2012年7月号 [Vol.23 No.4] 通巻第260号 201207_260003

温暖化研究のフロントライン 19 知は力なり—グローバルな水循環の理解が社会貢献につながる

  • 沖大幹さん(東京大学生産技術研究所 教授)
  • 専門分野:地球水循環システム
  • インタビュア:三枝信子(地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室長)

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地球温暖化が深刻な問題として社会で認知され、その科学的解明から具体的な対策や国際政治に関心が移りつつあるように見えます。はたして科学的理解はもう十分なレベルに達したのでしょうか。低炭素社会に向けて、日本や国際社会が取るべき道筋は十分に明らかにされたのでしょうか。このコーナーでは、地球温暖化問題の第一線の研究者たちに、自らの取り組んでいる、あるいは取り組もうとしている研究やその背景を、地球温暖化研究プログラムに携わる研究者がインタビューし、「地球温暖化研究の今とこれから」を探っていきます。

沖大幹(おき たいかん)さん

  • 1964年 東京生まれ、西宮育ち
  • 1989年 東京大学工学系研究科土木工学専攻修士課程修了
  • 1989年 東京大学生産技術研究所助手
  • 1993年 博士(工学)、東京大学
  • 2006年より現職

趣味など — 研究者にとって仕事は道楽。2人の子育て邁進中で妻の出張中は送迎食事洗濯をこなす。移動中の読書と音楽鑑賞が楽しみ。初の単著『水危機 ほんとうの話』(新潮選書)を上梓。

温暖化影響によるダメージの定量化が重要

三枝:沖さんのご専門はグローバルな水循環、水循環モデリングですが、地球温暖化問題としての側面から見たときに重要だと思われる課題についてお聞かせください。

photo. 沖大幹さん

:水循環、水マネジメントに関しては、温暖化影響の経済的価値、被害推計の定量化を進めなければいけないと思っています。たとえば温暖化の影響で自然現象としての洪水や干ばつの回数がどう変わるかといった研究は増えましたが、それが社会にどれだけの人的・経済的影響を与えるかを明らかにする研究は世界的に不足しています。浸水する家屋の数や洪水による被害額が具体的にどう変わるかなどはわかっていません。干ばつや渇水についても同様です。水不足や気温の上昇が農作物の収穫量をどれだけ減らすかは地域によって違います。こうした研究は、今後温暖化がますます進行したときに発生する問題に対してどれくらい投資して被害を減らすかという適応策の立案だけではなく、現在でも生じている災害に対するリスクマネジメントを考える際にも役に立ちます。

三枝:洪水のリスク評価として、浸水面積などの物理的状況だけではなく、人命や財産、浸水によって起こる経済的波及効果など、これまで定量化しにくかった被害、価値の把握を進めたいというのは興味深いです。

:浸水と被害額の関係を表す方法は現在でもあります。しかし一日に200ミリの雨が降っても、沖縄と北海道では被害の程度が違います。そういうところを研究したいのです。

三枝:地域によって違いがあるということですね。国内だけでなく、日本と海外とでも違いますね。どのように研究を進めていくのでしょうか。

:データがそろっていて扱いやすい日本からまず進めます。手法を日本で開発して海外で情報が足りない地域に応用したいと思っています。例えば、内水被害(河川から氾濫するのではなく、市街地に降った雨が低い方に流れて排水が間に合わず浸水を起こす被害)という洪水被害の生じ方がありますが、将来の気候条件下で内水被害がどうなるかを推計すると、どの気候モデルによって予想された降水量を使うかで結果が違ってきます。内水被害の予測には極端に強い雨がどこでどれだけ降るかが最も重要な情報ですので、そうした極端現象をモデルがどう予想するかによって、結果が変わるのです。

三枝:将来の降水量の空間分布を予測すること、極端現象がどこまで極端になるかを予測することが最後まで残る難しい問題なのですね。

:モデルを高解像度化することと、アンサンブル(条件を変えて将来気候を複数回推計すること)数を増やすことの両方をバランスよく進める必要があるのです。どんなに高解像度の結果があっても、1回の将来推計だけだと、極端現象が推計された地域で本当にリスクが増大するのか、それとも単にその計算でたまたまその地域で極端現象が生じたのかわからないからです。高解像度化を犠牲にしてでも、アンサンブルの数を増やして、めったに生じない現象の頻度がどの程度変化するかの将来推計の不確実性を減らすべきだと思います。

三枝:それでも、例えば30年に一度、これくらいの経済的な被害を受ける確率が高いとか低いとか、今までは確率がそれほど高くなかったけれどもこれからは高くなるとか、そういった情報を断片的ではなく、みんなで共有することには価値があるのではないでしょうか。

:雨量、河川流量、土壌水分量、干ばつの頻度といった物理量が温暖化でどう変化するかを予測する研究は多いのですが、それらが社会にとってどういう意味をもつかという影響評価に関する研究は、基礎式や自然科学的に確立した手法があるわけではないですし、一般的・普遍的な法則や発見が見出されるわけではなく、時代・地域に固有な結果が経験的に得られるだけなので、純粋な自然科学系の研究者はやりたがらないようです。

温暖化が進行した際に被害に遭う可能性が増えるかどうかはどのくらい準備しているかによっても違います。東日本大震災は甚大でしたが、防災に向けた長年の努力により100年前に比べるとわれわれは自然災害により被害を受けることが相対的に減りつつあります。現在の問題を解決する努力もきっと実を結びます。その努力は温暖化対策だけではなく、エネルギーの有効利用にもつながっていくでしょう。

温暖化問題だけを解決すればいいわけではありません。私は研究機関などがこれまで温暖化問題にやや軸足を置きすぎたのではないかと思っています。生態系の変化、水質や大気汚染の問題などもまだ解決したわけではありません。そういう全体像を見ましょう、全体としていい社会をつくりましょうという方向に今後進んでいくと思います。世の中の動きをうまく利用しつつ自分達の研究の大切な部分を忘れずにやっておく、伸ばしていくことは大事です。温暖化と水は密接に関連していますから、温暖化に関連した研究をしつつも水特有のトピックも忘れずにやるということを考えてきました。

河川モデルの精度を上げてグローバルな水循環をより現実的に再現したい

三枝:沖さんにとって最も大事な研究は何でしょうか。

:グローバルな水循環が面白いと思っています。地球上のどこにどれだけ雨が降るか、全体の降水量はどれだけかといった数字を眺めるのが大好きです。世界の陸地への降水量は年間11万km3程度ですが、そのうちどれくらいが雪として降っているかなんてことを知りたくありませんか? 雪として降る割合は推計では10%くらいといわれていますが、それが5%なのか20%なのか、そういうことをきちんと知りたいと思います。また、日本で普通だと思っている雨の降り方とまったく違う降り方をする地点が地球上にはたくさんあるのです。そういう場所では、季節の感じ方や雨の感じ方も違います。

三枝:どういうきっかけでグローバルな水循環に興味をもたれたのでしょうか。

:大学の卒論のテーマは雨でした。所属していた研究室は河川水文学が専門で、川の水の流れや洪水・渇水の研究をしていました。上の先生(小池俊雄東京大学教授)が雪の研究をしていらしたので自分は雨にしました。洪水や渇水の原因をつくるのは雨ですから、元を知ることが大事だと思ったからです。そして気象の勉強をしなければいけないと思い、修士課程では他学部ですが地球物理学の講義等を受講しました。そのときグローバルな水循環のゼミがあり、それがとても面白かったのです。地形性豪雨の研究などもしましたが、豪雨といっても結局はグローバルな大気の流れがあって、それが総観場を決めて豪雨の発生を左右しているということで、やはり元を知ることが大事だと思いました。

ところで古典的な河川水文学では、降雨によってどれくらいの洪水になるかを推計するのが大事です。シンプルで概念的なモデルでもパラメータをうまく調節すると河川流量をぴたりとシミュレーションすることができます。合えばいいというものではありませんが、合わないとエンジニアリング的には役に立ちません。パラメータの調節はあまり気持ち良くはないのですが、地球上のどの川にでも当てはまるパラメータが見つかるならば、経験的に決めたものであってもそれは価値があるのではないかとも思いました。

そこで、地球上どこでも当てはまる方法を見つけたいと思って研究を進めてきましたが、最近では、私の研究室を2012年3月に卒業した山崎大博士はアマゾン川の洪水やメコン川の逆流によるトンレサップ湖の面積の変化を再現することにまで成功しています。

気候モデルと組み合わせて世界の大河川の流量シミュレーションをする際に、以前は流速を一定にしていましたが、流速に変化をもたらす水深と勾配をモデルに入れるとより正確に再現できることもわかりました。これまでは地形データの不完全性がありうまくいかなかったのですが、誤差を補正し、川底ではなく水面の勾配の効果を入れ、さらに氾濫も表現することでより現実的な再現が可能となっています。

三枝:モデルで河川の流れる方向や位置、標高などを正確にすればするほど現実に近い流量が再現できるようになるのですね。

:基礎方程式も大事ですが、地形や土地被覆など環境場の正確な把握も極めて重要です。これからは水温も予想して、春先に北極海に向かって流れるシベリアの河川の中の氷を再現できるようになるのが楽しみです。例えばロシアのレナ川では融雪によって春先に流量がピークに達するのですが、モデルで計算するとどうしても流量が多くなり過ぎてしまいます。これについては世界中のライバルのグループも解決できていません。現実には、春先に南の方(河川の上流)で融雪が始まっても、北方の河口付近ではまだ凍結していて、いわゆるアイスジャム(河氷や海氷が集積し滞留する現象)による氾濫が生じているのが理由かもしれません。そういうところまでわかるようになると面白いなあと思います。

三枝:そういうものがきちんと出るようになると、グローバルモデルによるシベリアの森林による炭素収支・水収支の推定精度も上がるかもしれませんね。

:凍土の凍結融解が北方の広域水循環にどの程度影響を及ぼしているのかはまだわからない点がさらにあります。きちんと観測するのも大事ですね。

学術的に重要な研究は社会の役にも立つ

photo. 地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室長 三枝信子

三枝:いま、世界の研究者が、地球規模で持続可能な環境や社会をつくるためにどのような研究を行う必要があるか、また、研究者のコミュニティはどうあるべきかなどを議論していると思います。2012年3月にはロンドンでPlanet Under Pressureと題する会議が行われ、Future Earth(未来の地球:地球規模の持続可能性についての研究)といった地球環境研究の新たな枠組みについての計画が紹介されました。こうした世界の動きに対してどのように感じていらっしゃいますか。またこのような議論の中で、沖さんご自身はどのような研究に取り組んでいきたいとお考えでしょうか。

:持続可能な環境や社会のための研究をしたいと本気で考えている研究者は本当にたくさんいるのでしょうか。一般の人と比べて多いのでしょうか。私はその点に少し疑問をもっています。地球環境に問題があるから、将来こういう危機が起こる可能性があるからと言って、危機感をあおるようにして研究費をとろうとするのはよくありません。そういうことをしなくても、研究を進めた結果わかってくることは社会の役に立つでしょうし、知るということ自体も非常に興味深いものです。危機ではないことにもみんなが興味をもってくれて、マスコミが取り上げてくれて、研究費もつくかというとそれは難しいのですが、それでも日本には幸い、学術的に大事な研究に対して支援するしくみはあると思っています(文部科学省・科学研究費助成事業など)。

また、Future Earthなどの新しい研究の枠組みは、国際的に議論されてきたとはいえ、ヨーロッパの研究者が中心になってこれまで構築されてきたように思います。その背景には、彼らにとって、少なくともこれまでは、ヨーロッパの国々の間での議論や共同研究はそのまま国際的な議論であり国際的な共同研究であったという状況があると思います。われわれはそういうことをわかったうえで対抗していかなければなりません。また、論文発表でも負けないようにすることが大事です。ヨーロッパがアフリカでやるなら日本はアジアでというのは、セクショナリズムというか、安全なところに逃げているように思います。そうではなく、研究は地球規模で進めたいと考えています。

一人ひとりが問題提起し、実践を

三枝:最後に、読者のみなさんにひとことメッセージをお願いします。研究者をめざす若手のみなさんへのメッセージもぜひお願いします。

:いま何が問題であるかをきちんと提起し、それに対してどのような研究が必要であるかを提案できる準備を普段からしていなければいけないと思います。それは学生であろうと経験を積んだ研究者であろうと、一人ひとりがしなければなりません。また、多くの人から受け入れられるには、問題提起や提案を行うだけではおそらく難しいでしょう。研究として実践してみせて初めてみんながついてくるようになると思います。いま私たちが生きている時代はAnthropocene(アンソロポシーン、人新世:地質学的な年代を表す新しい用語で、人類が地球規模で環境を変えている時代を意味する)と呼ばれています。しかしその考え方が出てくる前から、人間活動を入れた水循環モデルの開発が進められてきました。そういう視点と実践が必要です。かつての学問では、人間活動の影響を含まない領域での真理の追究が主流でした。ところが、現実の環境は人間活動の影響を受けて既に変わっています。現状がどうであるかを知り、今後どうなっていくかを予測するには、人間活動を含むモデルを使ったシミュレーションでなければなりません。口で言うだけではだめです。実際に研究としてやってみせて、確かにそれは大事かもしれないと思わせることが重要です。

photo. インタビュー

*このインタビューは2012年5月8日に行われました。

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