REPORT2023年1月号 Vol. 33 No. 10(通巻386号)

対面開催の意義を再確認した3年ぶりのAsiaFlux全体集会 AsiaFlux 2022参加報告

  • 高橋善幸(地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室長)
  • 両角友喜(衛星観測センター 特別研究員)

1. 参加報告(高橋善幸)

(1)はじめに
2022年9月マレーシア・サラワク州クチン郊外のサラワク州熱帯泥炭研究所においてAsiaFlux 2022が開催された。この集会は本来は2020年9月に開催予定で準備を行ってきたが、新型コロナウィルスの世界的な感染拡大の影響による2度の延期を受けて、2022年の開催となった。2021年のオンライン開催を含めて通算で18回目のAsiaFluxの全体集会となった今回は、2019年に岐阜県・高山市で開催されたAsiaFlux20周年記念大会(本記事の最後を参照)から3年ぶりの対面での全体会合である。例年、ChinaFLUXのメンバーを中心に多くの参加者がある中国では開催時点で渡航制限が解除されておらず、他の国でも様々な規制のある中での開催となった今回ではあったが、蓋を開けてみれば200名以上が参加する大きな集会となった。

AsiaFlux 2022はサラワク州熱帯泥炭研究所(TROPI)・マレーシア泥炭協会・AsiaFluxが共同で主催し、国立環境研究所(NIES)・北海道大学・マレーシアパームオイル庁(MPOB)・マレーシア森林研究所(FRIM)・マレーシア農業開発研究所(MARDI)が共催となった。NIESはAsiaFluxの事務局を担当しているだけでなく、TROPIやFRIMとも共同研究を実施している研究グループも多く、地球システム領域から、三枝信子(領域長)、梁乃申(室長/JapanFlux運営委員)、高橋善幸(室長/AsiaFluxオブザーバー・JapanFlux副委員長)、平田竜一(主任研究員/AsiaFlux運営委員・JapanFlux運営委員)、仁科一哉(主任研究員)、野田響(主任研究員)、孫力飛(特別研究員)、両角友喜(特別研究員)、白石知弘(高度技能専門員)、中田幸美(高度技能専門員/AsiaFlux事務局)の10名が参加した。

会場となったTROPIはボルネオ島のサラワク州の州都であるクチン市の郊外に位置する。赤道直下に近いこの地域は、土壌に植物遺骸起源の有機炭素を大量に蓄積した熱帯泥炭湿地林が広く分布しており、オイルパームのプランテーション(単一作物を大量に栽培する大規模農園またはその手法)開発などの土地利用変化の影響も大きいことから、全球的な温室効果ガス収支を考える上で非常に重要な地域である。今回はサブタイトルとして“The Nexus of Land Use Change, Ecosystem & Climate: A path toward SDGs(土地利用変化、生態系、気候の結びつき:SDGsに向けた道筋)”が掲げられ、まさにこの地域で今起こっている様々な環境変動に関連した研究にフォーカスが当てられた内容であった。TROPIはこの地域の観測研究をリードしている組織であり、今回の委員長を務めた所長のLulie Melling博士はAsiaFlux科学運営委員会のメンバーとしても活動している。

(2)若手の観測研究者を育成するFlux Training Course
9月18日と19日の2日間は、若手の観測研究者の育成を目的としたFlux Training Courseを開催した。乱流輸送の理論に基づいたタワーフラックス観測は、機材の市販化により2000年ごろから急速に世界中に広まった。年々、機材の高機能化が進んでいるものの、一般的な気象観測に比べると、観測には高い習熟度を要求する。これまで様々なノウハウを集積してきたエキスパートと、実際の機材を用いた様々な解説や各種質疑応答を含めた研修はこれまでも非常に大きな役割を担ってきた。今回のTraining Courseでは、講師陣は観測機材メーカーであるCAMPBELL SCIENTIFIC社の技術スタッフが中心に担当し、地元マレーシア、インドネシアを中心に20名超の若手研究者が参加した。熱帯アジアは観測データの集積があまり進んでこなかった地域であるため、こうしたトレーニングコースによるキャパシティビルディング(能力の習得・構築の支援)はAsiaFluxだけでなく、全球的な温室効果ガス収支変動の研究に大きく貢献するものである。

写真1 Training Courseでの若手研究者に対する実際の機材の取扱いの講習の様子。毎回全体集会に先だって開催しており、これまでの参加者の多くは、アジア諸国の観測研究のリーダーに成長している。
写真1 Training Courseでの若手研究者に対する実際の機材の取扱いの講習の様子。毎回全体集会に先だって開催しており、これまでの参加者の多くは、アジア諸国の観測研究のリーダーに成長している。
写真2 大会2日目の夕方に行われたYoung Scientist Meetingの会場、いくつかのグループに分かれ、アジア諸国の若手研究者が欧米や日本から来た招待講演者を囲んで、それぞれの研究を紹介したり、研究をすすめていく上でのアドバイスを受けるなど、国境を越えて和やかな空気の中で交流を深めた。NIESからは三枝領域長が講師として参加した。
写真2 大会2日目の夕方に行われたYoung Scientist Meetingの会場、いくつかのグループに分かれ、アジア諸国の若手研究者が欧米や日本から来た招待講演者を囲んで、それぞれの研究を紹介したり、研究をすすめていく上でのアドバイスを受けるなど、国境を越えて和やかな空気の中で交流を深めた。NIESからは三枝領域長が講師として参加した。

(3)研究者だけでなく、政府機関や現地の各ステークホルダーからの参加も多かった全体セッションと4つのサブテーマの口頭発表
9月20日から22日にかけては、TROPIの大講堂において、全体セッションと4つのサブテーマの口頭発表が行われた。大講堂の収容人数は200人程度だったが、常に7割以上の席が埋まっており、活発な質疑応答が行われていた。冒頭に行われた全体セッションではNIESの三枝と梁がそれぞれ基調講演を行い、世界的な温暖化研究の動向や、これまでの観測研究の推移などについて紹介した。今回のAsiaFlux 2022においては研究者だけでなく、政府機関や現地の各ステークホルダー(あらゆる利害関係者)からの参加も多かったため、気候変動研究のこれまでの流れや現状についての理解を共有する上で研究コミュニティから有用な情報を提供する重要な機会となった。

写真3 口頭発表直前の会場の様子。マレーシアとインドネシアからの参加者が多く、イスラム式の衣装を着た女性の若い研究者の姿も目立った。
写真3 口頭発表直前の会場の様子。マレーシアとインドネシアからの参加者が多く、イスラム式の衣装を着た女性の若い研究者の姿も目立った。

最初のサブテーマはEcosystem Dynamics(生態系ダイナミクス)と題され、生態系での炭素循環やCH4, N2Oの交換に関する研究について地上観測、モデル解析、衛星観測など様々なアプローチ、スケールでの成果が報告された。この中で、NIESからは、孫と梁がそれぞれ、森林土壌でのCH4吸収に関する観測と解析の発表を行った。CO2に次いで重要な温室効果ガスであるCH4の地球表面の最大の吸収源は土壌であるが、まだ観測事例は少なく、自動化された連続観測システムを用いたアジアを網羅するネットワークから得られたオリジナルデータは今後の研究の進展に大きく貢献するであろう。NIESの仁科はオイルパームプランテーションの排水処理用ため池と水路での溶存N2Oの動態についての研究発表を行った。オイルパームプランテーションでは窒素施肥により多量の反応性窒素が投入されるが、これに由来して生成するN2Oの動きについては把握できていない部分が大きく、この研究によって貴重な情報が集積されていることが示された。NIESの両角、野田は近年非常に注目度の高い太陽光励起クロロフィル蛍光による光合成量推定に関して、地上ベースの研究と、GOSATに関連した衛星観測研究の状況について報告を行った。

写真4 太陽光励起クロロフィル蛍光による光合成量推定に関して、地上ベースの研究について報告する両角。
写真4 太陽光励起クロロフィル蛍光による光合成量推定に関して、地上ベースの研究について報告する両角。

2つ目のサブテーマはEnvironmental Variability & Climate Change(環境の変動性と気候変化)で、この中では主として人為的あるいは自然発生による各種のかく乱や、長期短期の気候変動による環境の変化が生態系のガス交換に与える影響に関する研究結果が報告された。熱帯泥炭の開発が盛んなこの地域では、泥炭からの排水などにより生態系の環境が大きく変化しているだけでなく、長期短期の気候変動による影響も顕著である。ロジスティクスなどの問題で観測研究が遅れていた熱帯アジアの熱帯泥炭地域を中心とした地域の貴重なオリジナルデータを元にした研究が目を引いた。

Land Use Changeと題された3つ目のサブテーマはこの大会のサブタイトルにもなっている通り、今回のハイライトとなっており、2日間に渡って19の口頭発表があった。NIESからは平田が所内公募研究で行った現地サラワク州の熱帯泥炭林をオイルパームプランテーションに転換したときの温室効果ガス(CO2, CH4, N2O)収支の変化についての研究を基調講演として発表するとともに、NIESの高橋が、オイルパームの搾油プラントの排水処理によって大気に放出されるCH4の観測研究の結果を発表した。また、独・ゲッティンゲン大学のAlexander Knohl教授はインドネシアでの熱帯泥炭林をオイルパームプランテーションに転換した場合の炭素循環プロセスの変化をライフサイクルアセスメント的な視点を含めて解析した結果などについて発表していた。土地利用変化の影響の研究には、生態系での観測だけでなく、関連する人為的なプロセスも含めた俯瞰的な解析が重要であることを改めて認識した。

4つ目のサブテーマはCommunicating Science to Society(科学を社会に伝える)では、観測研究の結果を一般市民あるいは社会に対していかに関連づけるかといった視点での発表が4件あった。最後のサブテーマはNew Instrumentation, Products & Tools(新しい計測器、製品、ツール)で、衛星および近接リモートセンシングに関連した研究や、自動観測システムによる土壌CH4フラックスの観測など4件の発表が行われた。

写真5 招待講演者とディスカッションする高橋。
写真5 招待講演者とディスカッションする高橋。

(4)若手研究者の発表が多かったポスターセッション

写真6 ポスターセッションで研究成果を紹介する白石。
写真6 ポスターセッションで研究成果を紹介する白石。

口頭発表が行われた大講堂の外にはポスターセッション会場が設置され、55件の発表が行われた。特に熱帯アジア域の若手研究者が多く発表を行っており、ポスターセッションのコアタイムには活発な質疑応答が行われていた。内容的にはまだまだこれからという印象のある発表もあったが、自分の研究結果を海外の研究者にアピールする機会が得られたことが、特に熱帯アジア地域の若手研究者に大きなモチベーションを与えている様子を強く感じることができた。

(5)おわりに
全体として特に印象に残ったのは、地元のマレーシアや隣のインドネシアから非常に多くの若手研究者が参加してオリジナリティの高い研究成果をアピールし、熱心に講演に耳を傾け、ポスター会場でも積極的な意見交換を行っていた姿である。今回の大会の実行委員長のLulie Melling 所長は2019年にこの大会の開催が決まったのち、コロナ禍で何度も延期となる中で「この地域の研究の発展にはどうしても対面開催が必要なのだ。経済発展はしているものの、この地域の若い研究者が海外で研究発表をすることにはとても高いハードルがある。自分達の地元に近い場所での開催ならば経済的な面でも負担が小さくてすむ。未熟ではあっても自分達の研究成果を海外の最前線の研究者にアピールする機会を設け、実際の観測や解析のノウハウを直接伝えてもらうことが、若い研究者に大きなモチベーションを与える。最前線で研究をする人間を育てるには、オンラインだけでは伝えられないことがたくさんある」とずっと主張してきた。結果として大会は大盛会となり、彼女の言ってきたことは大正解だったようだ。

2. AsiaFlux 2022 Kuching感想(両角友喜)

コロナ禍による交流激減の後の初めての対面式国際学会は、若手の視点から見ても同年代の研究者との交流や各地の温室効果ガス研究や生態系観測の最新情報に直接触れることができ、非常に有意義なものに感じた。印象的だったのは会場のTROPIスタッフの本会へ懸ける思い。また東南アジアでの日本と現地の先輩研究者たちの活躍を拝見でき、その努力に感銘を受けた。さらに地域間の研究によるさまざまなつながりも知ることになった。特に北ヨーロッパのエストニアから遠く離れた東南アジアの泥炭研究への連携があったことは驚きだった。これからの学術発表のかたちとしてやはり直接顔が見える形の機会は欠かすことができないだろう。

Air Mail熱帯雨林を抜けた先に
AsiaFlux 2022, Tropical Peat Swamp Excursion

  • 中田幸美(地球環境研究センター陸域モニタリング推進室 高度技能専門員)

本会議終了後の9月22~23日にかけ、マルダム国立公園(Maludam National Park)内にある観測地を見学した。マルダム国立公園はTROPIのあるコタ・サマラハン(Kota Samarahan)から車で5時間ほど離れた場所に位置するため、22日は3時間半かけて近郊のスリ・アマン市(Sri Aman)まで移動し宿泊。23日早朝よりさらに1時間車で移動し、リンガ町(Lingga)に到着。そこからはボートで30分かけて河(Batang Lupar River)を渡り公園の入り口である川岸に着くと、観測タワーまで約4.5kmの湿地帯をトレッキングするという、長い道のりであった。(写真1~4)

写真1 観測地の位置(エクスカーション用の小冊子より抜粋)
写真1 観測地の位置(エクスカーション用の小冊子より抜粋)
写真2 Batang Luoar Riverを渡る。グループに分かれてボートで移動。
写真2 Batang Luoar Riverを渡る。グループに分かれてボートで移動。
写真3 観測地側の川岸に桟橋はなく、満潮・干潮によって水位が変わるため上陸するにも一苦労(到着時は干潮でぬかるんではいたが、問題なく上陸できた)。
写真3 観測地側の川岸に桟橋はなく、満潮・干潮によって水位が変わるため上陸するにも一苦労(到着時は干潮でぬかるんではいたが、問題なく上陸できた)。  
写真4 目的の観測地までひたすら歩く。歩道が整備されており、歩きやすかった。
写真4 目的の観測地までひたすら歩く。歩道が整備されており、歩きやすかった。

鬱蒼とした森の中を歩いていくと、そこかしこに熱帯特有の植物を見ることができた。また地面には水たまりが多く点在し、ここが湿地帯であることが実感できた。(写真5,6,7)

写真5 あちこちに見られた水たまりの一つ。水が茶褐色なのは、植物遺骸からフミン酸(腐植酸)が溶け出しているためである。
写真5 あちこちに見られた水たまりの一つ。水が茶褐色なのは、植物遺骸からフミン酸(腐植酸)が溶け出しているためである。
写真6,7 ウツボカズラなど熱帯特有の植物が多く見られた。特に河に近い場所では気根が出ていたのは印象的だった。
写真6,7 ウツボカズラなど熱帯特有の植物が多く見られた。特に河に近い場所では気根が出ていたのは印象的だった。
写真8 高さ40mの観測タワーは近くで見ると迫力がある。
写真8 高さ40mの観測タワーは近くで見ると迫力がある。
写真9 観測タワーの足元。皆、登る人を見上げている。
写真9 観測タワーの足元。皆、登る人を見上げている。

行き着いた先には、40mの観測タワーがそびえ立っていた。観測タワーとしては高いほうなのだが、周囲の樹高が平均して30mもあるため、より正確な観測をするためには、この高さが必要とのことだった。(写真8, 9, 10)

参加者は皆大変興味をもち、数名がタワーに登ってその高さを実感していた。

TROPIの若手研究者らは、普段からこの長距離移動と機材や食材を背負ってのトレッキングをし、小屋(ベースキャンプ)で数日間泊まり込みをしつつ観測しているという。頭の下がる思いである。

こうして観測の現場を知ることは、事務職として勤めている者からすると、普段触れることの少ない研究をより身近に感じることができ、改めて現場の大切さを知ることができた、大変貴重な体験であった。

写真10 チャンバーで土壌の温室効果ガス収支を観測中。
写真10 チャンバーで土壌の温室効果ガス収支を観測中。