な六つの成分について図1に示します。ここで、HFC-134a、HFC-23、HCFC-22、HCFC-142b(いずれも代替フロン)と六フッ化硫黄のベースライン濃度(グレー線)は年々増加していることがわかります。特に、カーエアコンの冷媒として使用量が急増しているHFC-134aは観測当初に比べて倍増しています。季節変化を見ると、夏のベースライン濃度が冬よりも低くなっていますが、これは波照間島の大気が夏には南(低緯度)から流入する気団に、冬には北(中高緯度)から流入する気団に影響されているためと考えられます。二酸化炭素の場合には、植物による吸収で夏の濃度が下がりますが、これとは事情が違っています。実際、冬のハロカーボン濃度はアイルランドで観測されている濃度に近く、夏の濃度は南半球にあるタスマニアでの観測値に近くなっています。このように、波照間におけるハロカーボンの季節変化はその緯度分布に関する情報も与えてくれているようです。なお、図1において唯一減少傾向を示しているCFC-113はオゾン破壊物質として生産および使用が禁止されている特定フロンの一種です。すでに南北両半球の差がなくなっており、波照間の観測値でも季節変化がみられません。

fig. ハロカーボン連続観測の例

図1波照間ステーションにおけるハロカーボン連続(毎時間)観測の例(2004年5月〜2012年2月、縦軸の原点はゼロでないことに注意)

3. ハロカーボンの汚染イベント

図1でノイズのように見られる高濃度のデータは、アジア大陸などからの大気が流入してきたときに観測されるものです。その詳細を4種類のハロカーボンについて見てみます(図2)。ここには2005年1月中旬から2カ月分のデータを示していますが、このように冬季にはベースライン上に数時間にわたるピークがいくつも見られます。それらのピークはほとんどの成分に対して同期していますが、そのピーク強度比は必ずしも一定ではありません。たとえば、上海付近を通ってきたとき(A)と台北付近を通ってきたとき(B)のイベント(現象)では、明らかに4成分の濃度増加の割合(ピーク強度比)が違っています。これらの地域(あるいは国)別の汚染ピーク強度比を使ってそれぞれの地域でどのような割合でハロカーボンが放出されているかがわかります。また、この汚染イベント時のピークは次に述べるモデルを用いた排出量の解析でも重要な意味をもっています。もし、汚染イベントが全くないステーションであると、バックグラウンド濃度のトレンドは把握できるものの、地域スケールの排出量解析にはあまり役立たないと言えます。

fig. ハロカーボン汚染イベントの観測例

図2波照間ステーションにおけるハロカーボン汚染イベントの観測例(2005年1月24日〜2005年3月25日)

4. モデル計算を用いた排出量の解析

近年、大気輸送モデルの進歩が著しく、観測結果を基に「逆解法(インバース法)」という手法によって排出量の分布を推計することが可能になってきました。そこで、波照間ステーションと落石ステーションのデータを使って、あるいはさらに国際協力によって日本以外のステーションのデータも合わせて、主に東アジアにおける排出源分布の解析を進めています。図3には、波照間、落石と韓国のGosanステーションの観測結果を使って計算された2008年時点のHFC-23の排出分布を示しています。このような分布を基にHFC、HCFC、PFCそれぞれ3種について国別ハロカーボン排出量を推計したところ、いずれのガスも中国からの排出量が群を抜いて大きく、世界的に見ても相当の割合を占めることがわかりました。

fig. HFC-23の排出マップ

図3波照間、落石、Gosan(韓国)の観測値を用いて逆解析モデル計算により推計された2008年におけるHFC-23の排出マップ(Stohl et al., Atmos. Chem. Phys., 10, 3545-3560, 2010)

今後も、高精度で信頼できるハロカーボン観測を継続し、東アジア〜世界の排出実態を把握し、対策に役立てることが重要だと考えています。

脚注

  • 塩素やフッ素などのハロゲン元素を含む化合物の総称。成層圏オゾン破壊物質としてモントリオール議定書で規制されているクロロフルオロカーボン(CFC)とハイドロクロロフルオロカーボン(HCFC)、温室効果ガスとして京都議定書で規制されているハイドロフルオロカーボン(HFC)、パーフルオロカーボン(PFC)と六フッ化硫黄(SF6)などが含まれます。なお、CFCとHCFCも強力な温室効果ガスですが、すでにモントリオール議定書で削減スケジュールが決まっているので、京都議定書の対象に含まれなかった経緯があります。

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