INTERVIEW2024年10月号 Vol. 35 No. 7(通巻407号)

国際SKYNET データセンターの取り組みと展望 ~日暮明子主任研究員に聞きました~

  • 地球環境研究センターニュース編集局

エアロゾル―雲―大気放射の相互作用による気候への影響を測ることを目的とした「SKYNET」。SKYNETのデータセンターの担当者である地球システム領域 大気遠隔計測研究室 日暮明子さんに三枝信子 地球システム領域長がインタビューを行いました。

※このインタビューは2024年6月21日に行われました。

SKYNETとは?-雲やエアロゾルの影響を観測する国際ネットワーク

【三枝】SKYNETがどんな観測ネットワークで、日暮さんがどんなお仕事をされているかについてお伺いしたいと思います。まずSKYNETの概要と目的を教えてください。

【日暮】SKYNETは、エアロゾルの光学特性や、大気放射の変動を定量的に評価すること、またエアロゾルー雲―大気放射の相互作用による気候への影響を理解することを目的とした地上放射観測ネットワークです。
「エアロゾル」とは、空気中を浮遊する微細な粒子のことを指しますが、これらは自然界や人為的な活動から発生し、私たちの生活や自然環境に様々な影響を与えています。例えば、近年の森林火災で発生する煙が、深刻な大気汚染やそれによる健康被害を引き起こしています。また、エアロゾルは太陽からの光や地球からの熱を散乱・吸収することで、地球のエネルギーバランスを変化させます(エアロゾル―放射相互作用)。さらにエアロゾルは雲の核にもなります。そのことによって、雲の特性も変化させます(エアロゾル―雲相互作用)。このように、エアロゾル自身が地球のエネルギーバランスに影響するだけでなく、雲の特性を通して間接的にも地球のエネルギーバランスに影響を及ぼし、さらには気候変動に重要な役割を果たしています。
エアロゾルは多種多様な発生源を持ち、その組成や粒子の大きさなどその特性もさまざまです。さらに、大気中に滞留している時間が短いため、その時間的・空間的変動は非常に大きいものとなっています。また、エアロゾルの放射や雲に対する影響も非常に複雑なものになっています。エアロゾルの中には地球を温暖化させるものもあれば、寒冷化させるものもあります。雲形成においても、エアロゾルの量や種類により雲粒の特性や雲の発達・持続時間など形成される雲の特性を変化させます。こうしたことが起因して、エアロゾルの影響評価にはまだまだ大きな不確定性が残されているのが現状です。エアロゾルの影響をより正確に評価・対処していくためにも、エアロゾルの特性を詳細に把握することが不可欠です。

【三枝】温暖化を加速する場合もあるし、冷却する場合もあるとはどういうことですか?

【日暮】エアロゾルの多くは太陽の光を反射(散乱)する特性が強いので、光をさまざまな方向へ弾き返し、地表に届く太陽の光を減少させます(冷却効果)。一方、黒色炭素など一部のエアロゾルは、光をより多く吸収するので周囲の空気を暖めます(加熱効果)。

【三枝】なるほど。気候に対してさまざまな役割を持つエアロゾルを地上から観測するネットワークがSKYNETということですか?

【日暮】そうですね。歴史的には、国連環境計画(UNEP)の大気褐色雲(Atmospheric Brown Cloud: ABC)プロジェクトの一環として東アジア域のエアロゾル特性を集中的に観測するために、2000年初めにスカイラジオメーターという機器が重点的に配備されて観測されるようになりました。それを発端として観測点が世界中に広がり、今は100地点を超えています。最初は、中国やインド、韓国、モンゴル、東アジア、日本といったそれぞれの国や地域ごとに活動していましたが、得られたデータやその解析方法、国際的な協力関係に関して議論するために、国際SKYNET委員会(International SKYNET Committee: ISC)が結成され、国際地上観測ネットワークとして展開していきました。

【三枝】SKYNETの重要な機器として、スカイラジオメーターが昔も今もずっと使われているということですか?

【日暮】はい。SKYNETではプリードという日本の会社が製作したスカイラジオメーターを使っています。同様の観測ネットワークとして米国航空宇宙局(NASA)が主導するAERONET(Aerosol Robotic Network)が世界的に有名ですが、そちらではCIMEL社のサンフォトメーターという装置を使っています。

【三枝】SKYNETのデータはどのような研究に役立てられているのでしょうか?

【日暮】各観測点でのエアロゾルの特性やエアロゾルの変動の研究にも使われますが、最近は多地点の観測データを活かして衛星観測の検証としても使われています。また、気候モデルによるシミュレーションの検証や、観測データのモデルへのデータ同化手法に関する研究とその検証にも使われることが多くなっています。
SKYNET は世界気象機関(World Meteorological Organization: WMO) の全球大気監視(Global Atmosphere Watch: GAW) の貢献ネットワークとしての役目も果たしています。

【三枝】スカイラジオメーターについて伺います。エアロゾルの何を測っているのですか?

【日暮】スカイラジオメーターは、太陽直達光と散乱光の強さを測定することで、エアロゾルの量を表す「光学的な厚さ」、エアロゾル粒子の大きさ(粒径)の指標となる「オングストローム指数」や粒径分布、エアロゾルがどのくらい光を散乱するかを表す「一次散乱アルベド」と呼ばれているものを推定します。更に、粒子の複素屈折率(エアロゾルに光が当たった時に、光がどのように曲がったり吸収されたりするか)や球形性(エアロゾルがどれだけ丸いか)、偏光度(光の波の振動する方向に関する指標)などより詳細な特性も推定されるようになってきました。

【三枝】たくさんの種類のデータがあるのですね。

【日暮】世界に観測点が増えて、さまざまな解析手法が開発・改良されるようになり、より多くの光学特性が推定されるようになりました。
SKYNET には解析手法の開発を進めているグループがいくつかありますが、最初はそれぞれが独自にデータを公開していました。GAW の貢献ネットワークとして認定され、SKYNET の責任と負担が拡大してきたこともあり、統一してデータの収集・解析する仕組みが必要だということになり、国際SKYNETデータセンター(International SKYNET Data Center: ISDC)が組織されて、国環研に置かれました。

国際SKYNETデータセンター(ISDC)の担当者として

【三枝】現在日暮さんはデータセンターの担当者をしていると伺いました。データセンターの担当者というのはどんなお仕事なのですか。

【日暮】ISDC の主な役割は、データの収集・解析・公開にあります。
まず、各観測サイトや地域のデータセンターの担当者と相談し、負担の少ない転送方法となるよう設定していきます。現在、多くの地点はオンラインで運用されており、ほぼリアルタイムにデータが自動転送されるようにしていますが、受信状況を確認し、欠損が続くサイトについては、状況の確認を行います。遠隔地など一部地点についてはオフライン運用のため、担当者からデータを頂いたタイミングで都度対応します。また、解析に必要となる測器や観測地点の情報の管理もISDC の重要な仕事の1つと考えています。これは、観測値は取得できたけれど測器情報がなく解析できない、観測ファイルの測器情報が不十分で調べることもできないなどの事態に遭遇した経験から、集積している貴重な観測データを将来に引き継ぐために必要性を痛感しています。
解析についてはISC 公認のアルゴリズムを開発者に提供頂き、ISDC ではデータ取得から解析、解析結果の作図等の整備やデータ公開サーバーへの転送の自動処理システムの構築・運用を行っています。また、得られた結果をホームページで公開していますが、そのサイトの整備も重要な仕事の1つとなっています。

【三枝】日本以外の国からもデータをもらうのでしょうか。

【日暮】はい。

こちらの地図は観測点の分布です。ここに100点近くの点が打ってありますが、これはISCが認証している地点となります。そのうち、およそ半数の地点(グレー以外)のデータを現在 ISDC では取得しています。こうして見ると、日本をはじめとする東アジアと欧州が主です。中国やインドからのデータも取得できるよう働きかけていますが、なかなか難しいのが現状です。

【三枝】日暮さんのお仕事で面白いと思うところや、逆に苦労された経験はありますか?

【日暮】ISDC の仕事は多岐に渡ります。新たに ISDC に参加する観測点が増えた時には、データ提供者とのやり取りが必要になりますし、処理に不具合が発生した場合には、原因の究明と対処を行いますが、場合によっては、アルゴリズム開発者とのやり取りが必要となります。こうした個々のやり取りは意外と手間の時間を要したりします。なるべく手間のかからないようシステムを構築したつもりですが、多くのデータを扱っていると追加処理や改修の必要性などやることが次々でてくる状況です。目下の課題は、地点数の増加に伴う処理負荷増大への対処です。

ISDCの意義と目指すところとは

【三枝】この仕事のやりがいは何ですか。

【日暮】ますます多くの地点に参加していただいて観測ネットワークを充実させていきたいというのが、私だけではなく、SKYNETグループみんなの願いです。ISDC でより多くの地点のデータを扱うことは、データ利用の利便性を高め、データ活用が促進されることにつながります。そうしたユーザーにとっても観測データ提供者にとっても魅力的なデータセンターを目指し、改善・拡充に取り組んでいきたいと思っています。

【三枝】ありがとうございました。