2013年8月号 [Vol.24 No.5] 通巻第273号 201308_273001

第9回二酸化炭素国際会議参加報告 2 衛星による二酸化炭素観測の最前線

地球環境研究センター衛星観測研究室 主任研究員 吉田幸生

1. はじめに

人間活動に伴う二酸化炭素(CO2)の排出により大気中のCO2濃度が年々上昇しており、今年の5月にはハワイ・マウナロア観測所で観測を開始してから初めて400ppmを超えたことが報道された。CO2は主要な温室効果ガスであり、その大気中濃度や、大気・陸域生態系・海洋間の交換量の時空間変動を把握することが重要な課題となっている。今世紀に入ってからは衛星によるCO2観測の実現性が議論されるようになり、2009年には温室効果ガスの観測を主目的とした世界初の衛星である温室効果ガス観測技術衛星GOSAT(いぶき)が打ち上げられ、現在も観測を続けている。本報告では、筆者が担当しているGOSAT、およびそれに関連の深い発表を中心に、興味をひいた発表を紹介する。

2. 衛星によるCO2観測の意義

化石燃料消費や土地利用変化といった人間活動で排出されたCO2は、すべてが大気中に残留するわけではなく、陸域生態系や海洋によって吸収されている。しかしながら、いつ、どの地域でどれだけの量のCO2が吸収・排出されているか、についてはまだ大きな不確定性が残っている。

Ciais(気候環境科学研究所[Laboratoire des Sciences du Climat et de l’Environnement: LSCE])は、人為起源の排出源から離れているマウナロアと南極で観測されたCO2濃度の差は、過去40年間は化石燃料起源のCO2排出量と比例関係にあったが、ここ10年ほどは排出量から予想されるほどの濃度差が見られないという観測事実を示し、モデルを用いて変化の要因を調べた結果を報告した。全球の陸域生態系が吸収するCO2量は安定しているものの、1990年代以降は熱帯や南半球の陸域生態系の吸収が弱まり、北半球の陸域生態系の吸収が強まっていることが濃度差が小さくなった要因のようである。また、Graven(カリフォルニア大学)によると、マウナロアにおける季節変動の振幅が観測開始時と比べ15%ほど大きくなっており、これは北半球(特に北緯45度以北)において大気と陸域生態系間のCO2の交換が活発になっているからとのことである。他の発表者からも陸域生態系による吸収が近年強まっていることが示されていたが、その原因についてはまだ結論が出ていない。

吸収・排出量を推定する方法の一つに大気輸送モデルによるインバージョン解析がある。これは、仮定した吸収・排出量の分布を用いて大気輸送モデルにより計算されたCO2濃度と、世界各地で観測されたCO2濃度の差が小さくなるよう、吸収・排出量の分布を調整することで、全球の吸収・排出量分布を推定する手法である。吸収・排出量の推定精度は観測データの密度に依存するため、観測データが少ない地域(アフリカや南アメリカ等)では吸収・排出量の推定精度が低い。衛星観測はこういった観測の空白域を埋めることができるため、より精度の高い吸収・排出量推定につながることが期待されている。

3. GOSAT によるCO2観測

衛星は、地上観測や航空機観測とは異なり、大気を直接採取してCO2濃度を測定することができない。そのため、CO2によって吸収される波長の光を観測し、そのスペクトルを解析することでCO2濃度を導出する。熱赤外域のスペクトルからは対流圏中部から成層圏下部の高度分布が導出可能だが、地表付近の濃度変動には感度が小さい。短波長赤外域のスペクトルは地表面付近にも感度を有する一方で高度分解能が悪く、地表から大気上端までの平均的な濃度(カラム平均濃度、XCO2のように分子式の前に “X” を付けて表す)が導出される。CO2の主要な吸収・排出源は地表付近にあるため、短波長赤外域の観測データから求められるXCO2が吸収・排出量の推定に有効である。横田(国環研)は環境省・JAXA・国環研の共同プロジェクトであるGOSATプロジェクトと、最新の研究成果を基調講演で紹介した。GOSATは短波長赤外域と熱赤外域の双方のスペクトルを観測することや、CO2に次ぐ温室効果ガスであるメタン(CH4)も観測できることを説明し、打ち上げ後約4年間のXCO2、XCH4の変動の様子や、それを用いて推定したCO2の吸収・排出量の解析結果を紹介し、GOSATの観測によってアフリカ等の観測の空白域で吸収・排出量の推定誤差が大幅に減少したことを発表した。その解析手法の詳細についてはポスター発表において、短波長赤外域スペクトルの解析手法については筆者が、熱赤外域スペクトルの解析手法については齋藤(千葉大学)が、吸収・排出量の推定手法についてはMaksyutov(国環研)がそれぞれ発表した。なお、第9回二酸化炭素国際会議(9th International Carbon Dioxide Conference: ICDC9)の開催国である中国も 2015年にCO2観測衛星TanSatを打ち上げる予定だが、関係する発表がなかったことが残念であった。

photo. 基調講演

基調講演でGOSATプロジェクトの目的を紹介をする横田(国環研)

導出したXCO2の精度評価のためには、GOSATよりも高精度で測定されたデータが必要で、地上におけるスペクトル観測から温室効果ガスのカラム平均濃度を導出している全炭素カラム量観測ネットワーク(Total Carbon Column Observing Network: TCCON)のデータや、航空機観測によるCO2濃度の高度分布データから計算したXCO2を利用している。TCCONからはここ数年で新たに加わったサイトや昨年更新した解析ソフトウェアの紹介、GOSATやモデルとの比較結果等が示された(Deutscher、ブレーメン大学)。TCCONでは太陽光を光源とした観測を実施しているため、高緯度域では極夜となる冬に観測ができない。そこで、月を光源とした同様の観測が試みられている。月光は太陽光よりも弱いため、解析結果のばらつきが大きくなってしまうことや、原因はまだ定かではないが月光を用いた時の解析結果と太陽光を用いた場合にはズレ(バイアス)があること、バイアスを差し引けばXCO2の季節変動が表現できることが示された(Buschmann、ブレーメン大学)。また、町田(国環研)により、2005年から開始された民間航空機による大気観測プロジェクト(Comprehensive Observation Network for TRace gases by AIrLienr: CONTRAIL)が紹介された。水平飛行時だけでなく、離着陸時にも連続観測を行うことで高度分布の測定も可能であり、これまでの7000を超えるフライトによる観測結果は世界最大の航空機観測データになるとのことであった。高度分布データと水平飛行時の対流圏上層から成層圏下層にかけての濃度データを組み合わせた立体的な解析も行われており、南半球の年平均高度分布で高度とともにCO2濃度が高くなる原因は北半球の濃度の高い空気が上空で南半球に流入した結果であることが明らかになったという。また、CONTRAILデータを用いた吸収・排出量推定も行われており、熱帯域の経年変動を説明するにはインド上空における観測データが必要不可欠であることを丹羽(気象研)が示した。

GOSATの短波長赤外スペクトルを用いたXCO2の導出は国環研だけでなく、世界の他の研究機関でも実施されており、加えてそれら他機関のXCO2を利用した吸収・排出量推定も世界中で行われている。XCO2の解析手法と吸収・排出量の推定手法の組み合わせで複数の吸収・排出量の推定結果が得られており、その相互比較についてHouweling(オランダ宇宙研究所[Netherlands Institute for Space Research: SRON])が発表した。推定された吸収・排出量を用いて再計算されたCO2濃度をCONTRAILなどの航空機データと比較することで、大半の吸収・排出量推定結果が妥当な結果を示していること、吸収・排出量推定結果のばらつきが大気輸送モデルによる計算結果のばらつきと同程度であること、GOSATの観測結果を用いることで陸域生態系による吸収の分布が変化し、1PgC/yr(1ペタ[1015]グラム炭素/年)程度の吸収が熱帯域から北半球中高緯度に移動していること、などが示された。

4. おわりに

筆者がICDCに参加したのは前回に続き2回目である。前回はGOSATの打ち上げ直後で、GOSATに関する発表の大半は国環研からのものであったが、今回は世界中の研究者が GOSATデータを利用した研究を発表しており、大変嬉しく感じた。一方で、前回はGOSAT以外の衛星によるCO2観測に関する発表が多かったが、今回はほとんど見られなかった。この4年間で、衛星でCO2を観測することはすでに当たり前のことになり、衛星データをどう使っていくか、という方向に研究の流れが向いているようである。4年後のICDC10までには米国と中国がCO2観測衛星を打ち上げることになっており、また違った形で衛星観測に関する研究が取り上げられることだろう。

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