SEMINAR2023年11月号 Vol. 34 No. 8(通巻396号)

国立環境研究所公開シンポジウム2023「モニタリングから読みとく環境 ~次世代につなげるために~」での講演

国立環境研究所(以下、国環研)は、2023年6月22日に標記公開シンポジウムをオンラインで開催しました。

地球システム領域からは、陸域モニタリング推進室の平田竜一主任研究員が「研究は冒険だ!!世界の森の中で見えない物質の行方を追う」と題する講演を行いました。本稿では、平田主任研究員の講演概要について紹介します。なお、地球システム領域の研究者(4名)によるポスター発表については、地球環境研究センターニュース9月号に掲載しています。

研究は冒険だ!!世界の森の中で見えない物質の行方を追う

平田竜一(地球システム領域陸域モニタリング推進室 主任研究員)

1. なぜ冒険に出かけるのか?

マンガやゲームでは、世界を救うためや宝物を探すために冒険に出かけます。私たち研究者はなぜ冒険に出かけるのでしょうか?

現在、100年前より地球の平均気温は約1℃上昇し、温暖化が進んでいます。これは人間活動による温室効果ガス〔二酸化炭素(CO2)、メタン、一酸化二窒素(N2O)など〕の排出が原因であることは疑いがないと最新のIPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change: 気候変動に関する政府間パネル)報告書で報告されています。

CO2などの温室効果ガスを測定することで地球の健康状態を知ることができます。地球の健康状態を知ることで、地球が今どれくらい危険な状態にあるのか、また、健康を回復するために、どこからどれくらい温室効果ガスを削減すればよいのか、ということに貢献できます。

CO2の行方を追うということは、宝物を探す冒険のようなものだと考えています。国環研では、船舶やタワー、飛行機、衛星などを用いて地球上のいろいろなところでCO2を測定しています。さらにスーパーコンピュータを用いて、将来予測なども行っています。

私は特に森のCO2の測定をしています。森はCO2を吸収しますが、森が吸収するCO2は気温や日射、湿度、雨、台風などの大きな災害により変化します。また、干ばつや皆伐などの人為活動、さらには森林火災によっても変化します。私は森のCO2がどこに行くのかを探す冒険をしています。

2. どんな装備で冒険にでかけるのか?

マンガやゲームでも武器や装備を揃えてから冒険に出かけると思います。私の武器・装備は森の中に建てたタワーです。これによって見えない物質であるCO2の輸送量を観測しています。

陸域生態系において、葉は光合成をしてCO2を吸収します。森林では葉がたくさん存在しており、光合成によるCO2の吸収量をすべて合わせたものを総光合成量といいます。

一方、人間と同じように森林や植物も生きているので、呼吸をしてCO2を出しています。葉や幹、枝だけではなく、地中の根や微生物からも呼吸をしてCO2を放出します。このような呼吸量をすべて合わせたものを総呼吸量といいます。そして、総光合成量との差を正味のCO2の吸収量と呼びます。私たちはタワーを用いて生態系全体の正味のCO2の吸収量を直接測定しています。

観測の原理を説明します。森の中に建設したタワーの上に超音波風速計やCO2、水蒸気(H2O)分析計を設置しています。自然のなかでは風が吹くと気流の乱れによって渦ができます。この渦によって水平方向だけではなく、上下方向にも風は変化します。そこで、0.1~0.3m/sという小さな風速を捉えることができる超音波風速計を用い、上下に変化する風速を測定します。同時にCO2分析計によってCO2を測定すると、上下の風によって運ばれるCO2の輸送量がわかります。たとえば風速が下向きの時に上空の高濃度のCO2が下に輸送され、逆に上向きに風速が変化する時には下の方にある濃度の低いCO2が上に輸送されます。こうした測定で、昼間はCO2が上空から森林に輸送されていることがわかります。

1日の変化を見てみます。夜間は太陽がないため、光合成量はゼロで呼吸量しかありませんから、CO2を放出しています。一方昼間は光合成によってCO2を吸収する量が上回るため、正味でCO2を吸収します。しかしこれは日射や気温、湿度などによっても変わるため、24時間365日測定し続ける必要があります。

私たちはこのような観測を北海道で2か所、山梨県富士北麓で1か所行っています。富士北麓における17年間に及ぶ連続観測の結果から、葉が生い茂る夏はCO2を吸収しますが、葉のない冬はCO2を放出するという1年間のサイクルを続けていることがわかりました。ただしこれは年々の気候変動によって変わりますし、また、干ばつや台風などの影響を受けても変化します。

3. 冒険には仲間が必要だ!!

世界中には異なる気候帯にさまざまな植生が分布しています。われわれの観測ですべてを網羅することはできません。つまり一人で世界の冒険はできないということです。冒険には仲間が必要です。

私たちは日本国内の研究機関や、中国や韓国などの先端的な研究を行っている国と連携して研究を進めています。それでも観測の空白地帯はたくさんあります。そのため、私たちはアジアの国々への技術普及活動としてトレーニングコースやワークショップを行っています。この活動により、フィリピン、マレーシア、インドネシアなどの研究者を育て、さらにその研究者が独立して各自で研究を行うようになりました。国環研は、日本をネットワークしているJapanFlux*1やアジアをネットワークとして連ねているAsiaFluxの事務局を担っており、仲間を強化したり増やしたりする活動を行ってきました。

このようなネットワークはヨーロッパやアメリカなど世界中に広がっていて、それらのネットワークとも強い連携をもつFLUXNETとしてネットワーク活動を行っています。

4. いざ、リアルな冒険へ!!

最後にリアルな研究の紹介をいたします。場所はマレーシアのボルネオ島で、研究対象は熱帯泥炭林です。熱帯泥炭林は樹木だけではなく林床が湿地帯となっており、莫大な炭素を蓄積していますが、気候変動や開発によってその炭素が失われつつあります。

私たちは現地の研究機関とともに、熱帯泥炭林の開発に伴って温室効果ガスがどのように変化するかを3か所(保護林、開発の進んだ二次林、オイルパーム)でモニタリングしました。

観測現場は、クロコダイルのいる川を40分以上もかけて渡り、歩いて1時間かかる森の中にあります。このようなところに最新の機械を設置して温室効果ガスの自動連続観測を実施しました。搾油工場からの排水をためる池からの温室効果ガス濃度も測定しました。

結果について簡単に示します。保護林では温室効果ガスを正味で放出していることがわかりました。湿地という特別な森林なのでメタンの放出量が大きいことが原因です。

二次林では温室効果ガスの吸収量が放出量をわずかに上回ることがわかりました。保護林よりもなぜ吸収量が大きいかというと、森林が若く光合成を活発に行うためです。

森林がオイルパームに転換された場合、オイルパーム農園だけでも保護林よりも放出量が大きくなりました。これはCO2の放出量が多いためです。これに工場からの排水をためた池からの放出量を考慮するとさらに放出量は増えて、保護林の1.5倍もの値になります。

熱帯泥炭林では、開発に伴い温室効果ガスの放出量が増大することを定量的に明らかにしました。このような研究をもとに、私たちは気候変動下における持続可能な陸域生態系の管理に貢献していきたいと考えています。

講演の後、質疑応答が行われました。その一部を紹介します。

Q: 保護林やオイルパームでは CO2 は正味で放出なのですか。
A: 今回ご紹介した研究では、保護林やオイルパームでは CO2 は放出されている結果となりました。これは、保護林は樹齢が高く、光合成能力が若い森林に比べて落ちている事が原因の一つとして考えられます。オイルパームは、残存木が多くて分解されやすい、地下水位の低下により土壌が分解しやすいなどの理由があります。

Q: 森林での CO2 量は森が排出するものと工場などが排出するのをどのように区別できるのでしょうか。
A: 森林による CO2 の吸収・放出はタワー観測によって行いました。工場からの排水による放出量はフローティングチャンバーにより観測を行いました。

*講演の詳細は、YouTube国環研動画チャンネル(https://www.youtube.com/watch?v=0MPzAacGkjQ)からご視聴いただけます。また、国立環境研究所公開シンポジウム2023でのすべての講演内容は、https://www.nies.go.jp/event/sympo/2023/index.html#tab1からご視聴いただけます。