2012年7月号 [Vol.23 No.4] 通巻第260号 201207_260001

環境研究総合推進費戦略的研究プロジェクト『気候シナリオ「実感」プロジェクト』成果発表について 〜地球温暖化予測の解釈に関する総合的な研究成果を報告〜

地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室長 江守正多

fig. 報告書表紙

環境研究総合推進費の戦略的研究S-5『地球温暖化に係る政策支援と普及啓発のための気候変動シナリオに関する総合的研究(通称:気候シナリオ「実感」プロジェクト、リーダー:東京大学 教授 住明正)』では、地球温暖化の将来予測シミュレーションを実際の社会における地球温暖化対策に役立てるために必要な予測結果の解釈に関する研究を総合的に推進してきました。昨年度をもって5年間の研究期間が終了し、全体の成果をとりまとめた報告書を4月16日に発表しました。本稿では、その概要をご紹介します。報告書本体は、以下のリンクより取得してご覧頂くことができます。

1. 研究の背景

2007年に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第4次評価報告書が発表され、世界の平均気温は今後100年間で1.1〜6.4℃上昇するという予測が示されました。日本の研究グループも、2002〜2004年に世界最高速を記録したスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を用いて気候変動の予測計算を行い、IPCCの報告書に貢献しました。このような気候変動(地球温暖化)の将来予測は、社会が温暖化への対応を考える上で重要な情報になるはずです。しかし、社会がこのような情報を適切に利用することは実際には簡単ではありません。

例えば、予測の前提となる将来の社会経済発展の仮定(社会経済シナリオ)が異なれば、予測結果は当然異なります。同じ社会経済シナリオに基づいた場合でも、気温上昇量の予測結果には幅があります。このような予測計算は、物理法則に基づいて気候の変化を計算する「気候モデル」によって行われます。世界各国の20程度の研究機関がそれぞれに気候モデルを開発していますが、予測結果の幅は、異なる気候モデルを用いると異なる結果が得られることを表しています。このような予測の幅を「不確実性」とよびます。社会が気候変動の予測情報をうまく利用するためには、研究者が不確実性を適切に見積もり、解釈することが必要になります。

2. 研究プロジェクトの構成

本研究プロジェクトは四つのテーマで構成されます。なお、ここでは、気候変動予測計算に基づき「温暖化すると何が起こるか」を示す情報を「気候変動シナリオ」とよびます。

テーマ1「総合的気候変動シナリオの構築と伝達に関する研究」(リーダー:国立環境研究所 室長 江守正多)では、世界各国で開発された複数の気候モデル(「マルチ気候モデル」や「マルチモデルアンサンブル」とよびます)の結果を用いて、不確実性の評価を行いつつ、水、食料、生態系、雪氷、健康など、いくつかの分野への温暖化の影響を地球規模で評価する研究を行いました。また、気候変動シナリオに関する研究者と社会の各層とのコミュニケーションについての研究も行いました。

テーマ2「マルチ気候モデルにおける諸現象の再現性比較とその将来変化に関する研究」(リーダー:東京大学 教授 高薮縁)では、複数の気候モデルの結果を用いて、台風やモンスーンといった日本の気候に関連するさまざまな気象・海洋現象が温暖化によりどう変化するかを調べました。特に、個々の気候モデルによるこれらの現象の再現性に注目して、個々のモデルの性能の評価と予測の不確実性の評価を行いました。

テーマ3「温暖化予測評価のためのマルチモデルアンサンブルとダウンスケーリングの研究」(リーダー:気象研究所 室長 高薮出)では、計算領域を日本周辺に限定した「地域気候モデル」や統計的手法を用いて日本の詳細な予測情報を得る「ダウンスケーリング」の研究を行いました。複数の地域気候モデルを用いることにより不確実性を評価し、誤差の補正といった実利用に向けた課題にも取り組みました。

テーマ4「統合システム解析による空間詳細な排出・土地利用変化シナリオの開発」(リーダー:国立環境研究所 主席研究員 山形与志樹)では、主にIPCC第5次評価報告書に向けた新しい気候変動予測研究に対応して、新しい予測計算で用いられる社会経済シナリオの人口、経済活動、各種ガス等の排出量、土地利用の空間的に詳細な分布を推定する、社会経済シナリオの「ダウンスケーリング」の研究を行いました。

3. 成果の概要

テーマ1

テーマ1では、水、食料、生態系、健康、沿岸域、その他の分野への温暖化の影響について、できる限り包括的で偏りのないように配慮して解説を試みました。この成果は『地球温暖化はどれくらい「怖い」か?—温暖化リスクの全体像を探る』(技術評論社)として出版されました。温暖化の総合的な深刻度の評価には価値判断を伴うため、この中で具体的に提示することを避け、代わりにその考え方について論じました。また、水文・水資源、海洋・水産、極域・氷床、農業・食料、陸域生態系、人間健康の分野への温暖化の影響を評価した結果、不確実性に関する知見や不確実性を考慮しても妥当と考えられる影響の知見が得られました。たとえば、東アジア・東南アジアでのコメ収量に対する温暖化の影響は増収から減収まで幅があることがわかりました。一方、水資源に関して、河川流量の季節的な偏りが温暖化により大きくなり、利用可能な水資源が減少する地域が生じるという傾向は不確実性を考慮しても妥当と結論されました。

テーマ2

テーマ2では、日本の気候に影響を与える気象・海洋現象として、春一番、アジアモンスーン、夏の偏西風と小笠原高気圧、ヤマセ、台風、太平洋10年規模変動、河川流量、雲の効果、マッデン・ジュリアン振動、赤道準2年振動といったものに注目しました。これらの各現象について、複数の気候モデルのうち個々のモデルがどの程度よく再現できるかという性能評価を行いました。各現象をよく再現できるモデルの結果に基づき、温暖化の進行に伴う各現象の将来の変化に関する知見が得られました。たとえば、台風の再現性のよい気候モデルの結果によれば、温暖化が進行すると台風の発生域は東に移動すると予測されることがわかりました。これらの成果をリーフレットにまとめたものを、『暑いだけじゃない地球温暖化—世界の気候モデルから読む日本の将来』として発表しました。​(http://www.ccsr.u-tokyo.ac.jp/jhtml/jbook/AORI_S52_web.pdf​(ファイルサイズ 5MB)より取得できます)

テーマ3

テーマ3では、格子間隔100km程度の地球規模の気候モデルによる計算結果を基にして、三つの異なる地域気候モデルを用いてダウンスケーリングを行い、格子間隔20kmの日本周辺域の気候変動予測データセットを作成しました。また、地域気候モデルが現在の気候を再現した際の観測データに対する系統的な誤差を把握し、温暖化が進んだ将来の気候においても同様の傾向で誤差が生じると仮定することにより、誤差を補正する手法を開発しました。特に、農業影響評価については日射量の補正が、水資源影響評価については日降水強度の補正が有効であることが示されました。さらに、日本の都市域について格子間隔2〜4km程度の都市気候モデルを用いたダウンスケーリングを行いました。テーマ4で作成された都市への集中度が極端に異なる三つの土地利用変化シナリオを用いてその効果を調べたところ、都市化の違いによって8月の平均気温に0.5℃程度の違いが生じることが示されました。

テーマ4

テーマ4では、IPCC第5次評価報告書に向けて国際的に進められている研究動向に対応する形で、日本の「アジア太平洋統合評価モデル」(AIM)により作成された社会経済シナリオのダウンスケーリングを行いました。統合評価モデルは世界を十数地域に分けてエネルギー利用や経済活動を計算するもので、簡易な気候モデルと炭素循環モデルを備えています。その結果に基づき、人口、経済活動、各種ガス等の排出量、土地利用を格子間隔0.5°(50km程度)の地理的な分布に割り付けたシナリオを作成しました。この成果は、現在、世界中の研究グループが標準的に用いる四つのシナリオのうちの一つ(2100年に放射強制力6W/m2となるRCP6.0とよばれます)として、新しい気候変動予測計算の前提条件に用いられています。また、土地利用変化起源のCO2排出量の見積もりについて、統合評価モデルで計算された値と、テーマ4の空間的に詳細な生態系モデルで計算された値の間で大きな差(21世紀中の積算値で60PgC程度[PgC = 炭素換算で10億トン])があることが示されました。

コミュニケーション(テーマ1)

最後に、テーマ1のコミュニケーション研究では、さまざまな伝達ルートを通じた研究者と社会の間のコミュニケーションについて検討しました。市民への調査の結果、環境問題に関する主な情報源はテレビ、新聞などのマスメディアであり、マスメディアがどう伝えるかにより、人々の認識が変化していることが確認されました。そこで、研究者とメディア関係者の間の定期的な意見交換会を行うことで、研究者とメディア関係者の間での考え方の違いなどを把握しました。また、環境教育やロールプレイングなどの普及啓発手法についての実験を行いました。これらの手法は、気候変動問題の有効なコミュニケーション手段となり得ると考えられます。さらに、気候変動シナリオに対する企業のニーズについて、研究者と企業担当者による検討会を開いて検討しました。研究者からの直接的な研究成果情報を企業の戦略に利用していくためには、研究の対象期間や不確実性などにおいていくつかの課題があることがわかりました。

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