RESEARCH2024年8月号 Vol. 35 No. 5(通巻405号)

環境研究総合推進費の研究紹介34 これまでの対策によってオゾン濃度は低減したのか? -環境研究総合推進費5-2105「対策によるオゾン濃度低減効果の裏付けと標準的な将来予測手法の開発」-

  • 茶谷聡(地域環境保全領域大気モデリング研究室 主幹研究員)

1. はじめに

オゾンは、人の健康や植物の生育に悪影響を及ぼす大気汚染物質です。さまざまな発生源から排出される窒素酸化物(NOx)と揮発性有機化合物(VOC)から、大気中での光化学反応を経て生成されます。これまでに、大気中のオゾンを減らすべく、NOxとVOCの排出量を削減するための対策が行われてきています。しかしながら、光化学オキシダント*1(主にオゾン)の環境基準の達成率は極めて低い状況にあります。

光化学反応過程が複雑なために、NOxとVOCの排出量を削減しても、大気中のオゾンが減るとは限りません。逆に増えてしまうようなこともあります。オゾンを減らすためには、NOxとVOCの排出量をどのように削減すればよいのでしょうか?その答えを出すために、複雑な光化学反応過程を考慮しながら、オゾンをはじめとする大気汚染物質の濃度変化を計算することができる、領域化学輸送モデルが使用されています。

本研究では、将来のオゾン濃度を低減させるための対策の検討に領域化学輸送モデルが有用であることを実証するために、2000年以降の過去の長期間を対象として、領域化学輸送モデルによるオゾン濃度の経年変化の再現性とその要因を明らかにすることを目的としました。

2. 長期排出インベントリの構築

NOxは自動車や船舶などの移動発生源、および発電所や工場などの固定燃焼発生源から多く排出されます。また、VOCは移動発生源と固定燃焼発生源のほか、塗料や印刷インキなどの溶剤やガソリンなどの燃料の蒸発によっても排出されます。さらに、VOCは植物からも排出されることも知られています。領域化学輸送モデルでオゾンの濃度を計算するためには、NOxやVOCなどの全ての原因物質がどこからどれぐらい大気中に排出されているかをとりまとめたデータベース(排出インベントリ)が入力データとして必要になります。

本研究では、日本国内の移動発生源以外の全ての発生源について、2000年以降の全ての原因物質の排出量を新たに独自に推計しました。また、その他の発生源についても、既存の排出インベントリを拡張し、国内外の全ての発生源について、長期排出インベントリを確立しました。

2000年以降の日本国内のNOxとメタン以外のVOC(NMVOC)の排出量の経年変化を図1に示します。主に自動車からの排出量の削減により、NOx排出量が年々減少していることがわかります。自動車の排出ガス規制が段階的に強化されており、古い車両が厳しい規制に適合した新しい車両に代替されることによって、排出量が大幅に削減されたものです。

NMVOCの排出量に対しては、溶剤や燃料の蒸発に相当するVOC蒸発発生源の寄与が大きく現れています。事業者に対して自主的な排出削減のための取り組みを促す「自主的取組」が功を奏し、排出量が効果的に削減されています。自動車や蒸発発生源などの人為起源からの排出が削減された結果、近年では、植物起源の寄与がNMVOC排出量の半分以上を占めるようになってきています。

図1 2000年以降の日本国内のNOxとNMVOCの排出量の経年変化
図1 2000年以降の日本国内のNOxとNMVOCの排出量の経年変化

3. 長期大気質シミュレーションの実行

領域化学輸送モデルでオゾンの濃度を計算するために、もう一つ重要な入力データがあります。風や気温、湿度などの気象場のデータです。領域気象モデルのWRF (Weather Research & Forecasting model) version 4.3を使用し、2000年以降の気象場の時々刻々の変化を計算しました。

そして、計算された気象場と長期排出インベントリを入力データとし、領域化学輸送モデルのCMAQ (Community Multiscale Air Quality model) version 5.3.3を使用して、2000年以降のオゾンをはじめとする大気汚染物質濃度の時々刻々の変化を計算する長期大気質シミュレーションを実行しました。

シミュレーションでは、

①気象場を経年変化させて排出量は2015年に固定
②気象場と国外の排出量を経年変化させて国内の排出量は2015年に固定
③気象場と全ての排出量を経年変化

の3条件で計算を行い、算出されるオゾン濃度の差分から、オゾン濃度の経年変化に対する気象場、国外からの越境輸送、国内排出量の影響を区別して評価できるようにしました。

計算結果の例として、2015年の夏(6~8月)におけるオゾン濃度計算値(日最大8時間値)の水平分布を図2に示します。関東地方、中京地方、関西地方、そして瀬戸内海周辺でオゾン濃度が高い傾向がうかがえます。

図2 2015年の夏(6~8月)におけるオゾン濃度計算値(日最大8時間値)の水平分布
図2 2015年の夏(6~8月)におけるオゾン濃度計算値(日最大8時間値)の水平分布

図3は、関東地方において計算されたオゾン濃度を観測値と比較したものです。上図(a)は日最大8時間値の年平均値、下図(b)は日最大8時間値の年間上位10日平均値をとっており、2015年に対する偏差の形で表しています。オゾンの平均的な濃度は上図のようにやや上昇もしくはほぼ横ばいである一方で、高濃度は下図のように低減傾向にあり、それらの経年変化傾向がシミュレーションによって良好に再現されていることがわかります。

図3 関東地方におけるオゾン濃度の観測値と計算値の比較(2015年に対する偏差)
図3 関東地方におけるオゾン濃度の観測値と計算値の比較(2015年に対する偏差)

図4には、オゾン濃度計算値の経年変化に対する気象場、国外からの越境輸送、国内排出量の影響を区別して積み上げて示しました。図3と同様に、上図は日最大8時間値の年平均値、下図は日最大8時間値の年間上位10日平均値をとっており、2015年に対する偏差の形で表しています。

図4 オゾン濃度計算値の経年変化に対する気象場、国外からの越境輸送、国内排出量の影響(2015年に対する偏差)
図4 オゾン濃度計算値の経年変化に対する気象場、国外からの越境輸送、国内排出量の影響(2015年に対する偏差)

2000年から2015年にかけて、オゾンの平均的な濃度に対する国内排出量の影響が負に現れています(上図)。2015年よりもNOxとVOCの排出量が多かった2000年の方がオゾン濃度が低い、すなわち、NOxとVOCの排出量の削減によってオゾン濃度が逆に上昇したことを示しています。国外からの越境輸送の影響も負に現れており、越境輸送によってもオゾン濃度が上昇したことを示しています。

一方、オゾンの高濃度に対しては国内排出量の影響が正に現れています(下図)。排出量の削減によってオゾン濃度が低減したことを示しています。ただし、年による気象場の変動もオゾン濃度の経年変化に大きく影響しています。

以上の計算結果から、対策によるNOxとVOCの排出量の削減は、オゾンの高濃度の低減には効果的であった一方、平均的な濃度の上昇を招いたことが示唆されます。高濃度時には、活発な光化学反応によるオゾンの生成が優勢で、NOxとVOCの排出量の削減によりオゾンの生成が抑制されたと考えられます。ただし、光化学オキシダントの厳しい環境基準値を下回るまでには至っていないために、環境基準達成率で見れば依然として低い状態にあると言えます。

一方で、光化学反応が活発ではない条件の下では、NOxに含まれる一酸化窒素(NO)によってオゾンが消費される反応(タイトレーション)の影響が相対的に大きくなります。NOxの排出量の削減によって、タイトレーションで消費されるオゾンが減少し、オゾンの平均的な濃度が上昇したと考えられます。

このように、オゾン濃度の経年変化は見方によって変わってくるため、注意が必要です。これまでの対策によるオゾン濃度の低減効果を疑問視するような意見もありますが、高濃度については確実に低減されており、対策によるNOxとVOCの排出量の削減は効果的であったと考えられます。

4. おわりに

本研究において、2000年以降の20年以上にわたる長期間を対象に、膨大なデータを取り揃え、これまで存在しなかった長期排出インベントリを新たに構築しました。また、計算負荷が高くデータ容量も大きいこともあり、これまでは困難であった長期大気質シミュレーションを新たに実行し、オゾン濃度の経年変化傾向を良好に再現し、その要因を明らかにすることができました。

今回、対策によるNOxとVOCの排出量の変化が大気中のオゾン濃度に及ぼす影響を評価するために、シミュレーションが有用であることが実証されました。今後は実際にシミュレーションを活用し、オゾン濃度を有効に低減させる対策が立案されることが望まれます。長期間にわたって一貫性のあるデータの構築には大きな困難が伴いますが、今後も長期排出インベントリと長期大気質シミュレーションの構築を継続し、有効な対策の立案に資するさまざまな知見を導出していきたいと思います。

環境研究総合推進費の研究紹介は地球環境研究センターウェブサイト
(https://www.cger.nies.go.jp/cgernews/suishinhi/)にまとめて掲載しています。