パリ協定の下でのインベントリ初提出に向けて 「第21回アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ」(WGIA21)の開催報告
1. はじめに
適切な削減策の策定などのために、自国の温室効果ガス(GHG)排出・吸収量及び気候変動対策に関する情報を適時に把握・報告することが重要です。パリ協定では、GHG排出量の透明性の向上がすべての締約国に求められ、さらに2018年末の第24回締約国会議(COP24)においては隔年透明性報告書(BTR)の提出がすべての締約国に義務づけられました。初回のBTRの提出期限は2024年末となっており、2006年IPCCガイドラインに準拠したGHGインベントリ(以下、インベントリ)を含むことが求められています。
日本の環境省と国立環境研究所は、気候変動政策に関する途上国支援活動の一つとして、2003年度から毎年度(コロナ禍で中止の2020年度を除く)、アジア地域諸国のインベントリの作成能力向上に資することを目的とした本ワークショップを開催しています。国立環境研究所地球環境研究センターに設置された温室効果ガスインベントリオフィス(GIO)は、2003年度の初回会合から事務局として、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のCOP決定、パリ協定のCMA決定等の国際的な課題、参加者のニーズを踏まえた議題・発表者の選定、参加者の招聘といったワークショップの企画および運営にあたっています。
2024年7月9日から12日の4日間にわたり、マレーシア、プトラジャヤでマレーシア天然資源・持続可能性省と共催で第21回アジアにおける温室効果ガスインベントリ整備に関するワークショップ(WGIA21)を開催しました。1日目は2か国で各分野ペアを組み、互いのインベントリを詳細に学習する相互学習、2~3日目は国別報告書(NC)や隔年更新報告書(BUR)の紹介などの話題を扱う全体会合、4日目はマレーシア森林研究所視察という構成としました。
WGIA21には、メンバー国のうち15か国(ブータン、ブルネイ、カンボジア、中国、インド、インドネシア、韓国、ラオス、マレーシア、モンゴル、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムおよび日本)からインベントリに関連する政策決定者、編纂者および研究者が参加し、気候変動に関する政府間パネル・インベントリタスクフォース(IPCC TFI)、UNFCCC事務局、国連食糧農業機関(FAO)、森林総合研究所、バングラデシュ等の国際および海外関係機関からの参加もあり、総勢132名(一部オンライン参加者を含む)による活発な議論が行われました。
2. WGIA21の概要と結果
(1)相互学習
1日目は相互学習を行いました。相互学習では、GIOが各分野の組み合わせを行い、インベントリ担当者同士が互いのインベントリをもとに事前にメールで質疑応答を行ったうえで、当日の議論に臨みます。
今次会合では、工業プロセス及び製品の使用(IPPU)分野(マレーシア-インド)、エネルギー分野(中国-モンゴル)、農業分野(カンボジア-インドネシア)で相互学習が実施されました。参加国は、パリ協定の強化された透明性枠組み(ETF)に基づく初回のBTRの提出期限である2024年のインベントリ提出に向けて、未推計排出源の算定を通じたインベントリ報告の完全性の向上、データ補完や再計算の実施による時系列の一貫性の確保、国独自の排出係数等の開発や、2006年IPCCガイドラインの2019年改良版の使用に取り組んでいることがわかりました。参加国はインベントリ作成経験を相手国と共有するとともに、取り組みの強化や改善に向けての率直な意見交換を行いました。
(2)全体会合
2日目は、マレーシア天然資源・持続可能性省、日本国環境省による挨拶の後、マレーシアの気候変動対策とBURの説明、日本の気候変動政策とその進捗状況等の概要説明を行い、GIOより今回のWGIAの趣旨説明及び参加国の隔年透明性報告書(BTR)の準備状況の概要説明を行いました。
続いて、ラオスから第3回NC、バングラデシュから第1回BUR、タイから第4回NC/BURの紹介が行われ、各国の最新の国内状況に関する基礎情報やGHGの排出・吸収量、緩和策等について報告されました。また、シンガポールから第1回のBTR作成に向けた取り組みが共有されました。
各国は、パリ協定のETFにおける要件を満たすためにインベントリの改善に着実に取り組んでいるものの、いまだ国独自の排出係数の開発やデータ収集の課題に直面しています。特に共通報告表(CRT)における詳細な報告は新しい課題となっています。引き続き、WGIAメンバー国間で経験を継続的に共有することは、第1回のBTRや将来のBTRのための国家インベントリの精度を向上させるために重要であることが認識されました。
続いて、UNFCCC事務局から、パリ協定における報告のための支援、及びパリ協定における新しい報告事項の概要について説明されました。
ETF報告の要件と作業量を考慮して、WGIA国がBTR提出までに予期しない作業上の困難に直面しないよう、予めETF GHGインベントリ報告ツールやCRT、NID、BTRといった提出物の様式に習熟すべきであることが確認されました。このような状況の下、効率的なETF報告のためには、活用可能なツールとキャパシティビルディングの機会の最大限の活用が必須であることも認識共有されました。
2日目の最後には、UNFCCCより担当者を招き、ETF GHGインベントリ報告ツールのハンズオントレーニングを行いました。
いくつかの国にとっては、本年12月末までのBTR初提出を前に初めてこの報告ツールに触れる機会となりました。初期設定や様々なデータ入力の方法などの詳細についてのデモンストレーションを参考に演習課題に取り組むとともに、質疑応答が交わされました。
3日目は、GIOから、ETFに基づく報告への移行に伴う、従来の農林業その他土地利用(AFOLU)分野から土地利用、土地利用変化及び林業(LULUCF)分野への報告の変更点とWGIA国のLULUCF分野報告の課題、IPCC TFIからTFIの最新の活動とIPCCインベントリソフトウェアの改良点、森林総合研究所から土壌炭素の重要性と推計手法が紹介されました。続いて、FAOからFAOのツールを使用した土地利用転用把握手法、インドネシアからBTR報告に向けた準備状況と土地利用及び土地利用転用面積等の把握事例が紹介されました。
LULUCF分野の共通課題は、土地利用変化において過去の年を含む正確な面積情報を得ることにあります。面積情報を得るには、その土地における人為活動の把握・定量化・変化の理解が必須であり、様々なツールやリソースの活用、及び隣国の経験から学ぶことで過去の年を含む面積データの構築が可能となることが認識共有されました。また、IPCC TFIガイドブックのマッピング表等を活用することで、AFOLU分野を農業分野とLULUCF分野に正しく分けて報告できることが確認されました。加えて、土地利用サブカテゴリごとに報告が義務付けられている排出・吸収源がありますが、WGIA国の多くでも未推計のものがあります。特に重要で未推計のケースが多い土壌有機炭素の算定から検討開始することが提案されました。
4日目は、マレーシア森林研究所へ視察に行きました。マレーシア森林研究所は、1926年に前身の森林研究所として設立され、1985年にマレーシア森林開発局の管轄となり、現在はマレーシア天然資源・持続可能性省の管轄となりました。農地開発や錫鉱山開発により荒れ果てていた土地に設立され、研究用の森林として植樹を行い、設立以来、その森の成長を100年間、見守っています。また、現在では、温暖化に資する研究も行われており、マレーシアにおける重要な研究所の一つとなっています。
3. 今後の予定
インベントリを含むBTRの2024年末の提出期限を前に、各国とも一層の能力向上が必要なことを踏まえて、各国がインベントリの精度をより高められるようWGIAを来年度以降も継続、発展させていく方向性等が確認されました。
第1回からの報告はhttps://www.nies.go.jp/gio/wgia/index.htmlに掲載しています。WGIA21の詳細も、同Webサイトで公開される予定です。また、今会合の開催について報道発表を行いました(https://www.nies.go.jp/whatsnew/2024/20240723/20240723.html) ので併せてご覧ください。