2014年9月号 [Vol.25 No.6] 通巻第286号 201409_286007

古都奈良で多数の高校生たちの参加を得て開催した国立環境研究所公開シンポジウム2014

  • 地球環境研究センター 交流推進係

1. はじめに

国立環境研究所では毎年、環境月間の6月に公開シンポジウムを開催しています。今年は6月13日(金)にメルパルクホール(東京都港区)で、27日(金)には奈良県新公会堂(奈良市)で、「公開シンポジウム2014 低炭素社会に向けて—温室効果ガス削減の取り組みと私たちの未来—」を開催しました。テーマが地球温暖化研究と深くかかわるため、地球環境研究センター研究員が5件のうちの2件の講演を行い、公開シンポジウムとしては初となる自転車発電体験イベントも実施しました。東京会場では690名、奈良会場では411名もの来場者を得ることができ、両会場ともに100名を超える地元高校生にも参加していただけました。

公開シンポジウムが行われたのはこれまで、東京と京都、札幌のみですが、今回初めて奈良県で開催することになりました。本稿では奈良県会場での様子をご報告します。

会場となった奈良県新公会堂は、東大寺と春日大社の間の奈良公園の中に位置する能舞台を備えた立派な施設です。朝の会場を訪れると、公園名物の小鹿が出迎えてくれました。入り口には和の趣があり、プレゼンターも新鮮な気分で講演・ポスター発表に臨めたのではないかと思います。

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写真1初の開催場所となった奈良県新公会堂

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写真2落ち着きのある正面入り口

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写真3受付場所の脇には奈良県のキャラクター「せんとくん」

2. 講演の部

今回は地球温暖化や温室効果ガスに関連する5つの講演が行われました。大気中の温室効果ガス濃度の状況説明から始まり、気候変動がもたらすリスクや各国の利害が錯綜する国際交渉の現場、さらに温室効果ガス削減策、環境都市の構築に至るまで、一連のトピックが網羅的に解説されました。これほどまでに包括的な地球温暖化に関する説明者がそろうのも国立環境研究所ならではです。

  • 講演1 町田敏暢 「大気中温室効果ガスの今—止まらない濃度上昇—」
  • 講演2 江守正多 「なぜ低炭素社会が必要か—気候変動リスク管理の視点から—」
  • 講演3 亀山康子 「気候変動に関する国際交渉—2015年に新しい国際制度はできあがるか—」
  • 講演4 増井利彦 「グローバルからアジア、日本の温室効果ガス削減策」
  • 講演5 藤田壮 「地域活力を高める『環境都市』をめざして」

質疑応答の時間、来場者411名のなかから積極的に手を挙げたのは、科学教育に熱心な奈良県内の高校生141名です。質問内容は、用語の意味の確認など基本的なところから、研究の本質的な核心をつくものまで、講演全体を理解するために重要なものばかりでした。

以下、講演ごとにそのポイントをご紹介します。

冒頭、住明正理事長は、関西ではまだ知名度がそれほど高くない国立環境研究所がどんな組織なのか、会場の皆様に説明しました。

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写真4檜舞台に立ち、ご挨拶とともに、研究所の概要を説明する住明正理事長

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写真5緊張の面持ちで司会進行を務める笹川基樹主任研究員

司会を務めたのは地球環境研究センター笹川基樹主任研究員。若手の研究者が文字通りの檜舞台に立ち大きなイベントを先導していることは、高校生の印象に残ったのではないかと思います。

自身が高校生のときは、研究者ではなく、高校の物理の先生になりたかったというトップバッターの町田敏暢室長は、まず、この250年間人間の生活様式の変化とともに増大してきた大気中の二酸化炭素濃度についてグラフを用いて説明し、二酸化炭素の排出責任の多くがわれわれの世代にもあることを示しました。高校生たちの誕生から現在までの期間にも、二酸化炭素の濃度が30ppm以上増加(産業革命以降の「増加分」だけについていえば約3割)してきたことは衝撃だったかもしれません。町田室長は地球全体の温室効果ガスの状況を知るために、日本の航空会社との協力による観測網の拡大が成功を収めていることも説明しました。

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図1町田室長が高校生にもわかりやすく示した二酸化炭素濃度上昇のグラフ

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写真6トップバッター町田敏暢室長の講演、思わず手振りが入ります

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写真7鋭い質問をする奈良県の高校生。まわりの生徒も、お昼過ぎの眠い時間にもかかわらず真剣に聴いています

2番手の江守正多室長は、高校生の頃、チェルノブイリ原発事故後の論争を見て、社会的に重要な科学の問題について論じられる専門家を目指したと自己紹介しました。まず、「地球温暖化による気温上昇を2°C以内に収めるために温室効果ガス排出量の大幅な削減が必要」と世界は認識していること(カンクン合意)を紹介し、地球温暖化が進むと海面上昇や極端な気象現象が頻発するおそれのあること、今世紀後半には世界全体の排出量をゼロかマイナスにしなければ2°C以内という目標は達成できないことを説明しました。最後には我々はこれらのリスクを全部回避はできないため、どれかを選択しなければならないとして講演を締めくくりました。

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写真8高校生の質問に答える江守正多室長

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図2江守室長のまとめのスライド

3番手の紅一点、亀山康子室長は、理科系だけでなく文科系の勉強をした人材も地球温暖化防止をめぐる研究に不可欠であることを紹介するとともに、国際社会や「国」がどのように方針を決めていくのかについて非常にわかりやすく丁寧に説明しました。特にアメリカ、欧州、中国の考え方の比較は示唆に富むものでした(詳細は国立環境研究所公開シンポジウム2014発表資料やビデオのサイトhttp://www.nies.go.jp/event/sympo/2014/program.htmlを参照ください)。

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写真93番手 社会システム環境研究センター・亀山康子室長の講演、大事な点を強調

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図3亀山室長のスライド [クリックで拡大]

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写真10質問する奈良県の高校生、いつもより質問が活発です

4番手の増井利彦室長は、世界、アジア、日本についての温室効果ガス排出量の将来予測を示しつつ、将来の予測に用いるモデルの説明をしたうえで、「日本では、震災により温暖化対策の議論は止まってしまったが、温暖化の進行は待ってくれない。原子力発電の問題は残っているものの、世界のリーダーとして温暖化対策の議論をしなければならない」という非常に重要なメッセージを投げかけました。

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写真114番手 講演中の社会システム環境研究センター・増井利彦室長。関西出身の増井室長は国立環境研究所にかつて所属していた研究者に君は研究者に向いていると言われて研究者になったそうです

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図4増井室長のスライド

アンカーを務める藤田壮センター長は、「では、私たちはどうすればいいのか」という問いに応えるべく、海外の環境都市の事例を示しつつ、日本がこれから目指すべき、地球温暖化対策も考慮した街づくりについて説明しました。特に最近では高校生も持っているスマートフォン・タブレットで共有可能な情報を活用した環境都市構想は、まだまだ工夫の余地がある分野であると観客の皆様に納得いただけたのではないかと思います。

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写真12最終講演者 社会システム環境研究センター・藤田壮センター長の講演、関西出身、アメフトの選手であったことがスライドで紹介されました

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図5藤田センター長のスライド [クリックで拡大]

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写真13原澤英夫理事の閉会挨拶

3. ポスターセッションの部

講演の前後と休憩時間には、会場2階の会議室に展開された21件のポスターセッションに多くの方が訪れ、説明する研究者たちと直接会話・議論しました。後半のセッションでは講演を行った研究者もポスターセッションに参加し、講演会場ではできなかった質問への対応や、さらなる疑問点等について来場者との意見交換を行いました。また、ポスター会場内に地元の奈良女子大学の環境保全関連ブース等も設けられて、地元の環境保全活動を行う方々と国立環境研究所で研究を行う者との交流の場になりました。

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写真14大混雑のポスターセッション会場。熱気が伝わってきます

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写真15後半のポスターセッションでは講演者も参加し、個別の質問等に回答しました

4. 自転車発電の部

長時間の座学は疲れるものです。特に活動的な高校生たちは、なおさらでしょう。そこで国立環境研究所ではおなじみの電力発生体験マシン、自転車de発電セットを奈良会場に持ち込みました。結果は写真のとおりの超人気。自分が普段消費している電力を自分で作る体験は、人間の力の再確認でもあります。将来を担う世代には、エネルギーのありがたさを実感し、謙虚さを忘れない「足ルを知ル」感覚をもち続けていただきたいものです。また、研究所が用意した様々な環境保全に関する情報集(ココが知りたい地球温暖化ほか)は、その目的通り、環境に関心の高い皆様の手にわたりました。

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写真16自転車発電で自ら発電所になる高校生

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写真17男女高校生を中心として大盛況の自転車発電体験

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写真18各種パンフレットもどんどんなくなりました

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写真19「ココが知りたい地球温暖化」のタイトルを見て、説明シートを手に取る方が大勢いらっしゃいました

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写真20シンポジウム終了後、奈良県環境保全関係者との交流会。初の試みでしたが様々な意見交換ができました

5. おわりに

公開シンポジウムは1999年に第1回が開催され、今年で16年目になります。つまり前世紀から延々と続いている研究所のイベントなのです。この間の聴講者数は全国で1万5,000人を超えました。開始当初、実行委員会のメンバーの中には「3年も続けば飽きられて、話題もなくなってしまうのではないか」と言っている人もいました。そういう中で、地球温暖化は当初から主要なトピックでした。現在でも飽きられてもいませんし、やるべきことは次々に現れています。そしてこれからも重要なトピックでいるはずです。

国立環境研究所は皆でいい知恵を出し合いつつ、地球温暖化を納得した上で解決していくため、これからも公開シンポジウムの場を活用していきたいと思っています。

目次:2014年9月号 [Vol.25 No.6] 通巻第286号

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地球環境研究センター ニュース編集局
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